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救う彼女。


  吉野さんの気持ちがほんのり理解出来たからと言って、僕らの関係が発展することはなかった。


 吉野さんは相変わらず『ここから立ち入り禁止』とばかりに、目には見えないガッチガチのバリケードを張り巡らせている為、距離を縮められるはずもなかった。かまってちゃんのくせに。


 ここ数日で変化したことと言えば、小山くんのおかげもあって、部活にすっかり馴染んだこと。小山くんととっぷり仲良くなれたこと。大ちゃんから、毎日LINEメッセージが来ることくらいだ。


 どこから嗅ぎつけたのか、はたまた大ちゃん本人から聞いたのかは分からないし、別に知らなくてもいいから聞こうとも思わないが、大ちゃんとLINEのやり取りをしていることを、何故か大ちゃんと僕をくっつけようとする小山くんに知られた時は『鬼の首取ってやった!!』くらいの勢いで小山くんに絡まれまくった。無論、付き合うことはない。


 あまりにも連日大ちゃんからLINEメッセージが来るから、『もしかして僕のことが好きなのかな?』とは思いましたよ。正直ね。


 でも、大ちゃんは『男好き』レッテルを貼られて女子から睨まれているらしく、部活の男子とはあからさまに仲良くし辛いだろうし、バスケをやらず、女子にキャーキャー言われる要素のない安全な僕が、態の良い話相手なのだろうと推測。


 そんな毎日をそれなりに楽しく過ごしていると、国体の地区大会の季節になっていた。


 僕の高校は、割とスポーツが盛んな進学校。


 部員全員、勿論勝つ気満々。試合に出るわけではない僕にも力が入る。


 部員のみんなと一緒に敵チームの試合の録画を見ては、意見を交わし、対策を練る日々。僕の考える作戦も採用されたりで、やりがいと喜びを感じる。


 いよいよ明日に地区大会1回戦を迎えた今日、


「吉野、明日の試合見に来ない?」


 小山くんが吉野さんを試合観戦に誘った。


「何時から? 明日、午後からバイトなんだよね」


 吉野さんがスマホに視線を落とし、スケジュールを確認した。


「第一試合だから9:00!! 来れるよな!? 吉野に応援して欲しい!!」


 吉野さんの明日の午前の予定が空いていることを知った小山くんは、嬉しそうに最早告白に聞こえなくもない恋心を吐露した。本人はそういうつもりではないのだと思うけど。この人は、本当に隠し事の出来ない人間だ、とつくづく思う。


「来て欲しいな、吉野さん。吉野さんに小山くんのフェイダウェイシュート、見て欲しいな」


 そんな恋する男子・小山くんが、吉野さんの応援によって力を発揮出来るのならば。と、バスケに興味なさ気な吉野さんでも知っている、あの日教えたシュートの名前を出しながら、僕も吉野さんを明日の試合にお誘いした。


「バイトの時間までゆっくり寝てたかったのに。休みの日にまで早起きして応援しに行ってやるんだから、絶対勝ってよね!! お2人さん!!」


 吉野さんが、小山くんと僕の肩をパシンと叩いた。


「僕は試合に出るわけじゃないし」


 痛みなんか感じもしていないが、僕を人間らしく育てたかった親に「どこかにぶつかったり、どこかを打ち付けたりしたら、その部分を擦って労わってあげるんだよ」と小さい頃から言われ刷り込まれていた為、何となく叩かれた肩を摩ると、


