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 点々と続く血痕を辿り、カインホークたちは地下空洞を足早に進む。全力で駆けていったセージは、まだ引き返していないようだ。


「む--」


 通路の先に何かが横たわっている。よく見れば、大サソリのようだ。ヴァインが柄に手を掛けて。様子を伺う。


「……死んでますね。眉間の傷は--」


「銃創だね。ラーズの獲物だ」


 死体を観察していたフェリルが断言する。地面を見ると、血痕は蛇行しながら先に続いている。大サソリを倒し、さらに進んだようだ。

 不意に、聞きなれぬ僅かな音が、カインホークの耳に届いた。空洞内に反響したそれは、破裂音のようだ。少し間を空けて、再度同じ音が響く。


「もしかして、銃声か……?」


 カインホークの呟きを聞き、フェリルが大鎌を手にして羽ばいた。砂を巻き上げながら空洞の奥に消える。


「追いかけましょう!」


 ボーラの声を合図に、カインホークたちは走り出した。幸い道は枝分かれせず、真っ直ぐに続く。

 突然、何かが落ちるような水音が響くと同時に、視界が大きく開けた。


「地底湖……」


 通路がなくなり、カインホークたちは立ち止まった。

 かなり広い空間に出た。足下には、大きく波打つ湖が光を受けて輝いている。水面から今立っている場所までの高さはおよそ3メートルほどだろうか。奥に行くにつれ浅くなっていくようで、対岸は浜になっている。


「--いた!」


 ゲイルが浜を指す。見れば、水をまき散らしながら、本来の姿になったセージが毒々しい色をした大蜘蛛の集団相手に戦っていた。浜辺から大蜘蛛を上陸させないかのように立ち回っている。

 その背後には、岩壁に寄りかかる半獣人--ラーズも見える。右肩を中心に服が赤く染まっているが、意識はしっかりしているようだ。カインホークは彼が手にしている武器を本で見たことがある。ライフルと呼ばれる長銃だ。右腕は動かないのだろう、ラーズは左手だけでライフルを撃ち、銃身を立てて足でリロードを行っている。銃撃は黒犬の動きを読むかのごとき正確さで、巧みに大蜘蛛だけを狙っている。


「水中にフェリルが!」


 カインホークに気が付いたラーズが叫ぶと同時に、ボーラとゲイルが湖に飛び込んだ。水の透明度は高いようだが水面が激しくうねり、水中の様子が分からない。

 カインホークは湖面に目を凝らそうとのぞき込みかけ、空を切る音に反応して跳び退く。僅かに遅れ、2体の大蜘蛛がカインホークがいた場所に着地した。思わず上に目をやると、天井一面に巣が張り巡らされ、所々に白い繭が作られている。外界から来た獲物を群れで狩っている最中だったようだ。


「ここは任せた!」


「あ、わたしも!」


 上に敵が残っていないことを確認していのだろう。カインホーク同様に巣を見上げていたガデスが大蜘蛛の間を抜ける。その後にソニアが続き、ガデスとともに飛び降りた。水音が上がらないので、飛翔してラーズの援護に行ったのだろう。

 2人の動きを追って、大蜘蛛が振り返る。その背に、投擲用の短剣が突き刺さった。怯んだところに、ヴァインが切りかかる。


「行け、シルフ!」


 カインホークの声に応え、風が刃となって大蜘蛛の1体を切り裂くとともに、もう1体の大蜘蛛の足も数本切り落とす。ヴァインの髪も掠って数本切ったように見えたが気のせいだと思うことにして、カインホークは短剣を抜いた。体液をまき散らしながら這い寄ってくる大蜘蛛の眉間に突き立てる。もう1体に目を遣ると、ヴァインがその頭に剣を貫いたところだった。カインホークは目前の大蜘蛛が痙攣し絶命したのを確認して、湖に駆け寄る。切断された大蜘蛛の死体が浮いた水面が激しく揺れ、水しぶきを上げてフェリルが顔を出した。


「フェリル、無事か?!」


 カインホークの問いかけに、フェリルは咳き込みながら手を軽く挙げる。大蜘蛛によって落水したようだ。その際に落としたのか、眼鏡がなくなっている。フェリルは浜辺を振り返り、唐突に水の中に沈んだ。

 入れ替わるように、少し離れた場所の湖面がうねり、何かが浮き上がった。


「ッのクソがぁ゛! しぶといのよ!」


 槍に貫かれてもがく大蜘蛛を掲げ、ボーラが顔をだした。力任せに槍を振るい、水面に大蜘蛛を何度も叩きつける。フェリルの救護を頼みづらい剣幕だ。

 カインホークは自ら飛び込もうと立ち上がり、突風に煽られしゃがみ込んだ。風を唸らせ、翼を畳んだ青い竜がフェリルが沈んだあたりに飛び込む。湖面が大きく揺れ、ボーラが小さく悲鳴を上げた。うねる大波を頭から被り、カインホークの視界が一瞬遮られる。目を拭うと、浮き上がってくるバラバラになった大蜘蛛と、それを追うように浮上したゲイルが見えた。


