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第三章

今日もアルテミスでの仕事が終わり、店内を掃除していると、聖奈ちゃんと七五三さんが何か話していた。

「もー、ホントに最低! 何でこんなこと広まっちゃってるのか!」

「どうしたんですか?」

「あんたには関係ないわよ!」

 キッと睨まれる。なんかもう、目の仇にされてるなぁ、僕……。

「見てみい、これ」

 聖奈ちゃんが携帯電話のネット掲示板を見せてくる。そこには七五三懸七五三の真実と題されたスレッドに『七五三懸七五三は局の楽屋でひたすら柿の種とピーナッツを貪っている』と書いてあった。

「何でよ、何でそんなこと知ってんのよ!? 誰よ、これ書き込んだの!」

「まあええやんか。別に可愛い噂話やんけ」

「よくないわよ! あたしはね、ファンの前じゃ好物がいちごショートケーキで通ってるんだから! 柿の種とピーナッツが大好きなんて知れたら、イメージダウンもいいところだわ!」

「そ、そうですかね……?」

「あんたは黙ってなさいっての!」

「は、はい……」

「なあ、ここに書かれとる楽屋って、どこの局のやかわかるか?」

「多分、レギュラー番組やってる日本一テレビだと思うけど」

「いつも同じ部屋やったりするか、そこ?」

「そうね。大体同じね。何でよ?」

「そっか。じゃあ調べてみる価値、あるかもしれんな」

「?」



 翌日。僕は聖奈ちゃんに呼び出され、日本一テレビ局の前に来ていた。

「おー、来たな、有人」

「何するの、今日は?」

「ちょっと七五三の口利きで、局の中入らせてもらう。そんで調べるんや、七五三の楽屋に盗聴器が隠されとらんか」

「盗聴器!?」

「せや。熱狂的ファンを持つアイドルにありがちな話やからな。盗聴から秘密が漏れるケースっちゅうのは。これも探偵の仕事の一つや」

「へ~、面白そうだね。でも何で僕を呼んだの?」

「ん、まああれや、一回盗聴器の発見の仕方を教えてやりたいのと……もうちょい仲良くさせたりたくてな、あんたと七五三を」

「あ……はは」

「あんま気にせんでな。あいつ、プライド高くて意地っ張りやけど、決して悪い子やないねん。あんまり誤解されても敵わんからな」

「……うん、ありがとう、聖奈ちゃん」



 初めて入るテレビ局の中。七五三さんに案内され、楽屋へ入る。

「ここよ。特別、普段と違うものは置いてないけど」

「オッケー、任しとき。せや、せっかくやから、有人、やってみいひんか?」

「えっ、僕が? でもどうやって?」

「これ使うんや、ジャジャーン!」

 それは割り箸を折って、L字に繋げただけの木だった。二つあり、両方渡される。

「……何、これ?」

「うちが発明した、特製の盗聴器発見器や!」

「〝器〟って、ただの割り箸……」

「それを両手に一個ずつ持って、怪しいとこをうろつくんや。盗聴器のある場所に反応して、割り箸がグリンって動くから」

 割り箸って言っちゃったよ……。

「それってダウジングってやつじゃ……」

「いいからやってみんかい。アルテミスの発明女王と呼ばれるうちを信じぃ」

 このハリボテが発明ねぇ……。仕方ないので、とりあえず部屋中を動き回り、そこらへ箸を近づけてみる。するとテレビの前で思いっきり割り箸が動いた。

「反応した!?」

「来た来た来たでー! この後ろやな! ほら、見ぃつけた!」

 テレビの後ろから、小型の盗聴器を本当に発見してしまう。

「う、嘘……?」

「どや、うちの発明品の力!」

 聖奈ちゃんの発明品が凄いのか、僕が凄いのか……。とにかく本当に盗聴器は仕掛けられていたのだ。

「やっぱあったんだ。ありがと、聖奈。ったくもう、次から楽屋変えてもらおーっと」

「その方がええな。どうせキモいファンの仕業やろうけど、気ぃつけや。なんかおかしいと思ったらうちに相談するんやで」

「うん、ありがとう」

「こっちにもな」

 聖奈ちゃんは僕を指さす。だけど七五三さんは、そう言われるとそっぽを向いてしまった。結局、聖奈ちゃんの仲良くさせようプロジェクトは、あまり効果なしに終わったか……。



 休憩室にて、休憩中も咲恋さんは事件の話をする。

「文殊四郎成斗殺害事件の資料を集めてきたわ。まずは被害者の文殊四郎、四十六歳、芸能レポーターを務めているけど、かなり優秀だったみたいで、彼の調べで不自然なくらい芸能人のスキャンダルがザクザク出てきたって。

