表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第1章

「また出たんだな、連続空き巣犯」

「この近所でしょ? 怖いよね~」

「手口が全部同じらしいぜ。ピッキングされた形跡がない上に、家主が帰ってきた時、鍵は閉まってるのに中の物は盗まれてるから、合鍵で部屋に入り込んでんじゃないかって」

 学食に置かれたテレビでやっているニュースを見て、話している生徒たち。確かに身近な事件だが、それが他人事に思えてくるくらい、今日も僕の学園生活は平和だ。

 昼休み中、高校生になったことだしバイトの一つでも始めてみようと思って、求人雑誌を読みふけっていた時だった。

「よ~う、有人。何読んでんだ?」

 無着下椎太むちゃっかしいたが話しかけてくる。中学の頃からの、僕のあまり多いとは言えない友人の一人だ。

「何だよ、バイト探しか?」

「うん、やったことないから、結構迷ってね」

「だよな~。俺も今探してる最中なんだけどよ、大変そうな割にもらえる額が少なかったりで決まらねえんだ。あ~、どっかに女の乳揉んで日給一万円とかもらえる仕事ねえかな~」

「……払わなきゃいけない方ならいくらでもあると思うけどね」

「まあそんなことよりもよぉ、今度の土曜ちょっと付き合えよ、有人。いいとこ連れてってやるからさ」

「?」



 土曜日。

椎太に言われるまま、僕はあるお店に連れて行かれた。『ARTEMIS』と書かれた看板が入口にかかっている。

「なっ、何だこれ!?」

 その光景を見て思わず声を上げる。お店は何の変哲もない、普通の喫茶店に見えたが……その喫茶店から、最後尾が見えないほどの長蛇の列ができていた。

「すげえだろ? 一か月前にオープンしたばかりなんだけどよ、初日から大盛況。今や評判が広まって入店するだけで四時間待ちは当たり前と言われている、超人気の喫茶店だ」

「うちの近所にこんなのできていたんだ……。まさか、ここに入ろうなんて言うんじゃないよね?」

「その通り!」

「そうか、じゃあ行ってらっしゃい。僕は帰るから」

「ちょ、待てって! へっへっへ、心配すんな。俺らは四時間も待たなくていい。これを見よ、ジャジャーン!」

 椎太は二枚のチケットらしきものを取り出す。

「VIP席チケットだ! ネットオークションで一枚三十万の高値がつく、超プレミアチケットだぞ? こいつがあれば、並んでる奴らを通り抜けて待ち時間なしに入店できる」

「三十万って、競り落としたの? わざわざ……」

「よっしゃ、行くぞ! ほれほれ~、VIP様のお通りだい!」

 椎太は並んでいる人たちにチケットを見せつけながら進んでいく。僕はその後ろにこっそりついていく。

客層を見て、ほぼ全員がそれもオタクっぽいだということに気付き、この店がただの飲食店ではなさそうだということは勘付いていたが、店内に入り、やっと謎が解ける。

「おおおお~!」

 店内に入るなり、椎太が歓喜の雄たけびをあげる。そこには煌びやかなメイドの衣装に身を包んだ、可愛いウェイトレスたちがせっせと働いていた。

「何だ、こういうことか……」

「そういうこと。実にいい店だろ、なっ?」

 軟派な椎太らしい、女の子目当てだったわけか。メイド喫茶なんて今時珍しくもなんともないだろうに、近所にこういうお店ができただけでこうも繁盛するものなのか。

 するとウェイトレスたちが一斉に僕らのところへやってきて挨拶する。


「「「「いらっしゃいませ、探偵喫茶へようこそ!」」」」


「は?」

 探偵……喫茶?

 てっきり、メイド喫茶お決まりの「お帰りなさいませ、ご主人様」が来るかと思いきや、ウェイトレスたちが発した言葉は全く予想しないものだった。

「VIP様ですね。お待ちしておりました、こちらへどうぞ」

 一人のウェイトレスに席へ案内される。店内は喫茶店というよりも、どちらかというとファミレスに近い雰囲気だった。明るい装い、白と青を基調とした装飾。ウェイトレスのメイド服は一人一人色が違っており、赤やら青やら、ピンクに緑、白と様々だ。

「何、探偵喫茶って?」

「ふっふっふ、この喫茶店はな、ただの喫茶店じゃねえんだぜ」

 それは外から見ただけでもわかるよ……。

「ここはな、喫茶店であると同時に、探偵事務所でもあるのさ! 人探しから浮気調査、盗聴器の発見、ストーカー対策など何でもゴザレの美人名探偵ウェイトレスを擁する、スーパー喫茶店なのだああああああ!」

「す……スーパー喫茶店……。な、何で喫茶店のウェイトレスが探偵なのさ?」

「馬鹿だなぁ、メイド喫茶、コスプレ喫茶、執事喫茶、ツンデレ喫茶、猫カフェときたら、時代の流れに乗っかって、探偵喫茶だって出てくるだろ、そりゃ」

 さっぱりわからない理屈だ……。

「そうです、お客様」

 お冷とおしぼりを持ってきてくれたウェイトレスさんが話に入ってくる。その顔を見て、僕は仰天する。

「何かお困りでしたら、いつでも私たち探偵喫茶アルテミスのメンバーが請け負いますので、お気軽にご相談ください」

「あ……ああああ、七五三懸七五三しめかけなごみ!? スーパーアイドルグループ、ヴィーナス11(イレブン)の七五三懸七五三だ! 何でこんなところに!?」

「どーもー、歌って踊れるアイドルじゃなくて、張り込み・尾行もできるアイドル目指してます、十七歳、高校二年生、七五三懸七五三です。これからもご贔屓にしてくださいね♪」

 か……可愛い。ツインテールに大きなリボン、そして見る者を狙い撃ちにする最強の営業スマイル。まさに正統派アイドルといった感じか。超売れっ子のはずなのに、こんなところでアルバイトをしなけりゃ食べていけないほど貧しいのだろうか……?

