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 白騎士の豪華な浴室で入浴を済ませて、私はアルトさんが用意してくれた服を身に着ける。

 淡いグレイの三つ揃いには見覚えがあった。

 袖を通さないまま衣装箪笥に残してきた、アルトさんが用意してくれた衣装の一つだと思う。

 一緒に用意された、真新しい黒い靴もきっとそうだ。

 濃いピンクのリボンタイも用意されていたので、それをシャツの襟にクルリと回して結ぶ。

 鏡は浴室の湯気ですっかり曇っってしまっていたので、久しぶりに少年従者の衣装を着た私の姿を確認することは出来なかった。



 身支度を整えた私は、待っていたアルトさんに連れられて白騎士の寝室を後にした。

 寝室に白騎士の姿はなく、少しだけほっとする。

 執務室へ入ると、そこにはすでにソニアたちが居た。


 久しぶりに足を踏み入れた白騎士の執務室に懐かしさを感じる。そして、わずかな違和感も。


 白騎士は書き物の椅子に座っていた。不機嫌そうに。

 長椅子にはクヴェルミクスとソニアが向かい合って座り、ラビさんは廊下に出る扉を塞ぐように立っている。

 部屋に入った私を見て、ソニアは額に手を当て深く息をつき、ラビさんは困惑したように眉を寄せ、クヴェルミクスは満足そうに微笑んだ。


 私をソニアの横へ座らせると、アルトさんは書き物机の傍へ立つ。

 空いたクヴェルミクスの隣には、座る気はないようだ。

 部屋中の視線が自分に集まるのを感じて、どこを見ていいのか分からずに座った長椅子の前に置かれたテーブルを見る。

 テーブルの中央には、横一列に並ぶ金ぴかの仔犬の置物。

 なんだろうこれ?

 可愛くなくもないけど、なんだか悪趣味な光り方をする仔犬たち。

 そういえば。と、ちらちらと部屋中を窺ってみると、いたる所に見覚えの無い金ぴか。

 思わず首を傾げたくなるような、金の動物置物が執務室に飾られていた。



「食べたんだね」


 ソニアの静かな声に、私は部屋をふわつかせていた視線を戻す。

 隣に座ったソニアを見ると、じっと見つめ返された。

 なんだか悲しそうに陰る緑の瞳に、私は黙ったまましっかりと頷く。


「そうかい。ユズコが自分でそう決めたんならね……」


 そう言って、ソニアは黙り込む。

 かわりに口を開いたのは、クヴェルミクスだった。


「そんな、悲壮な雰囲気作らなくてもいいんじゃないかなぁ。別に、悪いことばかりではないはずだよ。僕は、君がチョコレートを食べたことをとても喜んでいるし、たぶん、他の皆さんもそう思っているはずだよ」


 クヴェルミクスは視線を巡らせる。ラビさんに、白騎士に、そしてアルトさんに。

 三人はクヴェルミクスに反論することなく、僅かに視線をさまよわせる素振りを見せる。

 それを見て、ソニアが大きなため息を落とした。

 クヴェルミクスは、機嫌良さげに私の顔を覗き込む。


「それにしても、なかなかいい色になったね」

「色?」

「え? 気が付いていないの? 君の瞳の色だよ。魔力を得たからだろうね、瞳の色が変わっている。それに、ちゃんと身体から君の魔力がにじみ出ているよ」


 クヴェルミクスに言われて、私はソニアを見た。


「本当に?」

「あぁ、ちゃんと魔力が身体に宿っているよ。部屋に入って来た時、すぐに分かったよ」


 浴室では鏡も見ずに出てきてしまったから、まさか見ただけで分かるほど変わっているとは思わなかった。

 でもそう言えば、起きてから私と目が合った白騎士によく見せろと言われたのはこの事だったのかも。


「ユズコ。鏡を持ってきましょうか?」


 アルトさんに言われて、私は首を横に振った。


「いえ、今は大丈夫です」


 気にはなったけど、出来れば鏡を覗くのは一人になってからしたいと思う。

 白騎士が不機嫌な声を出した。


「それは、あとでゆっくり眺めればいいだろう。時間もそんなにない」


 白騎士の言葉に、アルトさんが頷いた。


「そうですね。あまり長くここに集まっていては、いらない詮索をされそうですしね。ユズコのこれからのことですが……。私とシュテフとしては、この世界で暮らしていくのに当たって尽力は惜しむつもりはありません。出来れば、このまま王都に残ってくれると嬉しんですが……」

