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16 驚

第二章 恋の揺籃

『キミがいる日常』の歌詞の最後の部分は二番では、『いまではおくさんとしてね』となり、三番では『いまではばあさまとしてね』と変わる。が、いくら声が良くても城崎充には荷が重い歌詞だろう。さすがに若過ぎる。ここは連城マスターが歌った方が良かっただろうとわたしが思っていると最後のフレーズが二人のハーモニィで繰り返される。

 えっ、何、この透き通った感じ……。

 連城マスター、歌、上手いじゃん。綺麗なハモりだ。耳も相当良いに違いない。

「えっ、マスターの方も声が素敵じゃん」

 零もわたしと同じことを感じたようだ。子供のような顔をしてキャッキャッと騒ぐ。その騒ぎは零だけでない。meat内の聴衆全員が盛り上がっている。

 だからと言って簡単にプロデビューできるわけではないが、埋もれさせるのは勿体ない素晴らしいユニットだ。

「ありがとうございます」

 連城マスターが全聴衆に頭を垂れる。

「ここから先は俺たちではない他人のを数曲をやります。まずはクラウジウスの『エントロピー』から……」

 連城マスターがアナウンスするとmeat内がどっと沸く。わたしも知っている曲だから、かなり嬉しい。

「美緒もキーボードかなんかで参加したらいいのに……」

 わたしの耳許で零が囁く。

「スリーピースでグループになって美緒がバックコーラスとかって、いいじゃん」

「まあ、機会があればね」

 わたしは答え、すぐに目前の音楽に没頭する。


 エントロピーが増大し

 赤いドレスの女が街を行く

 虹は夢の重さに崩落し

 機械の神が海から塩を抜く


 意味不明な『エントロピー』のサビがナイトとピース、すなわち城崎充と連城マスター二人のハモりで歌われる。


 Entropie erhöht

 Eine Frau in einem roten Kleid geht um die Stadt

 Der Regenbogen brach zum Gewicht des Traumes zusammen

 Deus ex machina nimmt Salz aus dem Mee


 最後はドイツ語でサビがハモられ、『エントロピー』が終わる。meat内はやんやの喝采だ。

「遂に最後の曲になりました」

 他グループの楽曲をあと二つ歌い、オリジナルに戻り、今度はナイト(城崎充)の曲を披露したところで連城マスターが聴衆に言う。

「新しい曲です。だからこの先歌詞が変わるかもしれません。聴いてください」

 意味深長なMCに、わたしが興味を惹かれる。ついでイギリス民謡トラッド風のギターが爪弾かれ始める。


 ぼくたちがかみにしゅくふくされた

 あのひのことはわすれない

 ぼくはいつまでもかなしみにつつまれ

 あのひとはつらいこいにないていた


 歌詞の出だしを聞き、当然のように、わたしがギョッとする。わたしと城崎充の二人しか知らないことが歌になっていたからだ。が、何故か、わたしは不快ではない。私小説家やシンガーソングライターの恋人や妻/夫が時に不満を漏らす状況であったのにも関わらず……。


 ぼくたちはひとにきょういくされた

 そのかこはもうなくせない

 じゆうにふるまうたいせつさをしれば

 あたらしいいろにもぬりかえられる


 どうしたのだろう。気づけば、わたしの目には涙が溢れている。これは神の祝福なのだろうか。それとも城崎充による、わたしへの祝福だろうか。

「美緒、わたしも泣きそうだよ」

 わたしの涙に気づいた零が、わたしにそっと告げる。

「でも真っ先に泣いて良いのは、きっと美緒なんでしょ」

 厭な友だちだ。が、言っていることは正しいかもしれない。わたしは城崎充を祝福することができるだろうか。それとも城崎充はそんなことなど望みもせず、さっさと一人で大空に羽ばたいて行ってしまうのだろうか。


 ぼくたちのかこはしゅうせいされる

 あのゆめをいまわすれない

 ふたりどうじにでもばらばらでもいい

 みつめてくれるひとのいるしあわせ


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