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 満腹ながらも不完全燃焼で部屋に戻ると、『時知らせ』は闇の刻に入っていた。

 数字の時間にしたら、およそ午後11時過ぎというところだと思う。

 白騎士は早々に浴室へと入って行き、残された私は何時の間にか客室の居間部分の端に出された簡易ベッドを眺めた。

 

 食堂に行く前には無かったこのベッドは、私の年代物のコートと荷袋のそばに設置されている。

 簡易型とは言え、寝心地は悪くなさそうだ。

 それはいい。それはいいのだけど。

 

 えーと。えーと。

 私はこの部屋に宿泊なのかな?

 自分で言うのもなんだけど、年頃の女子が青年二人と同室なのは如何なものか?

 いくら従者、それも期間限定で見習従者といえども、女子たる気遣いを欲してもいいと思う。

 ラズールさんにしては、配慮が欠けているようにも思えてしまう。

 寝室からちょうど出てきたラズールさんに、早速お伺いしてみることにした。

 そういえば、この客室の寝室と居間に扉はなくて、出入り口部分に薄布がひらりと掛けられているだけなのだ。


「あの、ラズールさん。私が今夜眠る場所は―――」

「ユズコ、私はちょっと出てきますので、後はよろしく願いします。ああ、ユズコはそのベッドを使って大丈夫ですよ」


 深緑の騎士装束姿を少し寛がせて出てきたラズールさんは、当然のように簡易ベッドの使用許可をくれる。

 いやいや違うんです。そうじゃなくて。と、言いだせない。

 まさか、男性と同室なのは気まずいのでとは言えないので、察してよラズールさん。

 それに、「後はよろしくって……」ってなんでしょう?


 ラズールさんは私の疑問を一部だけ察したのか、出かける足を止めた。


「それとこれは、王都までの見習い従者としての給金です。先に渡しておきますね」


 ラズールさんは、懐から封筒を取り出すと私に渡した。

 密かな重みで私の手の上に乗る封筒には、恐らく銅貨か銀貨が入っているのだと思う。

 そういえば雇用条件とか確認していなかった。と、いまさら思う。


「ありがとうございます」


 前払いのお給金を、私はありがたく受け取った。

 こちらの世界の初めての、お給料!!

 取りたてて大きな労働の提供はまだ出来ていないけど、とりあえず明日の荷物運びは今夜より力が入りそうだ。

 

「シュテフは入浴がすんだらすぐに休みます。ユズコはその後、シュテフの衣装の洗濯をしてから休んでもらえますか?彼は毎日の入浴と洗いたての衣類が必要なんですよ。まったく、旅には不向きで困ります。だから来なくていいとあれほど――……おっと、失言でしたね。」


 ラズールさんは悪戯そうに笑うと、チラリと浴室を見る。

 そこからは、水音が漏れ聞こえてくる。

 

 また洗濯か。

 正直そう思ってしまったけれど、手の内の重みには勝てなくて、私は従順に頷いた。

 お仕事だと思えば、あんな白い布切れの一枚や二枚、ざぶざぶ洗ってやる。

 心の内で意気込む私に、ラズールさんが相変わらずな気遣いをくれる。


「なるべく早く休んでくださいね。成長期に夜更かしすると大きくなれませんよ」

「え?」

「どうかしましたか?」


 思わず大きく反応した私に、ラズールさんが問いかけるけれど……。


「えーと。……いえ、なんでもないです」

「そうですか。私は遅くなりますので、気にせず先に休んでください」


 ラズールさんが部屋を出て、客室に一人になった私はボスンとベットに座る。

 

 こんな夜更けに、ラズールさんはどこへ行くのだろう?

 そして、私は、何だと思われているのだろう?


 食堂での林檎パイ事件の白騎士の発言を、思い出してみる。

 あの、「男子たるもの~」の男子って私のことだったのか。

 で、いまのラズールさんの「成長期に夜更かし~」って言うのも私のことだ。


 つまり、私は、『成長期の男子』として見習い従者に雇用されたということで、この部屋で青年二人と寝起きしても何ら問題はないわけで。遡れば、白騎士の下着を洗ったり干したりするのにも、何の気恥しさも生まれないわけだ。


 ……。

 

