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 ランプの火に照らされた坑道の壁は滑らかで、緩やかに弧を描きながら下り坂になっている。灼熱の地上と違い、奥から流れてくる風は冷ややかだ。


「いやー、外から人が来てくれて助かるわぁ」


 坑員の一人だというドワーフの娘が上機嫌に頷くと、動きにあわせて、ポニーテールにされた赤銅色の髪が揺れた。


「ウチら精霊魔法は不得手だから、こういう時冒険者が居てくれないとね」


「ここは俺たちにとっても大事な資源っすから、そりゃもう、任せてくださいよー」


 隣を歩くガデスまで上機嫌なのは、暑さから逃れられたからだろう。見ればほかの仲間も、どこかリラックスしている。

 ゲイルは昨日入手したばかりの斧に触れ、息を吐いた。新しい武器に初めての仕事ということで、気分が高揚しているのが自分でもわかる。

 坑道に迷い込んだ魔物たちの駆除、というのが今回の目的だ。坑道内には地上から砂が流れ落ちてくる箇所がいくつかあり、たまにそこから魔物も落ちてくるのだそうだ。


「砂に飲み込まれて、無事に落ちてこれるんだ?」


「穴の深さにもよるんでしょうけど、窒息する前にここに着くらしいわ。昔、人が落ちて助かったコトもあるらしいし」


 カインホークの疑問に答えたドワーフの娘は「試すのは勧めない」と締めくくる。川に潜るのとは勝手が大きく違うであろうはゲイルにも容易に想像できるが、カインホークは興味があるようだ。


「落ちてきたのが大サソリとか砂海馬なら、ウチらで倒せるんだけどね。赤砂スライムだと、殴っても効きが鈍いから面倒なのよ」


「炎に強いから、火竜のブレスもイマイチ効かないんだなー。そりゃ大変ですよね」


「ホントよ、もう! 「尻尾で叩いても効果薄いからお前に任せたー」なんて後ろに引っ込む奴もいるし」


 もっと女子を労れ、などとドワーフの娘は憤慨している。ゲイルからすれば、実力を認められているという事だと思うのだが、彼女自身はそう感じてないようだ。


「……ソニアとガデスも、労った方が良いのかな?」


 世間知らずの自覚があるので隣を歩くフェリルに聞いてみたが、返事は返ってこなかった。横を見れば、彼は前を歩く仲間の背中をじっと見ている。


「えっと……フェリル?」


「え……? ああ、ごめん、ぼーっとしてた。何?」


 改めて声を掛けて初めて、話しかけたことに気がついたようだ。フェリルは申し訳なさそうに笑みを浮かべて、聞き返す。


「や、「女子を労れ」って、ソニアとガデスも、そうなのかな、って……」


「ああ--ソニアは気に掛けてあげると良いんじゃないかな」


「えっと、ガデスは--」


「俺は関係ねぇぞー」


 ゲイルの言葉に、本人から答えが返ってきた。それほど大きな声で話していたつもりはなかったが、聞こえていたらしい。


「--だって。逆に気を使われるの苦手だからね」


 「色々な人がいるから」と言われ、ゲイルは頷いた。たしかに、兄は「立派な男」と言われても嬉しそうでなかった。


「……ちなみに、フェリルは?」


「え?」


 話を振るのが唐突すぎたようだ。ゲイルは言葉を付け加えて言い直す。


「いや、昨日から、考え事してるみたいだけど、気にするのは、余計なお世話?」


 今度は直球すぎたようだ。フェリルは困ったような笑みを浮かべて、腕組みをした。


「あー……ごめんね、大丈夫だよ。ちょっと昔の知り合いとのこと思い出してたり、昨日話したこと考えてて。今は気持ちだけ貰っておくよ」


「そっか、うん」


 踏み込んで欲しくはなさそうなので、ゲイルは頷いて会話を終わらせる。丁度、魔物が出た地点にたどり着いたようだ。ドワーフの娘が止まるように合図し、声を潜めて通路の先を指さす。


「まずはあそこよ」


 そこには水音をたてながら跳ねるものが5つあった。赤く透明なゼラチン質の中心に、黒い球体が浮いている。子牛ほどの大きさの体は弾力性があり、着地のたびにプルプルと揺れる。