「七五三ちゃーん!」

「はーい」

「七五三ちゃん、オーダー取りに来てよ~!」

「はーい、今行きますよー」

「七五三ちゃん、サインちょうだい、サイン!」

「はーい、アルバイト中は一枚500円ですよー」

 店内中に七五三のファンがいるらしく、フロアを歩くたびに客から歓声を浴びたり、サインをねだられたりしている。笑みを絶やさず、手を振って応じている七五三。ってか、サイン金取ってるし。

「凄いなぁ、このお店、人気の秘密がわかったよ」

「でもあの子だけじゃないぜ、凄いのは」

「満笑ちゃーん、こっち向いてー!」

「満笑ちゃーん、サインちょうだい、サイン!」

「は、はわわ……で、でも、私、芸能人さんじゃないですよ……?」

「いいんだよ、お金払うから、満笑ちゃんのサインが欲しいんだ!」

 ピンクの制服を着た、小っちゃい女の子。童顔に大きな瞳が可愛らしい、見る者、皆がほんわかしそうなマスコットキャラのような愛くるしい雰囲気。

「おお、いたな。あの子がこの店、ナンバーワン人気の和南城満笑わなじょうまえみちゃんだ」

「和南城……満笑……」

 あっちこっちへオーダーを取りに行かされ、忙しさのあまり目を回している満笑。ついにはクルクル回りながらすってんころりんと倒れてしまう。

「あ、コケた」

「「「「満笑ちゃあああああああん!」」」」

 満笑がコケた途端、大勢の客たちが立ち上がり、満笑を心配する。

「大丈夫か、満笑ちゃん! 救急車、病院行こう!」

「俺の背中につかまって、さあ!」

「気道確保、人工呼吸の準備だ!」

 コラコラコラ! どさくさに紛れて何しようとしている!

「ふぁ、だ、大丈夫です、ごめんなさい。ご心配おかけしてすみません」

「「「「満笑ちゃああああああん!」」」」

「いいんだよ、満笑ちゃんが無事なら!」

「これ、治療費! 釣りはいらない、使ってくれ!」

 どこも怪我していないのに一万円の治療費を渡している客もいる。何だこれ? 凄すぎるぞ、色んな意味で……。

「ただコケただけであそこまで心配してもらえるなんて……」

「あの愛くるしい風貌が、母性本能やら父性本能やら男の本能やら、とにかく色んなものを呼び起こしてしまうんだな。なんせこの店内に限った話ではあるけど、スーパーアイドルを凌ぐ人気なんだから」

 そんな時、気づいてしまう。店の隅っこで、ハンカチ噛みしめながら物凄い形相で満笑を睨みつけている七五三の姿に。

「何で……何でよぉおお……何で満笑なんかがあたしより人気あるのよぉおお……!」

 こ……怖い……。人気商売、やはり自分より上の者に対する嫉妬って、どこでもあるんだな。

「しっかし、これだけ繁盛するだけあって、ウェイトレスさんのレベル高いよな~。どの子も可愛くて目移りしちまう」

「確かに、そんじょそこらの女の子とは比べ物にならないね」

「お前も働けるんじゃないか? 容姿も声も女そのものだし」

 またか……。いくら友人とはいえ、あまり容姿のことを言われるのは好ましくない。中学に入った頃からあまりに男から女に間違えられてナンパされることが多いため、せめて可愛く見えないように伊達眼鏡までかけだしたが、それでも何度も言われる。

「やめてよ……。それより注文しようよ」

「ああ、そうだな。おーい、満笑ちゃーん」

 椎太が手を上げ、満笑を呼ぶ。

「は、はい、ご注文ですか? それとも調査の依頼ですか?」

「注文頼むよ。コーヒー二つに、それからこのスペシャルコースを」

「は、はい、かしこまりました!」

 スペシャルコースと聞いて、焦って下がっていく満笑。

「何、スペシャルコースって? 高っ! 5000円って!」

 メニューを見て目が飛び出る。まさかの超高額。

「くっくっく……わからねえか、有人? ここは探偵喫茶だぜ? 探偵喫茶ならではのその名の通り、スペシャルなメニューがあって当然だろ?」

「わかるか、そんなもん」

「お待たせいたしました! こちらコーヒーと、それからスペシャルコースの問題です」

「問題?」

 満笑はコーヒー二つを配った後、一つのフリップを僕らに渡してくる。それにはこんな問題とイラストが書いてあった。


『問題

 ある男が自宅で刺殺された。男は死に際に自分の血で、「11×1・26×1・13×1・25×21・21・19×21・11×5」と書いたダイイングメッセージを残していた。

 男を殺した容疑者として浮かび上がってきたのは次の三人。果たして男を殺したのは誰か?