三年前に不倫スキャンダルでニュース番組を降板させられたアナウンサーの四十八願蝶子よいならちょうこっていたでしょ? 彼女のスキャンダル暴いたのも文殊四郎だって」

「へ~、この写真見る限りじゃ、いやらしいオッサンにしか見えへんけどなぁ。仕事はできるんやなぁ、見かけによらず」

「そんな文殊四郎が最近、熱心に追いかけ回していたのがこの小童谷文人、二十二歳。中学、高校時代はヤンキーだったって噂で、ゴシップ雑誌にはクスリや盗みもやっていたとか書かれていたわ。証拠はないけどね。

 でも文殊四郎がついに、その証拠を掴んだって言われてるのよ。過去の秘密が露見すれば、アイドル生命を脅かすことになるかもしれない。それでもし、小童谷文人をゆすっていたら?」

「黙っている代わりに金をよこせ、ってことですかね?」

「トップアイドルですもの。それくらいの取引は持ちかけるかもしれない。記事にするより、それをネタに脅した方が何倍も儲けられるでしょうから」

 素行不良だった過去を持つアイドルか……。見た目で判断してしまって申し訳ないけど、この鋭い目つきに、逆立てた金髪、風貌は確かにやんちゃそうだ。

「つまり小童谷は文殊四郎を殺害する動機があったっちゅうことやろ? じゃ、こいつが最有力容疑者ちゅうことか?」

「ところが話はそう簡単じゃないのよ。文殊四郎が殺害された日、小童谷にはアリバイがあったの。番組の収録、丸一日かかってるわ。もちろん空き時間なんてないわ。常にスタッフや共演者の誰かと一緒だった」

「なんや、法華津と同じパターンかいな。じゃあ違うんとちゃう?」

「そうなのよねぇ、アリバイがある以上、他にどんな証拠があっても犯人ではありえないってことになっちゃうし……そろそろ聞かせてくれる? 有人ちゃん。法華津安路が茜子を殺害した方法がわかったんでしょ?」

「はい。これはいわゆる、交換殺人ってやつです」

「「交換殺人!?」」

「それってあれやろ? 自分が殺したいと思ってる奴を誰かに殺してもらう代わりに、そいつが殺したがってる奴を自分が殺してやるっていうやつやろ?」

「そう。おそらく、法華津安路が文殊四郎成斗を、小童谷文人が法華津茜子を殺害したんです。調べた結果、安路は文殊四郎が殺された日の、小童谷は茜子が殺された日のアリバイがありません。

でも安路は文殊四郎と接点がなく、小童谷は茜子と接点がないため、動機がない人物に警察の捜査の手は及ばない。自分が殺したい人物が殺された日のアリバイを確保しつつ、ターゲットを始末できるという手段です。

番組で共演した二人はお互いのことを知り、交換殺人を提案した。仲村渠さんが入手した写真、ドラゴンナイツの忽滑谷探偵が調査した時に見つけてしまった、二人がプライベートで会う現場。この時、多分計画の打ち合わせをしていたんだと思います」

「なるほど……それなら二人が交換殺人を計画したっていう証拠さえあれば、もうアリバイなんて何の意味もなくなるわね」

 そこで七五三さんが休憩に入ってくる。

「休憩入るわね」

「おう、うち休憩終わりやな」

 聖奈ちゃんが入れ替わりでフロアに戻る。僕も本当はそろそろ戻らなきゃいけないんだけど。

「七五三ちゃん、小童谷文人とコンタクトって取れる?」

「小童谷? 取れますよ。前に歌番組で共演した時メルアド聞かれたから、あいつに。しつこくメールしてきてシカトしてるけど」

 うわ、さすが……。

「小童谷をお店に呼んでほしいのよ、お客さんとして」

「どうするんですか、咲恋さん?」

「決まってるでしょ? 尋問するのよ、小童谷を。この探偵喫茶でね」

「「尋問!?」」

「場所はGルームの方がいいわね。落ち着いて話ができそうだし、いざというときに逃げられないためにも。可愛い女の子たちに言葉巧みに攻められ、果たしてしらばっくれられるかしらね? ふふふ……」

 た、楽しそうだ、咲恋さん……。

「オッケー、わかりました。あいつを呼び出して、あたしの魅力で骨抜きにしてやるわ。見てなさい」

 そうして話がまとまり、早速七五三さんが小童谷に電話をかけようとした時だった。休憩室のテレビで、ニュースが流れる。


「臨時ニュースです。人気アイドルの小童谷文人さんが、今日未明、何者かに殺害されたことがわかりました」


「「「ええっ!?」」」



 警察署へ出向き、百千万億署長に会わせてもらう。

「おお、有人ちゃん!?」

「こ、こんにちは、署長さん……」

「おおおお、よく来たねえ~! ささ、署長室へ案内しよう。二人っきりで優雅でエロティックな一時を……!」

「あ、あの、お願いがあって来たんですけど、聞いてもらえます?」

「聞く聞く! 有人ちゃんのお願いなら何でも聞いちゃう!」

「小童谷文人さんが殺された事件について教えてほしいんですけど」

「小童谷の? ああ、いいとも」



 お店で仲良く(?)なっておいてよかった。百千万億はあっさり僕の頼みを承諾してくれて、刑事課の資料室へ案内してくれる。こんな人がトップで、本当にこの署は大丈夫だろうか心配になる。

