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 --前略 ヴァイン様、フェリル様、ガデス様、無事目的地に到着されたとのこと、お喜び申し上げます。御陰様でこちらも無事に、グランアルシアに到着致しました。

 そして、大司教様の御厚意により、挫折しておりました修行の続きを行うこととあいなりました。つきましては、しばしの間合流することが出来ないこと、ご容赦下さい--


「--戻れるようになれましたら、ご連絡いたします。早々……っと」


 フェリルが読み上げていた手紙から目を上げると、釈然としない様子の義兄妹と目があった。眉根が寄っている。


「……その手紙、本物か?」


「いや、ちゃんとアクアの字だよ。この真面目そうな堅い字」


 手紙の文面を見せてやるが、依然首を傾げたままだ。

 レッドデザートの冒険者協会の一角、待ち合わせなどに使われる丸テーブルの1つを囲んで、フェリル達はシルバーフィールド支部から転送された手紙の1つを読んでいた。

 差出人は別行動中のアクアで、間違いなく本人の筆跡のはずだ。


「変なところが?」


「丁寧だけど、普通の手紙よね」


 ゲイルとソニアの言葉に、ヴァインは眉間のしわを伸ばしながら唸った。


「いえ、丁寧すぎて、違和感が……」


「だよなー……手紙書くの苦手とか言ってたのに、文面かっちりしてるし」


 変なところで真面目なのがアクアらしい、とフェリルは思うのだが、2人は違うらしい。


「ああ、アレじゃないか? 距離間掴めなくて、片っ端から丁寧になるから苦手っていう人なんじゃ」


「「ああ、なるほど」」


 カインホークの言葉に、ガデスとヴァインが同時に頷く。ようやく納得行ったようだ。

 フェリルは再び手紙に目を落とし、読み落としに気がついた。


「あ、追伸があった。ええと……追伸、エリック様からのお手紙はご覧になられたでしょうか? 調査で分かったことを、知らせて下さいました--」


 違和感に耐えられないのか、ガデスがしかめ面になっていくのを気にせず、フェリルは読み進める。


「--特に、屋敷で見つけたものについて読んでいただきたく存じます。そして、この感覚、思いを、共感いただきたく存じます……? 何のことかな」


「エリックからの手紙って、こっちだろ」


 届けられたもう1通をガデスが開封した。封印にユグドラシル自治領の紋章が使われているところをみると、公式な手紙のようだ。


「それって、ウチに来る前に解決したって事件のことか?」


「そうそう。えーっと……謹啓 貴ギルドにおかれましては、ますますご清栄の--ってここは飛ばすか。えっと--屋敷の調査を進める中で、いくつかわかったことがあるので、知らせる、と。なになに……屋敷の地下にあった装置は、霧を発生させるためのもののようで、仕組みはまだよく分からない。失われた技術じゃないか、と。んで、屋敷を隠す意味があったのでは? と」


 文を要約しながら、ガデスは手紙を読み上げていく。


「それと、人体実験の犠牲になってたのは、タルタニのならず者たちじゃないか、ってさ。探す人間がいないんで、騒がれてなかったけど、何人も行方不明になってたって」


「そうか……操って、引き連れてきたのかな」


 森に残された複数の足跡を思い出す。あの時アクアを操ったように、自らの足で屋敷に向かわせたのだろうか。


「うん、そうじゃないかって書かれてるな。えっと--地下に残された証拠品を調べていて、人を操った方法を見つけたってよ。原因はあの変態が持ってた短剣だけじゃなくて、瓶に入っていた、きせい、ちゅう……」


 読みながらガデスが顔を強ばらせたのを見て、ヴァインが手紙を取り上げた。続きを読み上げる。


「--瓶に入れられていた寄生虫のようだ。芋虫のような姿をしており、宿主の体内に潜む過程で、進入路である傷口を分泌物で塞ぎ、身を隠す。麻酔物質を分泌しつつ宿主の血肉を餌に成長。さらに、より効率的に養分を取り成長することを目的として、より巨大な宿主の胃に寄生するため、宿主を操って、食わせる。胃の中で蛹になり、宿主の内臓を食い破って羽化する……」


