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第四章

「みんなー、今日はあたしの歌を聞きに来てくれて、ありがとー!」

「「「「うおおおおおお、七五三ちゃあああああああん!」」」」

 なんと店のど真ん中に特設ステージを作ってしまい、そこで七五三さんがライブを始める。店の端にはグランドピアノまで置いてある。二日間、僕が休んでいる間に店内は大改装が行われていた。

「凄いでしょ? お店全体をちょっと拡張してもらって、ステージまで作っちゃった」

「どうやって作ったんですか、たった二日で……」

 二日間、別に営業停止していたわけでもないのに。やはりこの店は色々とメチャクチャだ。

 ピアノを弾くのは音彩さん。名前に音が入っているだけあって、見事な音色を奏でる。明るいアップテンポな曲で、客も歌に合わせて踊っている。

「凄いなぁ、ピアノ弾けるんだ、音彩さん」

「ピアノだけじゃないわよ。バイオリン、トランペット、ギター、ハーモニカだって吹けるもよ。絶対音感も持っているし」

 存在感の薄さからは考えられない万能ぶりだ。そして客たちは七五三さんの歌に聴き惚れている。

 曲が終わると、盛大な拍手、そしてアンコールが鳴り響く。そんな中、一人の男の子供が僕に近づいてくる。

「おねーえちゃん」

「ん? どうしたの、ボク? ママとはぐれちゃったの?」

 すると男の子はフッと姿を消したかと思うと、瞬時に僕の背後へ回っており、背中に飛び乗っていた。

「わっ、な、何!?」

「へへへ~、おんぶ」

「「「「うおおおおい、クソガキいいいいいいい!」」」」

 するとアンコールをやめ、客たちが一斉に子供に対して怒り爆発する。

「誰の背中に飛び乗っ取んじゃ、ああ!?」

「とっとと降りるぜよ! 我らの有人ちゃんに触れることは例え幼子であろうと許さんぜよ!」

 そんなことお構いなしに、子供は僕のパットをモミモミ揉んでくる。

「「「「あああああああああああ!?」」」」

「わーい、って、あれ? お姉ちゃん、あんま胸ないね」

 あってたまるか! っていうか、男の胸を揉むな! って言ってやりたい……。子供の悪ふざけに、いよいよ客たちの怒りはヒートアップする。

「んがああああああ、許さん! 死刑だ!」

「その子供を捕まえろ! 八つ裂きにしてくれるわああああああ!」

「ちょ、ちょっとお客さんたち!」

 あまりの激昂ぶりに咲恋さんも慌てだす。トラブル対応のスペシャリスト、風音さんも休憩室から出てくる。

「何だ何だ? あたしの出番か、こりゃ?」

「駄目、風音ちゃん。怒ってる人が多すぎて、風音ちゃん一人じゃ……!」

 そこで『ジャーン!』というピアノの音が聴こえてくる。音彩さんが鳴らしたのだ。音に反応して、客たちが一瞬、静かになる。

「えー、ではアンコールにお応えして、聴いてください、『星のしずく』」

 今度はしっとりしたバラードを歌い出す七五三さん。その心に染み渡る歌声に、カッカしていた客たちはすっかり平静を取り戻し、うっとりしている。

「さすが二人とも、音楽の力でパニックを鎮めるとは」

 咲恋さんも感心している。確かに凄い……。

「ねえ、お姉ちゃん」

「あ、あの、ボク……? そろそろ降りてほしいんだけど」

「ここって事件の依頼もしてるんだよな? 俺、事件持ってきたぜ」

「えっ!? 本当、ボク!?」

 咲恋さんが目の色変えて食いつく。おい、子供の依頼にすがりつくか……?



 休憩室に子供を連れてきて、じっくり話を聞かせてもらうことにする。

「まずお名前いいかしら?」

「人にものを尋ねる時はまず自分から名乗るもんだろ?」

 ぐっ……生意気なクソガキ……。

「ごめんなさいね、あたしは八月十五日咲恋、探偵喫茶アルテミスのオーナーよ」

「俺、曲直部颯士まなべはやと、八歳! よろしくな」

「それで颯士くんは、どんな事件を持ってきてくれたのかしら?」

「近所に住むお姉ちゃんが……いなくなっちゃったんだ」

「いなくなった? お引越ししちゃったってこと?」

「違うよ! 家に帰ってこないんだよ! 一人暮らししてて、何度家を訪ねてもいないんだ! ここ三日間、ずっとだぜ!」

「失踪事件ですかね? つまり人探しをしてほしいってこと?」

「ああ、そうだよ! 何かあったんだ、きっと」

「うん、却下ね」

「ちょ、咲恋さん、どうして?」

「あのねぇ、有人ちゃん。あたしたちの目標は、ミステリーの華、殺人事件を解決してこのお店を一躍有名にすることでしょ? そんなチマチマした依頼を受けている暇はないの。この間だって、結局法華津を捕まえた手柄は龍我探偵にとられちゃったし!」

