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 ガデスの目前でフェリルの黒い翼が赤みを帯びた日の光を受け、塗れたように輝いている。黒曜石のようだと思いながら、ガデスは手を伸ばした。


「うわっ。な、なに?」


 不意打ちで触られたフェリルが、驚いた顔をして首だけ振り向いた。体を動かさなかったのは、翼がぶつからないようにという気遣いだろう。


「砂付いてたから。っていうか隙があったんで、とりあえず」


 羽に付いていた砂を払ってやりながら、ガデスは答える。絹のような、滑らかな手触りだ。驚かすために不意をうって撫でようとすると、普段は高確率で気付かれるのだが、今日は隙だらけだ。

 坑道でのスライム退治が終わったのは、日が傾きかけた頃だった。占拠されていた場所がそれぞれ離れており、移動に時間がかかったのだ。蟻の巣のように枝分かれした坑道を歩いている間中、フェリルは何かを考えている様子だった。


「なんか、ずーっと難しい顔してたけど--あ、ほんとに元彼女に会った?」


「いや、違うって。……というか、その冗談のせいで散々カインとソニアに突っ込まれたんだけど」


 ガデスの言葉にフェリルは首を振り、非難の目でガデスを見た。昨日適当に言ったことがバレているようだ。


「いやぁ、ちょっと想像で言ってみたら、思いのほか食い付きが--って、ちょ、ぅわ、まっ!」


 笑って誤魔化そうとしたガデスの脇腹を、フェリルが手を伸ばし掴んだ。逃げようともがくガデスを容赦なくくすぐる。


「だ、大丈夫?」


「ふ……、たまには反撃しないとね」


「ううう……」


 ガデスは涙目になりながら解放された脇腹を押さえ、心配そうなゲイルに手を挙げて答える。顔を上げると、フェリルの背後で呆れた顔をするヴァインと目があった。「だから言ったでしょう」と口が動く。相手に非が無いことを承知で睨みつけたが、涼しい顔で首を傾げられただけだった。


「まあ、心配してくれるのは、嬉しいけどね」


「ならなんで反撃したし……」


「なになに、どうしたの?」


「いや、何でもないよ」


 前方から戻ってきたソニアに、フェリルは笑顔で首を振る。


「ちょっと、ずっと考えてた事があって。後で、みんなに頼みごとしたいな、と」


 そう言い、フェリルはゲイルの方を向いた。思い当たることがあるのか、ゲイルは素直に頷いている。


「ほほう--昔の彼女とヨリを戻したい、的な?」


「だから違うって。--変わった頼まれ事に協力してほしいだけだよ」


 カインホークの言葉を聞いて、ガデスは念のためフェリルと距離を離す。幸い再追求されることはなく、フェリルは「夕食後に部屋で話す」と言って、返事を待たずに歩きだした。




「--いなくなったら、捜してほしいって……」


 フェリルが昔の知り合いに頼まれたことを聞いて、ソニアが目を丸くしている。


「だって、襲われるのは、阻止しなくていいの?」


「うん、どうもそうらしいんだよね」


 ソニアの疑問はもっともだと、ガデスも思う。危険が分かっているならば、先に芽を潰してしまった方が安全だろう。

 何か、理由でも無い限りは。


「もう既に死を覚悟してとか、遠慮してダメ元で捜索だけ頼んだとか?」


「いや。昨日からずっと、理由を考えていたんだけど……そんなタマではないな、と」


 人当たりがよく空気を読むのが上手いが、それだけにしたたか、というのがフェリルの記憶の中の昔なじみなのだという。ガデスが昨日見かけた時は「脳天気な優男」といった印象だったが、あえてそう見せているのだろうか。


「--で考えた末に、昔の身内に狙われてるらしいから、生死不明にして撒くつもりじゃないかという予想に落ち着いた」


 確かにそれならば、「いなくなってから捜せ」と言う意味もわかる。だが、それにしても与えられた情報が少ない。


「でも、どうやって捜せば? 今の居場所も分からないし……」


「だよな。警戒するにしたって、もうちょい情報くれりゃいいのに」


 ゲイルとガデスの言葉に、フェリルは視線をさまよわせた。何か思い当たる節があるがはっきりとは言えない、といったふうだ。


「--まあ、必要なときに情報が来ると思う。回りくどいやり方で呼び出したり、ボーラさんを巻き込まないようにしたり、色々計算してるみたいだし」


「……余計な面倒事にはならないのか?」


 気乗りしない様子のヴァインの言葉にフェリルは、今度ははっきりと頷いた。


「協力者がいるとなれば生存が疑われるだろうから、こっちへの頼み事は敵に隠し通す筈だ。余計な火の粉を被る心配はないよ」


 そう断言するフェリルを、ヴァインは真偽を確かめるかのように見つめる。ガデスは腰掛けていた寝台から立ち上がった。壁に背を預けて立っているヴァインの隣に行き、下から顔をのぞき込む。ヴァインは視線をフェリルからガデスに移した。渋い顔のまま、見返してきた。


「行方不明者捜すだけだし、そんな心配しなくてもいいんじゃね?」


「脱退者に追っ手を差し向けるような集団に関わり合う可能性がある以上、無難に済むとは思えませんが」


 まかりなりにも一国の王子が一緒だから、なおのこと慎重なようだ。とはいえ、取り付く島もないほど厳しい口調、という訳でもない。積極的に肯定できないだけなのだろう。

 どう説得したものか。ガデスが取り合えず話そうとすると、他ならぬカインホークが口を開いた。


「相手はフェリルの友達っつっても、あくまで俺らの立場って、姿を消した旅行者を捜す一介の冒険者っしょ。それを邪魔する人員を割くほど、フェリルが居たとこって大きいん?」


「いや--僕が居たときは20人位しかいなかったし、あれから人が増えたようでもないね」


「なるほど。んじゃ、問題無いっしょ」


 カインホークにそうにこやかに言われ、ヴァインの眉間の皺がわずかに浅くなる。ガデスはそれを軽く指で押した。若干迷惑そうな顔をするものの、ヴァインはされるがままだ。諦めているだけかもしれない。


「……何するんですか」


「痕にならないよう伸ばしてる。--渋ってるのヴァインだけっぽいぞ」


 そこまで言い、ガデスはヴァインの耳元に口を寄せた。小声で言葉を続ける。


「……それに、行かなくてもフェリルは一人で捜しに行くぞ、絶対。自分で決めるとそうそう曲げないって、知ってるだろ」


 結局一緒だ、と締めくくる。カインホークには聞こえていたようだ。大きく頷いている。

 最終確認のつもりだろう、ヴァインは仲間を見回す。ソニアとゲイルにも頷かれ、溜息を吐いた。


「……わかりました。協力しましょう」


「よし、決まりな。--っつっても、今は待つだけか」


「何かできることがあればいいのに……あ、セージに頼む?」


 セージならば、目立たずに巡回させることができる。道端で会ってもただの犬にしか見えないだろう。だがフェリルは首を横に振った。


「それこそ、無関係を装うには、あまり余計な動きはしないほうが良いと思う。今日は坑道を一日歩き通しだったし、普通になにもせず休もう」


「そっか。じゃあ、早めに寝ようかな。--おいで、セージ」


 主の声に、伏せていた黒犬が立ち上がる。身震いをしてから、ソニアの足下に添った。


「んじゃ、俺も。なんかあったら呼んでな」


「うん、お休み」


 手を振るゲイルとカインホークに手を振り替えし、ガデスはソニアとともに部屋を後にした。




「6」に続く

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