 読んでいくほどに、ヴァインの眉間のしわが深くなっていった。ガデスを見ると、テーブルに突っ伏してしきりに鳥肌が立った腕をさすっている。


「なるほど、感覚と思いを共感、かー……」


「あああぁぁくっそ、このゾワゾワ感をどこにぶつければ!」


 ガデスがやり場のない衝動に地団太を踏んでいるのを横目に、フェリルは首筋をさすった。何となく、肩を払う。

 第三者であるフェリルですらおぞ気が止まらないのだから、当の被害者だったアクアがこれを読んでどう感じたのか、想像に難くない。気持ち悪さを分かち合ってくれと言いたくなるのも、無理のないことだろう。


「寄生虫ってエグいなー。人に付くってことは、結構大きかった?」


「……私が見たのは、指の第1間接程の大きさでした。寄生したのは、そこから成長して親指大になっていたらしいですが」


「うわぁ、成長早いのねー……。ガデス、相変わらず芋虫苦手なの」


「得意になる理由がないし、それ以上のシロモノだろ、コレ……。というか、なんでソニアは平気なんだ?」


「えー、クロウラーとかなら、ころころしてて可愛いじゃない」


 羊ほどの大きさの芋虫を例に上げるソニアに、ガデスは大きく首を振る。


「虫、駄目なんだ?」


「なんか、気付いたら苦手になってたんだよなー、芋虫が特に。--森生まれなのに」


 汎用語にも大分慣れてきたゲイルの言葉に、ガデスは頷いて首を傾げた。


「不思議ですね、確かに」


「なー」


「…………」


 ヴァインとガデスのやり取りを、フェリルは何ともいえずに眺める。

 昔、迷いの森で遊んでいたときに、やんちゃ盛りだったヴァインがバケット大の芋虫を見つけたことがあった。彼がこっそりとそれを、マフラーよろしくガデスの首に乗せた結果、パニックを起こしたガデスは、泣きながら逃げる途中に足を滑らせて川に転落し、風邪を引いて寝込んだ。それ以来、芋虫が苦手になったようなのだが、当事者2人が忘れているようなので、フェリルはあえて黙っている。


「--ええと、それで、そっちの手紙はそれで終わり?」


「うん? --ああ、まだあるな。ダンドルグが学者として働くのを推薦したのは、ファーレン氏だったらしい。どこかで目を付けられて、利用されたんだろうと思われる、と」


「それは、可哀想だとしか言いようがないね……」


 聖印に触れ、鎮魂の言葉を呟く。フェリルが死者にできるのは、安らかに眠れるよう祈るだけだ。


「しかしまあ、結構調べが着いたんだな。さすがは学年主席」


「ほー、頭良いんだな、ガデスの知り合い」


「おう。実技じゃ勝てたが、知識じゃ勝てなかったな」


 お陰で次席止まりだった、とガデスは付け加える。言葉と裏腹に悔しそうでないのは、相手の実力を認めているからなのだろう。

 ヴァインから手紙を受け取り、フェリルはアクアの手紙ともども背負い袋にしまった。後で読み直すため、取り出しやすい上の方に入れておく。


「さて、返事は後で書くとして。次は武器屋だね」


「んだな。行こっか」


 カインホークは立ち上がると、外套のフードを被った。全員がそれに倣う。

 協会の扉を開けると、日の光が突き刺さるような強さで目に飛び込んできた。目を細めて、明るさの差に慣れるのを待つ。


「砂漠の真ん中だからなのか、日がキッツいな」


「外から来た人間にはねー。現地の人は全然平気だけど」


 カインホークの言葉どおり、外套や帽子で防御しているのは外部から訪れた冒険者や観光客だけで、現地の者は竜人族であろうとドワーフであろうと、焼き付く日差しを気にする様子はない。