「これだ。現場写真と解剖記録。本当は君みたいな可憐な少女に見せたくないんだけどねえ、こんな惨い死体の写真なんて」

「これは……撲殺ですか?」

「ああ、左後頭部を殴られている。犯人と争った形跡がないところを見ると、どうやら背後から襲われたらしいな」

「殺害現場は日本一テレビ局の駐車場……目撃証言は今のところなし」

「ったく、この間もここで殺人が起こったばかりだってのに、呪われてんじゃないかと思うよ、ここのテレビ局は」

「この間? ああ、そういえば……文殊四郎成斗の殺害現場もここでしたっけ?」

「お~、さすが探偵喫茶に勤めるだけあるよ。なかなか詳しい。そう、文殊四郎は生放送の仕事終わりに、小童谷は仕事で来たところを殺されたみたいだな」

 これは偶然なのか……? それとも……。

「さて、もういいかな? それじゃあ次はワシの部屋で目くるめく官能のティータイムと行こうじゃないか」

「あ、あの、文殊四郎成斗の捜査資料も見せてもらえませんか?」

「なぬ? いいけど」

 続いて文殊四郎の捜査資料を見せてもらう。遺体の写った写真、そばにかけていた眼鏡が落ちている。

「紫のフレームなんぞ、随分趣味悪いやっちゃな」

「よく眼鏡を変えてましたよね、この人?」

「ああ、眼鏡集めが趣味らしいからな。その日の気分で、一日の間にも何度もかけ替えたりするらしい。ちなみにこの紫のやつは、仕事終わりにかけ替えたやつらしい」

「仕事終わりに?」

「うむ、生放送では黄色のフレームの眼鏡をかけておってな。それで文殊四郎の荷物を調べたら、車の中から殺された日付の眼鏡を買ったレシートが見つかった。どうやら新品だったらしい。開けるのに苦労したんだよ~、車のキーが盗まれとったからな」

「車のキーが?」

「うむ、手荷物全部盗まれとってな。物取りの犯行に見せかけようとしたのか。車内に鍵があるのが見えたから、インキーでロックしてしまったのかと思いきや、家の鍵だったしな」

 色々調べているな。ちゃらんぽらんに見えて、結構仕事はちゃんとやっているみたいだ。

「凄いですね、署長さん。そこまで調べているなんて」

「ガッハッハ、ならとっておきの情報をもう一個教えちゃおうかな~? 実はねぇ、有人ちゃん。わかったんだよ、法華津茜子殺害の犯人が」

「えっ!? だ、誰だったんですか?」

「それがなぁ……もっと早くわかっていれば、死なせずに済んだんだがなぁ。小童谷文人だったんだよ、これが」

 ……! 僕と同じ推理にたどり着いたのか?

「これがねぇ、法華津の家の庭にシルバーアクセサリーが落ちていてね。もしかしたら犯人のじゃないかなぁって思って調べたら、オーダーメイドで世界に一つしかないんだと。それを注文したのが小童谷文人。奴のだったんだよ。今日ようやく突き止めたんだがな」

「アクセサリー?」

「こんな間抜けな証拠を残していくとは、どっちにしろ破滅しかなかったんだなぁ、小童谷は。いやはや、アイドル生命は短いものだが、犯罪に手を染めたせいでそれ以上に短い生命となってしまったな」

