13 想
第二章 恋の揺籃
「美緒、ジュエリーデザインを再開したんだって……」
土曜日の朝、わたしの住むアパートまで遊びに来てくれた佐々木零が、お茶を煎れているわたしに問う。
「……って言っても、わたしのは基本、紙でする古臭いタイプだからね」
わたしが答えるが零には通じない。キョトンとした顔をわたしに向けただけだ。
「もうずいぶん前からだけどPCが進んでからはジュエリー・デザインもCADでするんだよ」
それが現実だ。
「CADっていうのはcomputer-aided designのことで、日本語だと『コンピュータ支援設計』ってなるのかな。PCを用いて設計をすること、あるいはPCによる設計支援ツールのことよ。各分野にそれぞれのCADがあって、建築用、建築設備用、土木用、機械用、電気用、回路用、基板用。専門的なのでは、熱解析用、電磁波解析用、それに服飾デザイン、配管、橋梁などの分野のCAD。もちろんジュエリー・デザインのCADもある」
「ふうん」
「短大を出てから二年間専門学校に通ったから、わたしも一応できるけど、向いていないっていうか……」
「紙の方が良いわけね」
「単純にアナログ人間なのよ、わたしって……」
そう言い、濃い緑茶を二客、零のいるテーブルまで運ぶ。
……といっても、一メートルの距離もない。
「それに今のCADは、わたしが習っていた頃より進化してるはずだし……」
「進化しているのなら、扱い易くなってるんじゃないの」
わたしが煎れた熱い緑茶に、ふうふうと息を吹きかけながら零が言う。
「コンピューターって、所詮道具でしょ」
「まあね」
「効率を高めることはできても、デザイン自体はできないんじゃないかな」
「確かに、それはそうだけど……」
「最近じゃ、パソコンとソフトを使えばマンガだって書けるらしいけど、お話は作ってくれないでしょ」
零は昔から作家を目指している。だから零らしい喩えだ。わたしも緑茶を一口含んでから飲み下し、零に言う。
「でも組み合わせだけで良いなら色々なモノを混ぜたデザインはできるのよ。……って、まあ、それはCADの仕事じゃないけど」
「竹取物語と和泉式部日記を混ぜて枕草子を引くとか」
「あはは……。想像ができないや」
「和泉式部のビッチな部分が清少納言のビッチな部分に引かれて、案外メルヘンチックな話になるかもよ」
零が言い、わたしがポカンと口を開ける。
「その発想はなかったな」
「つまり、そういうこと……」
「なるほど……」
それから言い忘れていたように、
「頑張ってね」
と、わたしを励ます。
「もちろん頑張るけどさ」
少し照れながら、わたしが言うと、
「見せて……」
零がわたしのジュエリーデザイン画を強請る。
「まだ全然、纏まってないよ」
「そんなこと、どうでもいいから……」
「じゃ、ちょっと待ってて……」
奥の部屋に入り、机の上のスケッチブックを摑み、ダイニングキッチンに戻る。
「はい、これ……」
そう言い、零にスケッチブックを渡す。
「どれどれ……」
零が赤いポシェットから眼鏡を取り出し、かける。本の読み過ぎなのか、小学校三年生の頃から視力が落ち始めたと聞いている。普段はコンタクトなのだが、気安いわたしに会うときは、いつも裸眼に眼鏡だ。零とは同じ高校からの付き合いで、当時から何方も双方の恋の行方を知っている。
「斬新だね。竹輪みたい」
スケッチブックのページを捲りながら零が言う。
「それは発想の転換……」
わたしが言うと、
「何だ、竹輪が続くのか」
愉しそうに零が続ける。
「だからバリエーションだって……。それから竹輪じゃなくて、それ、ボトルネックのイメージ……。ギター用の金属の……」
「いや、これ、どう見ても竹輪だろ……。太いじゃん」
「だから発想の転換……」
「確かに常人のセンスじゃないな」
「零にそう言って貰えれば心強いけど……」
「おや、竹輪の表面に切り込みとスパイラルだ。……と思ったら次はバベルの塔か」
「あっ、やっぱりバベルの塔ってわかる」
「ブリューゲルのバベルの塔より長いけどね」
「うん」
「これ、結構いいかもしれない」
「ありがとう」
「でも美緒はバベルの塔にはならないでよ。高みを目指すのは一向に構わないけど……」
「わたしだって、神の怒りを買うところまで昇ってみたいわよ」
「でも才能のない人間は頑張るしかない。美緒の口癖ね。最近は聴かなかったけど」
「うん。いつの間にか諦めていたんだ」
「そうじゃなくて、しばらく休んでいただけだと思えばいいわ」
「じゃ、そうする」
「で、竹輪の次は鳴門か。美緒、これを書くとき、お腹が空いてたんじゃないの」
そう言い、零が明るい声で笑う。零の声は割と低い。しかもハスキーだ。声だけで惚れる男がいくらでもいる。
が、零は自分の安売りをしない。だから最後に破れた恋以来、零は恋をしていないはずだ。