 普通に女子として同行していたつもりなので、なんだか地味に傷ついている自分が居る。

 歳を多少若く見積もられた経験は元の世界でもあったけれど、成長期真っ只中に思われるとか、まさかの性別取り違えが起きるとは、異文化って恐ろしいね。


 ……そう。異世界の異文化の所為にしておこう。理由とか探ると悲しくなるから。



 異世界の森で引き籠り気味に過ごした代償は大きかった。

 22歳の女子なのに、男子(しかも成長期って何歳くらい?十代半ばくらい!?)に見えるほど私の女子力が低下しているとは。

 由々しき事態に、ベッドの上で一人うんうんと悩む私は突然呼びつけられた。


「おい、何を唸っているのだ」


 何時の間にか浴室から出てきた白騎士の声に、私は飛び上るほど驚いた。

 そんな私を怪訝そうに一瞥すると、夜着姿の白騎士はさっさと寝室へと入って行った。

 ラズールさんの言ったとおり、すぐに休むようだ。


 とりあえずは、と私は浴室に向かう。

 ひとまずこの取り違え事件と、そこへ至る原因の究明と解決は後回しにした。

 お給金を受け取った以上、きちんとお勤めを果たさなくては。


 浴室には、一昨日と同じ光景。

 散らばる白い衣類を洗濯桶に放り込んで、私は浴室のドアを閉めた。





 微かな物音と甘い花のような香りに鼻孔をくすぐられて、私は薄っすらと覚醒した。

 薄目を開けると部屋は暗い。まだ夜明け前だ。

 浴室から水音が聞こえる。

 ラズールさんが戻ってきたんだなと、ぼんやりと思う。


 徹夜明けで移動魔法で撃沈した後、うたた寝も出来なかった馬車での長距離移動で、私の身体は強く睡眠を欲していたのだ。

 例の件を考える余力も無く、洗濯と自分の入浴を済ませた後すぐに眠ってしまったようだ。

 でもまだ寝足りない。

 出かけ際のラズールさんの言葉に甘えることにして、私は再び眠りに落ちていった。






 目を開けるとすでに部屋は明るく、寝ぼけ眼で見た時知らせはすでに朝の刻を迎えていた。

 朝の鐘を聞き逃すほど、よく眠っていたようだ。

 というか、寝過ごしているかもしれない。

 

 慌てて起き上がると部屋に人の気配はなく、昨夜干しておいた白騎士装束一式も消えている。


 代わりに洗濯ロープにはメモが一枚、吊るされていた。

 綺麗な文字で書かれたそれは、先に食堂に行ってますよと、ラズールさんからの伝言だった。

 

 慌てて身支度をすると、私は階段を駈け下りた。




 朝の食堂は、思いのほか混んでいなかった。

 目立つ二人を見つけて、テーブルへ走る。

 二人は既に朝食を終えたようで、テーブルには空の皿と食後茶が並んでいる。

 純白の騎士衣装に身を包み、一糸乱れぬ金の髪と完璧なブルーの瞳の白騎士から叱責が飛んできた。

 金髪碧眼の美形に怒られるのは、なかなか身が竦む。

 しかも、今回ばかりは完全にこちらに非がある。


「主より後に起きる従者など初めて見たわ。惰眠を貪り過ぎだ。俺が広量なのを感謝するんだな。通常なら即座に暇を告げているぞ」


 居丈高すぎる白騎士の言いぶりに、残念ながら返す言葉も思い浮かばない。

 確かに雇われの身なのに寝過ごすなんて、体たらくもいいところだ。

 しかも昨日しっかりと、お給金を頂いたばかりなのに。

 

 しゅんと、うなだれる事しか出来ない。

 全く以って、白騎士の言う通りなのだ。悔しいけれど。



「昨日は疲れていたんでしょう。構いませんよ今日くらい。さぁ、朝食を食べてください。シュテフも用事を頼むのでしょう?」


 ラズールさんが助け船を出してくれるのと同時に、テーブルに私の分の朝食が配膳される。

 配膳と同時に空いた皿が下げられ、その場所に白騎士は二つ折りにした紙と巾着袋を載せた。


「そこに書きだした物を揃えておけ」


 そう言い置くと、白騎士は席を立ち食堂を出て行く。

 テーブルの脇に立ったまま、白騎士を見送る私にラズールさんが声をかけてくれる。


「今朝は少しでも休んでもらおうと思って、私があえて起こさなかったのですよ。洗濯はしっかりとやってくれていたので助かりました。シュテフもそれに、文句を言わずに袖を通していますしね……。さあ、しっかり食べてください。今日の移動も長くなりますから」


 私は大きく頷く。

 今朝のへまを取り返したい気持ちでいっぱいだ。

 ラズールさんにその意気込みが伝わったかは定かではないけれど、彼はにっこりとほほ笑むと白騎士の置いた巾着袋を指す。


「シュテフのお使いは、そこから賄ってください。食事をとったらすぐにお願いしますね。出発は青の刻です。用事が済み次第、部屋に戻って出発の準備をしてください。私は別の買い物があるので、このまま外に出ますけど大丈夫ですか?」


