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 ノト村から三つ目の村、フル村に到着したのはすっかり暗くなってからだった。

 村の中央で、『時の塔』が鐘を鳴らして時刻を告げる。

 こちらの世界の時間も時計も、元の世界とは違っていた。


 まず、一日が二十四等分されていない。

 一日は八つに分けられている。

 (あけ)(あさ)(あお)(しろ)()(よい)(よる)(やみ)、と分けられた時の長さは短くて二時間くらい、長くてその倍の四時間近くだったりと大体で、しかも日ノ出と日没に大きく左右されるので、季節によっても一つの刻の長さは変わっていた。


 その変動的なこの世界の時刻を司るのが、『時の塔』だ。

 大鐘を吊るした塔が、どんなに小さな村にも必ず建てられている。

 そこから鳴り響く鐘の音が時刻の基準となる上に、『時知らせ』の動きを整える。

 

 ここには、時計は存在しない。

 代わりに『時知らせ』という針も数字も無い箱が、かなり曖昧に時を告げるのだ。



 リンゴーン。と、少し間延びした鐘の音が時を告げて、夜の刻が始まる。

 今は冬季なので、夜と闇の刻が長いのだ。

 時間を数字で追わない生活は最初こそ戸惑ったものだけど、実際に暮らしてみると、太陽を基に時を過ごすのは身体には自然なことで、思いのほかすぐに適応できた。

 ただ、時の塔の鐘の音が届かない森の家には、『時知らせ』すらも無かったのだけれど。





 馬車は三階建ての大きな建物の前で止まった。

 ノト村よりだいぶ規模の大きなフル村は、宿屋も立派なものだった。


 地面に降り立ち、背筋を伸ばす。

 何もせずに座っているだけというのも、案外疲れるものだということを知る。

 箱馬車から降りてきた二人の騎士様に、行きかう村人の視線が留まるのが分かった。

 やはりこの村でも、騎士の存在は珍しいのだろう。

 

 私は御者のおじさんを手伝って、馬車から荷物を下ろす。

 荷箱一つと、荷袋二つ。

 荷箱は御者さんによって運ばれていくので、私は荷袋を運ぶことにした。

 私が背負う荷袋よりも上等な皮で作られた荷袋は、どちらもズシリと重くてフラフラとしてしまう。

 御者さんが心配そうに振り向くけど、苦笑を浮かべながら私はなんとか荷袋を抱きかかえて進んだ。

 

 宿屋に入るとすでに受付らしき場所でラズールさんが何事か手続きをしていた。

 私と御者さんは、それが終わるのを待つ。

 宿屋は食堂も営んでいるようで、奥からは夕食らしいいい匂いと喧噪が漏れてくる。


 ラズールさんから数枚の銀貨を受け取った女性従業員は、鍵を手に部屋へと案内する。

 年の頃は二十歳くらいだろうか、長い髪を高い位置でまとめた彼女の頬が、先程からずっと赤く染まっているのに私は気づいた。

 確かに目に毒なくらいの美形騎士が、一度に二人もやって来たら心拍数も上がるよね。

 白騎士は黙っていれば完璧に白騎士様な外見だし。

 ラズールさんに至っては、物腰の柔らかさと気取らない感じの紳士的態度で、あの優しげ美形はもう無敵だと思う。


 そんなことを考えてたからか、私はだいぶ遅れをとりながら階段を上がった。

 荷物は重いし階段は思ったより急で、ゼーゼーと息が乱れる。


 案内を終えたのか、先ほどの女性従業員が戻って来てすれ違う。

 

「あら、大丈夫?お部屋は三階ですよ。頑張ってね」


 ヨロヨロと階段を上がる私に、彼女はウフフと笑うと軽快に階段を降りて行った。




 三階には、部屋は一つしかなかった。

 すっかり上った呼吸を整えながら部屋に入ると、既に御者さんは荷箱を下ろし、ラズールさんから代金を受け取っているところだった。

 御者と馬車は町で手配したもので、日ごとに代金を支払う仕組みなのだそうだ。

 本日分の馬車代を受け取ると、御者さんは私の頭をポンポンと軽く叩いて部屋を出て行った。

 どうやら労ってくれたようだ。


 すでに置かれていた荷箱の横に、荷袋を下ろすと部屋の扉が開いた。


「慎ましい部屋だな。前の宿よりはだいぶましだが……」


 入ってきて早々に白騎士は不満そうに部屋を一瞥して、そのままドカリと長椅子に腰を下ろす。

 宿屋の最上階のこの部屋は、私の目からすればこの宿で一番良い部屋に思える。

 何時ものことなのか、ラズールさんは白騎士の悪態を受け流していた。


「ユズコ、気分は大丈夫ですか?食事が取れそうなら下に食堂があるそうです。行きますか?」

「はい。大丈夫です」


 今日は一日座っていただけだけど、何もしなくてもお腹はしっかり減っている。

 部屋の隅に自分の荷袋を下ろすと、コートも脱ぎそこへまとめた。

 いそいそと支度する私を見て、白騎士が鼻で笑う。


「犬のようなやつだな。そんなに腹を空かしているのなら、移動魔法で下まで連れってってやろうか」

「結構です。歩いて行けます」


 白騎士の嫌味にツンと顔を逸らす。

 そんなことされたら、間違いなく夕食は頂けなくなる。

 

 階段を下りると先ほどの受付の彼女が、食堂へと案内してくれた。

 

 食堂は賑わっていた。

 ほぼ埋まったテーブルの間を歩き、奥まった席に案内される。

 