 こ、この人は……。

「そんなこと言って、本当にその女の人が何か事件に巻き込まれていたらどうするんですか?」

「子供の言うことよ? どうせ旅行にでも出かけているとか、そういうオチよ、きっと」

「違う! 本当にいなくなっちゃったんだよ、梨亜お姉ちゃんは!」

「「!?」」

「今、何て!? 梨亜お姉ちゃんって、行衛梨亜さん?」

「そうだよ。俺んちの隣のマンションに住む、たまに近所の公園で見かける梨亜お姉ちゃんだよ。会った時は遊んでくれて、すっげえ優しいんだ……。それが……」

「咲恋さん、最近、行衛さんに会ったのは?」

「そういえば……三日くらい前から会ってないわね。まさか……?」

 この男の子が持ってきた依頼こそ、新たなる事件の始まりだった。



 一旦、颯士くんには帰ってもらい、ご近所ということもあり、行衛さんの電話番号を知っている咲恋さんがかけてみるが、何度かけても繋がらない。

「駄目ね。これはひょっとすると、ひょっとするかもね」

「行衛さんの身に何かあった……?」

「そうかもね。受けましょう、あの依頼。さすがに放っておけないものね」

「お、オーナー! そ、その、大変です!」

 満笑ちゃんが慌てて休憩室に入ってくる。次いで細身のスーツ姿のクルクルパーマ男が飛び込んでくる。

「ちょぉっと、うちの龍我さんをどこへ隠したざんすかぁ!?」

「あ、あなた、大形努真おおがたぬまおさん?」

「誰ですか?」

「ドラゴンナイツの探偵の一人よ。どうしたのよ、一体? 何の話?」

「惚けるんじゃないざんすうううううううう! 龍我さんがもう丸二日も連絡がつかないざんす! 我らを敵視するうるさい小バエ集団の貴様らが監禁しているに違いないざんす!」

「りゅ……龍我探偵が行方不明?」

「知らないわよ、あたしたちは。あれが邪魔なのは認めるけど、始末しようと思ったら監禁なんて面倒なことしないで普通に殺すわよ」

「ちょっとちょっと、咲恋さん……」

「じゃあ何があったざんすか、龍我さんに!? まさか……何かの事件に巻き込まれたざんすか!?」

「何かの依頼の調査中だったんですか?」

「そうざんす。小童谷文人殺しについて、引き続き調べていたざんす」

「小童谷文人殺しって、あれはもう解決したじゃない。法華津が殺したんでしょ?」

「いや、咲恋さん……あれは多分、法華津の仕業じゃないですよ」

「ええっ!?」

「ああああああ、龍我さんがいないと、うちの会社は統率がとれなくなるざんす! どうしたらいいざんすか、きいいいいいいいい!」

 頭を掻き毟ってしゃがみこんでしまう。どうやらドラゴンナイツは、龍我探偵のカリスマ性で持っている部分が大きいらしい。



 翌日。日曜日で学校は休み。そんな日でも遊びに行けず……探偵調査の方へ駆り出される。今日のメンバーは僕、満笑ちゃん、聖奈ちゃん、音彩さんの四人。

「しっかし店の方は大丈夫かいな、今日? 七五三も休みやねんで。紀砂きずなは夕方からで、それまで四人で回さなあかんのやと」

「ま、まあ咲恋さんが何とかしてくれるんじゃないかな。人探しの依頼も、二件も入ってたらさすがに四人くらい人手が必要だしね」

「ったく、龍我のアホなんてほっといたらええやん。自分らがパニックやからって、商売敵のうちらに頼むか?」

「そんなこと言わないで、助けてあげようよ~。ね、有人ちゃん?」

「う、うん。まあ一応、この間は命を助けてもらったわけだし……」

「ま、ええわ。愚痴っとる時間ももったいないしな。今日は二手に分かれるで。うちと有人が行衛梨亜探し、満笑と音彩が龍我探しや」

 そうして二手に分かれて行動する。僕らはまず、行衛さんのマンションへ行ってみる。

「どっちも警察に頼んだ方がよさそうな事件だけど……」

「せやけど、警察やったらいつ見るかるかわからへん。何かあったら遅いやろ? 特に行衛梨亜はオーナーやあんたの顔見知りなんやし」

 とはいっても一回しか会ったことはないけど。でもやはり気にはなる。

 マンションにつくと、行衛さんの部屋に行ってみる。インターホンを鳴らしても反応はない。鍵はもちろんかかっている。

「やっぱりおらへんか。中に入れば、何かわかるかもしれんな」

「無理だよ、鍵かかってるし」

 そこで聖奈ちゃんはバッグをあさり、謎の粘土らしきものを取り出す。

「ジャーン」

「……何それ? 凄く嫌な予感がするけど」

「うちの発明したスーパー粘土くんや。まずこいつを鍵穴に差し込んでな」

 鍵穴から粘土を差し込み、グニュグニュいじってから引っこ抜くと、粘土の先っぽが鍵の形になっている。そして更にバッグから取り出したスプレーを粘土に吹きかける。すると粘土がカッチカチに固まる。

「これで合鍵の完成や!」

「ちょちょちょ、ちょっと! 不法侵入だって、それは!」

「ええやん。あんた知り合いなんやろ? 本人許してくれるて、多分」

「そういう問題じゃ……!」

 僕の制止をお構いなしに、鍵を開けて中に入り込む聖奈ちゃん。無茶苦茶だ、やっぱ……。

 行衛さんの部屋の中はある程度は片付いているものの、飲んだコップが出しっぱなしになっていたり、ベッドのシーツが乱れていたりとある程度の生活感はあった。

 テーブルの上にはファイルが置いてあり、聖奈ちゃんは手に取って勝手にページをめくり始める。

「何や、これ? スクラップか?」

 僕も覗いてみると、新聞記事の切り抜きがいくつもファイリングされていた。古いのもあれば、新しいものもある。

 記事の隣に、おそらく行衛さんの字であろう、文章がビッシリ書かれていた。

「何々? え~、『水織の調べで、思った通り、奴が叔母さん殺しに関わっている可能性が高いことがわかった。だが、未だ証拠は掴めず。そのうちにまさか、水織が殺されることになってしまうとは……。奴の仕業なのだろうか? だとしたら……ごめんなさい水織、私のせいで。こうなった以上、今度は私が命を賭けて調査する必要があると思う。必ず尻尾を掴んでみせる……お父さんの仇……!』やって」

「お父さんの仇? 行衛さんのお父さんって確か、映画監督の行衛終ゆくえおさむだよね?」

「せやな、有名な二世タレントやったんやもんな、行衛梨亜て。二年前に自殺したんやったか。何でも昔はヒットを飛ばしていたけど、最近じゃ不振続きでスランプで、私生活も借金作って結構荒れてたらしいで」

 隣のページを見てみると、行衛終の自殺の記事が載っている。

「行衛終、自宅の風呂場で手首を切って自殺……か」

「もう売り払った家やろ? 借金のカタになってもうた。奥さんも後追い自殺して、今じゃ娘の梨亜だけ。結構苦労しとるんやな、この人」

 芸能界を引退したのも、両親の死がきっかけと言われている。しかし仇とは……?