 ……何か釈然としない。そんなものを現場に落としていくなんて。よっぽど慌てていたのか? それとも……。

「フッ、なるほど、そういうことか」

「うわわっ!? りゅ、龍我探偵!?」

 何故かいつの間にか、僕の後ろに立っている龍我探偵。

「な、何でこんなところに!?」

「おお、龍我くんか」

「えっ? 署長さん、お知り合いなんですか?」

「もちろんだとも。彼には世話になっているからねぇ、色々と」

「フッ……警察が手におえない難事件を、星の数ほど解決してきたからねぇ、僕は。君たち素人探偵とは格が違うから、格が」

 相変わらず嫌味な奴……。

「今やワシが公認して捜査権を与えている名探偵だからな。今度の事件も君を頼りにしてたんだが、どうやらその必要もなくなったみたいだな」

「フッ、まあ可愛い後輩の仇が討てたのなら、それで僕は満足だから」

「仇? あ、そっか……同僚が殺されているんですもんね」

「そう、そして……まだ終わっていない。今、話を聞かせてもらってハッキリしたよ」

「?」

 そして三人とも資料室を出て署内を歩く。すると婦警たちが龍我探偵を見るたびにキャーキャー騒いで寄ってくる。

「キャー、龍我さん!」

「龍我さん、いらしてたの~!?」

「ねえ、龍我さん。今度はいつ海へ連れてってもらえるの?」

「そうだねぇ……星が舞い降りた時、かな?」

「「「キャー!」」」

 意味の分からないカッコつけに、何故か大熱狂する婦警たち。とりあえず龍我探偵にメロメロだというのはよくわかった。

「僕のファンクラブの子たちさ。君も入れてあげるよ?」

「結構です……」

「じゃあ、アディオス、可愛いツバメちゃんたち。子猫ちゃんも、次は戦場で会おう」

 何だそりゃ? 無意味にカッコつけて、龍我探偵は警察署を去っていく。

「いや~、龍我くんはカッコいいなぁ。ワシも男ながら龍我くんになら抱かれてもいいと思うな」

 ゲロゲロ……。

「ま、そんなことはさておき、ようやく二人っきりのチークタイムがやってきたね、有人ちゃん! もう我慢しないよ! ワシの部屋へゴー!」

「あ、あの、署長さん。今日は署長さんにプレゼントを持ってきたんです」

「プレゼント? いきなりだな」

「これです!」

「ぬおおおっ、これはあああ!?」

 僕が取り出したのは、純白の……パンティ!

「昨日まで穿いていたやつなんですけど、新しいの買ったから捨てようかなって思ったんですけど、もったいないから……署長さん、貰っていただけます?」

「もももも、もちろんだああああああ!」

「で、今日はちょっとこの後用事があるので、これで失礼させていただきますね」

「うむ、しょうがないな。気を付けて帰ってね。あああ、有人ちゃんの使用済みパンティ……有人ちゃんの香り、なんて香しい……」

 ニッコリ微笑んでパンティを受けとり、この上なく幸せそうな顔をして頬ずりしている。気色悪すぎる……。

 だがお陰で襲われることもなく、無事退散することができた。ちなみにパンティはコンビニで買ったただの新品。入れ知恵をしてくれたのはもちろん咲恋さんだ。何か少し哀れ、百千万億署長……。



 アルテミスに戻って調査報告をする。

「法華津安路を?」

「はい、アルテミスに呼んでほしいんです」

 僕は思い切って咲恋さんに提案してみる。咲恋さんもまさか僕から言われるとは思わなかったようで、面食らっている。

「咲恋さんが小童谷にやろうとしていた方法で、法華津の犯行を暴こうと思うんです」

「その顔……何か秘策ありって感じね? 証拠掴んだの?」

「証拠は……残念ながらまだありません。でも、やり方次第で相手の自爆を誘うことはできるかもしれません」

「オッケー、わかったわ。有人ちゃんに賭けてみる。七五三ちゃん、法華津のアドレスは知ってる?」

「うん、もちろん。あいつ、不倫相手がいるくせにあたしにもしつこくモーションかけてきてたから」

 さすがだ、七五三さん……。

 さて……上手くいくかどうか。相手がもし、こっちの狙いに気付いたらアウト。打つ手なしだ。果たして……?



 翌日。

 今日も店内は大盛況。そしていつも通り、変な客も大勢いるが、今日の客の中には特にたちの悪いのがいるみたいだ。

「ひゃっ!?」

「うっひょー、有人ちゃんのお尻、プリプリだね~」

「おい、貴様! 我々の有人ちゃんに手を出すと許さんぜよ!」

「んだコラァ!? 何か文句あるのか、てめえ!?」

「お、お客さま方、喧嘩はやめてください!」

 男を取り合って男同士が喧嘩とか、頼むからやめてくれ、地獄絵図だ……。

 だが僕の制止も虚しく、掴み合いの喧嘩が始まってしまう。これまで客同士の一触即発のトラブルは何度かあったが、ここまでエスカレートすることはなかっただけに、僕もどう対処すればいいか困ってしまう。

