夜明けの死闘
男が目を覚ましたのは夜明けだった。さほど時間は経っていないのか。しかし全身はダルく熱っぽく感じた。全身の細胞が活性化しているようにも思えた。そして背の低い草に覆われた大樹の周りにある空き地にいることが確認できた。
「この周りだけ草むらなのか」
鬱蒼と茂る森の中に出来た広い草むらの中心に大樹がそそり立っている。男はこのような地形を見たことが無かった。インターネットの某空撮地図にもこんな場所は見当たらなかった。これだけ大きな木があれば有名になっているはずなのだ。額に左手の人差し指を当て悩んでいるとソイツがやってきた。
「ガルルルル!」
大樹の陰からソイツは現れた。大きな熊のように見える。ヒグマかグリズリーか。立ち上がれば2mを超えるほどの巨体がこちらに向かって駆けて来たのだ。
「ヤバイ」
男は咄嗟に逃げようとしたが奴が速すぎた。目前まで接近した大熊と向かい合う。背中を見せた途端に襲われるのは定番だ。大熊はそのスピードを保ったまま立ち上がり、右前足を振りかぶり攻撃を仕掛けようとするのが見て取れた。背筋に怖気が走る。死の恐怖に直面した途端男の全身が燃えるように熱くなった。
「グワッ!」
気合の入った大熊の右腕がその鋭い爪を立てて振り回される。
(遅い!遅いんだよ)
男は心の中で囁き、大熊の右手首を左手で掴み左手を大熊の右腕付け根に起き、中腰で廻り込む。右足で大熊の右足を跳ね上げると其の巨体が宙に舞う。投げ飛ばしても勝てそうにないのなら、頭を地面に叩きつける。大熊は真っ逆さまに地面に叩きつけられた。そして巨体が頭から地面に食い込みひどい音を立てた。
それは心臓を捻り潰しそうな恐怖で死を覚悟した瞬間から自然に身体が動いたようであった。目前には頭を地面に食い込ませ横たわる大熊がピクピク痙攣していた。頚椎複雑骨折、明らかに折れている。これで生きていたら哺乳類失格である。死闘は一瞬で終了したようだ。それにしても不可解なのは大熊の移動速度だ。いくら野生の獣であってもあのようなスピードで移動できるはずはない。もっともその大熊の攻撃にあっさり対応できた事のほうが異常なのだけれど。
「熊だと思ったのに・・・」
その大熊は地球の熊とは全く違っていた。その額から15cmほどのツノが生えていたのであった。男も有角類で熊の存在は記憶はないようである。地面に座り込み、脱力して休んでいると外周の森の方から歩いてくる人影が見えた。誰かが男の方に向かって歩いてきたのだ。