「水織……水織ってどっかで聞いたことあらへん?」

「うん、僕も思ってたけど……あっ、そうだ! あの人じゃない、忽滑谷水織!」

「ドラゴンナイツの探偵か!? そうや、殺されたって書いとるもんな。あの探偵も殺されたんやろ?」

 忽滑谷水織を殺した犯人はまだわかっていない。警察は法華津安路と決め付けているが、僕も龍我探偵もそうは思っていない。だけどまさか、こんなところで点と点が繋がるなんて……!



 一度、満笑ちゃんたちと合流する。近くの河川敷に集まる。

「どうだった、そっちは?」

「ごめん、成果なかった……。有人ちゃんたちは?」

「こっちはオモロイことがわかったで」

 聖奈ちゃんが行衛さんの部屋で見つけた物の説明をする。

「そっかぁ。じゃあ、お父さんの自殺した事件の真相を追って?」

「ああ、そいでな、何でも行衛梨亜は叔母も殺されたらしいけどな、その叔母ってのが、法華津茜子やってわかったんや」

「えっ!? じゃあ行衛監督と法華津茜子さんって……!」

「兄妹らしいね。この繋がり、偶然とは思えない」

 その茜子が夫の安路(実行犯は小童谷だが)に殺され、茜子が浮気調査を依頼した忽滑谷水織も何者かに殺され……。

「行衛さんと忽滑谷さんは、何でも小学校の頃の友達らしいんだ。部屋で卒業アルバムを見つけてわかったんだけど。友人で探偵である忽滑谷さんに行衛さんは何かの調査を依頼していた。その矢先に、忽滑谷さんは殺された。行衛さんは忽滑谷さんが誰に殺されたのか、目星をつけていた可能性が高いと思う」

「でもその目星が誰なんかは、スクラップに書いといてくれへんのやなぁ~。それ書いてあれば調査しやすいのに」

「もしかして……その人を調べて、忽滑谷探偵と同じように、殺されちゃったってこと……?」

……考えたくはないが、その可能性もある。だから連絡がつかないと考えれば合点がいく。

「まだそうと決まったわけじゃないよ。とにかく探し続けるしかないよ、手がかりを」

「なあ……あたし、考えたんやけど。龍我の奴も、水織を殺した犯人追ってたんやろ? それで姿を消したっちゅうことは……?」

「りゅ、龍我探偵も……?」

「……」

 まさか……そんな次から次へと、真犯人の犠牲に……? だけど、いや……。

「……あれ」

 相変わらず、ずっと黙っていた音彩さんが、突然川の向こう岸にある何かを指さす。

「何や? 何があるんや? 遠すぎて見えへん」

「音彩さん、視力6・0だもんね」

「6・0!? す、凄っ……!」

 何人なんだ、この人は……? 五感全てが人の何倍も優れているようだ。

「……龍我探偵のスーツ」

「「「えっ!?」」」

 僕らは大急ぎで河の向こう岸に行き、それのある場所まで走る。確かにあの紫色のスーツ、龍我探偵のものだ!

「これ……何でこんなところに!?」

「……あそこ」

「龍我探偵!?」

 今度は橋の下を指す音彩さん。そこには岸に上半身だけ乗り出して倒れている龍我探偵がいた。すぐさま駆けつけて、息があるか確かめる。

「龍我さん、龍我さん!」

「アカン、息しとらんで!」

 下半身、川の水につかっている龍我探偵を岸に引き上げるが、全身ずぶ濡れ、すっかり体は冷えていた。脈はまだあるが、呼吸をしていない。手をロープで縛られている。

「きゅ、救急車呼ぶね!」

「有人、人工呼吸や!」

「ええっ!?」

「お前、こいつに助けてもろたんやろ? だったら今度は助けてやらんかい!」

 仰る通り、いや、助けてもらってなくても人命救助はすべきだが、ああ、そんな……。ううう、え~い、さらば、僕のファーストキス!

 ……。



 病院へ運ばれ、何とか息を吹き返した龍我探偵。今は大人しくベッドで寝ている。大形探偵が連絡を受けて飛んできて、龍我探偵を見て大泣きしている。

「ああああ、よかったざんす、よかったざんす! あんたたちに頼んだかいがあったざんす!」

「けど、何であんなところ倒れてたんや? なあ、有人?」

「……え?」

「あ、有人ちゃん、元気出してよ」

「せやで、あんたの人工呼吸のお陰で助かったんやから」

「それを言わないでええええええええ!」

 まだダメージから立ち直れないのに……ううう。

「多分、誰かに手足を縛られて、重しをつけて川に放り込まれたんだよ。手は見つけた時も縛られていたし、足にもロープの痕が残っている。

 足のロープが解けているってことは、川に放り込まれたはいいけど、何とかもがいて、重しのついた足のロープだけでも抜け出したけど、そこで力尽きたんだと思う。あの川、流れがあるから、浮いたところを偶然、岸に引っかかったんだろうね」

「運がよかったざんすな、龍我さん。しっかし、一体誰がそんなことしたざんす!」

「忽滑谷を殺した犯人かもしれへんで。それなら……襲われたとき、犯人の顔を見たかもな」

 あり得るかもしれない……。龍我探偵なら犯人の正体へたどり着けたかもしれないし、そうなれば犯人は警察に捕まる前に、龍我探偵の口を封じてしまおうと思っただろう。

「うっ……!」

「龍我さん!」

 龍我探偵が目を覚ましだした。ちょうどよかった。何があったのか、これで聞き出せる。

「……?」

「龍我さん、気が付いたざんすか? ご無事で何よりざんす~!」

「……ど、どちら様ですか?」

「「「「!?」」」」

「な、何言ってるざんすか!? 大形ざんすよ、ドラゴンナイツ副社長の!」

 この人、副社長だったんだ……。それでこの情けない感じは。

「おいおい、笑えんで、そんなジョークは。それよりあんた、今日まで何してたか教えてくれへん? うちらがあんた助けたったんやから、それくらい聞かせてくれや」

「……? 昨日まで……私は……」

 様子がおかしい。まさか……!?