①阿久津清彦

②風間雄介

③並川陽子』


「これがここのスペシャルメニュー、探偵だけにミステリークイズを出してくれるのさ」

「へー、面白そうだね」

 なるほど、探偵喫茶って名前がつくだけあって、こういったイベントもやっているのか。これはちょっと僕好みのイベントかもしれない。下手に萌え萌えじゃんけんとかやらされるよりよっぽどワクワクする。

「で、ではお客様、制限時間は三十秒です。お考えください」

「短っ! お、おい、ちょっと待てよ、え~っと、このダイイングメッセージはどうやって解きゃいいんだ? う~ん、う~ん!」

 三十秒と聞いて焦る椎太。その椎太を見てさぞ楽しんでいるだろうかと思いきや、問題を出した満笑ちゃんも何故か汗びっしょりで震えている。ストップウォッチで時間を計測する。

「二十五……二十六……」

「お、おい、有人、お前、何かわからねえか!?」

「必死だな、ただのクイズに。簡単だよ、答えは②さ」

「!」

「お、な、何でだ?」

「このダイイングメッセージの数字は、アルファベットを表しているんだよ。1から順番にA、B、Cって考えていって、それぞれの数字をアルファベットに直していくんだ、1=A、11=K、26=Zって具合に。

 そうすると導き出される文字は『K×A・Z×A・M×A・Y×U・U・S×U・K×E』。×を取って一繋ぎにすると、『KA・ZA・MA・YU・U・SU・KEカ・ザ・マ・ユ・ウ・ス・ケ』になるってわけさ」

「おおお、なるほど!」

「せ……正解です……」

「「「「うおおおおおおおおおお!」」」」

 僕が問題に正解したのを見て、店中の客たちが沸き起こる。何だ何だ? こんなクイズ一つ正解したからって、随分大げさな……。

「やっぱすげえよ、お前! 中学の頃から、こういうわけのわからないナゾナゾ解くことに関しては天才だと思ってたけどよ。まさか三十秒で解いちまうなんて」

「同じ数字がいくつか入っているのと、1~26までの数字が書かれているって点に注目して考えたら、すぐアルファベットって思いついたよ。

 でもさぁ、ハッキリ言ってちょっと無理のある問題だよね。いくらフィクションとはいえ、死に際の人がこんな長くて複雑なダイイングメッセージを残せるはずないし」

「か、完璧に当てられましたね……。じゃ、じゃあ、正解されたお客様には、わ、私から、ご褒美のチューを……」

「え?」

 すると満笑ちゃんは、顔を赤らめながらじりじりと僕ににじり寄ってくる。そして目を閉じ、唇を少しだけ突き出して、僕の顔に近づけてくる。

「え? え? え? えええええええええ!? な、何それ!? ど、どういうこと!?」

「ブァカ! 正解したご褒美だつってんだろ? ここにも書いてあるだろーが」

 よく見ると、メニューのスペシャルメニューの欄の下に、『正解者には出題したウェイトレスからのキスのご褒美が』と書いてある。マジ!?