「ゲイル、フェリルが沈んだ!」


 カインホークが叫ぶと、ゲイルは頷き再び潜る。

 彼らに任せておいて大丈夫そうだと判断し、カインホークは浜辺に視線を移した。ソニアが振るった棍を受けて吹っ飛んだ大蜘蛛が、氷の槍に貫かれて動きを止めるところだった。浜辺には、すでに何体もの大蜘蛛が絶命し転がっている。今ので最後だったようだ。

 再び湖に視線を戻すと同時に、竜化したヴァインが飛び上がった。一際大きい蜘蛛を跳ね上げ、尻尾で壁に叩きつける。その手には、ぐったりした様子のフェリルが掴まれている。カインホークが慌てて名前を呼ぶと、力無く手が上がった。辛うじて意識はあるようだ。




「--本当にごめん、助かった」


 髪から水滴を垂らしながらフェリルが頭を下げた。ゲイルが拾ってきた眼鏡を受け取り、掛け直す。湖上に出てセージを発見した瞬間に、大蜘蛛に飛び乗られて落ちたのだという。後先考えずに飛び出してしまったのが失敗だったと、フェリルはため息を吐く。


「いやー、来てくれたと思ったら落ちちゃったから、焦ったよ」


 そう言ってラーズは朗らかに笑った。ずいぶん出血していたようだが、ガデスの治癒魔法のお陰か顔色は悪くない。


「来てくれてありがとう、ホントに助かったよ」


 ゆっくりと尻尾を揺らしながら、頭を下げる。その肩を、ボーラが叩いた。


「んもう、本当に心配したんですよ!」


 無事でよかった、と抱きしめる。ラーズは動じることなく、宥めるようにその背中を軽く叩いた。


「しかし、いったい誰に--」


「あー、ちょっといいかな」


 カインホークは手を挙げて、ヴァインの言葉を遮った。振り向いた皆に提案する。


「とりあえず、たき火にでもあたりながら休憩するのはどうかなー、と」


 「ガデスとソニア以外は全身ずぶ濡れだから」と言うと、頷いたガデスが炎の精霊を召喚した。羊ほどの大きさの火トカゲは、丸まって燃え上がる。


「薪の代わりになるのが蜘蛛しかないからなー。こっちの方がいいだろ?」


 首を傾げたカインホークに、ガデスが聞く。だがカインホークが気になっているのはその事ではなかった。


「や、うん。そうだけど--サラマンダーって、そんな大きかったっけ?」


「は? これが標準サイズだろ」


 ガデスが同意を求めるように見ると、火トカゲはガデスを見上げた。ドングリのような目とちろりと舌を出す仕草に、ソニアがときめいたように目を輝かせている。


「そっかー……俺が呼ぶと、いっつも手乗りサイズなんだけど--」


「あれも可愛いのよねー」


 何故か違いがあるようだ。何の差なのかは気になるが、ソニアには好評なようなので、突き詰めなくていいと思い直す。法衣を脱いで水を絞っているフェリルに倣い、カインホークも上着を脱ぐ。浜辺に泳いで渡ったというラーズを始めとする他の5人に比べ、カインホークは水を被っただけなので乾くのが早そうだ。


「あれ、少し違う」


 聞こえてきた声に視線を遣ると、ゲイルが脱いだ服を手にヴァインの方を見ていた。ヴァインは首を僅かに傾げ、何かに思い当たったように頷いた。


「ああ……これですね」


 そう言いながら、ヴァインは右腕を上げて見せた。普段は服に隠れて見えない二の腕が青い鱗に覆われている。鱗は右肩に続き、更に右半身に広がっている。


「ん、俺は背中だから」


 そう言ってゲイルがヴァインに背を向けると、背中から腰に掛けて赤い鱗に覆われているのが見えた。


「あ、カインは?」


「え! お、俺?」


 突然振られ、カインホークは言葉に詰まった。体の一部が鱗で覆われているのは、成人した普通の竜人族と「殻付き」の唯一の相違点だ。逆に言えば、鱗さえ見えなければ「殻付き」だと知られ、忌み嫌われる可能性はない。ヴァインはそれを知っているのだろう、少し困ったような表情をしている。


「お、俺はどっちかというとダークエルフ寄りだから--」


「と、いいますか……卵から生まれた竜人族だけが皮膚の一部が鱗になるんですよ」


 結局、ヴァインが説明をした。ゲイルは納得したように頷く。


「そっか。それで、みんなに近いんだ」


「家族でお揃いよね」


 ボーラがにこりと笑って付け加える。嬉しそうに頷くゲイルにカインホークは胸をなで下ろした。よけいな心配だったようだ。


「……ボクが仲良くしてた薬屋の子が、ラミアだったんだけどさ」


 唐突に、ラーズが口を開いた。座ったまま、難しい顔でヴァインを見上げる。猫のような耳が、ヴァインの方向に向いてぴんと立ってる。


「滑らかな鱗がイイ、ってすごいモテてたんだよね……つまり、男でも女の子に受けるんじゃないかと」


「…………私の知り合いが、似たような事をほざ--言って、わざわざ見せびらかしていたことがありますが、さっぱりでしたよ」


 ヴァインは若干渋い顔で答える。カインホークはその口振りに思い当たる事があり、フェリルとガデスに視線を移す。二人とも頷いているので、間違いなく彼らの養父ザックス=グレイヴのことだろう。剛胆な性格の彼らしい。


