19 話
第二章 恋の揺籃
「充くんの一年って歌のこと……」
城崎充の発言に、わたしが問うと、
「まあ、作詞、作曲とギターです」
少しだけ恥ずかしそうに城崎充が答える。
「充くんはプロを目指すの……」
零が空かさず城崎充に問い、
「いいえ、そこまでは……」
城崎充がきっぱりと答える。
「でも今日みたいなことが続けられるようにはなりたいですね」
零の目を見て続ける。
「ところで美緒さんの八年とか十年とかは何ですか」
不意に城崎充がわたしのことを話題にする。
「秘密だったら訊ねませんけど……」
すると、わたしではなく零が答える。
「ジュエリー・デザインなのよ」
一旦わたしの方に目を移し、ついで城崎充の顔を見つめ、
「だから務めている会社もジュエリーとアクセサリーを扱っている会社……」
と説明を続ける。
「それにリングもね」
わたしが付け加える。
「そうだったんですか」
すると何故だか感心したように城崎充が口にする。
「だけど今、わたしがいるのはデザイン部じゃなくて庶務をも兼ねた総務部だから……」
「転部願いは毎年出してるけどね」
「ウチの会社のデザイン部は実力派揃いでさ」
「社会人は難しいですね」
わたしと零の会話を城崎充が引き継ぐように言う。
「充くんもいずれ社会に出たらわかるけど、マジ、実力の世界だから……」
わたしが城崎充にお説教を始めると、
「何かになろうとすればね」
零がシレッと口を挟む。
「まあ、そうも言えるか」
「会社に受かりさえすれば、取り敢えず、食べてはいけるよ」
「だから言われたことだけやってて気にならない人なら割と楽な世界かも……」
「だけど、それ、会社によるんじゃない」
「そうね。上場していなくても支店があるくらいじゃないと……」
「景気も良くないし、いろんな税金も増えてるし……」
「もう、暗くなるから、呑もう」
わたしが言い、三人で小さく乾杯する。
「わたし、一杯目が終わった」
「うん、あたしも……」
わたしと零が続けて口にし、
「じゃ、オーダーを言って下されば、おれが持って来ますよ」
城崎充が腰を浮かす。
わたしはカウンター内の連城マスターと周りの人だかりをそっと見遣り、
「話が弾んでいるみたいだからカクテルを作らせるのもナンだかね」
城崎充と零に振り向き、そう言うと、
「何言ってんのよ、美緒。向こうはプロよ。わたしたちがまだ成れない」
零が素早くわたしを諭す。
「遠慮は失礼……」
「確かに……」
「じゃ、あたしたち、オーダーを考えるから、充くんはメニューを貰って来てくれるかしら」
零が城崎充に伝え、
「わかりました」
城崎充が飛びだすように、わたしたちのテーブルからmeatのカウンターに向かう。
「彼の腰が軽いのは若さのせいかな」
そんな城崎充の後姿を眺めながら零がポツリと言い。
「それともアンタのせいか」
と、いらないことを付け加える。
「零のせいじゃない」
「彼のあたしを見る目つきは恋する男の目じゃないよ」
「そんなことを言ったら、わたしにだって、そんな目を向けていないじゃない」
「今はまだね」
零がそう答えたところで城崎充がテーブル席に戻る。
「ねっ、充くん」
零が城崎充に問いかけるが、当然のように城崎の反応は……?だ。
「零さん、何の話ですか」
「心と想いの話よ」
「心と想いですか」
「小説の材料には打ってつけ……」
「ヤダよ。書かないでよ、そんなこと……」
わたしが零に釘を刺し、
「しかし考えてみると、ここにいる三人の中でわたしだけが書かれる立場か」
と嘆いてみる。いや、先程、城崎充に歌詞にされたときは不思議と厭ではなかったが……
「……だとすると、あたしが一番簡単かな。紙と鉛筆があればできるから。充くんにはギターがいるし、美緒は何だっけ、キャドがいる」
零の指摘に、
「でもさっき聴いたでしょ。ア・カペラでいいなら、充くんにはギターがいらない。わたしも紙と鉛筆があればいい」
「結局、最後は想像力か」
零がわたしの言葉を受け、
「でも才能がないとキツイわね」
と笑顔で嘆く。
「必要なのは人間観察でしょう」
すると真顔で城崎充が重要なことを付け加える。
「美緒さんのジュエリーだって同じことです。自分もお客さんも気に入るモノを作るわけだから……」
とわたしを諭す。
「職人はそう。でも芸術家は違うんじゃない。自分が自分なりの高みを目指すだけだから……」
わたしが城崎充の発言に疑問を投げかけると。
「さあ、おれは芸術家じゃないからわかりません」
城崎充がそんなふうに逃げる。