「そんなに強く叩いてないでしょうよ。そんなに痛くないでしょうよ。てか、全然痛くないだろ、北川くん!!」


 吉野さんが、今度は僕の腕に軽くパンチをした。ので、


「いたたたたー。折れたかも。骨、粉砕したかも」


 負けずに更にふざけてみる。


「嘘吐け」


「確かに僕は痛みは感じないけど、危害を加えられればみんなと同じで骨は折れるんです」


「危害て」


 吉野さんと2人で吹き出して笑っていると、小山くんが羨ましそうな、面白くなさそうな視線を僕に向けているのに気付いた。


 あ、やばいやばい。『ごめんよ、小山くん』と心の中で小山くんに謝りながら、1歩後ろに下がって吉野さんと距離を置いてみた。


「ていうか北川くん。『僕は試合に出るわけじゃないし』って、何を他人事みたいに言ってんの? アンタ、マネージャーでしょうが。アンタのサポートで勝たせなさいよ。私、明日早起きするんだから!!」


 僕が1歩下がった分を、僕を『アンタ』呼ばわりしながら詰め寄る吉野さん。


 吉野さんは、よっぽど早起きが苦痛らしい。


「精一杯サポートさせていただきます」


「当たり前じゃ、ボケ」


 僕が傷みを感じないことをいいことに、僕にど突いてくる吉野さん。を、何とも言えない表情で見ている小山くん。


 吉野さんお願い。小山くんにもど突いてあげて。痛みを知っている分、彼は凄く良いリアクションをしてくれるよ。アナタのこと、大好きですし。


 そんな僕の念を感じ取ったのか否か、


「小山、午後のバイトに響かない程度に喉を護りながら、力いっぱい応援するからね!!」


 吉野さんはふいに小山くんの顔を見上げ「頑張ってね!!」とガッツポーズをした。


「それ、力いっぱいになってないじゃん」


 なんて言いながらも、嬉しさを隠しきれずはにかみまくる小山くん。


 明日きっと、小山くんは大活躍するだろう。


 好きな人によってやる気漲る小山くんを見て、恋のパワーって凄いんだな。と羨ましい……と言うか、苦しくなった。


 だって、僕には一生知ることのない力だ。もしかしたら、吉野さんも。




 翌日、約束通り吉野さんは大会会場に姿を見せた。


 吉野さんらしく、椅子には座らず2階席の後ろの通路の手すりにもたれた状態で、下のコートにいる僕らを眺めていた。


 そんな吉野さんに、お母さんを発見した小学生の様に、「吉野ー!!」と勢い良くブンブンと肘を最大限に伸ばし両手を左右に振る小山くん。彼は今日も存分に恋をしまくっている。


 大声で自分の名前を呼ばれた吉野さんは、『恥ずかしいから静かにしろ!!』とばかりに、自分の口の前で人差し指を立てるも、それこそ母親の様に『しょうがない子だなぁ』と呆れた表情をしながら、立てていた人差し指を拳にしまい、その手を小山くんに向け『がんばれ』と口パクした。


 吉野さんの『がんばれ』に、小山くん大喜び。ボソっと「フェイダウェイ」と呟く始末。


『小山くんが今日フェイダウェイシュートを打つ』に1億賭けられる。持ってないけど。


「あの人が【吉野さん】かぁ……」


 小山くんの様子を面白がって見ている僕の隣で、前に僕が話したことを思い出したのか、大ちゃんも2階に視線を向け、吉野さんを見ていた。


「……私とタイプが全然違うな」


 大ちゃんの言う通り、クール系の吉野さんと、ふわふわ系の大ちゃんは正反対とも言える。


「同じクラスにいたら、吉野さんと大ちゃんは絶対に同じグループには属さないよね」


「だと思います。絶対ないと思います」


 大ちゃんの返しに、少し驚いた。大ちゃんなら『そんなことないですよー。案外仲良くなるかもしれないじゃないですかー』的なかわいい返事をするのだと思っていたから。


 吉野さんは、大ちゃんの中で今も『変な人』のままなのかもしれない。


 そうこうしていると、試合が始まった。


 ……僕、1億円を誰かに支払わなきゃかもしれない。


 と、いうのも、1回戦のチームが思いの他弱かった為、監督が1年ばかりを試合に出したからだ。


 温存出来る時に2、3年生は温存。監督の方針は間違っていない。というか、正しい。つまり、小山くんの出番がない。


 故に、喉を労わりながらの吉野さんの声援も飛んでこない。


 このままでは、吉野さんが最後まで見届けることなく帰ってしまい兼ねない。


 いてもたってもいられない小山くんが、ついに「5分でいいので出して下さい!!」と監督に頼み込み、監督を押し切って強引に試合に出ては、全く必要のない所でフェイダウェイシュートをお見舞いしてしまう有様。