「んだオラァ!?」

「ああ!? やるぜよか!? ボコボコにしてやるぜよ!」

「お、お客様!」

 両者が振りかぶって、渾身の右ストレートを繰り出した瞬間だった。

「はい、そこまで」

「「!?」」

「えっ……!?」

 気が付くと、殴りかかっていた二人ともが、いつの間にか空中に半回転して浮いていた。そして重力に逆らえず、どさっと床に叩きつけられる。

「「「「おおおおお!」」」」

「出た、風音様の空気投げ!」

「凄い、二人いっぺんに一瞬にして投げ飛ばすなんて!」

「「「きゃああああ、風音様ああああああああ!」」」

 この店の一割にも満たない女性客が狂喜乱舞する。どうやら風音さんのファンらしい。

「お前ら……男のくせに女々しいんだよ。喧嘩なら外でやりな! これ以上店の中で暴れるってのなら……二度とフルーツパフェ食べられない体にしてやるぜ」

「「ひいいいいいいい、すんませんでしたああああああ!」」

 平謝りして土下座する二人の客。凄い……こんな強かったんだ、風音さん。

「大丈夫かい、有人?」

「は、はい、ありがとうございます」

「気にすんなって。揉め事があったらいつでもあたしに頼んなよ」

 なんて男前なんだ……女の人なのに。それに比べて僕は……。



「七五三ちゃーん、オーダーお願い!」

「は、はーい……」

「危ない、七五三さん!」

 ド派手な音をたてて、七五三さんがお盆をひっくり返してしまう。客に被害はなかったが、日本のトップアイドルが転んだということで、店中の男たちが絶叫する。

「「「「七五三ちゃあああああああん!」」」」

「だ、大丈夫、七五三ちゃん!?」

「だ、大丈夫です。ごめんなさい、えへへ、ドジっちゃった」

「「「「うおおおおおおおお、七五三ちゃああああああん!」」」」

 こんな時でも営業スマイルは忘れない七五三さん。プロだ。

 だけどどうしたのだろう? さっきから七五三さん、ミスばかりしている。いつもなら誰よりもテキパキ仕事をこなすのに。

「七五三ちゃん、凄い熱じゃない!」

 咲恋さんが七五三さんの額に手を当てて確かめる。風邪か。

「へ、平気ですよ、このくらい……」

「駄目よ、今日は上がって休んでなさい」

「だ、だって……この後、あいつ来るんですよ? 法華津の奴が。あたしが来てねって呼んだんだから、それまでいないと。あたし目当てで来るのに、いないってわかったら帰っちゃう」

「な、七五三ちゃん……!」

 それでも咲恋さんが何とかなだめ、一時だけでも休憩室で休んでもらうことになった。ソファーで横になり、氷枕で冷やす。聖奈ちゃんも風音さんも、心配そうに七五三さんの具合を見る。

「やっぱり……シフトを減らしてあげるべきだったわ。アイドルの仕事に加えて、ウェイトレスと探偵なんて」

「でも七五三がええ言うたんやろ? しゃーないやん。あいつの自己管理の問題や」

「だけど七五三、平均睡眠時間三時間ないらしいからな。倒れても無理はない」

 そうか……七五三さん、相当無理していたんだなぁ。きっと日本一忙しいアイドルなんだろうなぁ、七五三さんって。

「オーナー、法華津さんが来ました!」

 満笑ちゃんが大慌てで休憩室へ駆け込んでくる。ついに来たか……! すると七五三さんがガバッとソファーから起きる。

「……行かなきゃ」

「どうすんや? あんたがGルームで、一対一で話す気かいな?」

「あったりまえ。で、何を聞き出せばいいんだっけ?」

「あららら……」

 昨日打ち合わせしたことをすっかり忘れている。こりゃ駄目だ……。

「七五三ちゃん、これ」

 咲恋さんが七五三さんにイヤホンを渡す。トランシーバーで声を届けられる。

「これで有人ちゃんから指示を送ってもらうわ。もともと有人ちゃんが考えた策だし。その方が確実でしょ」

「ちょ、嫌よ! あたし一人でやるわ!」

 やっぱそう言うよな……。とことん嫌われているわけだし。

「七五三ちゃん、自分の仕事にプライドを持つのはいいけど、これはチームプレイよ? 一人の我がままで作戦が台無しになったら、全部これまでの調査が無駄になるわ。わかってる?」

「……」

「あの……七五三さん」

「……何よ?」

「僕……一緒に真実を明らかにしたいです、七五三さんと。だから力を貸してください」

「……わかったわよ、やりゃあいいんでしょ、やりゃあ」



「いらっしゃいませー、探偵喫茶へようこそ!」

「おお、七五三ちゃん! 遠路はるばるやって来たでー。偉い家から遠いとこにあるから大変やったわ」

「来てくれてありがとー。七五三、感激♪」

 フロアに出るなりいつもの調子で法華津に接する七五三さん。さすがだ……。

「じゃ、早速特別室へご案内しまーす」

 そしてGルームへ。部屋へ行く途中途中で、客たちから「七五三ちゃん、大丈夫?」という声が聞こえてきた。ここ最近、七五三さんへの歓声が減っていた店内だけど(それは僕のせいなんだけど)、今日は人気ぶりがV字回復している。

 Gルームに入る二人。僕は事務室へ行き、パソコンから部屋の監視カメラの映像を見る。マイクもついているから、音声もバッチリ聞こえる。

 注文をして、やっぱり酒を頼む法華津。隣に座る七五三さんは相当きつそうだ。頭に手を当て、赤い顔をしている。

「どないしたん、七五三? 赤い顔しとるけど、ワイに惚れてもうたか?」

「あはは、かもしれないですねー。乾杯しましょ」

「「かんぱーい!」」

 楽しそうに乾杯する。右手でシャンパンを飲み、ご機嫌の法華津。

 ここから、僕が七五三さんに指示を送る。話題の振り方、何を聞けばいいのか、事細かに。

「ねえ、法華津さんって千聖ちゃんと付き合ってるんですか?」

「あん? ああ、あんなん遊びや、遊び。今はそうやな、お前に夢中やな」

 やれやれ……。

「ふふふ、嬉しいですねー。でもあたし、法華津さんとは付き合えないかなー。アイドルは恋愛厳禁だし、パパラッチされたらそれこそ大変だもん」

「大丈夫やって。上手くやりゃあ見つからへんもんなんやって」

「ま、そうかもしれないですね。一番怖い人も死んじゃいましたからねー。文殊四郎さん。あの人、次から次へと色んな人のスキャンダル暴いていくから。あたしの先輩も何人破滅させられたことか」