「わ、わからない……私は……誰なんだ?」

「な、何やと!?」

「よ、よすざんす、龍我さん! 悪い冗談ざんす!」

「すみません……本当にわからないんです。自分が誰なのか、あなた方が誰なのかも」

「あああああああ、やめるざんす! 龍我さんはそんな敬語なんか使わないざんす! いつも我らに高圧的な態度を取るざんす! 虫けらを見るような目つきで見下してくるざんす! うわああああああああ!」

「記憶喪失……?」

「みたいだね、これは……。殺されかけた恐怖から、一時的に記憶を閉ざしたのかも」

「なんてこったい! せっかく見つけた思うたら!」

 龍我探偵……一体何があったんだ……?



 病院を出たところで、咲恋さんから電話がかかってくる。

「もしもし?」

「もしもし、有人ちゃん? 大変なのよ、すぐ警察署へ向かってちょうだい!」

「こっちも大変ですよ。龍我探偵が……」

「行衛さんが……見つかったのよ、死体で!」

「えっ!?」



 僕と満笑ちゃんの二人で警察署へ出向く。

「おおお、有人ちゃん、また来てくれたのかい!」

「あの、行衛梨亜さんが死体で発見されたって!」

「ああ、元アイドルの子ね。行衛監督の娘さんで。あ~、ワシ、ファンだったな~、そういえば。監督の初監督映画、『お豆がない』は特に。しかし『株式戦隊セビロレンジャー』の制作中に亡くなって、監督交代になったのは残念だったなぁ。彼の演出で見てみたかったのに……」

「あの、詳しく教えてください!」



 刑事課へ通してもらい、事件の資料を見せてもらう。

「これだ。今朝見つかったんだ。まだ解剖は終わっていないが、死亡推定時刻は昨日の午後から夜中にかけて、といったところか。死因は銃殺。発見場所は港の倉庫の中で、凶器の拳銃が落ちとった。腹部と右胸をそれぞれ一発ずつ撃たれていてな。全く、惨いもんだよ」

「港の倉庫……何でそんな場所に?」

「手足に縛られた痕があったから、多分監禁されていたんじゃないかのう。それからガイシャは、何故か左手にチューインガムを持っていてな。ポケットにガムの束が忍ばせてあったから、空腹になった時用に噛むつもりだったのかもな」

 ガム……?

「ま、何にせよ、犯人はもうわかっとるから、大したヤマじゃないがな、今回も」

「えっ? 誰なんですか?」

「君らもよ~く知っておる人物だ。ワシも驚きだが、まあ凶器にハッキリと指紋が残っとるから、しょうがないのう。王来王家龍我探偵だ」

「「!」」

「先ほど、龍我くんを指名手配した。ドラゴンナイツ本社に連絡取ったところ、行方不明とか言っておってな。捕まるのを恐れて行方をくらませたか」

「龍我探偵が、どうして!?」

「さあな。しかしそんなことは本人に吐かせれば済むことだ」

「で、でも、署長さんと龍我探偵って、仲良しじゃなかったんですか?」

「はっはっは、色々協力はしてもらったが、だからって犯罪者を許すわけにはいかん。それになんだかんだ言っても、ワシはあいつのキザでいけ好かないところが嫌いだったからな」

 な、何て人だ……。散々世話になっておいて、手の平を返したように。はなから龍我探偵を犯人だと決めつけている。

 確かに凶器の拳銃は気になるけど、そんなものを指紋も拭かないで、現場に放っておくのは明らかにおかしい。

「さて、こんなつまらん話は置いといて、どうだろう、お二人さん。これからワシの部屋でめくるめく、甘い一時を過ごさんか? って、あれ?」

 瞬間移動のごとくスピードで僕らはエスケープし、アルテミスへ戻ることにする。ますます訳が分からなくなってきた、この事件。龍我探偵と行衛さんの身に、一体何があったのか……?



 店に戻ると、休憩室のテレビの前で、颯士くんが大泣きしていた。咲恋さんもその隣で、唇を噛みしめている。

「うえええええええ、うええええん! ああああああああー!」

「は、颯士くん……?」

「ニュースを見たのよ。行衛さんが亡くなったってね」

「……!」

 何てことだろう……大好きな近所のお姉さんが、無残にも殺されていることがわかったのだ。元・アイドルだけにマスコミも大きく報じ、誤魔化しようもない。こんな小さな子に、あまりにも惨い事実を伝えなきゃいけないなんて……。

 いや、悲しいのはこの子だけじゃない。僕だって、咲恋さんだって……! 特別付き合いがあったわけじゃないけど、この探偵喫茶に入るきっかけにもなったあのマンションでの殺人事件。あれを解決した時の、行衛さんからのお礼の言葉。今でも耳に残っている。

「颯士くん、泣かないで」

 満笑ちゃんがニッコリ笑い、颯士くんを優しく慰める。

「大丈夫、私たちが必ず、お姉ちゃんを酷い目に合わせた悪い人を捕まえてあげるから。ね?」

「う、うん……グスッ」

「満笑ちゃん……」

「そうだよね、有人ちゃん?」

「うん、もちろん……。許せないもん、犯人が」

「お姉ちゃん……」

「……うん、そうよね。よく言ったわ、二人とも。落ち込んでる場合じゃないわよね。あたしたちがやらなきゃ、誰がやるってのよ? よーし」

 自分の両頬を叩いて、気合を入れ直す咲恋さん。そうだ、警察は龍我探偵が犯人だと信じ切っている。僕らがやらなきゃ。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 僕に抱きついてくる颯士くん。すると僕の胸に顔をうずめるとポツリと呟いた。