「ち、ちくしょおおおおおお! 俺の満笑ちゃんの唇が、あんな女みたいな顔した奴に!」

「あああ、満笑ちゃあああん……!」

「いやいやいやいや、ちょちょちょ、ちょっと待って! あ、そうだ、急用を思い出した! ごめん、椎太、お会計は今度払うから、それじゃ!」

「お、おい!?」

 僕は満笑のキスをかわして、出口へ猛ダッシュする。光のごとくスピードでエスケープし、満笑はホッとした表情を浮かべていた。

「しょうがねえなぁ、じゃあ満笑ちゃん、俺が代わりにご褒美を」

「で、では失礼します!」

 さっさと逃げていく満笑。そして椎太は一人ポツンと取り残されるのであった。



 大した距離も走ってないのに緊張と驚きで心臓がバクバクし、息も切れている。

「ゼー、ゼー、ゼー……! あ~、ビックリした」

「あら、有人ちゃんじゃないの?」

 聞き覚えのある声が聞こえて振り向くと、そこにいたのはスーツ姿の女性、親戚の八月十五日咲恋なかあきされんさんだった。

「咲恋さん」

「久しぶりね~。どうしたの? すっごい息切らしてるけど。もしかしてうちのお店、来てくれたの?」

「うちのお店?」

「探偵喫茶アルテミス、あたしが経営する店よ」

「ええっ、咲恋さんが!?」

「ふふ、そうよ。24にしてオーナー兼店長なの、凄いでしょ?」

「オーナー兼店長……なんて肩書き……」

 咲恋さんがオーナーってことは、探偵喫茶ってアイディアも、もしかしてこの人が考えたのだろうか? 凄いセンスしている……。

「ねえ、有人ちゃん。私、もうすぐ上がるんだけど、よかったら一緒に帰らない? 久しぶりなんだし、ちょっとお話でもしましょうよ」

「いいですよ」



 少し待って、咲恋さんが仕事を切り上げ、一緒に帰ることになる。

「二年ぶりくらいかしらね。あの時は有人ちゃん、部活で出ちゃうから少ししか話せなかったし」

「そもそも二回しかあったことありませんもんね。僕が二歳の頃と二年前と」

「そうなのよね~、じっくり話す機会がなかったから。せっかくだしね」

「でもよかったんですか? まだお店開いているのに、オーナーが先に上がったりして」

「ああ、いいのいいの。上がりって言っても、この後、別件の仕事で出るから」

「別件?」

「探偵調査の方。なかなか解決しない依頼があってね、それで」

「あ……なるほど。そうやって時間を割いてやってるわけですか」

「そう、斬新かつ革命的で、とてもいいアイディアでしょ? 探偵会社と喫茶店の融合って。色んな喫茶店がある中で、まだ誰もやったことのない新時代のビジネス」

 そりゃやろうなんて考える人はいないでしょ。融合する意味がわからないもの……。

「ここよ、うちのマンション。一時間くらいしたらまた出かけるけど、お茶ぐらい出すから上がってってよ」

「そうですか? じゃあ」

 お言葉に甘えて咲恋さんのお家に上がらせてもらうことにする。三階建ての小さなマンションだが、結構綺麗な住まいだ。

 エレベーターでマンションの住人の女性と一緒になる。二十歳くらいの若くて綺麗な女性だ。

「あら、行衛さん、こんにちは」

「あ、こんにちは」

「隣に住んでいる行衛梨亜ゆくえりあさんよ」

「どうも」

 僕はぺこりとお辞儀をする。今日は美人とよく遭遇する。探偵喫茶のウェイトレスの子らに負けないくらい、この人も綺麗だ。

 二階で三人とも降り、行衛さんは僕らにお辞儀して、自分の部屋である205号室の玄関の鍵を開ける。僕らも隣の206号室の鍵を開けて入ろうとする。その瞬間だった。


「……! きゃあああああああああ!」


「!?」

「どうしたの、行衛さん!?」

 行衛さんが何かに驚き、その場にへたり込む。開けたドアの先を指さしている。

「あ……あ……!」

 僕と咲恋さんは中を覗きこむ。すると……!

「!」

「こ、これ……!?」

 目の前、玄関を上がってすぐのところに、血まみれになった女がうつぶせに倒れていた。玄関まで飛び散ったそのおびただしい量の出血から、もはや救急車を呼んでも助からないだろうということが推測できた。そして倒れている女性の手には、何故か薄いゴムの手袋がしてある。

「ど、どうして……!? 何で私の部屋に……!?」



 警察と救急車を呼んだ後、咲恋さんはお店の方に電話をかけていた。

「そう、そうなの。そういうわけだから、今日の調査、風音ちゃん、代わりに行ってくれないかしら? ありがと、助かるわ。何かあったら連絡ちょうだい。じゃ、よろしく」

 事件に巻き込まれて仕事どころではなくなってしまったため、代わりを手配しなきゃならない。大変だな。

「なるほど、では行衛梨亜ゆくえりあさん。あなたが帰宅したら、被害者はすでに亡くなっていたと」

「は、はい……」

 年配の男の刑事が事情聴取している。

「そして被害者はあなたの大学のサークルの先輩である、瑞慶覧穂ずけいらんかずほさん。どうして彼女があなたの部屋で亡くなっていたのかはわからないと」

「はい、同じサークルって言っても、メンバーが八十人以上もいるテニスサークルですし、面識はあっても話すことはほとんどなかったですから」

「今日も特に、お家で会う約束をしていたわけでもないと?」

「はい……」

「出かけるとき、部屋に鍵はかけていったんですね?」

「も、もちろんです」

「私たちも見ました、行衛さんが鍵を開けるところを」

「そうですか。ふ~む……」

「あ、あの、中に入っていいですか?」

「いいですけど、死体のあった場所を荒らさないように」

 行衛さんと一緒に僕らも部屋に上がらせてもらう。ワンルームの小さい部屋なので玄関から中の様子が見えていたが、中に入ってその異様さを確認する。まるで泥棒にでも入られたかのようにグッチャグチャに荒らされているのだ。

「酷い……何これ……?」

「犯人と争って、こうなったわけじゃないわよね?」

「違います! だって、物がなくなっています!」

「えっ?」

「通帳やら、印鑑やら、他にもお金になりそうなものは大方。ああ、どうして……?」

 物が……なくなっている? 盗まれたってことか?

「被害者は鋭利な刃物で腹部を刺され、出血多量死。凶器な被害者の死体のそばに落ちていた包丁で、柄の部分の指紋が拭き取られていたか。死亡推定時刻は大体一時間前くらいか。帰ってこられたのが今から三十分前くらいでしたな? その時、マンションの近くに怪しげな人は見ませんでしたかな?」

「あ……怪しい人というか、同じサークルの先輩たちは見ました。車に乗っていて、すぐ走り去って行っちゃいましたけど」

「その方たちの名前は? すぐに連絡を取って、来てもらいましょう」

 ……? これは……!

「どうしたの、有人ちゃん?」

「窓のところ、これ。手形がついてます」

「む? 見せなさい」

 刑事が身を乗り出してくる。窓の外の手すりに、埃がたまっていた上から手を置いた跡が残っているのだ。

「鑑識、すぐに調べろ!」

「だけど、ここの窓の鍵も閉まっているわよ? この手形、事件と関係あるの?」

「行衛さん、つい最近、ここの手すりに触った覚えは?」

「ありません。洗濯は部屋干ししてますし、そんなところ、触る機会なんてありません」

 ってことはやっぱり、犯人が触った? だけどどうしてこんなところを? それに、部屋の物が盗まれているというのは……?

 密室の中で何故か大学の先輩が何者かに殺されていた。この奇妙な事件こそ……これから僕が巻き込まれる、とてつもなく大きな騒動の幕開けだった。



「な、何だよう、僕に何の用だよう?」

 204号室の住人を刑事が訪問する。太った眼鏡の、ボサボサ頭の男性だった。

「え~、道祖瀬戸樹馬さやんせとなうまさんでしたね? ちょっとお聞きしたいことがありまして。実は隣の205号室で殺しがありましてね。殺されたのが今から二時間ほど前のことなんですが、何か物音とか聞きませんでしたかな?」

「し、知らないよう、僕は。今までずっとイヤホンして、パソコンでアニメ見ていたから、何も聞いてないよう」

 ……?