 とりあえず、試合も賭けにも勝ったけれど、何の為に吉野さんを呼んだのかさっぱり分からない結果になってしまった。


 それでも吉野さんは、試合終了までい続けてくれた。


『何かゴメンネ』の意を込めて、両手を合わせて2階にいる吉野さんを見上げた時だった。


 急に視界が揺れて、膝の力が抜けた。


 崩れ落ちる様にその場に倒れてしまった。倒れた原因は、分かっていた。脱水だ。


 誰にも言っていなかったけれど、昨日の夜から身体の調子がおかしかった。


 昨日からずっと、今日の朝計っても、熱が38度以上あって、何を食べても、何かを飲むだけで下痢をした。


 だから、今日は何も食べていないし、水も1滴も飲んでいない。


 多分、重めの風邪だと思う。


 分かっていたけれど、どうしても今日の試合に行きたかった。バスケ部に入って初めての試合だったから。全国に行けるかどうかの大事な試合だったから。僕がいようがいまいが、試合の勝ち負けには関係ないのかもしれないけど、僕もバスケ部の仲間として居たかった。こんな僕でも、みんなの何らかの役に立ちたいと思ったから。


 僕はみんなと違って、風邪をひいたところで、多少のだるさはあれど、頭や関節や腹の痛みは感じない。無理が利く身体。というか、無理をしている自覚が薄い。だって、そこまで辛くないから。


 大丈夫だと思った。試合が終わって家に帰ったら、下痢をしても何でもとりあえず食って、水分たっぷり取って寝れば治ると思ってた。


 大丈夫じゃなかった。『みんなの役に立つ』どころか、厄介になってしまっている。


 みんなの「北川、大丈夫か?」「医務室に連れて行こう」という声が聞こえてくる。


「北川先輩、北川先輩」と大ちゃんが僕の肩を揺する。


 その中に「北川の親に連絡した方が良いんじゃないか?」と心配する部員の言葉が耳に入った。


 やめて。親になんか連絡しないで。部活を辞めさせられてしまうかもしれない。 


 みんなも、「やっぱ病人なんか入部させなきゃ良かった」って思っていないだろうか。


「救急車呼んだ方が良いんじゃないか?」みんなの話がどんどん大袈裟になっていく。


 これも僕に持病があるせいだろう。倒れただけでこの騒ぎ。悔しくて。情けなくて。


 それに、僕は緊急を要していない。救急車なんかむやみに呼ばないで。本当に危機的状況の人の為に使ってよ。


 声を出そうにも、喉がカラカラで。意識はしっかりしているのに、立ち上がれもしない。半開き状態の僕の目に、


「北川くん、喋れる? 罹りつけの病院どこ? 近い?」


 吉野さんの姿が飛び込んで来た。


 吉野さんに向かって口をパクパク動かすも、なかなか声が出ない。


 当然、吉野さんに伝わらない。


 もどかしさと苛立ちで、喋ることを諦めようとした時、


「ごめん。もっかい言って」


 吉野さんが横髪を耳に掛け、露になった右耳を僕の口元に寄せた。


「……N総合病院」


 だから僕も必死で声を出す。


「近いね。タクシーで行こう、北川くん」


 吉野さんが僕の腕を自分の肩にまわし、僕をおぶった。


 女の人におんぶされるのは、小さい頃に母親にされて以来だ。


「吉野、北川は俺がおぶるよ」


 さすがに吉野さん自身より明らかに重い男子を運ばせられないと、小山くんが吉野さんから僕を降ろそうとした。


「私、80キロまで担げるから。小山、試合後の反省会とかあるんじゃないの? それに、小山だって分かってるでしょ? 北川くんがバスケ部員に心配かけるのを嫌がる人だって。大丈夫だから。病院までおんぶして行くわけじゃない。小山は戻って。試合、お疲れ。フェイダウェイシュート、カッコよかったよ」