「……あんまり柔らかくないなぁ」

 ……コラ、エロガキ。



 閉店後も、事務室で事件についての話し合いは続く。

「じゃあお医者さんが言うには、龍我探偵の記憶が戻るのはいつ頃になるかわからないっていうのね?」

「そうらしいです。ちなみに署長さんはすっかり龍我探偵を疑っていて」

「指名手配になってたものね。やれやれ……あの仲良しっぷりはどこへやら。病院にいることは伝えていないのね?」

「はい。でもすぐばれちゃうと思いますけど」

「お。オーナー……」

 満笑ちゃんがやってくる。

「どうしたの、満笑ちゃん?」

「大形さんがまた来てます。それから……」

「何、今度は?」

 すると満笑ちゃんの後ろに大形さん、そして……。

「りゅ、龍我探偵!?」

「おおおおおお、お願いざんす! 龍我探偵をかくまってほしいざんす!」

「病院から連れ出してきたんですか!?」

「当たり前ざんす! 指名手配だなんてあんまりざんす、あのクソ署長! 龍我探偵が人殺しなんてするはずないざんす!」

「自分たちの会社でかくまえばいいじゃないですか……」

「そんなの警察の捜査が入るに決まってるざんす! でもライバル店に隠れているとは誰も考えないざんす! 我ながら名案!」

 どうしてこう、厄介ごとを次から次へと持ってくるか、この人は……。

「わ、私は、ここでしばらく隠れていればいいのですか?」

 オロオロしながら挙動不審に店内を見渡す龍我探偵。あのキザな雰囲気はすっかり消えてしまっている。

「龍我探偵……本当に何も覚えていないみたいね」

「お願いざんす! 見捨てないでほしいざんす! もちろん、依頼料は払うざんす! もう奮発しちゃうざんすよ!」

「本当に!? オッケイ、任せなさい!」

「咲恋さん……。依頼って、かくまうとか探偵の仕事じゃないですし、そもそもばれたら僕たちも罪に問われますよ?」

「その前に犯人を見つければ問題ナッシングよ。さあ、張り切ってやるわよ!」

 この人に儲け話はタブーだな……。



 翌日。夕方から店の方の仕事へ向かう。今日はみんな昼過ぎまで予定が詰まっているため、十七時開店の予定で、まだみんな店内でお喋りしていた。

「お疲れ様でーす」

「ああああああああああ、何じゃこりゃああああああああ!?」

 事務室から風音さんの大声が聞こえてくる。

「ど、どうしたんですか?」

「見ろよ、これ!」

 風音さんが指すのはパソコンのネット画像。いくつものメイド服の女の子のパンチラ画像がアップされている。この制服、まさか……!?

「この店のウェイトレスのパンチラ画像だとよ、これ!」

「ええ、ホンマかいな!?」

「ちょっとどれよ!?」

「え、えええ、う、嘘……!?」

「……」

 聖奈ちゃん、七五三さん、満笑ちゃん、音彩さんがゾロゾロ集まってきて、画像を見て驚く(一名は平静のままだが)。

「きゃああ、これ、あたしじゃない!」

「このクマさんプリント、満笑やろ?」

「は、はわわわわわわ……!」

 み、みんなのパンチラ写真……ぼ、僕、この場で見ていちゃいけないような……。そ、そうか、七五三さんは縞パンを愛用しているのか。聖奈ちゃんは白で、風音さんは紫、満笑ちゃんはバックプリント、音彩さんは……黒!? な、なんてアダルティーな……じゃなくて、だ、駄目だよ僕、見ちゃ駄目だ!

「げっ、これ!?」

 そういって目を離せずにいたら、ピンクのフリル付きパンティの写真を発見してしまう。

「どないしたん? これ、有人のかいな?」

「ああ、そういや有人って、いつも最後に更衣室使うもんな。あたしらと一緒に着替えたことないから、初めて見るな、有人のパンツ」

「わー、可愛い、有人ちゃんのパンツ。どこで買ったの?」

 無邪気に食いつく満笑ちゃん。やめてください、これ穿いているの、男なんですよ……。可愛いとか言っている場合じゃ……。

「って、そんなことより、これは明らかに盗撮だろ! そんでネットにアップするとか、いい度胸してんじゃんか、犯人!」

「ぶっ殺し決定やな。ちゅうかもうわかったわ、犯人」

「だ、誰?」

「……仲村渠天丸」

 ボソッと呟く音彩さん。ああ、あのカメラマンの。

「あいつも常連やからな。今日も開店したら来るはずや。そしたら逃すなよ、みんな」

 メラメラと復讐の炎を燃やす聖奈ちゃんと風音さん。怖い……僕がもし、この場で男だとばれたら、どんな仕打ちを受けるのだろう……?