「そうなんですか? さっきまでお風呂入っていたみたいですけど」

「!?」

「石鹸の匂いがしますよ」

「う、うううう、うるさいなぁ! 風呂ぐらい入らせてくれたっていいだろ!」

 そういう話をしているんじゃあ……。

「ずっとアニメを見ていたって言っていたから……」

「風呂ぐらい入るよ! 僕は綺麗好きなんだ!」

「でもその割には、随分ボロボロのスニーカー履いてますね?」

「ううう、うるさいなぁ!」

 何を動揺しているんだろう、この人は? もしかして……。

「もういい。お嬢ちゃんは黙っていなさい。今は刑事の私が質問しているんだ」

 お嬢ちゃんじゃないってのに! 今でもこうして当たり前のように間違われる。学校の制服でも着ていない限り、初対面で男と認識されることがまずない、悲しい高校一年の春……。

「殿山警部、手すりの手形ですが、どうもあれは手袋の跡のようです」

「手袋?」

「はい、被害者がつけていたゴム手袋についていた埃から、被害者の手形であることがわかりました」

「ふ~む、じゃあ犯人のものではなかったか。どっちにしても指紋じゃなく、手形ではなぁ」

「それと、行衛梨亜さんが帰宅時、目撃したという二人に来てもらいました」

 部下の警官に案内され、二人の若い男がやって来る。

「んだっ、コラァ! 何で俺らがこんなとこに連れてこられんだよ、ああ!?」

「わかりませんねぇ、国家権力とは、かくも真面目な庶民をこのように先のスケジュールお構いなしに強制連行できるものなのですかね?」

 ガムをクッチャクチャ噛んでいるやたらガラの悪い金髪の男と、前髪をバッサバサ手で描き上げているやたら理屈っぽい細身の男。どちらもここへ連れてこられたことが不服そうだった。

漁二千翔すなどりにちかさんと、小休山こやすみのぼるさんですね? 二、三、聞きたいことがありまして」

「んだ、ジジイ、コラ!? 俺らに何聞きてえってんだよ!?」

「漁先輩、小休先輩……」

「てめえが呼んだんだってな、行衛? これからクラブでオールナイトフィーバーって時に、何召集かけてくれちゃってんだよ、ああ!?」

「話は伺いましたよ。君が小生たちを事件前にこの近辺で目撃したとのことだけど、いつもお世話になっている偉大な先輩たちに容疑をかけるような真似、とても感心できませんね、ええ」

「べ、別に容疑をかけようとか、そんなつもりは。ただどうしてマンションの前にいたのか」

「ああん!?」

「い、いえ、すみません……」

「お二人とは仲がいいんですか?」

「えっ? えっと、その……瑞慶覧先輩と同じで、面識がある程度で……」

「そこ、聞こえてますよ。女同士のヒソヒソ話は男のいないところでやるべきですよ」

 女じゃないっての! どいつもこいつも……。

「ですが行衛さんの言う通り、同じサークルのメンバーが殺された現場の近くでウロウロしていたのは気になりますな。何をしていたのか、聞かせていただけますかな?」

「ドライブだよ、ドライブ。小休がマイカー買ったから、ニューマシンで風を感じていたんだよ、悪いか!?」

「別に行衛くんのマンションに用事があったわけではありません。通りかかったのはたまたま、ということです。お分かりいただけましたかな、刑事さん?

 そもそも……現場には鍵がかかっていたのでしょう? どうやって小生たちが行衛くんの部屋に入り、瑞慶覧くんを殺すことができるというのですか?」

「むむ……」

 そう言われ、言葉に詰まってしまう殿山警部。そうなのだ、確かに。これは密室殺人。犯人はいかにして、瑞慶覧穂を殺害したのか?

「ちょっと、ちょっと、有人ちゃん」

「何、咲恋さん?」

「どう思う、この事件? ワクワクするわね、探偵喫茶オーナーの腕の見せ所よ」

「う~ん、何とも言えないけど、今のところ怪しいのは……」

「やっぱりあの二人よね? 漁二千翔と小休山。だってドライブでたまたま事件が起きた頃の時間にこの辺りを通るなんて、出来すぎてるわよね?」

「確かに。でも……」

「同じサークルのメンバーなら何かいざこざがあったのかもしれないし、動機もある。それに見て、あの二人の靴」

「靴?」

「泥だらけでしょ? ドライブ行ってた人の靴が、普通あんなに汚れてる?」

「別に汚れててもおかしくはないと思いますけど……」

「だって車乗ってたのなら、自分の足で歩いたりしないでしょ?」

 極端な理論だな、そりゃ……。

 待てよ……泥? もしかして……。

「あっ、どこ行くの、有人ちゃん?」

 僕は急いで下へ降り、マンションの裏へ回り、ある場所へ行く。咲恋さんも追いかけてくる。

「どうしたのよ、有人ちゃん? ここ、行衛さんのお部屋の真下じゃない」

 マンションと隣の住宅の間の庭ともいえないスペース。日の当たらないジメジメした場所で、やっぱり発見できた。

「……見て」

「これ……足跡? それも最近のものよね?」

「うん。わかったよ、行衛さんのお部屋が荒らされていた理由が」

「本当、有人ちゃん!?」



「私じゃありません! どうして私が瑞慶覧先輩を!?」

 上へ戻ると、行衛さんと漁・小休が言い争いをしていた。

「同じサークルだから、という点で動機があったのではと推測できるのなら、小生たちも君も変わりないと言えるのではないかな? ん?」

「そんな、私は先輩とほとんど喋ったことないのに! 漁先輩や小休先輩は、しょっちゅう三人でつるんでいたじゃないですか!? 私より先輩たちの方が、動機がある可能性が高いはずです!」

「んだコラァ!? 先輩に逆らうたぁ、いい度胸じゃねえか、ああ!?」

「まあまあ。君の言うことは推測に過ぎませんよ。このままでは水掛け論になるだけ。ならば犯行を行えたのは誰か? という観点で考えてみれば、答えは容易に出せるのではないですか?

