15 歌
第二章 恋の揺籃
「あはは、本当に肉だ」
ショットバー、meatの看板を見、零がけたたましく笑う。
「信じられない……」
「友だちを連れて来ちゃいました」
その後、結構重いドアを開け、すぐに目が合った連城マスターにわたしが挨拶をする。
「美緒さんのお友だちなら誰でも大歓迎だよ」
素敵な笑顔で連城マスターがわたしに答える。
「でね、わたしの友だちの佐々木零から差し入れがあるんですけど……」
そう言いつつ、零を連城マスターに紹介する。
「素人料理ですけど蕪を煮たのとか……」
そう言い、零がおずおずと連城マスターにプラスチック製食品保存容器を複数差し出す。
「おっ、チョイスが渋い」
連城マスターが目を耀かせ、零に言う。
「ウチの店は充と美緒さんたち以外、客に年寄りが多いからな」
そう呟きながら、狭い店内をざっと見まわす。結構大勢の客(聴衆)たちが集まっている。わたしたちも含め、二十名くらいか。
「盛況ですね」
「店の大きさにしてはね」
そう言いながらも連城マスターは嬉しそうだ。
「あそこがミニ・ステージになってたんですね」
城崎充に連れられ、前にmeatに来たときには気づかなった店内の一郭に目を遣る。
「カラオケとかをやっていないお店だったから……」
「酒場としては静かな場所を目指してるんで……」
「でもカラオケをやった方がお客さんとかは入るんじゃないですが……」
「うん。だから最初にそれを決めるときは勇気が必要だった」
連城マスターとそんな話をしていると城崎充が現れる。買い物をしてきたようだ。わたしに気づくと明るい笑顔を見せてくれる。それで、わたしがハッとしてしまう。
そんなわたしの表情を決して見逃がさない友人の零が、
(何だ、やっぱり惚れてんじゃん)
と声に出さずにわたしに言う。が、それ以上は言わないと決めたようだ。
城崎充がわたしと零のいる方に近づいて来る。そこで空かさず零を紹介する。
「あっ、どうも、城崎です」
すると、まるで普通の若者のように城崎充が零に挨拶を返す。少しも暗い表情をしていない。
……ということは、本日は『怖い歌』は歌わないんだな、とわたしが思う。
まあ、meatの常連さんたちは知っているにせよ、愉しく過ごすなら、その方が賢明だろう。
「えーっ、本日お集りの皆さん。誠にありがとうございます」
やがてマイクの準備も完了し、ミニ・コンサートが幕を開ける。城崎充と連城マスターからなるユニット名はNight And Peace。訳せば『夜と平和』だが、そのままの意味で取って良いのか。
同じ発音でKnight and Pieceならば『騎士と断片』または『騎士と作品』となる。すぐに意味は取れないが、何となく深読みができそうだ。
「ではまず、俺がかなり昔に作った曲、『毎日』から……」
連城マスター、いや、KnightかPieceの何方が曲を紹介する。すぐに聞こえて来たギターのメロディーは軽快だ。ツインギターなので当然ソロギターよりも音が厚い。イントロが終わり、城崎充が綺麗な中音域の声で歌い始める。
かぜがふき はながゆれる
あめがふり くさがぬれる
ゆきがふり いぬがかける
そらがはれ とりがわたる
まいにちが そんなふうにすぎていく
ていねいに みんなとふれあいながら
そこまで聞くだけで、わたしは悟る。連城マスターがギターだけではなく、城崎充の歌詞の師匠でもあったことを……。内容はともなく形式がそっくりだ。わたしは妙に感心してしまう。もしかしたら連城マスターは城崎充の(人生の)親の一人ではなかろうか。
「すっごく良い声じゃない」
同じような内容の二番と三番が歌われ、『毎日』が終わると零がわたしに耳打ちする。
「声だけで惚れそう」
「それは零のことでしょ」
「あっ、ならば、あたしたち似たものカップルになれるかも……」
「好きに言ってなさい」
連城マスターがMCに戻ると零が少しだけ恥ずかしそうに問いかける。
「えっと、どっちがナイトで、どっちがピースなんですか」
なるほど、思うことは、わたしと同じか。さすが友だち……。
すると連城マスターが機嫌良く零に返事をする。
「本日は俺がピースで充がナイト。でも入れ替わる時もあります」
が、それ以上の説明はない。
「では次の曲。『キミがいる日常』行きます」
ギターが始まらないので、今度の曲はア・カペラらしい。そう思い、身構えていると城崎充が張りのある素敵な声で歌い始める。
ぼくたちはいつもいっしょ
ねているときもおきているときも
ときにはけんかをしているときも
ぼくたちはいつもいっしょ
ぼくたちはほんとなかよし
かおをみればいつでもわらいあう
たまにかおをみないとしんぱいだ
ぼくたちはほんとなかよし
いつかそれがこいにかわる
ともだちでいたはずなのに
きみのことはすごくすきさ
いまではこいびととしてね