 私がしっかりと頷くのを確認して、ラズールさんも席を立った。

 そうしてもう一度、にっこりとほほ笑む。

 珈琲色と蜂蜜色の優しい上に美しい笑顔に、少し癒される。

 性格も善くて容姿も美しいって、天が二物を与えたような人だ。


 ラズールさんの優しさにも、甘えすぎることなくしっかり勤めなければと決意した。

 子供だと思い込まれてはいても、実はしっかり成人している私なのだから。



 私はなるべく急いで、でもしっかりと朝食を平らげると、宿屋を出た。

 今日も相変わらずの曇り空だ。

 宿の受付で教えてもらった、お店の集まる村の中心に向かう。

 今朝の受付は、昨日の彼女ではなかった。

 林檎パイのお礼を言いたかったのに、残念だ。……食べていないけど。

 

 固く均された土の道を歩きながら、白騎士が置いた紙を開く。

 あのメモとは違う筆跡ながら、こちらも十分な達筆で紙は埋められていた。



 紙に所狭しと書き連ねられているのは、食品。……ほとんどが菓子甘味の類だった。


 なにか込み上げて来るものがあるけれど、ひとまずそれは無視しよう。

 私は見習で期間限定だけれど、いまは白騎士の従者なのだから。


 手始めに一番最初に目についた食料品店に入った。




 店を三軒はしごして、かさばる紙袋を抱えて宿の部屋に戻った。

 部屋には騎士たちの姿は無い。

 時知らせを確認すると、朝の刻は残り三分の一ほど。

 出発にはまだ時間に余裕がありそうで、ほっとする。

 

 紙袋をテーブルへ置くと、出発の準備を始めることにした。

 寝室、浴室に忘れ物が無いかを確認して、居間へ戻る。

 寝室で脱ぎ散らかされていた白騎士の夜着を回収して、浴室で入浴道具とシャツを一枚回収。

 シャツは多分、ラズールさんが昨日着ていたものだ。きちんと畳まれていたけど、これも洗った方がいいのかな?

 手にしたシャツからは、甘い香りが立ちあがる。

 柔軟剤みたいな香りがするけれど、今朝は新しいシャツを着ていたようだから洗濯でいいかな。

 うん。白騎士の夜着は洗濯決定だろうし、一緒に洗えばいいや。

 

 荷物を詰めようと、荷箱を開ける。

 たぶん荷袋は騎士二人それぞれの物という気がするから、開けない方がいいのだろう。


 開けた荷箱の中は、白騎士の衣類でほぼ埋まってる。代えのブーツまで入っている。

 これはきっと、洗い立ての衣装が用意できなかった時の為の準備なのだろうな。

 箱の隅に入浴道具に洗濯用具一式を詰め込み、そこへ回収した夜着とシャツを置く。

 荷箱の蓋を閉めると、部屋の扉が開いた。



「ユズコ、早かったですね。もう出発の準備も済んだのですか?」


 ラズールさんと白騎士が戻って来た。

 ラズールさんは、手に大きな布袋を持っている。


「ちゃんと揃ったんだろうな?」


 目敏くテーブルの上の紙袋に気付いた白騎士は、そこへつかつかと歩み寄り、紙袋の中身を覗きこむ。

 私は預かっていた巾着と紙を返した。


「一覧にあった葡萄砂糖が用意できませんでした。今年は葡萄が不作だそうでお店になかったので……」

「なに!!」

「代わりに、小桃蜜を買いました。お店の人が勧めてくれたんですけど、この村の特産だそうで町でも評判らしいです」


 声を荒げた白騎士の前に、慌てて代打の小桃蜜の小瓶を紙袋から取り出す。

 瓶の中には小振りな桃が数粒、黄みがかった蜜に沈んでいる。


「……そうか。ないものは仕方ないな。今回はそれで良しとしてやろう」


 小瓶を手にした白騎士は、どうにか納得してくれたようで安堵する。

 とりあえず、お使いは無事に遂行できたようだ。

 

 はぁぁ。代わりの品を用意して良かった。

 「品切れだったので用意できませんでした~」って言ってたら間違いなく説教と嫌味を貰っていたと思う。

 雑貨屋のおばちゃん、小桃蜜を勧めてくれてありがとう。



「あ、ラズールさん。その荷物は荷箱にしまいますか?」


 ラズールさんの手にしている布袋は、重くはなさそうだけれど待って歩くには大きい。

 私が荷箱の蓋を開けようとすると、ラズールさんは布袋を開けて中身を取り出した。


「いえ、これは仕舞わなくて大丈夫です。これはユズコへの支給品ですから」


 そう言ってラズールさんは、布袋の中身を簡易ベッドに並べていく。

 シャツ、シャツ、シャツ、ズボン、ズボン、ベスト、ジャケット、ブーツに鞄。

 

 フードの中でそれらを見て青ざめる私に、ラズールさんはにっこりと笑う。


「では、さっそく着替えましょうか?」



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