21 香
第二章 恋の揺籃
暫く悩んだ末に三杯目はゴッドファーザーに決める。映画『ゴッドファーザー』公開後に作られたカクテルだ。ウイスキーにアマレットリキュールが入っただけと超シンプル。が、ウィスキーの種類によっても味が変わる。
アマレットリキュールはアーモンド味のリキュールのことだ。が、味はアーモンドでも使われているのはアーモンドではない。杏仁(杏仁豆腐で使われる杏子の核)が使われている。因みにアマレットとは、イタリア語で、少し苦いもの、の意。
連城マスターのゴッドファーザーに使用されたウィスキーはバレンタインのようだ。アマレットリキュールは有名所でディサローノだろう。まあ、正解かどうかの自信はないが……。
一方の零はグラスホッパーに決めたようだ。バッタのような緑色のカクテル。材料はグリーンミントとカカオリキュールと生クリーム。デザート感覚で飲むこともできる。わたしはミント系の味がダメなので一回しか呑んだことがないが好きな人は好きだろう。
……というより好きな人は異常に好きだ。
「あたしたちはこれを呑んだら帰るけど、充くんはどうするの……」
零が城崎充に訊いている。
「だったら、おれもそうしようかな。でも、あの人たちが帰してくれないかもしれない」
城崎充がカウンター席付近の人だかりを眺め、そう呟く。
「それに帰っても寝る以外にすることないし……」
「じゃあ、あたしたちのどっちかをお持ち帰りするって言うのは、どう……」
零が城崎充を嗾けるので、
「止めなさいよ、零。みっともない」
慌てて、わたしが零を往なす。が、零は却って面白がり、
「別に二人一緒にお持ち帰りしても良いけどね」
と続けてしまう。
「ねっ、美緒……」
わたしに意味ありげな目配せまでする始末だ。だから、わたしが急いで、
「いや、そういった経験は過去に一度もないから……」
城崎充に説明する。
「それに、お持ち帰りされるにしても二人一緒はありえないから……」
焦って、余計なことまで口にしてしまう。
「いや、だから、それは、その……」
そんなわたしを零が愉し気に見つめている。
「あはは……。美緒、藪蛇……」
「だから違うって……」
「どちらも、お持ち帰りはしませんよ」
困ったように下を向きながら、つまりわたしと零からの視線を避けながら、城崎充がわたしたちに宣言する。ついで顔を上げ、
「取り敢えず、今日は……。でもいつか、その気になったら、お誘いします」
わたしが吃驚するようなことを口にする。
「じゃ、そのときまで待つわね」
口許に笑みを浮かべながら零が城崎充にそう答え、
「愉しみにしてるから……」
と付け加える。ついでグラスホッパーを口にする。グラスホッパーを呑む零をわたしが観察していると口中に暫く含んだままだ。充分にミントを味わっているのだろうか。
……と思っていたら零が急にわたしに近づき、息を吐きかける。わたしは一瞬仰け反ったが、
「でも香りの方は平気なんだから不思議だよ」
強いミントの香りを味わってみる。
「……てか、零はミント味が好きだよね。チョコレートとか、キャンデーとか」
「でも美緒はダメだよね。昔から……」
「だって歯磨き粉の味じゃん」
「それ言う人が多いけど、わたしに言わせれば味覚が貧弱だとしか思えない」
「いや、間違いなく歯磨き粉だぞ。実際に抗菌成分でハッカ油が使われてるし……」
「……にしてもよ。スイカを食べてカブトムシの味がする、って言うのと同じレベル」
「わたしは食べたことがないけど、食用カブトムシがあるから、それは検証できるんじゃないかな」
「あたしは見た目でダメだ」
「わたしたち日本人が魚を捌いて食べるのも、海外の一部の人たちから見れば、相当グロいらしいよ」
「人それぞれってことかな」
「今の場合は民族でしょ」
零の発言を修正し、わたしがゴッドファーザーを一口啜る。ウィスキーがバランタインなので味が複雑だ。それをディサローノの甘い香りが殺していない。バランタインで感じる最初の辛さが緩和された……とでも表現すれば良いか。
「呑みっぷりが様になってるね」
零が言い、
「おれから見てもそうです」
城崎充が言葉を添える。
「誉めても何も出ないよ」
わたしが笑いながら答えると、
「笑っている美緒さんは素敵です」
城崎充が真顔でそんなことを言う。だから、わたしは鷹揚に城崎充に笑みを返す。が、内心では心臓が早鐘を打っている。