 部屋は密室だった。君の部屋に入ることができるのは、君自身しかいない。つまり犯人は君と考えるのが、最も適した答えじゃないかね、ん?」

「なっ……!?」

 どうも行衛さんも容疑者の一人となっているようだ。確かに犯行を行えたのは彼女しか今のところいないが……。

「それはおかしいですよ、小休さん。行衛さんが犯人なら、どうしてわざわざ密室なんて作る必要があったんですか? 自分が犯人ですって告白しているようなものじゃないですか」

「チッチッチ、逆ですよ、お嬢さん。行衛くんはわざと自分しか犯行が行えないような状況を作り上げることで、自分から疑いの目を逸らそうとしたんです。

おそらく事件は突発的に起こったのでしょう。自分の部屋に瑞慶覧を招いた行衛くんは、何らかの理由で言い争いをし、衝動的に瑞慶覧を刺殺してしまった。死体を始末しようにも、出血が酷い上に外へ運び出しても誰かに見つかる恐れもある。証拠を完全に隠滅するのは不可能に近かった。

だからこそ、行衛くんは部屋に鍵をかけて出かけ、帰ってきたフリをして誰かにその様子を目撃してもらう。そうして帰宅したら何故か、部屋の中に死体があったという不可思議なシチュエーションを作り上げたんですよ。だってそもそもおかしいでしょう? 犯人が別にいて瑞慶覧を殺したとして、何で行衛くんの部屋にいたんですか、二人とも?」

「むう、確かに。そう考えると辻褄が合う」

「け、刑事さん、違います! 私じゃありません!」

「ちょっと、ちょっと、おかしな展開になっているわね」

 ……違う、行衛さんは犯人じゃない。犯人はおそらく……でも、動機がわからない。

「オラオラ、こいつが犯人とわかれば、さっさとしょっ引いちまえよ、刑事さんよぉ? 俺らはもう帰っていいんだよな?」

「う……む」

「ちょっと待ちなさい! 駄目よ、刑事さん、この人たち帰しちゃ! この人たちこそ一番怪しいんだから!」

「んだと、ババア!?」

「ババアって言ったわね!? まだ二十四よ、あたしは!」

「な、八月十五日さん……」

「大丈夫よ。あたしは信じてるから、行衛さんじゃないって。ほら、あんたも言ってあげなさいよ。同じお隣さんでしょ?」

「え!? あ、ああ、ぼ、僕も彼女は犯人じゃないと思うよぉ……」

「んだ、この眼鏡デブ! 引っ込んでろ!」

「ほらほら、彼もあたしも、行衛梨亜の元・ファンなんだから。この子は人殺しなんてしない純粋な子だって知ってるのよ」

「? ファン?」

「ああ、彼女、元アイドルだからね」

「アイドル……? ああ、そういえば! 行衛梨亜って二年前に引退した!」

 思い出したぞ、そんなアイドルいたな、そういえば……。すっかり忘れていたけど。道理で美人だと思ったら、元タレントさんだったのね。

「あ、はは……覚えててくださって光栄です。そんな人気じゃなかったのに」

「そんなことないじゃない。熱狂的なファンも結構いてさ」


! そうか……! わかったぞ、犯人の動機。


「あ、あの、僕ももう帰っていいだろぉ? 何も見てないし、何も聞いてないんだからさぁ」

「む~、そうですな。これ以上このまま話を聞いても進展なさそうですし。とりあえず、皆さんには一度お帰りいただきましょう。行衛さんだけ、署までご同行願えますかな? 犯人と決まったわけじゃありませんが、もう少し詳しくお話を聞きたいので」

「……わかりました」

「ゆ、行衛さん……」

「ちょっと待ってください!」

「「「!?」」」

「犯人は行衛さんじゃありません」

「君、いい加減にしなさい。素人にあまり出しゃばられると、警察としても迷惑なんだが」

「ハッキリわかりましたよ、誰が犯人なのか」

「何だと……?」

「だ、誰? 誰なの、有人ちゃん?」

「道祖瀬戸さん、ちょっとあなたのお部屋、見せてもらえませんか?」

「な、何でだよぉ? やだよ、そんな」

「まだ部屋にありますよね? 処分する時間もなかったし、返り血のついたシャツやら何やら」

「!」

「お風呂入ってたのって、瑞慶覧さんを刺した時に返り血がついちゃったから、洗い流すためでしょう? 失礼ですけど、ボロボロの靴を見る限り、あまり身だしなみに気を使うタイプには見えないので。そんなあなたがこんな夕方の時間にお風呂に入っていたということは、もしかしてと思ったんです」