「なんか……ワインゼリーみたい」


 スライムをじっと見ていたソニアが、ぽつりと呟いた。


「……そう言われると、美味しそうに見えてくるな」


「正気ですか? 魔物ですよ」


 カインホークの言葉をヴァインが呆れたように否定する。だが、明かりに照らされて瑞々しく艶やかに揺れる様は、確かにゼリーそのものだ。


「まぁ、見た目はウマそうだけどね。でも酸っぱくて食べられたもんじゃないよ」


「食ってみたことあるんだ……」


「一日働いて、喉からっからの時に湧いたコトあるのよ……。こっちはもうビール飲みたくてしょうがないってときに、ぷるっぷる暢気に邪魔されてアッタマきたから、ついガブっと、ね……」


 やや引き気味のガデスの言葉に、ドワーフの娘は苦虫を噛みつぶしたような顔で答える。


「不味いし、ほんとアイツら最悪だわ!」


「なるほど……」


 竜化して噛み付く、というのはやめた方がよさそうだ。


「氷の魔法が効くのかなー?」


「火以外なら、大抵イケるわよ。じゃ、お願いね」


 ドワーフの娘が脇に避け、ガデスとカインホークが前に出る。ソニアは武器だけ構えて下がった。武器の相性が悪いからだろう。

 ゲイルは腰に下げた斧を両手に構え、ヴァインと並んで前に出た。ターコイズレイクの川辺に出るスライムと同じ生態ならば、薪を叩き割るように核となる球体まで刃を届かせれば倒せるはずだ。


「よし、それじゃ--ガルム、よろしく!」


「走れ!」


 カインホークの声にあわせて吹雪が赤砂スライムを雪まみれにし、ガデスが呼んだ雷電がそれを貫く。


「--って、ガルムたんじゃないんだ?」


「同時に使ったら、また変に作用するだろーが」


 話しながら脇に避ける2人の間を、ヴァインが長剣を上段に構えたまま走り抜け、ゲイルもそれに続いた。フェリルの防護魔法が身を包むのと同時に、固まっていたスライムの1体に右手の斧を振り下ろす。凍りかけの肉を切るような感触とともに刃がゼラチン質に食い込んだ。間髪入れずに左手の斧も振り下ろし、今度は核まで刃を届かせる。卵を割ったような手応えを感じながら斧を抜くと、スライムは液状になって溶けていき、割れた核だけが残った。

 短く小さい悲鳴が上がった。

 慌てて振り向いたゲイルの背後で、大きくなったセージがスライムを噛みちぎっていた。その奥で目を丸くしたドワーフの娘が無傷であるのを確認し、胸をなで下ろす。魔犬の姿に驚いただけのようだ。

 改めて辺りを見ると、戦闘は早くも終わっていた。魔法で作られた石の棘が消えゆく向こうで、ヴァインが剣を布で拭いている。それに倣ってゲイルも布を取り出した。スライムを切ったままで放っておくと、刃がすぐに駄目になってしまう。


「はー、ビックリした……そのわんこ魔獣だったのね。いきなり巨大化するから、驚いちゃったわ」


 元の姿に戻った黒犬を撫でてやるソニアを見ながら、ドワーフの娘が息を吐いた。元々大型とはいえ、人懐こく可愛い犬が恐ろしい姿に変われば、無理もないとゲイルは思う。セージには申し訳ないが、魔犬の姿ですり寄られて構えないでいられる自信はない。主人であるソニアはどちらの姿も可愛いと言っていたが。

「ギャップがスゴいでしょ。でもお利口なヤツなんですよー。な?」

 そう言ってカインホークが同意を求めると、黒犬は返事をするように一声鳴く。人の言葉を完全に理解しているらしい。


「うーん。魔獣使いは見たことあるけど、そういう魔獣は初めてだわ。確か、サシで殴り合って認めてもらうんでしょ?」


「うん、それが一般的ですね。この子は小さい頃から一緒だったから、違うけど」


「なるほど、そういう従え方もあるのね」


 ドワーフの娘は頷いてから、軽く手を打ち鳴らした。


「--さてと。今日は、同じようにスライムがウロツいてるのが後3カ所残ってるのよ」


 珍しく、と彼女は付け加えた。あまりない事らしい。


「と、いうわけで。そこも今と同じように、よろしくね」


 ドワーフの娘の言葉に、セージが一声鳴いて答えた。




「5」に続く

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