 案の定、仲村渠は来店し、即行確保され、店の奥へ連れて行かれる。

「オラァ、キリキリ歩かんかい!」

「ひいいいいいい、ゆ、許して、ほんの出来心で! 許してちょんまげ!」

「全く反省してへんな、こいつ」

 休憩室へ連れ込もうとすると、事務室から出てきた咲恋さんが止めに入る。

「あっ、休憩室は駄目よ! 今、使ってるから」

「ああ、せやったな。じゃ、事務室使ってええか?」

「しょうがないわね」

 そうだ、休憩室は今、龍我探偵の住処になっているんだった。とりあえず昨日は、咲恋さんがお店に泊まって見張っていたんだっけ。

「あの、咲恋さん……龍我探偵、どんな様子でした?」

「うん、今のところ落ち着いているわよ。とっても静かだし。あの嫌味だった頃よりよっぽど可愛げあるわよ。ずっとこのままでもいいかもね」

「それじゃ行衛さん殺した犯人わからないままですけど……。それに、なんていうか咲恋さんも危ないし」

「大丈夫よ、寝るときは手足縛らせてもらってるから。変な事されそうになったらぶん殴ってやるし」

「いや、そうじゃなくて、もし犯人が龍我探偵の居場所を掴んで、ここへやってきたら、咲恋さんだって襲われる危険が」

「ん……まあね。でも他にかくまえるところもないしね」

「やっぱり警察に引き渡した方がいいんじゃないですか? 少なくとも殺されることはないし、僕らが犯人を見つければ、牢屋からも出してもらえるんですし」

「駄目よ。百千万億は完全に龍我探偵を犯人って決めつけてるし、捕まったらあれよあれよという間に有罪にされちゃうわよ? そもそも今さら渡したところで、あたしたちが何の罪に問われないってこともないだろうし」

 う……まあ、一度かくまっちゃったしな、もう。



「ひいいいいいいい、すみませんすみません!」

 事務室で仲村渠への取り調べは続き、仲村渠は平謝りしている。

「何やこれは!?」

 仲村渠のバッグから大量の写真が出てくる。普通のウェイトレスの写真、店の風景を撮った写真もあれば、パンチラ写真や胸元のアップの写真とかまである。

「さ、撮影禁止の店内でよくこれだけ撮りましたね……」

「はっはっは、そりゃ僕ぐらいの腕前ならね。痛い痛い痛い痛い痛い痛い、耳引っ張らないで!」

 さっきから何度も風音さんに耳を引っ張られたりほっぺをつねられたりして、すっかり顔がボロボロの仲村渠。咲恋さんも見に来て、感心している。

「まあ凄いわねぇ、にしても、有人ちゃんのパンチラ写真見たけど、お尻ショットでよかったわね。前から撮られていたらもっこりが確認されて、正体ばれることろだったわ」

「そういう問題じゃないでしょう……」

「なんや、二人でボソボソ話して?」

「い、いや、何でも、おほほほほ」

「これをいくらで売ってたんだって?」

「い、一枚4000円で」

「「「「4000円!?」」」」

「この店の常連の人たちに売って、その中の誰かが勝手にネットに載せちゃったみたいで。困るよなぁ、僕の許可なしに。痛い痛い痛い痛い痛い、ほっぺた引っ張らないで!」

「お前の許可があってもよくないだろうが」

「そ、そんなに高値で売れるの!? ゴクッ……!」

「咲恋さん、もしかして今、あたしもこの子たちの撮って売ろうかしらって考えませんでした?」

「な、何でわかったの? さすが有人ちゃん、名推理」

 最低だ、この人……。

「そういうことでしたら、ネガをお渡ししましょうか? いくらでも焼き増しできますし、何なら家にあるこれまでのコレクションも持ってきますよ。痛い痛い痛い痛い痛い痛い、噛み引っ張らないで! 残り少ないんだから!」

「全部持ってこい、焼き捨ててやるから」

「あんた、明日からうちの店、出入り禁止な」

「そ、そんなああああああ、こ、この店は僕の生きがいで!」

「警察突きださないだけでもありがたく思え!」

「お、お願いだよ~! もう二度と、盗撮しないって誓うからさぁ! ぼ、ぼぼぼぼ僕は、この店に来れないと禁断症状を起こして死んでしまう!」

「じゃあ誓約書でも書かせましょう。二度と盗撮をしない、入店の際は仲村渠さんだけ必ず荷物チェックを受けること。この二点を守れるなら」

「「お、オーナ~……!」」

「お客様は神様なんだから、寛大な処置をしなさい。この店はトラブルも多いんだから、その度に警察呼んでいたら、こっちも商売にならないわよ」

 何だか色々と本末転倒な発言な気もするけど、探偵喫茶なのに……。

 結局、風音さんたちも渋々納得して、仲村渠さんは誓約書を書くことになる。左手でペンを持ち、チラシの裏に何か適当な文章を書いている間だった。テーブルの上に散乱した写真の一枚を見て、僕は気づいてしまう。

「これ、咲恋さん!」

「何? あっ!」

 店の中を撮った写真。多くの客が写っているけど、その中に……行衛さんの姿が。

「ねえ、これ、いつ撮ったの!?」

「えっ? これは確か、四日前に撮ったやつだよ」

「今日から四日前っていうと……行衛さんの亡くなる二日前?」

 写真の裏に撮った時間がプリントされている。十三時十五分……。

「あたしはこの時間、お店にいなかったし、有人ちゃんもお休みだったし。どちらかがいたら気づいてたでしょうに」

「行衛さん、亡くなる二日前に、アルテミスに来てたんだ……!」

 二日前っていうと、おそらくはもう自宅には帰っていなかった頃だ。そんな時に、この店で行衛さんは、一体何をしていたのか……?



 フロアへ戻り、業務に勤しむ。すると一人の若い男性客に呼び止められる。

「なあ、あんたが王隠堂有人?」

「あ、はい。ご注文ですか?」

「いや、ちょいと一言礼を言いたくてな。おふくろを殺した犯人を明らかにしてくれた礼を」

「えっ? あなたは……!」

「法華津大源だ。あんたらに親父の素行調査を依頼した」

「息子さんの!? あ、ど、どうもこの度は……。その……ショックだったですよね、お母さんを殺したのがお父さんだったなんて」

「ケッ、どうせそんなこったろうと思っていたよ。あの夫婦、終わってんだわ。あいつらが嫌で嫌で、俺はさっさと家を出たんだからな。でも……まさか殺しまでするとは思わなかったよ。おふくろもちょっとは浮かばれるかもな。あんがとよ」

「い、いえ、でもどうして……僕が事件を解決したって知ってるんですか? 事件解決前に素行調査の依頼は終わっていたのに。それ以来、オーナーもコンタクトを大源さんに取っていませんでしたよね?」

「ああ、王来王家って探偵がわざわざ教えに来てくれたんだよ。真実はちゃんと事細かく教えておいた方がいいだろうと思ってって言ってたぜ」

「えっ? あの人、警察の前では自分の手柄にしていたくせに」

「ま、犯人アンド被害者の息子の俺には、その辺のことも嘘はつきたくなかったんじゃねえの? 嫌味っぽい喋り方だけど、それなりに義理堅そうだったぜ?」

 意外だ……龍我探偵。でもまあ、忽滑谷水織の仇を取ろうとしたり、それなりの人情みたいなものはあるのか?