「なはははははは、あんなん大したことあらへん。生きとったところであんなのにつかまったりはせん」

「そうですよねー、眼鏡のセンスもダサいし」

「せやな。なんやあの紫の眼鏡は。見てるこっちが気持ち悪うて唇ムラサキになりそうやわ」

「……!」

「なんや? どないしたん?」

「そこまでです」

 僕と風音さん、咲恋さんの三人でGルームに入り込む。

「な、何やお前ら?」

「探偵ですよ、喫茶店のウェイトレスもやっている」

「ああ、せやから探偵喫茶なんやもんな。それがどないしたっちゅうねん?」

「僕たち、今……あなたの奥さんを殺した犯人を捜してほしいって依頼を受けてるんですよ、あなたの息子さんから。そしてわかったんです、犯人が誰なのか」

「な、何やと……?」

「犯人は……あなたですね、法華津安路さん」

「……! おい、クソアマ。ワイも本気で怒るで、そんな暴言吐かれたらなぁ」

「あなたには事件当日に鉄壁のアリバイがある。だけどあなたは、男性アイドルの小童谷文人さんに交換殺人を持ちかけ、彼に奥さんを殺させ、あなたは代わりに彼が殺したいと思っていた芸能レポーターの、文殊四郎成斗さんを殺させたんです」

「証拠はあんのか、証拠はぁ!?」

 大声を張り上げる法華津。ドアは閉めてあるため、フロアの客たちには聞こえていないだろうが、それにしてもあまり騒がれると騒ぎになりそうだ。

 僕はあの写真を法華津に見せてやる。

「奥さんが殺される二日前に撮られた写真です。うちとは別の会社ですが、探偵があなたの素行調査を行っていて、その最中に目撃した現場です。小童谷文人さんと会っている様子がハッキリと写っています」

「探偵やと……? 誰がそんな?」

「奥さんですよ。前々からあなたの浮気を疑っていて、雇ったんです。ただ残念ながら、小童谷に殺されてしまい、その時点で調査は打ち切りになってしまいましたが。もし小童谷が奥さんを殺すより、あなたが文殊四郎を殺すのが先だったら、殺人の決定的な現場を押さえられたんでしょうけどね」

「ぐっ……! 想像やな、そんなん。大体そんな写真がなんやって言うんや? 小童谷と会うたらいかんのか? 男と会う分には別にええやないか。マブダチなんや、そいつとは」

「ところが小童谷さんが奥さんを殺害した証拠があるんですよ」

「なっ、なんやと!?」

「彼が特注品で作らせたシルバーアクセサリー、それがあなたの家の庭に落ちていたんです。警察が発見し、誰の物かまで特定しました。その頃には、残念ながら小童谷さんはすでに殺されていましたが」

「ほ、ほおお……あいつ、マブダチのつもりやったが、そんなどえらい奴やったとはな。ワイの嫁殺すたぁ、とんでもない奴や!」

 あくまでしらを切るつもりか、こいつ。

「そして……法華津さんが文殊四郎さんを殺した証拠も、たった今、七五三さんとの話の最中に見つけることができました。もう白状しているんですよ、あなた。自分が文殊四郎さんを殺した犯人だって」

「何言うとるんや、お前はぁ!? おい、お前、この店の店長か!? こいつ、いい加減止めさせんと、訴えるぞ!」

「どうぞ、ご自由に。私の責任の元、やらせていますので」

「ぐぐぐ……!」

「あなた、どうして文殊四郎さんが紫の眼鏡をかけていることを知っていたんですか?」

「あ!? 何や、眼鏡があいつのトレードマークちゃうんかい!?」

「あの眼鏡、あの日買ったばかりの新品なんですよ。日付の入ったレシートがあって証明されています。そして殺される前、文殊四郎さんは生放送の番組に出ていますが、その時かけていたのは黄色の眼鏡だったそうです」

「!」

「もうお分かりですね? つまり……あの日、文殊四郎さんは殺される本当に直前に、初めてあの紫の眼鏡をかけた! それを目撃できたのは、少なくともあの日、局内にいた人間! ちなみに法華津さんのあの日のスケジュールをマネージャーさんに問い合わせたところ、一日完全オフだったそうですね」

「あ……あああああああああ……!」

「そして局内で法華津さんの姿を見た人もいません! スタッフさん、タレントさん、あの日、局内にいた人たちに裏を取りました! では教えていただけますか!? 何故用もないはずのテレビ局にいて、他のスタッフさんに見つからずに文殊四郎さんに会えたんですか!?」