 ちらほらと女性もいるようだが、どのテーブルもお酒の入った男性客が多い。

 みんな自分の席の料理とお酒とおしゃべりに夢中なようで、あまりこちらに意識を向ける者はいないようだ。

 これは、金曜日の居酒屋の騒がしさに似ている。

 場所は変われど、食べ物とお酒があれば人は同じように陽気になるんだなぁと、妙な感慨が込み上げてしまう。



 席に着きメニューを配ると、受付の彼女は明らかに名残惜しそうにしながら持ち場へ戻って行った。

 渡されたメニューを見れば、手書きでおおらかに書かれたメニューは、やっぱり居酒屋のオススメのお品書きという風に感じる。

 ただ、文字が日本語でないだけだ。

 幸いにもこの文字、ホルテ語はほぼ習得済みだ。

 長い冬の間に、コツコツと勉強したのだ。

 癖のある書き文字を読むのはまだ苦手だけれど、このメニューの文字は標準的なので読める。

 知らない食材、料理名があるのは、仕方がないけれど。


 本日のオススメ!! 『トンコプリの小春日跳ね』……って、どんな料理?


 元の世界と同じ食べ物が存在する中で、こちらの世界特有のものもたくさんある。

 私が真剣にメニューを読む前で、白騎士はうんざりと辺りを見回した。


「まったく、騒がしいな」

「シュテフの分は上に運ばせましょうか?」

「……いや、ここでいい。これも一興だからな」


 一興って……。

 育ちのいい白騎士には、この賑々しい食事風景は見慣れないのだろう。遠慮のない視線で、他のテーブルを眺めている。



「ユズコ。食べたい物を注文してください。遠慮は要りません」

「はい……」


 ラズールさんに言われて、私は再びメニューを読む。

 うーん。遠慮なく注文していいと言われても、そこは遠慮がやっぱり必要なのだろうと考える。

 こちらで外食をしたことが無いので、勝手も分からないし。


 結局、オーダーはラズールさんに任せることにした。  

 

 程なくして料理は運ばれてきた。

 熱々の湯気をあげて、私の目の前に置かれたのはオムライスの様なもの。その横にパンとスープが並ぶ。

 ラズールさんは魚料理。白騎士は『トンコプリの小春日跳ね』。

 どちらも美味しそうだし、白騎士のはいろいろと気になる。

 

 仲良しの友達だったら、それ一口頂戴!ができるけど、そうもいかない。

 大人しくモクモクと食べる。

 濃くてパンチのある味付は久しぶりの気がする。

 ソニアが作ってくれるのは、優しい味の物が多かったから。

 これはこれで、美味しい。きっとお酒に合うのだろうな。

 見れば騎士たちは、ワインを飲んでいた。



 食事も終盤になる頃、見計らったように受付の彼女がそそとやって来た。

 手にしたお盆から食後茶が配膳される。

 そして私の前には、お茶の他にお皿も置かれた。


「よかったらどうぞ。これはサービスよ。最後の一切れなの」


 にっこりと笑った彼女が置いたお皿には、三角にカットされたパイとそこにかかる白いクリーム。

 食後のデザートだ!!


「良かったですねユズコ。ありがとうございます」


 ラズールさんに笑顔を向けられて、受付の彼女は恥ずかしそうに微笑むと去って行った。

 あー。このお皿は私を通してラズールさんに向けられた好意なんだな。

 どうやらこの短い時間で、受付の彼女はすっかりラズールさんにご執心の模様。

 ……まぁ。それはそれで。美味しくいただければどうでもいいので、頂きます。


 フォークを黄金色のパイに向ける。

 中身は何だろう?林檎だと嬉しいな。



「あ……」



 私のフォークは空を切り、お皿がスッと空を横切り、視界から消える。

 無駄に華麗なフォーク使いを披露しながら、白騎士は速やかにパイを食べた。



「シュテフ……。また、大人気ないことを」


 お馴染みのラズールさんの呆れ声にも、白騎士は涼しい顔でパイを片付けフォークを置いた。

 あまりのことに、ぽかんとする私に白騎士は尤もらしく言い放つ。


「男子が甘味にうつつを抜かし過ぎては良くないからな、代わってやったまでだ。荷物運びだけで息が上がるような脆弱な身体ではないか、菓子より肉や魚をもっと食べて筋肉を育てるべきだな。そのままでは、剣の一つもろくに振れないのは目に見えている」


 え?


 説教じみた口上にはいろいろと引っ掛る点が多い。

 というか、私がよろよろと荷物を運ぶのを傍観していたのかこの方は。

 確かに荷物運びには四苦八苦していたけれど、それがパイの強奪に繋がるなんて納得いかない。

 納得はいかないけれど、口応えは我慢してフードの下から恨めしそうに空になったお皿と白騎士を見れば、白騎士はニヤリと意地悪そうに笑って言う。


「中身は林檎だった」


 悪魔の微笑みだ。

 身悶えする私を見かねて、ラズールさんがメニューを手にした。


「ユズコ、同じ物を注文しましょう」


 優しい物言いに思わず色めき立つも、それを白騎士がさくりと摘む。


「アレが最後の一切れだと言っていたではないか。それに、そろそろ店仕舞いのようだが」


 言われると確かに、賑やかだったテーブルはほとんど空になっている。

 パイをくれた彼女やほかの従業員が、隅のテーブルから片付けを始めている。



「仕方ありませんね。では、またの機会にしましょうか」


 ラズールさんはメニューを置いた。

 私は小さくため息をついてお茶を飲む。

 そして心の内にメモをした。


 『チョコレート、紅茶、焼栗、林檎パイ』




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