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人類の贖罪

作者: キクラゲ

文章の違和感に気を取られる前に、今かきたいことがある。そして書き終わった後、文章を見直す。

何気なく、漫画家になれれば、と創作を始めた主人公は、何度も出来上がった作品を見直すこともなく、ただかきたい思いをぶつける。

「漫画の世界に入り、物語に介入したい」

(そう思い始めたのは小学生の頃だ。だがもうそれは叶わない。今日、成人になってしまった)

「大人になったら、別の世界へ連れていってくれるピーターパンは見えなくなる」

(一カ月前に催された成人式には行けなかったが、今日二十歳になったから僕はもう完全に大人だ)

「その自由な世界で飛び回り、走り回り、人助けをしたい。辛い事に耐えている人を助けたい」

そんなことを思っていたが、子どもから少しずつ大人へと成長し、歳を重ねていくうちに気付いた。

「漫画の世界には......入れない」


「じゃあ自分で作ってみたら?」

隣にいる女性が言う。

「翔太さんが自分で物語を作る、漫画家になれば、何でも介入して動かせるよ」

作る....確かにそうすれば介入できる。盲点だ。だが、そう簡単に物語を作るなんて素人にできる事ではない。

「今更難しいよ。馬鹿で、働かず稼ぎもない僕じゃあね。」

僕には、漫画家なんて仕事は絶対できない。普通の仕事ですらまともにできないのに。

「そんなことないよ。難病の患者様とかホームレスの人から漫画家になった人がいるくらいだし」

「でも、僕には才能がない、凡人だ」

「えー?でも漫画家になるために必要な才能なんて、誰にでもある妄想力くらいじゃない?」

そんなふうに彼女は僕を元気付けた。

彼女はいつもいろんな人達を励まし、元気付ける。隣の部屋の同じ苗字の赤羽根さんも、挨拶で元気を貰ったみたいな事を言っていた。そんな彼女にはまるで人を励ます才能があるようだ。

「創作も気を楽にして書けばできると思うよ! 自由自在な世界の、えーっと神になった感じで、さ」

彼女はそう言いながら、机の周辺に置いてあったノートと、手に持っていたボールペンを僕に渡し、「ほら、紙と筆。これで他に道具は必要ないね」と言った。

その後、彼女が電話で上司に呼ばれ部屋を出て行った後、言われた言葉を思い出した。

(漫画か、素人の僕にも描けるかな......)


ノートをパラパラとめくる。一カ月前から惰性でやっていた日記が一週間前の日付で止まっていた。

一週間前の日記を何気なく読む。

「繰り返し読んだ赤羽根 翔太さんへ、今日は窓から景色を眺めていたら一日が終わった。」

惰性で毎日を過ごす僕に、必要な物は変化だ。

(漫画描いてみようか。物は試しだ)

そう思い僕は創作活動を始めた。

(まず、設定からだ。主人公は何かの目的を持って行動する。次にその目的を妨害する敵と、手助けしてくれる仲間が登場。これが鉄板だ)

(..主人公は病気と闘う者にしよう。この手の作品は意外に少ないだろうから)

この時点で、売れる作品を目指すことを何気なく意識していた。

(敵は、病原菌とかじゃなくて、うーん......その病気を憎しみ悪魔だと思う者?なんじゃそりゃ。病気を忌み嫌うって)

その日、一日中設定を練ったりするほど創作に没頭してしまっていた。

夕食を持った彼女が部屋へ来た時にはもう寝てしまっていた。

彼女は僕に布団を掛けて、寝ている僕に向かって言った。

「おやすみなさい」


窓から射す光が、机に伏せて寝ていた僕の横顔を照らす。

「朝....か」

掛け布団を退かす。

(夜来た時に、布団を掛けてくれたのか)

素直に有難いと感じた。

(よし、今日も昨日の続きから創作だ)

一日中することがなかった僕に、できた今日やること。毎日の惰性を吹き飛ばした彼女の言葉。過ぎる一日が楽しいと感じるようになった。

作品を読んで意見を貰うという口実で、彼女を何度もこの部屋に呼んだ。

それから毎日、創作活動をし、並行して絵の練習と、彼女が持ってきてくれる様々な作品を観て、話作りの勉強をした。

(ドストエフスキーの罪と罰は、苦悩こそが罰。贖罪を意味しているんじゃないか?)

そんなことを思う僕の物語に転機が訪れる。

「なぁ、翔太、落ち着いて聞けよ。アイツが......お前の母さんが........亡くなった」


父親から、母の死を告げられた。

失血死で、なんでも通り魔によって殺されたらしい。

連絡があってからすぐ僕のところに父が来て、僕は今、父と共に病院にいる。

「こんなところでする話じゃあないが、葬式は行わない。身内で葬儀を行うだけ。最近は物騒だからってこの家で決めた方針でな」

突然、母の死を告げられたが不思議と悲しみは湧かなかった。涙は出ない。僕はただ、涙が出ないのは何故だろうと考えていた。

(何故だろう。何故だか涙が出ないんだ)

僕はその事を父親に伝えてしまう。

「!? まぁ....翔太はそんなに会ってないから......仕方ないさ」

父親は悲哀な表情で、続ける。

「でも母さんの事を忘れないでほしい。翔太、母さんは、お前のために必死で働いていたんだ」

聞くところによると、いつも母さんは僕のために働いていたそうだ。

「そうだ、これ母さんから」

父さんはそう言い通帳を渡す。

通帳の名義は赤羽根 翔太。僕の物だった。

その通帳を見ると、今年から毎月三十万振り込まれていた形跡があった。

「勿論、母さんだけで振り込んだわけじゃないぞ」

そう言った父さんはスーツ姿で汗だくだった。仕事を抜け、走ってここまで来たんだろう。

(....僕のために両親は二十年も苦労していた。毎日身を粉にし働いていたから、僕と顔を合わすことがなかった)