「あら、そうなの? 隠れた部分とか、乙女としては気になってドキドキするけど」


 ボーラの視線が腰元に止まっているのに気付いたのか、ヴァインがわずかにたじろぐ。


「ああ、ズボンまで濡れてんなら、脱いで乾かせば一石二鳥--」


「いえ、問題ありません」


 からかうような口調のガデスに、ぴしゃりと断る。残念だとボーラが呟いたのは、聞こえないことにしたようだ。


「--あ、そういえば!」


 セージを膝に乗せ、掻くように首を撫でてやっていたソニアが、重要なことを思い出したかのように声を上げた。何事かと主人を見上げる黒犬の頭を撫でながら、ラーズに振り向く。


「えっと……彼女とは、別行動なの?」


 躊躇いながら聞くソニアに、ラーズは愛想笑いを向ける。頬を掻きながら、軽い口調で答えた。


「いやー、フられちゃって。彼女は今頃島に帰ってるんじゃないかな」


「--ただ振られただけ、じゃないんじゃない?」


 フェリルが問うと、ラーズの笑みが苦笑に変わった。


「確かに、ちょっと殺されかかったけどね」


「え……!」


 言葉を失うソニアに「気にしなくていい」とラーズは首を振り、展望台で切りかかられてここに落ちたのだと説明する。落胆しているような様子はない。


「ホントは切られずに落ちるつもりだったんだけどねー。相手の動きが良くて、避けきれなかったよ。その上、洞穴の途中に湖があったのも計算外でさ。泳ぐの苦労したよ。大丈夫だろうけど獲物を濡らしたくなかったし」


 そう言ってラーズは、傍らに置いていた銃を手にした。細かい傷があちこちに刻まれ、よく使い込まれているようだ。銃尻には風を切る金鷹の装飾が施されている。


「それは……先々代の銃? よく奪われなかったね」


「愛用だった銃剣は持ってかれたけど、こっちはずっと隠してたからね。バレずに持ち込めてよかったよ」


「じゅうけん?」


 聞き慣れぬ単語にゲイルが首を傾げた。銃自体、八鱗連合では馴染みのない武器なのだから、銃剣を知っているものはもっと少ないだろう。カインホークも本の隅に紹介されているのを読んだだけで、実物を見たことはない。


「剣の腹に短銃が付いた武器、ですね」


「そうそう。よく知ってるねー」


 島のスカウトぐらいしか使わない、とラーズは説明する。


「銃自体、まだ島外に広まってないみたいだからね。その発展系なんて、もっとマイナーだと思うよ」


「確かに、銃って初めて見たわ。……でも、なんで?」


 ソニアの疑問に、ガデスが地面に図を書きながら答える。


「そもそも銃自体が、ラルバ=ダルバの遺跡で見つかった、失われた技術で作られた武器でな。魔法を付加した仕掛けで小さな爆発を起こして弾を飛ばすんだが、今じゃその仕掛けを作れる付加技術がない。で、その代わりに、火薬を使って弾を飛ばすっていう製造方法が確立したのが十数年前。その派生系の銃剣も、同じように遺跡で見つかった武器なんだが、こっちは火薬式の仕掛けの小型化に成功したつい最近から作られ出した。なもんで、まだ島外には殆ど普及してないんだよ。それと」


 ガデスはカインホークを一瞬見て、言葉を切った。


「--八鱗連合には、馴染みがない類の武器だしな」


「ブレス吹けるし殴ったほうが強いだろ、って考えが竜人族だとメジャーで、遠距離武器使う人は少ないからなー」


 ガデスは竜人族の「良く言えば勇猛、悪く言えば脳味噌まで筋肉」という性質をどう表現するか言葉を選んだようだ。弓にしても、リザードマンやエルフらが使っていたものを真似して最近普及してきたくらいなのだから、銃の普及にはもっと時間がかかるだろう。


「へー……、詳しいのね、さすが次席」


「得意分野は偏ってるけどな。--でも、持ってかれたって、元カノにか?」 


「死体は砂に沈んだ、っていうかボクが下に落ちたから、その代わりに持っていったよ。先々代が見つけた内の1本で、旧時代の貴重品だっだけど、命の値段と思えば妥当かもね」


 伏せ気味の耳をいじりながら、ラーズは答える。


「--まあ、済んだことは置いといて。悪いけど、引き続き外まで手助けしてくれないかな」


 報酬は払う、と言ってラーズは朗らかに微笑んだ。




「8」に続く

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