「ゲイルも案外平気かも? 逆にヴァインはツラいっしょ」


「ん、俺は平気」


「寒冷地なら得意なんですけどね……」


 平然としているゲイルに対し、ヴァインは珍しく力無い様子で答える。同じ種族でも出身が違えば、属性などの特徴も違うのが竜人族だ。ゲイルが火竜に変わることができて熱気に強い一方で、ヴァインは氷竜に変わることができて冷気に強い。そしてカインホークならば白竜に変わることができて光に眩むことがない、といった具合に、その特徴はバラエティに富んでいる。もっとも、様々な種が一括りにされている魔族や半獣人程ではないが。


「眩しさは遮光眼鏡で何とかなるけど、暑さはどうにも慣れるしかないのよねー」


 そう言うソニアは、普段よりも気持ち愛犬と距離を取っている。本犬は火すら物ともしないため元気なものだが、黒い毛皮は太陽熱を吸収して火にかけた薬缶のようになっているに違いない。


「さってと。目が慣れたら、溶けないうちに武器屋に逃げ込もっかね」


 皆が頷くのを確認してから、カインホークが歩き出す。意気揚々と並ぶ黒犬からさりげなく距離を離すその背中を追って、フェリルも足を踏み出した。




 レッドデザートは「赤砂海」と呼ばれる砂漠の真ん中に位置している国だ。城下町の外れには半ば砂に埋もれた鉱山があり、そこから採掘された金属は現地に住むドワーフ達によって武器や装飾品などに加工されている。

 八鱗連合の中でも過酷な気候だが、地底湖という水源を有しており、町には緑も見られる。産業とともに観光業に力を入れているため外界からの来訪者も多く、大通りは良質な武器や装飾品を買い求めにきた者や、名物の「砂の大滝」を見に来た者などで賑わっている。

 武器屋で買い物を済ませたフェリル達も、せっかく来たということで、見物をすることにした。


「良いのが見つかってよかった」


 上機嫌にそう言いながら、ゲイルが腰に下げた2本の斧を撫でる。近隣に生息する砂海馬の牙を柄にし、地下で採れた白鋼を刃に使った品だ。


「あそこの職人は細かいところまで拘るから、装飾も凝ってて良いっしょ」


 自分の物も同じ職人の作なのだと、案内したカインホークは短剣を見せる。確かに、葡萄の木を模した装飾があしらわれている。店で紹介された無骨なドワーフからは想像できない細やかさだ。


「確かに。ちょっと羨ましいな」


 フェリルが背負った鎌は何の装飾も施されていない。柄にしてもただの木の棒だ。


「鎌はあまり主流武器じゃないから、凝った装飾の物ってなかなか無いんだよね」


「なるほどなぁ」


 フェリルの言葉にカインホークは納得したように頷き、すぐに首を傾げた。


「でも、何で大鎌を得物に? 洞窟とかじゃ使い勝手が良くなさそうな」


「まあ、振り回すにはある程度の広さが必要だね。でも、主に威嚇用だから。相手が大きな武器を持ってると、威圧感あるでしょ? 狭いところでの戦闘なら、仲間に任せて支援に回ればいいし」


 実際、フェリルが武器を用いて戦うことはあまりない。ヴァインが敵に切りかかり、ガデスが後方から攻撃し、フェリルは回復や支援を担う、というのが昔からの戦いかただ。

 そう説明すると、いつの間に買ったのか、串に刺した果物を頬張っていたソニアが、フェリルの後ろに回り込んで大鎌を見上げた。


「確かに、まだ見てないかも。フェリルが武器振ってるとこ」


「僕よりガデスとかヴァインの方が強いから。ね?」


 そうガデスに同意を求めると、はっきりしない返事が返ってきた。自分より確実に荒事に向いている相手に話を振ったのだが、意外な反応だ。視線を移せば、ヴァインも頷いていない。


「もともと、身のこなしはお前の方が上だっただろう」


「昔はね。今は君達のほうが上だよ--あ、ほら、見えてきたよ」


 目的地が視界に入ってきたので、フェリルは話しを切り上げた。指し示したのは、砂から覗いた岩肌だ。鉱山の一部で、渓谷を思わせるような大きな裂け目になっている。周囲は柵で囲まれているが、崖から迫り出すように作られた展望台から下を覗き込めるようになっている。


