突然庭にワームホールが開いた夜に
夕闇が星空に変わり、あたりがすっかり暗くなった夜道を男が家路を急いでいた。残業で遅くなり空腹を抑えながらやっと家までたどり着いたのだ。道路の街頭の明かりで家の庭は薄明るかった。通路はガーデアンライトの発光ダイオードによる明かりで仄かに照らし出されていた。
「ただいま」
誰へと言う訳でもなく帰宅の挨拶をし、庭を玄関へと向かう途中にそれは起こった。薄暗い庭に俄に浮き上がった青白い光の渦、球体の一部を切り取ったようにも見えるソレは米国製SFドラマで見たような光景で、美しく円盤状に広がり足元を覆っていた。
「ワームホールだと!」
男は、ここは我が家の庭でありディープスペースに有る宇宙ステーションとは縁遠い場所なのだからいきなりそのようなモノが出現するはずは無いと思っていた。しかし一瞬の浮遊感と共に中に吸い込まれてしまった。直径にして2メートルほどの大きさで、咄嗟に飛び出す事も手を縁に掛ける事も出来ないまま落下状態となった。その中は漆黒で何も見えず、頭上に有ったはずの入り口も消え重力さえ感じなくなり真っ暗な闇をひたすら足の方へ移動してゆく感覚だけがあった。果たしてどれだけの時間落ちているのだろうか、時間の感覚さえ解らなくなった頃それが見えてきた。
「下方に光の渦が見える。出口なのか?」
足元のはるか先に小さく青白い光が見えた。落ちた入り口と変わらない鮮やかな光の渦に出口を期待するのは無理もないことだった。みるみる大きくなってゆく光の円盤に触れた瞬間にそれは起こった。彼は誰時か、暗闇が薄っすら明るくなり始めた空が足元に見えたのであった。そして頭上方向に引力が・・・。
「逆落し!」
咄嗟に受け身を取り事なきを得たが叫んでしまった。勝手に開いた落とし穴に親切設計など望んではいけないとは考える余裕も無かったのであった。そして瞬時に蒼白い光の渦が消滅したのが確認できたのだ。
途方に暮れた男はとりあえず周りを確認することにした。空気は有った。成分も気圧にも異常はなさそうに思われた。ワームホールが地球を貫いただけならば出口は海上になるのではないだろうか。そこは一体何処なのか混乱中であった。
「この木は何だろう・・・」
そう、目の前に巨大な広葉樹がそそり立っていた。まだ薄暗いのではっきりとは判らないが、このような木はネットでも見たことがなかった。根元付近の幹が横幅で20m以上有るように見える。そして何処まで伸びているのか高さは不明だった。
「世界樹」
現実では見たことすら無いのだが、その木に相応しい名前が心に浮かんだ。そしてその木の周りに広がる広場、それが周りに見える景色だった。現状を確認している時にそれは起こった。周りを金色の光の粒子が取り囲んだのだ。光は地面から吹き出し空高くに吹き上がっていた。そして男を浮遊感襲う。身体が空中に浮き上がったのだ。再びワームホールが開くことを危惧したのだがそれはなかった。強烈な光の粒子の圧力で身体が浮き上がったようだ。そのような現象はこれまで聞いたことがなかった。徐々に男の身体が熱くなってくる。金色の光が何らのか反応を起こしたのだろうか。そう考えた男は足掻き始めたのだが残念ながら意識が薄れていった。吹き上がる光の粒子の中に浮かぶように漂う男は気を失った。