表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/61

14 期

第二章 恋の揺籃

「でさ、午後は出かけるの」

 スケッチブックを一通り見終わると零が問う。

「例の新しい男の所……」

「何よ、その言い方……」

「別に恋をしたとは言ってないじゃん」

「まあ、そうだけどさ」

「好い男なんでしょ。しかも若い」

「わたしにとっては若過ぎるわよ」

「男はいくつになっても若い女を好むぞ」

「そりゃ、わたしだって若い子は好きだけどさ」

 零が口にした『新しい男』というのは城崎充のことだ。あの日、城崎充と出遭い、食事をし、酒を飲んだことは既に零に報告してある。その後、メアドを交換し合ったmeatの連城マスターから連絡があり、店を開ける前に城崎充と一緒にミニ・コンサートをするから見に来ないか、と、お誘いがある。零には、そのことも話したのだ。連城マスターには、行けたら行きますが、でもわかりません、と即座に答えている。そのままずるずると土曜日が来てしまったわけだ。

「美緒が行くなら、あたしもお供するよ」

「えっ、珍しい」

「だって興味湧くじゃん。その若い男に……」

 わたしは城崎充の亡くなった彼女の話を零にしていない。が、作家の卵の勘なのか、零は薄々城崎充の込み入った事情に気づいたようだ。

「美緒、どうするの」

「じゃ、行こうか」

 遂に、わたしが決心する。このまま城崎充に会えば、いずれわたしは二人の男を同時に恋してしまいそうな予感する。それでK街行きを思案していたのだが……。

 が、零が一緒に来るなら大丈夫だろう。たとえ予感があろうと恋にまで発展するわけがない。

「ねえ、美緒、気に入ったら、その男貰ってもいい」

「別に構わないけど……」

「しかし、わたしは美緒と違って三十前には見えないからな」

「だから何よ」

「あたしがその男と付き合ったら完全に若いツバメじゃん」

「あはは、確かにそうか」

 けれども零はどこまで本気で言っているのだろう。ときどき、わたしは零の気持ちがわからなくなる。普段は良くわかるだけに、わからないときには不安が募るのだ。

 それとも零は、もう完全に失恋の呪縛から立ち直っているのだろうか。零に直接訊ねてみたい気もするが、わたしはまだ口にしていない。デリケート過ぎる話題だと蓋をしたままだ。

「コンサートの始まりは何時……」

 間延びした声で零が問う。

「午後三時だって」

 だから、わたしも間延びした声で答える。

「……ってことは、二時過ぎには、ここを出た方が良いわね」

「まだ十時だよ。時間を心配するには早過ぎない」

「いや、単なる確認……」

 零が言い、さすがに温くなっている緑茶を啜る。

「だけど、することがないな」

「勝手に、ここに来たのは零でしょ」

「それはそうだけど、することがない」

「何なら差し入れでも作ったら……。零は料理が上手いんだし……」

 すると零が顔を耀かせ、

「そうか、その手があったか」

 ポンと手を叩くと嬉しそうに、わたしを見る。

「わたしはデザインをするから手伝わないよ」

 一応、零に断りを入れると、

「あっ、それは一向に構わない」

 零が買い物の準備を始める。

 ……といっても、単に上着を着ただけだ。

「買い物に行くけど、美緒は何か欲しい」

 零が訊くので、

「枝豆を切らしてる。あればカキが食べたい。あと筍の水煮」

 だから簡潔に、わたしが答える。

「酒の肴かよ。でさ、野菜はいいの」

「じゃ、白菜の漬物かな」

「やっぱり、酒の肴だな。肝心のお酒は……」

「今呑んだら出かけられないから、いらない」

「まあ、そうなるか」

「うん」

「じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 わたしが見送り、零がわたしのアパートから駅前のスーパーマーケットに向かう。

 ……と思いきや、すぐに舞い戻り、

「眼鏡を忘れた……」

 と、わたしに言う。ダイニングキッチンのテーブルの上に置き忘れた眼鏡をかけ、再度スーパーマーケットまで出かける。去り際に、

「頑張れよ」

 と、わたしに声をかけることも忘れない。

 零は記憶が良いので、数回この街に来ただけで凡その店を覚えてしまう。わたしが知らない花屋で花を買い、このアパートまで来たこともある。職業は経理部員だから、庶務をも兼ねた総務部員のわたしより事務能力も高い。

 これまで何度か喧嘩をしたこともあるが、不思議と友だち関係が続いている。だから互いに長生きをすれば、お婆さんになっても友だちのままでいられるかもしれない、とわたしは(おそらく零も)思っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