 吉野さんは、小山くんに僕を引き渡さず、逆にやんわりと小山くんを引き離した。


「……病院着いたら連絡しろよな」


『カッコよかった』と褒められた小山くんは、しぶしぶ僕たちから離れて行った。


 ごめんね、小山くん。小山くんの好きな人におんぶしてもらって、ごめんね。


 ふがいなさすぎて、涙が出そうだ。


 吉野さんにおんぶされながら試合会場を出て、吉野さんが捕まえてくれたタクシーで病院に向かう。


「北川くん、私の肩に凭れかかって良いよ」


 僕の左隣に座った吉野さんが、右手で僕の髪にそっと触れ、僕の頭を自分の肩に持っていこうとした。


 さすがにそれは出来ないと、ふるふる頭を左右に振るも、


「大丈夫。私も恋愛しない人だって言ったでしょ。北川くんの気を惹いてやろうって魂胆じゃないから。怠いんでしょ?」


 声も出ない、自力で歩けもしない僕の抵抗なんて、軽くあしらわれてしまい、吉野さんの肩に頭を乗せられてしまった。


 そう。僕は恋をしない。


 でも、吉野さんは分かっていない。


 僕だって高2の男子だ。こんなことをされればドキドキするに決まっている。


 心臓はまるでジャンプをしているかのように大きく動いているのに、吉野さんの肩は、匂いは、心地良くて何故か安心感があって落ち着く。


 不思議と怠さも和らいだ気がして、


「……なんで?」


 ふいに声も出る様になった。


「北川くん、『病気に気付かずに死んじゃうこともある』って言ってたじゃん。ちゃんと診てもらった方がいいでしょ」


 吉野さんは、始業式に話した僕の話を覚えていたんだ。


「……覚えていてくれて、ありがとう。吉野さん」


「……別に。忘れてなかっただけ」


 吉野さんは、僕がバスケ部のみんなに心配をかけてしまったことを気にしているだろうと思ったのだろう。僕に気を遣わせない様に僕の『ありがとう』を受け取らなかった。


 吉野さんが僕の話を覚えていてくれたこと、嬉しかったのにな。




 病院に着き、主治医の診察を受けると、僕の病名は風邪ではなく急性胃腸炎だった。


 僕の場合、胃よりも腸がやられていたので、吐き気はなく下痢が酷かったらしい。


 脱水が凄まじかった為、点滴2本の5時間コース。


 点滴中、ぐっすり寝てしまい、その間に吉野さんはバイトに行ってしまった様子。


 バイト、間に合わなかったかもなぁ。来週学校で謝らなきゃ。


 点滴が終わり、待合室に行くと、精算を済ませた両親がベンチに腰を掛けて僕を待っていた。


 僕を見つけて駆け寄る両親。


「胃腸炎なんて……。ストレスじゃないの? 部活、辞めた方が良いんじゃないの?」


 開口一番の母親の言葉。予想通り。


「ストレスじゃない。僕、心当たりあるんだよね。一昨日の弁当に入ってた唐揚げ、ちょっと火通ってなかったんだよね」


 主治医に病名を聞いた時、すぐ原因にピンときた。あの日、唐揚げを口に入れた瞬間に『これ、ちょっとヤバイかも』と思ったことを覚えていたから。


「だったら吐き出せば良かったじゃない!!」


「無理でしょ。みんながいる教室で。でもまぁ、次からはトイレでそうするわ。つか、今度からは揚げ時間長めでお願いします」


 僕の指摘に「ごめんなさい」としょんぼりする母の隣で、顔を顰める父と目が合った。

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