「あ……あ……!」

「見せていただけますかな? 道祖瀬戸さん」

 殿山警部に詰め寄られ、それだけでもう観念したようだった。うなだれて、道祖瀬戸さんは部屋に招き入れる。

「警部、これを!」

 部下の刑事がバスルームから血の付いたシャツを発見する。これ以上ない、明白な証拠だった。

「ぐっ……くうううううううう!」

「説明していただけますかな? 何故、あなたが被害者を?」

「あいつ……あいつ、僕の梨亜ちゃんの家を荒らしまわっていたんだ! 泥棒なんだよぉ、あいつ! だから、僕が梨亜ちゃんを守らなきゃいけないと思って!」

「泥棒?」

「行衛さんは二年前までアイドルをやっていました。道祖瀬戸さんは彼女の熱狂的なファンだったんですよね? 多分、引退した今でも、彼女のことを」

「さ、道祖瀬戸さん……?」

「じゃあもしかして、隣に住んでいたのも、実は住所を調べて引っ越してきたからとか?」

 道祖瀬戸はうなだれたまま何も言わなかった。それだけで答えはわかった。行衛さんは戸惑い、咲恋さんが冷たい視線を浴びせている。

「うわ~……。ファンってのは聞いてたけど、まさかそんなストーカーさんだったとはねぇ。行衛さん家の様子、隣から逐一観察していたってことでしょ?」

「しかしわからんな、瑞慶覧穂が泥棒とはどういうことだ? それに部屋が密室だったのはどうしてなのか?」

「合鍵を持ってるんじゃないですか? 道祖瀬戸さん」

「! な、何でそんなことまで……?」

 道祖瀬戸は僕に指摘され、ズボンのポケットから鍵を取り出す。

「合鍵まで作ったの? 何て人」

「ち、違う! 僕が作ったんじゃない! あの女が持っていたんだ!」

「あの女って、瑞慶覧先輩ですか?」

「そ、そうなんだよ、梨亜ちゃん! 僕は君を守りたかっただけなんだ! 決してストーカーするつもりとか、そういうんじゃなくて! つ、つい殺しちゃったから、パニックになっちゃって、それでこいつが持っていた鍵で閉めちゃって、それで」

「続きは署で聞きましょう。おい、連れて行け」

「わあああああああ、梨亜ちゃああああああん……!」

 刑事たちに強制連行されていく道祖瀬戸樹馬。かくしてあっけなく、瑞慶覧穂殺しの犯人は逮捕された。

「災難だったわね、行衛さん。あんな行き過ぎたファンに狙われちゃって」

「あ、はは……。でも、私の家からなくなった物はどこいっちゃったんでしょう?」

「バーロー、決まってんだろーが、あのオタク野郎が盗んだんだろ、どうせ」

「そうですね。好きなアイドルの私物を欲しがるのはオタクファンの修正ですし、間違いないでしょう」

「でも道祖瀬戸は瑞慶覧が盗ったって言ってたわよね?」

「それこそ彼の苦し紛れの言い訳というやつですよ。行衛くんの部屋に盗みに入った彼は、たまたま行衛くんの家を訪ねた瑞慶覧くんにその現場を目撃されてしまう。だから口封じのために殺した。これで筋が通りますね」

「そういうこった。つーわけだからよ、刑事さん。俺らは今度こそ帰っていいんだよな?」

「ええ、結構です。帰りはパトカーで送らせますので」

「ったくよ、結局来るだけ無駄だったじゃねえかよ」

「全くです。とんだ時間の浪費でしたな」

 ぶつくさ文句を言いながら帰っていく漁と小休。

「でもやっぱり……何で瑞慶覧先輩は、私の家を訪ねてきたんだろう?」

「そうよね。今、小休が言っていた説が真相だとしても気になるわよね」

 行衛さんと咲恋さんが話をしている中、僕は殿山警部にこっそり耳打ちをする。

「ん? 何だ? 何……何だと!?」



 漁と小休の二人は小休のマンションへ戻ってくる。自分たちを送ってきた警察のパトカーが行ってしまった後、ようやく一息つく。

「へっ、全くヒヤヒヤしたぜ。瑞慶覧はあのイカれた豚に殺されちまうし、俺らは行衛に見つかっちまうわ、警察に呼び出されるわで」

「ですが、こうして無事解放されたので、良しとしようじゃないですか。小生のフォローは完璧だった。誰も小生たちを疑ったりはしない」

 小休たちは駐車場へ行き、小休のマイカーのトランクを開ける。すると中には……大量の家具やら小物、通帳に印鑑、ネックレスなどの貴金属類も入っていた。

「へっへっへ……」

「早めに売りさばいた方がいいですね。万が一、警察がまた小生たちを疑うことがある前に」


「もう手遅れですよ」


「「!?」」

 振り返ると、いつの間にか駐車場には殿山警部が来ていた。

「なっ……てめえ、どうして!?」

「なるほど、最近、この近所を荒らしまわっている連続空き巣犯は、あなたたちでしたか。あの合鍵も、道祖瀬戸のものではなく、あなたたちのお仲間だった瑞慶覧穂が作った物だったわけですな。

 そのトランクの中に入っている物は、行衛さんの自宅から盗んだもの。どうやら一度に二つの事件が解決してしまったようですな」

「あ……ああ……!」

「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 二人ともその場にガックリ崩れ落ち、警部と一緒に急行してきた警官たちに逮捕された。そう……これが真相だったのである。



 僕と咲恋さん、行衛さんも小休のマンションへやってきて、行衛さんは殿山警部と盗品の確認をしている。

「よくわかったわね、有人ちゃん。あの二人と被害者が窃盗グループだったって」

「瑞慶覧さんがはめていた手袋、あれで窓の外の手すりを触っていたってところで気づいたんですよ。あの部屋は二階で、多分盗品を窓から放り投げて、下で待機している二人に渡していたんじゃないかって。その作業中に手すりを触っちゃったんですよ。玄関から堂々と盗み出すのは誰かに見られるリスクが高いし、あの裏庭なら滅多に人が通らなさそうですから。受け取った二人が、今度は車に運び込んで、ここまで逃げてきたってわけです。

 合鍵はただの隣人よりも、同じサークルの方が鍵の入った荷物に近づくチャンスも多いでしょうし」

「聞けば漁二千翔の実家は鍵屋さんだっていうし、なるほどねぇ……。今まで彼らの窃盗の被害にあったのはみんな、彼らの顔見知りだっていうわ。近づいて合鍵の型を取って、いともたやすく盗みに入っていた、とんでもない連中ね」

