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20 舌

第二章 恋の揺籃

「何を言ってんのよ。さっきの歌は芸術的だったじゃない」

 わたしが怒ったように城崎充に言うと、

「美緒さんにそう言って貰えれば嬉しいですけど……」

 城崎充が小声で呟く。

「じゃ、あたしはカンパリソーダにするから……」

 すると零が、わたしと城崎充との会話を無視したように城崎充に頼む。

「美緒は何にする」

 零から渡されたメニューに、わたしがざっと目を通しつつ、

「じゃ、わたしはカミカゼ……」

 ウォッカ・ベースのカクテルに決める。他の成分はライムジュースとキュラソー(オレンジの皮から作ったリキュール)だ。キリッとした味わいが魅力。

「しかし美緒はジンとかウォッカとか好きよね」

 わたしのオーダーに零が一言。

「いっつも、そんなのを呑んでいる印象……」

「キリッとした味が好みなのよ」

 わたしが零に答え、

「では、それらで……」

 城崎充がテーブル席を離れる。

「麦焼酎でもいいけどね」

 わたしが城崎充のロックグラスを見つめる。

「前にタイ料理屋で呑んだタイの焼酎は美味しかったな」

「それって峯村さんと……」

「ううん、もっと前の話……」

「ふうん」

「芋焼酎に少し似てるけどタイ米……っていうか、香り米の味がしてね。あっ、でも泡盛とは違って少しだけ雑味がある」

「相変わらずの美緒の舌ね」

「それなのに零ほど料理は上手くない」

「あたしがプロ級なだけよ」

「そうか、それをお話にしたら……」

「……?」

「いや、わたしの舌のこと」

「美緒の舌……」

「だからさ、純文学でもミステリーでもいいけど、料理を食べてレシピがわかる人のお話……」

「なるほど」

「実際のわたしの舌は大したことないけど、大した舌を持つ人の設定にして……」

「あたしに書けるかな」

「そうじゃなくて、零ベースの話に、そういう人が出て来るの。それなら書けるでしょ」

「斬新な考えだ」

「苦手なことを無理に遣ろうとするから厭になる」

「そうだね」

「だったら得意なことの中に苦手を入れればいいのよ」

「苦手を入れるか」

「そう、入れる。でさ、入れる、で多ければ、振りかける程度、でも混ぜる」

「なるほど……」

「もちろん何処かで苦手とは真摯に向き合う必要はあるけど……」

「美緒と一緒にいると、あたし、いつも勇気が湧いて来るわ」

「何言ってんのよ。わたしにいつも勇気をくれるのは零の方でしょ」

 面と向かい、零にそう言ったら少し恥ずかしくなる。だから城崎充がテーブル席に戻り、ホッとする。

「はい。お二人がご所望の品……」

 城崎充がトレイに乗せて運んできたカンパリソーダとカミカゼを器用にテーブルに移す。そのままトレイを返しに去る。零のカンパリソーダは赤いが、わたしのカミカゼは透明だ。ロックグラスに入っているので見た目は城崎充の麦焼酎と変わらない。

「なるほど、それで……」

 カミカゼと麦焼酎を比較し、零が呟く。

「好きな人とは合わせたいか」

「単なる偶然よ」

 咄嗟にわたしは答えたが、実際にはどうなのだろう。自分でも気づかない心の奥で、そんなことを考えていたのだろうか。

「偶然も故意(aforethought)の内……」

 不意に零が言い、

「今度は洒落かよ」

 わたしが呆れる。故意と恋をかけた洒落だ。

「マスターが、よろしく、って言ってました」

 そこに城崎充が戻ってくる。

「本当に腰の低いマスターだね」

 零が城崎充に顔を向け、

「しかも声が好い」

 と付け加える。

「まあ、充くんの中音域には負けるかもしれないけど……」

 零が指摘すると

「声質に勝ち負けはありませんよ」

 すぐに城崎充が零に答える。

「零、充くんに一本取られたわね」

 わたしが言うと、

「じゃ、その取られた一本に乾杯……」

 零が本日数度目の乾杯の音頭を取る。


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