「その義理堅い名探偵も、今や殺人犯か」

「! 六月一日さん」

 大源のとなりのテーブル席に座っているのは、六月一日。今日も店で原稿を執筆している。ほとんど注文もせず。

「殺人犯? あの探偵が?」

「ニュースでやってるよ。指名手配中だって。まさかとは思ったけどね」

「違いますよ、龍我探偵は犯人じゃありません。被害者を殺す動機がありませんから」

「そんなことはないよ。君、知らないのかい? 龍我探偵は、同じ探偵会社の忽滑谷水織と交際していたこと。前に探偵物のドラマを書くために、あの会社に取材に行かせてもらった時、こっそり掴んだ情報なんだけど」

「えっ、そうなんですか!?」

「彼は相当なプレイボーイだ。言い寄る女はいくらでもいる。当然、他にいい女ができれば、忽滑谷と別れようとも考えるよね? それは忽滑谷が拒否しようとしたら? 立派な殺害の動機になるよね?」

「なっ……!? で、でも、龍我探偵は、忽滑谷さんを殺した犯人を捜そうと必死で……!」

「そんなの自分から疑いを逸らすためのフェイクに決まってるさ。そしてもう一つ、こんなことも知っている。行衛梨亜と忽滑谷水織は親友だったってこともね」

「く、詳しいですね……」

「行衛梨亜って、梨亜ちゃんがどうかしたのかよ?」

 そっか、大源のお母さん、行衛終の妹だっけ。

「親友を殺した犯人を突き止めようとした行衛梨亜は、龍我探偵まで行きついた。そして犯人の正体を知ってしまったため、彼女まで殺されてしまう。これが動機さ」

「ちょっと待てよ! 梨亜ちゃん、殺されたのかよ!?」

「知らなかったんですか? いとこですよね?」

「どっちも両親亡くなってんだ。もう俺は親戚とも付き合いねーし、知らねえよ。マジかよ、梨亜ちゃん……!」

「せめてニュースくらいはチェックしておいた方がいいよ。おっと、もうこんな時間か。そろそろ局の方に打ち合わせに行かないと。じゃあね、有人ちゃん。この間オファーしたヒロインの件、考えておいてくれよ?」

「はは……」

 右腕の腕時計で時間を見て、いそいそと荷物をまとめ、会計を済ませて店を出て行く六月一日。また思わぬ情報をあの人から得てしまった。

「梨亜ちゃんが殺された……? まさか、あいつの親父のことか?」

「何か知ってるんですか、大源さん?」

「疑ってたからな、うちのおふくろもあいつも。伯父さんは自殺するはずなんかないって。そんなタマじゃねえって」

「茜子さんも?」

「ああ、色々調べてたみたいだぜ、伯父さんの死について」

 法華津茜子が、行衛終の自殺について……?



 休憩室へ行くと、龍我探偵がぼーっと座っていた。

「あ、失礼します」

 僕が入ってくるのを見ると、龍我探偵は軽く会釈する。調子狂うなぁ。

「ど、どうですか? 何か思い出せました?」

「いえ、何も……。あの、王隠堂さん……」

「いつもは子猫ちゃんって呼んでましたけど」

「な、何ですか、それ? 私はどんな人間だったのですか?」

 それは僕もわからない……。

「私は……ここに居続けていいのでしょうか?」

「えっ? どうして?」

「皆さんの迷惑になっていますし……休憩に来られたスタッフの方が私を見るたびにギョッとした顔をしますし」

 そりゃ普段とのギャップがありすぎるから……。

「それに私、殺人犯なんですよね?」

「それは違いますよ。警察が誤った捜査をしているだけで」

「どうしてそう言い切れるんですか? ハッキリと私が犯人じゃないって証拠でもあるんですか?」

「そ、それは……!」

 ……今までならともかく、さっきの六月一日さんの話を聞いた後では、正直なところ……自信がない。証拠なんてもちろんないし、このままでは本当に……。

「私は……怖いんです。自分が何者かもわからない、殺人犯なのかもしれない。そんな私に親切にしてくださる人たちに対してかえって申し訳ないと思えて……こんないい人たちにまで迷惑をかけてしまいそうで……!」

「りゅ、龍我探偵は、手足を縛られて川へ沈められていたんです。犯人に殺されそうになった証拠です!」

「もしかしたら、罪を悔いて自殺しようと思って、自分で自分の手足を縛ったのかもしれない! 考えられない話じゃない、私は……!」

「悪い方、悪い方ばかりに考えないでください! 大丈夫ですよ、僕が必ず……龍我探偵の無実を証明してみせます。だって僕は……探偵ですから!」

 そうだ……色んな誤解があっての経緯とはいえ、僕がこの店で働こうと思ったのは、自分のこの小賢しい頭を活かしたいから……! やるんだ、龍我探偵の潔白を証明するために! そのために、探偵になったんだから。



 翌日もお店は大繁盛。かたやワイドショーでは未だ捕まらない龍我探偵の行方を追った特集が組まれるなど、事件のことで大賑わいだ。さすがこれまでいくつも難事件を解決してきた名探偵だけあって、世間の注目度も高かった。

「満笑ちゃーん、オーダー!」

「は、はいはーい!」

「満笑ちゃーん、こっちもー!」

「は、はわわわわわわ、はい、今行きまーす!」

「満笑ちゃーん、こっち向いてニッコリ笑ってー!」

「は、はい? はわわわわぁ!?」

 ドンガラガッシャーンとまたド派手に転んでしまう満笑ちゃん。お盆に乗せていたフルーツパフェをひっくり返し、生クリームを頭からかぶってしまう。

「だ、大丈夫、満笑ちゃん!? うっ……!」

「「「「おおおおおおおおおお!?」」」」

 顔中に生クリームをべっとりとかぶってしまったその姿は……その……なんていうか、ハッキリと言葉に表現できない(してはいけない)けど、何とも……エロい! 気が付けば、男性客全員がオスと化している。あああ、僕までとってもそそられて、何だか……!