「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 店中に響き渡るほどの咆哮の後、膝をついてその場にガックリと崩れ落ちる法華津安路。終わった、これで……。

「七五三ちゃん、ご苦労様。もういいわよ、戻ってらっしゃい」

「は、はい……」

 もう限界っぽい、かなりフラフラになっている七五三さんは、法華津が観念したとみて休憩室へ戻ろうとする。その時だった。

「お前……ワイをはめよったな、七五三いいいいいいいいいい!」

「!?」

 法華津はテーブルの上のシャンパンのビンを持ち、七五三さんに向かって殴りかかる。

「危ない!」

 だが即座に飛び出した風音さんが法華津を取り押さえ、豪快な一本背負いをかける。

「せやっ!」

「ぬおっ!?」

 僕のそばへ投げ飛ばされてくる法華津。七五三さんは緊張の糸が解けたか、そこでフラッと倒れそうになり、咲恋さんが七五三さんの体を支える。

「観念しな! 無駄な抵抗はよして」

「まだや!」

「「あっ!」」

 法華津は立ち上がり、なんと懐からナイフを取り出して、そばにいた僕を掴み、首筋にあてる。

「……!」

「有人ちゃん!」

「こいつがどうなってもええんか!?」

「よせよ、逃げ切れると思ってんのか!?」

「うるさいわ、ボケ! もう終わりや、小童谷にそそのかされて、殺しなんかに手を染めたんが間違いやったわ。ワイはもう、破滅しかない。なら逃げ切ったるわ、どこまでも!」

 法華津は僕を人質に取ったまま、咲恋さんたちに背を向けることなく、じりじりとドアの方へ歩いていく。

「や、やめてください。大人しく捕まって……!」

「姉ちゃん、大した名探偵やな。この責任とってもらうで。ワイが逃げ切るまで、地の果てまでランデブーや」

 く、くそっ……! こんな時、風音さんみたいにねじ伏せることができないのが情けない。

「ははははは、ほんじゃな!」

「あ、有人ちゃん!」


「逃がしはしないよ、子猫ちゃんをドブネズミとのデートに連れて行くなんてもったいない」


「「!?」」

「「ああっ!?」」

 出口のドアから逃げ出そうとした瞬間、そのドアが外から開けられ、一人の男が立っていた。

「龍我探偵!?」

「なんや、お前!?」

 すぐさま龍我探偵は法華津のナイフを持っている右手を掴み、力ずくで僕の首から引き離す。

「や、野郎!」

 そしてすかさず腹部に当て身を一発入れ、怯んだ隙に顔面に蹴りを喰らわせる。

「もがぁ!?」

 その威力は絶大で、法華津はソファーまで吹っ飛んでいき、そのまま気を失ってしまった。

「大丈夫だったかな、子猫ちゃん?」

「あ……ありがとうございます」

「りゅ、龍我探偵、どうしてここに?」

「フッ、法華津安路に話を聞こうと思っていたら、今日はこの店にいると知ってね。来てみたらこの部屋で面白いことが起こっているみたいだったんでね、様子を探っていたのさ」

「龍我探偵……もしかして、僕と同じ推理を?」

「まあ証拠はなかったからね、ならば自白させるしかないと思っていたが、そこまで子猫ちゃんは同じことを考えていたとは、恐れ入ったよ」

 どうやらこの人はこの人で調査をして、法華津が怪しいと睨んでいたらしい。警察署で会った時も、そういえばそんなことを臭わせることを言っていたっけな。それにしても……この人にピンチを救われるとは……。何だかんだでこの人、実はいい人……?

 そんなことを思っていると、今度は百千万億署長がやってくる。ドアの外では店内の客たちが、さすがにあれだけドタバタやっていたせいか、何かあったのかと騒いでいた。

「おーい、八月十五日くん、せっかく来たのに、今日はGルーム空いとらんのか? 今、ウェイトレスの子から使用中だって言われて……」

「署長、ちょうどいいところに」

「ん? 龍我くんではないか。どうした、こんなところで? それにそこで伸びているのは、法華津安路じゃないか? 何があったのだ?」

「たった今、判明した。彼が文殊四郎成斗を殺した犯人だ」

「なっ、何だと!?」

「僕の鮮やかな推理で、彼は自分の犯行を認めた。さ、あとは署長の仕事だ」

「「「なっ……何いいいいいいい!?」」」

 思いもしない龍我探偵の発言に、僕らは思わず素っ頓狂な声を上げる。

「うむ、そうか。また世話になってしまったようだな、龍我くん。よっし、すぐに部下たちに来てもらおう!」

「ちょちょちょ、ちょっと待てコラあああああ! 捕まえたのはあたしらだろーが!」

「……やられた」

 なんともぬけぬけと自分の手柄にしやがった龍我探偵。前言撤回、やっぱりこいつは、ただの嫌味で小ズルい探偵だ……。



 それからパトカーがやってきて、無事、法華津安路は逮捕される。店内の客は大騒ぎだが、こんな時でも通常通り営業したまま。というのも、客たちはパニックどころか、みんな興奮して目をギラつかせていたから。

