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 小一時間ほど休憩した後、フェリル達は出口に向かい歩き始めた。


「位置的には、あと1時間くらい歩けば、外に出れると思うのよ」


 レッドデザートの地理に詳しいボーラがそう説明する。洞穴の出口がどこなのか概ね把握しているという。


「実際に出口を見た訳じゃないけどね。「砂漠は庭だ」って豪語する狩人から聞いたから、そこそこ信じられるはずよ」


「へえ……砂海馬とかを狩りにあちこち行くのかな。出口の場所は、シルバーフィールドの方角で合ってる?」


 ラーズの問いにボーラが肯定する。脱出のため予め調べていたのだろう、ラーズは予定どおりだと頷いた。


「じゃあ、北西に行けばターコイズレイクに行けるはずだね。--助けにきてくれたのに悪いけど、ボクは地下で死んでたってことにして欲しい。そうすれば、ちょっとの間ターコイズレイク辺りに隠れて、後は……まあ、ラルバ=ダルバから遠いトコに行くよ」


「ほとぼりが冷めるまで、ですか」


「うん。今の頭は、わざわざ一回出奔した人間の生死に興味ないだろうけど、まあ一応ね」 


 ラーズの言葉にヴァインが怪訝な顔をする。その疑問に答えるかのように、ラーズは続けた。


「彼女と、今の頭は無関係--とも言い切れないけど、今回のことは完全に彼女の独断行動だよ。……取り入るための、手土産ってことだね」


「断言できる根拠があるんですか?」


 ヴァインが問うと、ラーズはにやりと笑った。


「ボクには人の心中が読めるから」


 不敵な表情は、しかしすぐにいつもの朗らかな笑みに変わる。


「--なんていうのは言い過ぎだけど。まあ、一緒に生活してれば考えてることなんて分かるものさ」


 現に島から出ていくまで一切手出しされなかった、とラーズは付け加える。


「……跡目争いで流血沙汰になるってこと事態、予想外だけど」


 フェリルがそう言うと、ラーズは笑みを浮かべたままわずかに表情を曇らせた。


「昔とは変わったからね。先代が体調を崩したのがきっかけかな。ちょうど、今の頭が有翼人の薬師に治療を頼んで療養させて、自分は先代の代理になったあたり--まあ、それはいいや」


 里を出て、しかも遺跡探索に関わる者達に手を貸す有翼人とは珍しい。自分と同じ黒翼なのだろうかとフェリルが首を傾げていると、ラーズがじっと見つめてきた。耳をピンと立て、こちらに向けている。


「やっぱり、白い翼の有翼人が外出るって珍しいんだ?」


「え? ああ、禁域守るために引きこもってる、外界との交流をほぼ閉じた連中だから。里を追い出されたか、別の里の人間じゃないかな」


「ふーん……なるほど……」


 何か気になることでもあったのか、ラーズは大きく頷いた。尻尾がゆっくりと揺れている。


「--尻尾……」


 ぼそり、と聞こえた声に振り向くと、ソニアがラーズをじっと見ていた。何かを考えているような顔だ。


「……尻尾が気になる?」


「うん、耳も」


 シルバーフィールドでは半獣人は珍しくないはずだが、なにが気に掛かるのだろうか。そのまま見ていると、ソニアは意を決したように頷き、ラーズと歩を合わせた。気が付いたラーズが顔を上げる。


「おっと、何--」


 ソニアは何も言わずに手を伸ばした。ラーズの頭を撫で始める。

 前を歩いていたボーラやガデスが足を止めて振り返った。あっけに取られたような顔をしている。ゲイルだけは、少し羨ましそうだ。


「そ、ソニア?」


「猫たんは、愛でずにはいられないわ」


 ソニアの答えに同意するように頷くゲイルの隣で、カインホークが複雑そうな顔をしている。どこか悔しそうにも見えるが。


「猫ちゃんは、まあ、親戚のようなものだけど……」


 反射的になのか、ラーズは目を細めていたが、そっとソニアの手を掴み降ろさせた。手を握ったまま、微笑んで見つめる。


「分かるよ。そう言いながらも、落ち込んでいたボクを元気付けようとしてくれたんだよね。その優しさにくらっときちゃうなー」


「え、っと、ちょ」


 そう返されるとは予想していなかったのだろう。ソニアが慌てて手を引き離れると、彼はあっさりと離して、ガデスに向かって両手を上げた。僅かに剣呑な目をしたのに気が付いたようだ。


