22 願
第二章 恋の揺籃
「じゃ、わたしたちは帰るから……」
わたしと零がそれぞれの三杯目を呑み終え、帰りの準備を始める。
「今日は来てくれて、ありがとう」
会計のとき、連城マスターにそう言われ、
「いえ、こちらの方こそ愉しませていただきました」
零が答え、わたしが笑顔を添える。
「駅まで充に送らせようか」
連城マスターが申し出るので、
「わたしたち子どもじゃありませんよ」
わたしは断るが、
「まあ、何かあっても困るから……」
連城マスターは譲らない。ここで張り合っても仕方がないので、
「じゃ、駅まで着いたら送り返します」
わたしが城崎充のエスコートを受け入れる。
支払い用のカードを財布に戻せば、あとは帰路に着くだけだ。
「じゃ、さよなら、マスター」
「機会があったら、また誘ってください」
わたしと零が重ねて言う。
「うん。じゃ、充、頼むよ」
連城マスターが機嫌良く言い、城崎充がマスターに首肯く。ついでmeatのドアを開け、店の外へ……。狭い階段を昇るとテナントビルの入口付近に風が吹き込んでいる。
「随分寒くなったわね」
わたしの感想だ。
「そりゃ、まあ、秋だから……」
零も少し寒いようだ。
そんな単純なわたしと零の遣り取りを城崎充が優しい笑顔で見つめている。
「確かに寒いですね。でも冬に比べれば、まだまだです」
駅の方向に向かいながら城崎充が言うので、
「充くんは身体が細いから余計に寒そう」
零が指摘し、
「あたしも充くんと同じ歳のときには同じように細かったけどね」
と話を自分の方へと持って行く。だから、わたしが、
「零は今でも十分にお綺麗ですよ」
と茶化す。
「見た目はね。でも手とか脚とかを曝すと十年前の張りはないな」
零の冷静な自己分析だ。
「わたしは昔から傷だらけだから、あんまり変わらないかな」
「でも気にせず、毎年夏には脚を曝してるたよね」
「それは暑がりだから……」
「でさ、冬は着膨れ……」
「それは寒がりだから……」
「いったい、どっちなんだよ」
「だから両方……」
そんなどうでも良い話をしながら、わたしたち三人が私鉄のK駅に向かう。時間的には遅くはないが、街は賑わっている。恋人たちも多そうだ。
……と思っていたら、こんな場所にいるはずのない人物をわたしが見つける。峯村聡だ。わたしの愛人。いや、わたしの方が愛人か。彼はわたしの不倫相手だ。
けれども何故、聡がここに……。
聡は駅ビルのエントランス付近に立っている。誰かと待ち合わせだろうか。それとも急な社用か。幸か不幸か、わたしたちの存在には気づいていない。が、このまま駅に向かえば厭でも気づくだろう。
「あの、ちょっと、悪い……」
何といえば良いのかわからず、わたしが声を発すると、
「あちゃーっ、アレ、峯村さんでしょ」
目敏く零が聡を見つけたようだ。
「どうしたんだろう、家族の日に……」
零もわたしと同じ疑問を抱いたようだ。本当に理由は何だろう。
「取り敢えず、一旦止まろう」
その場でオロオロするわたしに零が言い、
「だけど、ここじゃ邪魔だからウィンドウショッピング風にしようか……」
と続け、わたしと城崎充の手を引っ張る。秋物ファッションの店の前まで連れて行く。
「どうされたんですが……」
当然のように城崎充が零の行動を訝しむ。すると零は一瞬だけ戸惑い、あとは一気に
「ある程度は知ってそうだから言うけど、美緒の彼がいるのよ。駅ビルの所に……。だから暫くは見えないフリをしようと……」
城崎充に事情を説明する。すぐに彼が
「わかりました」
と零に首肯く。わたしの顔は見ない。けれども、わたしの彼のことは気になったようだ。聡の姿を探そうと首を反対方向に振り向ける。顔を知らないのだから城崎充にはわかるはずもないが……。
「お願い、見ないで……」
気づくと、わたしが小声で叫んでいる。声が必死だ。けれども城崎充とは目を合わせられない。だから下を向きながら言うしかない。
「お願いだから見ないで……」




