表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/61

10 友

第一章 天の配剤

 城崎充と四方山話を愉しみながら二杯目はダイキリを頼む。ラムベースのショートドリンクだ。色は白。ついで最後の三杯目には好きなドライマティーニを選ぶ。こちらはジンベースで色は透明。

 その間ずっと、城崎充は麦焼酎の水割りを飲み続けている。

「お姉さん、いける口だね」

 城崎充との会話から、この店のバーテンダーが店のオーナーでもあることがわかる。だから呼ぶときはマスターだ。

「ははは、マスター、ここの常連にしたいわけ」

 わたしが言うと、

「お客さんは多い方が良いですからね」

 連城マスターが真面目に答える。時間のせいかもしれないが、確かに店には大勢の客がいない。店の雰囲気は良いし、連城マスターが強面ではないから入り難い店とも思えないのだが……。

「ところでマスター、さっき充くんと話してて聞いたんだけど、マスターが充くんのギターの師匠なんだって……」

 わたしが問うと、

「充にギターは教えたけど、師匠ってガラじゃないね」

 マスターが答える。

「でも充くんは師匠だと思ってるよ」

「まあ、それは充の勝手……」

「あはは、適当……」

「それに一通り教えたら、もう俺より上手いしさ」

「だって初めてまだ一年くらいなんでしょ」

「才能のあるやつは伸びるんだよ」

「まあ、それは確かね。で、才能がない人は頑張り続けるしかない」

「お姉さん、何か頑張ってんの……」

「美緒って呼んでいいよ。美しい糸の者……」

「機織りみたいだな」

「それ、時々言われる。マスターみたいな年配の人に……」

 連城マスターの年齢は五十代前半だ。実際にわたしが言われた人たちはもっと六十歳に近い。

「わたし、アクセサリーの会社に勤めているんだけど、ジュエリーデザイナーになるのが夢で……」

「諦めなければ夢は叶うよ。証拠は俺。前は会社員だったんだ」

「えっ、そうなの。吃驚……」

「だけど叶った時点で夢は終わらないよ。継続が大切……」

「マスター、御見逸れしやした」

「美緒さん、極道の妻かよ」

 わたしと連城マスターとのそんな会話を城崎充が上気した顔で聞いている。

「ところで美緒さん、充の歌は聴いたの……」

 不意にマスターがわたしに問い、

「普通の曲を半分と怖い曲を二曲……」

 わたしが答える。

「なるほど、怖い曲ね」

「そして悲しい曲。でも力のある曲……。わたし、五百円硬貨をチップであげたの。それが充くんの夕食代になって……」

 言って思い出したがマイ・ディナーのオムライスもナポリタンもワンコインだ。大衆食堂経営者の努力には頭が下がる。

 ナポリタンを思い出したら、ついでに今呑んでいるドライマティーニとイタリアが繋がる。ドライマティーニはドライ・ジン三から四に対してドライ・ベルモットが一以上というレシピのドリンクだが、マティーニの原型となったカクテルで使用されていたベルモットがイタリアのマルティーニ・エ・ロッシ社製なのだ。

「あはは、それはいいや。充はバイトをしてるけど、アパートの家賃もあるしね」 

「あのさ、おれの話はもうそれくらいでいいから……」

 さすがにウザくなったのか、城崎充がわたしとマスターとの会話に割って入る。

「だって他に話題がないし……。友だち一日目だから……」

 わたしがそう言うと城崎充がハッとした表情でわたしを見返す。

「友だち……」

「だってそうでしょ。もう仲良くなってるしょ……」

 自分で心からそう思っていたので口にしたが、言ってみると少し恥ずかしい。

「まあ、わたしもそんなに暇じゃないから、しょっちゅう会うことはないだろうけどさ」

 だから余計なことを付け加える。

「あっ、でも土日だったら空いてるよ」

 それは事実だ。何かを装い、聡と旅行にでも行かない限り……。友人の佐々木零がわたしに告げた愛人の条件だ。

『土曜日と日曜日は家族の日だよ。出張で家を留守にでもしていなけばね。美緒がチャランポランで複数の恋人と付き合える人なら土日は独りじゃないけど、美緒は峯村さんとのこと真剣なんでしょ。だったら、土日は相当辛いわよ』

 佐々木零は愛人経験者だ。だから、わたしに強く言える。零の場合は相手の妻に怒鳴り込まれ、交際が終わる。形の上ではすっかり吹っ切り、二度と相手に会っていない零だが、心の中は違うだろう。今でも彼のことが好きなはずだ。零に言うことはないが、わたしはそう確信している。女の恋は計算ずくだ、と男は良く言うが、すべてがそんな人間ではない。子供のように一途な恋をする女も存在するのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