「フェリルのお姫様はちょっと好戦的だねー。でも、そういう子も良いなぁ」


「素直に引いて正解だと断言出来るぐらいだけどね。というか振られたばかりで節操ないな」


 義妹だとは言っていないはずだが、よくガデスの性別に気付いたものだと感心しつつ、釘を刺す。何もかも失ったからと心配していたのがバカらしく思えてきた。


「耳を伏せてる様が「しょぼーん」とした猫そのままだったから、ついつい……」


 ソニアが撫でた理由を説明しているのが聞こえる。


「そういうのは無害な相手だけにしとけって--アクアとか」


 ガデスの言葉は聞かなかったということにしておいて、フェリルは気を取り直すために頭を掻き、ボーラに並んだ。


「えっと……この先、また地底湖とかあると思います?」


「そうねぇ、少なくとも水場は無いんじゃないかしら。だんだん湿度が下がっているみたいだし」


 肌で感じる、と言いながらボーラは懐から軟膏のようなものを取り出して体に塗り始めた。保湿のためのクリームらしい。


「乾きすぎると鱗がカサカサになるのよ。敏感肌だから、アタシ」


「へぇー、大変なんだなぁ」


 何故か両耳をいじりながらカインホークが相槌を打つ。ぐいぐいと引っ張る様に、ヴァインが首を傾げる。


「どうしました?」


「いや、ちょっと、なんとなく耳のストレッチを--」


 そもそも構造が違うことを指摘してやるべきかどうか迷っていると、ラーズが袖を軽く引いてきた。


「なに、何か秘密の話?」


「いや、聞こうか迷ったけど、気になった話。……銃剣はもう使ってないんだ?」


 フェリルが背負った大鎌に視線を遣りながら、小声で問われた。隠し持っているのだと思われたようだ。フェリルは首を振り、メガネの縁を指先で軽く叩いた。


「目が悪くなって、狙いが定まらなくなったから」


 今は持っているだけだと答えると、ラーズは残念そうに苦笑を浮かべた。


「もったいないなー、昔はボクより上手かったのに」


「大差なかったと思うけど。まあ、今は必要ないから良いんだよ。戦いは、得意な人に任せるから」


 そこまで言ってフェリルは言葉を切った。僅かに逡巡し、言葉を続ける。


「--しばらく姿を隠すって言ってたけど、その後は? まさか復讐に戻るとか……」


「それだけは無いって。……もしかしなくても、心配してくれてる?」


 ラーズの言葉に「まあ、一応」と頷くと、彼は穏やかに笑った。言葉を探すように視線を巡らせ、フェリルに向き直る。


「キミは一人で島を出てったことで、ボクに負い目を感じてるようだけど、気にする必要なんてないよ?」


「そんな、ことは--」


 ない、わけではない。フェリルが島を離れたのは、アドラーの死を家族同然だった仲間や実子のラーズがすぐに受け入れ、後継者決めや遺品の整理を始めたからだった。それが幼かったフェリルには、彼の死を悲しむことなく蔑ろにしているように思えて、腹立たしかったのだ。今ならば実際はそうではなく、必要なことであったことがわかる。もし彼との約束どおり島に残っていたら、ラーズは片目も故郷も失うことなく、頭となっていたかもしれない。

 そんなフェリルの考えを否定するかのように、ラーズは首を横に振った。尻尾と耳がぴんと立っている。


「キミが島から去ったとき、寂しくはあったけど止める気はなかった。人の行動に干渉するの好きじゃないんだよね、昔から。……でもだからこそ、今こうしてリスク覚悟で助けてくれてるのが凄く嬉しい」


 そう言って微笑むラーズを、フェリルは眉根を寄せて見返した。


「…………生前最後の言葉に聞こえてしょうがない」


「いや、死ぬ気ゼロだよ?!」


 縁起でもない、とラーズは大きく首を振る。


「よく「あなたは空気読んでくれるけど、本音が見えない」って振られるから、久々に再会した親友にくらいは正直に思ったことを言っただけなんだけどなー……」           


 それが死亡フラグにしか思えないのだが、そう言ってもキリがないので黙っておく。ラーズはもう一度大きく首を振って否定すると、不意に足を止め、洞穴の先を見て目を細めた。聞き耳を立てているのか、耳を向けている。