「王都にねぇ」


 ソニアの乾いた声に、少しだけアルトさんは眉を寄せる。

 白騎士は苛立ったように口を開く。


「なんなら、引き続き、従者として傍に置いてやっても構わない」


 そう言い捨てる白騎士に、クヴェルミクスはゆるゆると頭を振る。


「それは、無理なんじゃないかなぁ」

「難しいかもしれませんね」

「なんだと!」


 クヴェルミクスに続いて、アルトさんも首を横に振り、白騎士は分かりやすく気分を害している。

 ずっと黙っていたラビさんが、やれやれといった風に口を開いた。


「女に従者は出来ないだろう?」


 ラビさんの口にした、『女』という言葉に、白騎士の顔が赤くなる。

 なぜか私もつられて顔が熱くなった。


「そ、そうだが。見た目では分かるまい! これから育つとも思えぬ――」

「シュテフ」


 白騎士の暴言を、アルトさんが制止するけれど、居た堪れずに私は赤い顔のまま俯く。

 見た目って! 失礼なことを言う。しかも、育つとは思えないって、どこのことのつもりなのだろう。


「無理じゃないかなぁ? シュテフ殿が傍から離したくない気持ちは分かるけどさぁ。城には、ユズコを知っているものが何人もいるでしょう? その人たちが知っているユズコは、緑の目の少年なんだよねぇ」

「そうですね。別の者だと言うには、似すぎていますし。……パメラの目を騙せるとは思えません」


 クヴェルミクスとアルトさんの言葉を聞いて白騎士は黙った。


「そう言う訳で、前と同じにはいかないでしょう。それにユズコも、これからは性別を偽って過ごす必要もないでしょうし……」


 アルトさんに言われて、もうそんな嘘をつく必要もないのかと思うと、身体が少し軽くなった気がした。

 顔を上げると、アルトさんは優しく微笑みを返してくれる。そして、私の目を見たまま口を開いた。


「城下に私の実家があります。そこへ来ませんか?」

「アルト!?」


 アルトさんの言葉に白騎士は立ち上がった。

 けれど、アルトさんは白騎士に見向きもせずに微笑んだままでいる。


「……アルトさんの、お家にですか?」


 戸惑いながら尋ねれば、アルトさんはにっこりと頷いた。


「ええ。さほど広い屋敷ではありませんが、兄弟はみな家を出ておりますし、家に居るのは両親だけです。そこでゆっくりと、この世界に慣れていったら――」

「だめだ! なぜアルトの屋敷に入れる必要がある!」

「城ではユズコの顔を知っているものが多すぎます。私の家でしたら――」

「あたしは反対だよ。なんで狸の巣に――。無理に王都に残る必要もないだろう? あたしと一緒に森に帰るかい? 村には、あんたの顔をちゃんと知っているものはいないしね」

「それならば、いっそ俺と一緒に行けばいい。アライスに前のユズコを知る者はいない。一緒に、この世界を巡るのも悪くないだろう?」


 白騎士が苛々とアルトさんを遮れば、ソニアも眉を寄せて口を開き、ラビさんも会話に加わる。

 ほとんど言い合いめいた会話に、私が口を挟む隙は見当たらずおろおろしていると、前に座っていたクヴェルミクスがこちらを見て微笑んだ。


「ねぇ? 困ってる? まぁ、決められないよね。そんな簡単にはさ」


 ふふふ。と小さく笑うとクヴェルミクスは、言い合う三人を楽しそうに眺める。

 耳の端で三人の提案を拾いながら、私は考えてみた。これからのことを。

 この世界で暮らすと決めたのに、この先どうしていくのかまでは具体的に考えていなかった。

 あまりにも考え無しな自分に、ため息が出そうになる。


 でも、私のため息より先に、クヴェルミクスの愉しげな声が部屋に響く。


「ねぇねぇ。これ、見てくれるかなぁ?」


 いつの間にか居場所を離れて書き物机を囲んでいた四人に、クヴェルミクスはのんびりとした声を掛ける。

 けして大きくないその声は、なぜか四人をぴたりと黙らせた。

 クヴェルミクスは視線を自分に集めてから、するりと黒いローブの内側から巻物を取り出す。

 それを見ただけで、ソニアは壮大に顔をしかめ、白騎士は唇を噛む。アルトさんからは表情が消えた。

 ゆっくりと巻物を解くと、中身をソニアたちに向けてからクヴェルミクスは口を開く。


「勅命だよ。ソニアヴィニベルナーラ・スマラクト、魔法塔への出仕を命ず」


 私からは見えない位置の巻物の中身を、ソニアたちは射るように見た。


「クヴェルミクス、貴様……」

「やられましたね」

「性悪魔法使いめ……」


 白騎士とアルトさん、それにラビさんに睨まれて、クヴェルミクスは満足気に口の端を上げる。

 やがてソニアは呆れたように大きく息をはくと、書き物机から私の隣へと戻って腰を下ろす。

 心配そうにソニアを見れば、ソニアは首を横に振る。


「あんたは気にしなくていいよ。……まったく馬鹿な事をするよ。こんな年寄りを今さら塔に入れるなんてね」


 じろりとクヴェルミクスを睨んだソニアに、クヴェルミクスは嬉しそうに目を細める。


「でも、これで一応丸く収まるでしょ? これでも僕は譲歩したつもりだからね」


 いまいち事態を飲みこみきれない私を置いてけぼりに、話し合いは収束を迎えたのだった。



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