「通帳の次のページの一番下見てみろ、それが父さんと母さんからの最期の仕送りだ」

次のページの一番下には百万円と記述されていた。

「父さんな......昨日退職したんだ。それで........小さな会社だから退職金なんて出ないと思っていたが....少し出たんだ」

最近の振り込みで昨日、六十万振り込まれていた。

......振り込みではなく直接会って渡してくれればいいのに、そっちの方が楽なのにと思ったが、母さんは会えないほど働いていたんだ。

(ひどく無理をして頑張っていた母さんと父さん、今まで本当に......)

(ありがとう......ありがとう! ありがとう!!)

感極まって、ボロボロと涙を流し、声にならない声、嗚咽と咳が止まらなくなった。

「ごめん、母さん....頼ってばかりのダメ息子で......!」

父親は黙って、背中をさする。


ひとしきり涙を流した後に、父親が重い口を開く。

「そうだ、お金下ろして手渡すよ。手間だろ? 銀行行くのは」

「いや、銀行目の前じゃん」

「まぁこういう時くらい気を使わせろよ」

そう言い、父親は一旦病院を後にし、数分後戻って来て、百枚ぶん程に厚い封筒を僕に渡した。

「じゃあな。俺は再就職先に戻るよ」

父さんが部屋を出ていった後、またひとしきり涙を流した。

徐々に落ち着きを取り戻した後、僕は決める。

(僕を育ててくれた、母さんと父さんに何か恩返しがしたい)

その恩返しに、今作っている漫画に家族を登場させることにした。主人公の家族役として。

(そうだ。いつもこの病室に来てくれる彼女も、ヒロインとして出そう)

登場人物に実在のモデルを付けると、ドンドンと物語が進行していった。


タイトルは人類の贖罪。

主人公はある伝染病に感染してしまった若者。最初は夏風邪として普通に入院するだけだったが、検査し、その疾病が感染症、そしてその感染症の細菌が感染力が高いと報道されると、すぐさま隔離される。

テレビで、伝染病は流行病などではなく、突発的偶発的に生じた細菌で、発症まで二十年近くかかる。その細菌は声帯と下肢機能を破壊し、二月も待たず亡くなる。と報道された。

報道後、細菌の潜在期間の二十年の間、感染源と関わった者も感染するというデマがまことしやかに噂される。

噂が広まった後、主人公を迫害する人達が増え始めた。その病院の外で「誰にも会わず死ね! 死刑を求める!」と叫ぶデモや、同じような内容の封書を書いて自宅と病院に届ける行為が増えた。

でもそれをずっと庇って守るのがヒロインと主人公の家族の役割。

抗議行為、デモ行為に対するデモ行為を少数で行なったり、主人公を守ったりする。

だが、遂にはデモで、「家族の奴らも死刑にしろ! 我々の平和のために」と言い出す者が現る。

人間はいつの時代も罪深い。

主人公は周りの者までに危険が及ぶことに気づき、一刻も早く自分の疾病を治す方法を調べ始める。

その時に家が、デモを行う罪深い過激派の人間に焼かれ、家族も殺される。

病院にも火を点けられ、その時は消火されたが、後に病院に石を投げられる。

遂にはヒロインが捕らえられ、お前が死んだら解放すると言う。

その間、主人公は必死に解決策を模索し、ようやく答えが見つかる。

感染源を撲滅すること。つまり自らの死。

葛藤したが、罪深い人々の、死の恐怖を取り除くため、その意志のため、身を犠牲にすることを選ぶ主人公。

家族が殺され、ヒロインが捕らえられたが、助けに行き、そこで処刑されようと決めた主人公。その後......

足音が聞こえる。ドンドン大きくなる足音が急に止まり、部屋の扉が開く音が聞こえたその時!

(うーん、これからの展開どうしよう)

「死んでしまえ!!!」


そうだ。主人公は死ぬ。しかも、処刑される日を明日に決めるが、前日である今日暗殺される。ヒロインの身代わり、犠牲にはなれず、ヒロインの命も失ってしまう。罪深い人間達の醜い笑みで終わり。これで行こう。

でもその前にナースコールで彼女を呼んで意見を貰おう。

そう思い、ナースコールに手を伸ばそうとしたが、手が動かない。

テーブルの上にあるボールペンを握り、描こうとしたが、動かない。

できあがったその作品には干渉できず、ただ白紙のページを見ているだけだった。

視界が真っ赤だ。白紙が赤に染まっていく。

溢れ流れる赤い液体が、血液だとわかるまで時間がかかった。

わかった時にはもう遅い。

僕は血を流し倒れる。

(そうだ僕はずっと闘っていたんだ。やっぱり......現実は罪深い........)

マスクで顔を隠した1人の男が言う。

「君はその感染源ってだけで死に相当する」

(死に相当? 僕に罪なんてないはずなのに)

薄れ行く意識と視界の中で、ヒロインの顔、彼女の顔がゆらゆらと浮かんで、消えていった灯火。


暗闇の中。

ピーターパンが現れた。

「人の罪は君の血によりて贖われた。だから別の世界へ行こう!」

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