「先になんかいるな」


 魔法の光源が照らす明かりから外れて洞穴の先を凝視していたガデスが呟いた。二人の視線の先をフェリルも追ってみたが、闇が広がっているだけにしか見えない。


「こう、ぼてっとしたものが」


「ボクには物音が聞こえるだけだけど、獣っぽいね」


 ゲイルが手で楕円を表現する様を見ながら、ラーズが銃を手にした。


「砂海馬だなー、あれは」


 ガデスの隣に並んだカインホークが断言する。耳だけでなく目も良い彼にはしっかり見えているようだ。

 牙や皮が工芸素材などに使われる砂海馬だが、肉食性で獰猛な性格のためその狩りは命がけだ。この先にいるというものたちも、素直には通してくれないだろう。


「数はいくつかしら?」


「んー……4、かなー」


 その数を聞き、長剣を手にしていたヴァインが顎を撫でた。


「不意打ちが出来るといいんですが……」


「やってみるか? 魔法なら、この距離から撃てるぞ」


 そう答えると、ガデスは右手を掲げた。


「たまにはちゃんと詠唱するかなー」


 ぽつりと呟く。「精霊の女王」と謳われるミストリル族にとって、魔法の行使に必要なのは「こうであれ」と精霊の力を思い描くことだけだ。息をするように精霊を操るガデスには、詠唱をする意味はあまりない。


「--冷たき息吹、激しき舞踏、敵を蹂躙せよ!」


 一般的な「アイスストーム」の詠唱を合図に、氷の嵐が砂海馬を襲った、のだろう。フェリルにはその様子は見えないが、怒りの含まれた悲鳴は耳に届いた。


「……皮膚が厚いのか、あんまし効いてないっぽい」


「マジで?! 真面目に詠唱したのになー、っと!」


 カインホークの報告に苦い顔をしながら、ガデスが掲げていた腕を振るった。砂を巻き上げて風が吹き、再び砂海馬の悲鳴が響く。今度は詠唱無しのウインドカッターの魔法だろう。


「詠唱無しでも魔法使えるって、やるわねー」


 ボーラの驚きの混じった賞賛に、ガデスの動きが一瞬止まった。愛想笑いをしながら振り返る。


「いやー、こう見えて半精族の血が入ってるんで」


 半精族は精霊の末裔ゆえに、詠唱すること無く自在に精霊の力を扱える。ミストリル族であることを誤魔化すにはもってこいの種族だ。とはいえ氷の精霊の末裔ならば薄青色、雷の精霊の末裔ならば薄緑色っといったように瞳の色が決まっているので、今のは苦しい言い訳なのだが、ボーラには通じたようだ。納得したように頷いている。  


「怒ってこっち突っ込んできたぞー」


 その言葉の通り、地響きが近づいてきた。カインホークがガデスを下がらせながら前に出る。何をするつもりかを聞く前に彼の姿が白銀の竜に変わった。通路を一人で占拠しているような状態で、彼は首をもたげて息を大きく吸うと、翼を広げて光の帯を吐き出した。高熱のブレスに晒され、砂海馬が身を捩らせてもがく。


「よし、後は任せた!」


 元の姿に戻ったカインホークが後方に下がる。短剣で相手をするには分が悪いからだろう。入れ替わりにヴァインとボーラが前に出、そこにゲイルとセージが並んだ。


「後ろに下がると、応援しかできることないのよね」


 根を手に、ソニアがぽつりと呟く。セージの主人は彼女なのだから「何もできない」ということはないと思うのだが、任せっぱなしは好きでないようだ。


「人数増えると、まぁ仕事減るよなー。そのうち今の2倍くらいの大所帯ギルドになったりして」


 支援に徹することにしたらしいガデスが、輪にした鞭を揺らしながら言う。

「まさか」と否定してから、フェリルは祈りの言葉を紡ぎ、防護魔法を全員に掛けた。目の前ではラーズがライフルの銃身を持ち上げている。


「え、ちょっと。そこから撃つ気なんです?」


 安全装置を外した音に気が付いたボーラが、振り向いて顔をひきつらせた。普通に撃てば、彼--彼女らを巻き込むのは明白だ。


「撃てたら、だから。大丈夫大丈夫、絶対味方は撃たないよ」


 セージが返事をするように一声鳴く。大蜘蛛との戦いで信頼を得たらしい。僅かに振り返ったヴァインと目が合ったのでフェリルは頷いた。何も言わず砂海馬に視線を戻したので、フェリルの評価を信用したのだろう。


「絶対ですよー……?」


「セージが信じてるから、大丈夫」


 渋々といったように向きなおるボーラに、ゲイルが言う。


「ちなみにカインの魔法と比べるとどうだ?」


「え、カインの? うーん……ラーズの銃のほうが巻き込まない、かな」


 珍しく冗談めかしたヴァインの問いに、フェリルは思ったまま正直に答える。失礼なやりとりながらカインホークからの抗議の声は上がらなかった。何故かバツが悪そうにそっぽを向いているだけだ。思い当たる節でもあるのだろうか。


「あー、ほら。話してる間にトドが立ち直ってきた」


 話を変えるように指さす。カインホークの言うとおり、砂海馬が再び前進しはじめていた。傷だらけの体を大きく揺らし、猛牛のごとき勢いで砂煙を上げている。




「9」に続く


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