「結構人がいるね」


「まあ、目玉の一つだからなー。日の出の時とか、砂がキラキラ光って特にオススメ」


 カインホークは一度来たことがあるという。フェリル達はカインホークの後に続いて、展望台に上った。


「おー、マジで滝だ!」


 手摺りに寄りかかってのぞき込んだガデスが、驚きの声を上げる。フェリルも同様にのぞき込んで目を見張った。

 岩壁の上から赤い砂が、それこそ滝のように幾筋も流れ落ちている。流れは風が吹き抜ける度に変化し、見ている者を飽きさせない。流れを辿って下を見ると、流れ落ちた砂が山を作っている。


「--こんなふうに砂が落ちるのは、地面が裂け目に向かって下っているからなんですよ」


 不意に聞こえてきた低い声に、フェリルは振り向いた。滝に気を取られていた間に、隣に人が来ていたらしい。装飾品で着飾った長身のリザードマンがこちらに背を向け、身振りを交えながら説明している。がっしりとした体躯と、身につけている槍と革鎧から察するに、護衛を兼ねたガイドなのかもしれない。


「ほら、下で砂が山作ってるでしょ。でもあれ、ある程度溜まると、砂時計みたいに自重で地下洞に流れ落ちて、洞穴内の風に流されて外まで運ばれるんです。そこから風に乗って、また戻ってくるんですよ」


「まぁ、すごいわ」


「なるほど、地下を通って巡ってるんだねー」


 リザードマンの説明に、上質そうなレースのショールと白いワンピースを身につけた人族の娘が頷き、左目を眼帯で覆った半獣人の青年が視線を滝からリザードマンに戻す。一瞬、その背後に立つフェリルと目が合い、猫のような耳がピクリと動いた。

 フェリルは視線を滝に戻しかけ、聞こえてきた声に再び振り向いた。


「--姉さん?」


 ゲイルが、目を丸くしてリザードマンを見ている。「姉」と呼ばれたリザードマンは驚きの表情を浮かべ、ゲイルに駆け寄った。


「やだ、ゲイルじゃない! どうしたのこんなところで、汎用語も使いこなしてるし! もしかして、父さんと母さんも一緒?」


「いや、俺も冒険者になって、言葉は練習中。で、二人は家に」


「うそ! 父さん許してくれたの? あの人保守的なのに」


「うん、行ってこいって、認めてくれた」


「まあ! 立派な男になれってことねー。でもスゴい偶然だわ!」


「--えーっと、弟さん?」


 ゲイルを抱きしめ頬ずりしているリザードマンに、半獣人の青年が声を掛けた。リザードマンは我に返ったようにゲイルを手放し、そちらに向き直る。


「そうなんですよー。ごめんなさいね、久しぶりに弟に会っちゃったもので」


「あら、良かったじゃない! しばらくお話ししたらどう? 町中だから、この人だけでも安心だし」


 そう言って人族の娘は半獣人の青年に腕を絡ませると、上目遣いに見て同意を求める。


「ねえ、そう思うでしょう?」


「良い考えだね、せっかくだし。ボクたちは先に宿に戻るから、後で合流しよう」


 デレデレと目尻を下げ、半獣人の青年は同意した。リザードマンの肩を軽く叩き、歩き出す。


「じゃ、後でね」


「ありがとうございます、また後で」


 娘に愛を囁きながら、青年はフェリルの脇を抜けて展望台を後にする。 

 彼らの姿が雑踏に消えるまで見送っていたフェリルに気付き、ゲイルはリザードマンを引っ張ってきた。嬉しそうに、紹介する。


「この人が俺の兄の、ボーラ姉さん。姉さん、俺、仲間と一緒にここに来て」


「まあ! ゲイルの「姉」の、ボーラよ。よろしくね」


「--よろしくお願いします。弟さんとご両親には、お世話になりまして」


 色々と確認したいことはあったフェリルだったが、ひとまず無難に挨拶をしておいた。




「2」に続く


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