「すっげー、本物の殺人犯が捕まったの? さすが探偵喫茶」

「ふふ、そうでしょう? 時にリアルなミステリーをお届けする。それがここ、探偵喫茶アルテミスです! というわけで、皆さん今後もこのお店をよろしくね」

 ちゃっかり宣伝している咲恋さん。殺人犯の逮捕ですら、店のイベントみたいにしてしまう、恐ろしい商売根性。

 店の外でパトカーに乗り込もうとする法華津。もうすっかり意気消沈していた。

「たっぷり吐いてもらうぞ。文殊四郎殺しだけじゃなく、茜子や忽滑谷水織殺し、それに小童谷文人殺しもな」

「忽滑谷? 誰や、そいつ? それに小童谷殺したんはワイやないで」

「何だと? 惚けるな、今さら!」

「違う言うとるやろ! ワイはあいつが殺された日、番組のロケで北海道におったっちゅうねん!」

「何……?」

「やはりそうか……」

 法華津の言葉に、龍我探偵は頷いていた。何を納得しているのか皆、わかっていない様子だったが、僕だけは何となく理解する。

「どういうことだね、龍我くん?」

「小童谷さんは背後から左後頭部を殴られていた。つまり……犯人は左利きの人間。法華津さんはグラスを持つ手もナイフを持つ手も右だったから違う、っていうことですよね? 龍我探偵」

「その通りだよ、子猫ちゃん」

「何だと!? じゃあ……貴様が殺したんじゃないのか!? 交換殺人がばれないよう、計画の協力者を口封じのために!」

 僕も始めはそう思っていた……。でも違うんだ、やはり……。それに法華津が本当に惚けていないのだとしたら、忽滑谷水織を殺したのも別の人間ということになる。

「どうもまだ、後輩の仇は討てていないようだね」

 龍我探偵の言う通り、事件はまだ終わっていないんだ、多分……。



「……ん……」

 目が覚め、病室のベッドから体を起こす七五三さん。

「あ、気が付きました?」

「有人、ここ……?」

「病院です。法華津が捕まってから、七五三さん、気を失っちゃって。咲恋さんがタクシーでここまで連れてきたんです。熱はだいぶ下がったみたいですよ、点滴もしたし」

「……全く、なっちゃいないわね。体調管理ができなくて、みっともない姿ばかり」

「そんなことないです。七五三さんのお陰です、法華津を追い詰められたのは」

「……まあ、その、なによ。ゴニョゴニョ……」

「えっ?」

「その……色々フォローしてくれてありがとうって言ってんのよ!」

「い、いえ」

 ……初めてお礼を言われた、七五三さんに。

「お待たせー。あら、七五三ちゃん、目が覚めたの?」

 咲恋さんが、店に置いてあった七五三さんの荷物を持って戻ってくる。

「オーナー、ごめんなさい、迷惑かけて」

「いいのよ、大手柄よ、七五三さん。もー、お客さんたち、逮捕劇に大興奮! チップまではずんでもらっちゃった!」

 この人は……。

「あ、それから七五三ちゃんの荷物持ってきたから。はい」

「……有人」

「はい?」

 七五三さんは、自分のバッグから包みを渡してくる。

「あんたにあげるわ。今日迷惑かけちゃったお詫びに」

「な、何ですか、これ?」

 包みを開けてみると、中には化粧品セットが入っていた。

「これ……!」

「ふふ、七五三ちゃん、よくあたしに言ってたものね。有人は化粧が下手すぎるって。せっかく可愛いんだから、もうちょっと身だしなみに気を使えば、もっと綺麗になるって」

「お、オーナー!」

「……七五三さん……」

 まあ化粧が下手なのはしょうがないんだけど……僕は男なんだから。

「彼女なりに、いつも可愛い後輩のこと、色々考えてくれているのよ」

 複雑すぎてどう喜んでいいかもわからないけど、でもやっぱり……嬉しかった。

「ありがとうございます、七五三さん」

「……!」

「あら、七五三ちゃん、顔真っ赤よ? 照れちゃった?」

「ね、熱よ! 熱がまた出てきたのよ!」

 そう言ってシーツをかぶり、横になってそっぽ向いてしまう七五三さん。どうしても素直にはなれないみたいだが、一つの事件を通して、少しだけギクシャクした感じがなくなってきた気がした。

「うふふ、可愛いわねぇ、七五三ちゃん」

「はは……」

 そして翌日から、アルテミスに出勤するたびに七五三さんから化粧テクニックの熱血指導が行われることになる。化粧を極めるとか何とも虚しい気もするけど、ちょっとだけ嬉しくもあったのだった。

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