「ちょっと、満笑! 何やってんのよ!」

 七五三さんの激怒でみんなハッと我に返る。つい地が出てしまった七五三さんも続いて我に返る。

「あっ、えっと、も~、駄目でしょ、満笑ったら。おドジさん♪」

「ご、ごめんなさい……」

「ここはあたしが掃除しておくから、あなたは早く顔を洗ってらっしゃい。あたしより色気出さなくていいのよ」

 満笑ちゃんは目に涙を溜めながら洗面所へ向かう。僕は満笑ちゃんの様子が気になって、つい見に行く。

「あっ、有人ちゃん……」

「大丈夫、満笑ちゃん?」

「えへへ、またやっちゃった、私……」

 ここのところ、フロアの仕事では失敗続きだから、結構凹んでいるな、満笑ちゃん……。



「ごめんね~、二人とも。今日はどうしても実家に帰らなきゃいけなくて。お母さんが風邪で寝込んじゃったらしいのよ」

 勤務終了後、咲恋さんが僕と満笑ちゃんに、自分の代わりに店に泊まりこんでほしいと頼んできた。誰かが龍我探偵を見張っていないといけないためだ。

「いいですよ、お母さん、大したことないといいですね」

「そうね、ありがとう。じゃ、よろしくね」

 そうして店内は、僕と満笑ちゃんと龍我探偵の三人になる。休憩室で夕食を食べ、談話して、なんとなく時間が過ぎていく。気が付くと夜中の十二時を回っていた。

「そろそろ寝ますか」

「そうですね。じゃあすみません、一応、咲恋さんに言われているんで……」

 龍我探偵の手足を縛らせてもらい、テーブルなどを端に寄せ、床に敷いた布団で寝てもらう。僕と満笑ちゃんも布団を敷くが、そんなに広くないのでかなり密着してしまう。三人寝るのはさすがにきついよな。っていうか、満笑ちゃんの隣で寝る!?

 な、なんかドキドキするシチュエーションだなぁ……。緊張して寝られないんじゃないか、今日?

「二人で代わりばんこで見張ろうか」

「あ、そ、そうだね。名案。じゃあ三時間おきに交代しよう」

そりゃまあ、縛っているとはいえ、龍我探偵からなるべく目を離さない方がいいか。犯人がこの場所を突き止めていない保証なんてないんだから。

「じゃ、先に有人ちゃん、寝ていいよ」

「う、うん。じゃあ四時ごろに起こして」

 先に寝かせてもらうが、果たして寝れるだろうか……? 満笑ちゃんは起きているとはいえ、それでもこれだけそばにいるとなんか緊張してしまう。

 満笑ちゃんも別の意味でかなり緊張しているみたいで、ガチガチになりながら龍我探偵を凝視している。

「ま、満笑ちゃん、大丈夫?」

「う、うん、任せて!」

「そんなに力入れなくても……もう少しリラックスした方がいいよ」

「リラックス……リラックス……!」

 駄目だこりゃ。真面目だからな、見張りっていう任務にプレッシャー感じちゃうんだろうな。

「あ、そうだ、ちょっと待っててよ」

「?」

 僕は更衣室へ戻り、自分のロッカーからある物を持って戻る。

「はい、これ抱いてると落ち着くかもよ」

「わー、可愛いぬいぐるみ!」

 それは前に、行衛梨亜さんに事件解決のお礼でもらったクマのぬいぐるみだった。それを満笑ちゃんに渡す。

「お店に飾ろうかと思って持ってきたんだけど、満笑ちゃんにあげるよ」

「いいの?」

「僕が持っているより満笑ちゃんが持っている方が似合うしね」

「ありがとー、有人ちゃん」

 そりゃだって、男だもの僕……。必要ないしな、ぬいぐるみなんて。

 ただ店まで持ってきたのは、行衛さんの供養になればと思って、あの人からもらった形見を、事件解決まで店に置いておこうと思ったのだ。そもそも家に置いておけないしな、あんなの。

 満笑ちゃんは嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめている。肩の力も少しは抜けたみたいだ。よかった。僕も安心して、再び寝つこうと努力する。

 だがそれからしばらく横になって目を閉じているものの、一向に眠くならない。まずいな、少しでも寝ておかないと、あとがきついぞ……。そんなこんな考えているうちに、一時間半くらい時間が経ってしまう。頼む、少しでも寝かせてくれ……! そう願っていると、やがてようやく眠りに落ちていった……。



 スズメの鳴き声が聞こえる。今……何時だ……?

 ハッとして飛び起きる。時計を見ると朝の五時半。

「えっ、嘘!? 満笑ちゃん!?」

 見ると満笑ちゃんはグッスリ眠っていた。起こしてくれなかった? 僕は満笑ちゃんの肩をゆすって起こす。

「満笑ちゃん、満笑ちゃん!」

「ん? ん~……朝……? あっ!」

「龍我探偵は……!」

 いない……! 寝ていた布団は空っぽだった。縛ってあったはずの縄は布団の上に置いてある。自力で解いた……? まさか……逃げられた!?

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