「だから道祖瀬戸さんの言う通り、瑞慶覧さんは本当に行衛さんの家に盗みに入っていたんですね。たださすがの瑞慶覧さんも、隣で道祖瀬戸さんが常に目を光らせていたとは思わなかったでしょうね」

「凄い……凄いわ、有人ちゃん! あたし、感動しちゃった! まさか有人ちゃん、こんなに頭が切れるなんて!」

「い、いやぁ、あはは……」

「ねえねえ、有人ちゃん。よかったら、うちでバイトしない? 探偵喫茶アルテミスで!」

「えっ?」

「飲食店の仕事と探偵の仕事、掛け持ちになるけど、有人ちゃんなら十分できるわ! もちろんバイト料は弾むわよ? そこらの高校生じゃ稼げないくらい」

「い、いいんですか?」

「もちろんよ、あたしの方からお願いするわ! 今、うちは優秀な探偵が一人でも多く欲しいの。だからうちで働いてちょうだい、お願い!」

 思わぬ申し出だ。僕の取り得といったら、この推理力くらいしかないから、それを活かせる仕事は願ったりだ。でも喫茶店の仕事と掛け持ちって……ウェイターってことか? 男も募集しているのか、あの喫茶店。女性従業員しか見当たらなかったから、てっきり女性限定なのかと思っていた。

「わかりました。ちょうど僕もバイト探していたところなんで、お願いします」

「やったぁ! じゃあ早速、明日九時半に来てちょうだい。ふふっ、よろしくね」

 事件解決した上にめでたくバイトまで決まったところで、行衛さんがクマのぬいぐるみを抱えて僕のところに来る。

「あの、ありがとうございました。お陰で盗まれた物も無事取り返せて」

「あ、いえいえ。あの、それは?」

「あ、昔、ファンの方にもらったプレゼントなんです」

 こんなぬいぐるみまで盗もうとしていたのか、あいつら……。

「そうだ。よかったら、これお礼に差し上げます」

「えっ? 僕にですか?」

「はい、とっても似合いそうなんで」

「……」

 この人もどうやら、僕のことを女だと思っているっぽかった。どいつもこいつも……。



 翌日、指定された時間に僕はアルテミスにやって来る。

「おはよう。待ってたわよ、さ、こっち」

「あ、はい」

 咲恋さんに更衣室へ案内してもらう。

「ここが更衣室。ロッカーにもう名札貼ってあるから。そして中に制服も入れてあるから、それに着替えてフロアに来てね。スタッフに自己紹介してから始めるから」

 それだけ説明すると咲恋さんは行ってしまう。朝の開店前からもう忙しいみたいだ。

 僕は更衣室のドアを開ける。すると……。

「うわわっ!?」

「「「「?」」」」

 僕が悲鳴を上げてしまい、更衣室の中の面々は一斉に頭にハテナマークを浮かべる。普通は逆の光景になるはずだが。そう、更衣室では女性スタッフの人たちが着替えの真っ最中だったのだ。

「すすす、すみません!」

 慌ててドアを閉め、真っ赤になって謝り倒す。しかし着替えを見られた女性陣は、どういうわけか全く動じていない。

「あー、かまへんかまへん。入ってきいや」

「で、ででで、でも!」

「あの子、今日から来るっていう新人の子かな?」

「どっかで見たことある気がするんだけど……」

 何だ何だ? 何でみんな、着替え見られてこんなに冷静でいられるんだ? 慣れっこなのか?

「しゃーないなー、シャイな新人さんやで。ほら、みんな着替え終わったから、入り」

「あ、すみません……」

 ぞろぞろとみんな着替え終えて出てくる。昨日会った七五三ちゃんや満笑ちゃんもいる。全員出たのを確認し、僕はそーっと中に入る。

 何だ、この更衣室……? 男女兼用なのか? それとも男子用もあって、咲恋さんが間違えて案内した? だがロッカーを見渡すと、咲恋さんの言う通り僕の名前の貼ってあるロッカーがある。

 とりあえず、気を取り直して着替えることにする。フロアに出たらどうしよう? 自己紹介と同時にもう一度謝らなきゃ。

 そんなこと考えながら着替え終えると、自分の格好が何かおかしいことに気付く。

「ん……?」

 ちょうど更衣室の隅に鏡があるので、自分の姿を見てみる。するとそこには、メイド服の可憐な美少女(?)が映っていた。

 これ……女の子用の制服じゃん。まさか……。

「有人ちゃん、着替え終わった? ほら、フロアに出て。あら、似合ってるじゃない。凄く可愛いわ」

「咲恋さん……あの……もしかして、咲恋さんまで勘違いしてます?」

「? 何、勘違いって?」

「僕……男ですよ」

「えっ……? ええええええええええええええ!?」

 やっぱりか……。ずっと名前をちゃん付けで呼ばれていたのも、子ども扱いしているわけじゃなく、女の子だと思っていたから。

「うっそー、男の子!? あたし、てっきり、二回しか会ったことないし、可愛い顔しているから、女の子だとばかり……」

 無理もないかもしれない……初めて会った二歳の頃なんて、親に女装させられていたからな。なんてこった……。

「ん~……ま、いいか。こんだけ可愛いんだし、十分女の子のフリしてやっていけるって」

「は? ええええええええ!? ちょっと!」

「というわけで、ノープロブレム。有人ちゃんは今日から女の子として、ここ、探偵喫茶アルテミスで働いてちょうだい。よろしくね♪」

 なんとも適当な認識で僕を雇い、適当な感覚で女の子のフリをさせることを勝手に決めてしまった咲恋オーナー。そして今日から、僕の探偵喫茶での生活が始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