余裕(なんて無い)の魔術師
「みんな心配性だなぁ…まぁ、それだけ大事に思ってもらえてるのは嬉しい限りだ」
前の世界じゃ、他人に心配されることなんてほとんどなかった。
表面上の付き合いこそあっても、関心を持たれる程自分をさらけ出すことは無かった。
…さらけ出した自分を受け入れてもらえる確信も、無かった。
「…また嫌なこと考えちまったな」
今は違う。少なくともこの世界では。
兵士達からは憧れと尊敬の眼差しを受ける。
民からは慕われている。
何より、俺を受け入れてくれる仲間がいる。
前の世界では感じることなかったもので今は満たされている。
「これで良いじゃないか…過ぎたことを思い返しても、しょうがない」
そんな独り言を呟く。
そうだ、今はこれで良い。
「…待てよ、嫌な予感がする」
ユリファが来て、ミヤビも来て…。
彼女が来ないはずが…。
「キャー‼︎‼︎」
バンッ
悲鳴とともに勢いよく扉が開く。
「テンドウ様っ‼︎」
「グロリア…!」
魔術師グロリア。
魔術協会の中でも異端とされる黒魔術の専門家。
彼女自身はその強大な力を人々のために有効に活用するために研究をしていたが、邪神崇拝の信者によって悪用されてしまった。
まぁ、その邪神については俺が倒したことで事無きを得たが。
「ご無事でなによりですわ!テンドウ様!」
グロリアは目を潤ませ、黒い髪をなびかせながら勢いよくこちらに近づいてくる。
黒いピッチリとした装束は胸元が大きく空いていて、足元から腰の辺りまでスリットが入っている。
グラマラスな体型も相まって、非常に目のやり場に困る扇情的な格好だ。
しかしこの時ばかりは彼女の背後に注目していた。
「離しなさいよ!この痴女!」
「うー…不覚…」
ユリファとミヤビが黒いスライム(?)の触手に捕らわれていた。
「グロリア…あれは一体…」
「えっ…あぁ、あれでございますか?」
グロリアの紅い瞳に静かな怒りの色が宿る。
「抜け駆けするからですわ…私を差し置いてテンドウ様に会いに行くなんて‼︎」
なんという嫉妬心!
「私、テンドウ様が無事に帰ってこられるように、ずっと祈っておりましたのよ。それで儀式用の装束を着ていたものですから、着替えるのに手間取ってしまって!」
グロリアは胸の前で手を組み、瞳を更に潤ませた。
「本当はいの一番にお会いしたかったのです。…それなのにこの小娘達は!」
潤んだ瞳が怒りに染まる。
「お、落ち着けグロリア!お前の気持ちはよく分かってる!だから二人を離してやってくれ」
グロリアは相当なヤキモチ焼きだ。
結果的に邪神召喚の一端を担ってしまった彼女は責任を感じ、自らの命と引き換えに邪神を封じるつもりだった。
しかし俺が邪神を倒したことで、結果的に彼女の命を救った。
そんな訳で彼女は俺に仕えさせてくれと頼んできたのだ。
それ以来、こちらが申し訳なくなるぐらい尽くしてくれる。
「テンドウ様がそう仰るなら…」
怒りの表情から一転、しおらしくなった彼女が手をパンッと叩くと、スライムは消えた。
「キャッ!」
「あうっ」
ユリファとミヤビが尻餅をつく。
「お前がどれだけ俺を思っくれてるかは十分にわかっているさ!安心してくれ、な?」
グロリアをなだめる。こういうケアは彼女には特に大切だ。
「…申し訳ありません、取り乱してしまいましたわ」
どうやら落ち着いてくれたようだ。
「分かってくれたなら良いんだ!三人とも仲良くな!」
前の世界では感じることのなかった女性の嫉妬心。
俺にとって、邪神なんぞよりよっぽど脅威なのは確かだ。