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 ぐるぐると回る緩やかな渦に引き込まれて行く感覚に、私はぱたりと意識を手放した。

 なんだかとても温かな流れに、どこかへ優しく運ばれているようだった。




 目を開くと、シンと静かな白い寝具に包まっている。

 そろりそろりと視線だけを巡らせると、天蓋付きの広いベッドの真ん中で、私は一人横になっていた。

 天蓋から下りたカーテンがベッドをぐるりと囲い閉じているけれど、その布を通して窓の外が明るくなっているのが分かる。


 頭痛こそしないけれど頭は重くて、モヤモヤムカムカとした胸やけにうめき声にも似たため息を漏らしてしまう。

 それが、チョコレートと果実酒のとり過ぎによるものなのは明白だ。

 でも身体は甘ったるく重いけれど、自分でも意外なほど気持は落ち着いている。


 押し殺さずに泣けたから。

 だから気持ちだけは、なんだか妙にさっぱりしているのかもしれない。

 それなら、泣かせてくれた白騎士に感謝しなければ……。

 白騎士。……あれ? 白騎士??


 ガバリと起き上がると同時に、さっきまでおっとりと動いていた心臓が急激に跳ねだす。

 さっきまで頭を乗せていた枕の一つを抱き寄せて、慎重に自分の記憶をさかのぼる。

 

 昨夜は白騎士に傍にいてもらいながら、チョコレートを食べて、泣いて、果実酒を飲んで、それから……。

 枕を抱き締める手に力が入る。

 ドキドキとうるさい鼓動に、頬はきっと真っ赤になっているだろう。

 どうしてあんな風に眠りこけていたんだろう?

 口に残るチョコレートと果実酒の味に、さらに耳まで熱くなる。


 ゆっくりと枕元に視線を巡らせた。

 そこには枕やクッションがあるだけで、あれは見当たらない。あの、桃色の本は……。


 夢だったのだろうか?

 どんなに記憶をたどっても、ある一点でそれはぷつりと途切れてしまっている。


 抱き締めていた枕を離して、自分を見下ろす。

 着衣に、乱れなし。

 たぶん昨夜と変わらない。

 ボタン一つ外れていないことに息をつくと、扉の開く音がした。


 寝室の入口側の扉ではなく、部屋の奥の扉が開き閉じられた。

 ベッドに足音が近づいてくる。

 ふわりと石鹸の香りがベッドを囲う布を通り抜ける。

 ベッド横の布がさっと開かれて、とっさに手にしていた枕を再び抱き寄せて顔を埋める。


「起きていたのか。……。それは、隠れてでもいるつもりなのか?」


 頭上に降ってきたのは、白騎士の声だった。

 しかも、少し不機嫌そうな。

 とりあえず、枕に顔を隠したまま首を横に振る。


「なら、顔を出せ」


 ベッドの横に立った白騎士を、枕の端からそっと見上げる。

 どうやら入浴を終えたばかりのような白騎士は、まだ少し濡れた髪で私を見下ろしていた。

 目が合うと、白騎士は驚いたように目を開く。

 無言のまま白騎士がベッドに乗りこんで来て、私は枕を抱え座ったまま後ずさる。


「待て」


 逃げる私に、白騎士が眉を寄せた。


「と、とりあえず、ベッドから降りてください。は、話しはそれからです!」


 慌てる私を見て、白騎士は口の端を上げる。

 それは、とても悪い笑みだった。


「忘れてはいないようだな。昨夜は、勝手に一人寝てしまったからな」


 あぁ。やっぱり、夢じゃなかったんだ。

 そう思いながら、じりじりと枕元に追い詰められていく。


「酒には強くないようだな。落ちるように寝た後は、何をしても起きなかったぞ」

「何って!? なにをしたんですか?」


 思わず声を荒げると、ふふんと鼻で笑われる。


「大したことはしていない。あぁ、安心しろ。寝相は悪くなかったぞ」

「寝相って!? こ、ここで、一緒に寝たんですか」

「ここは俺の寝室で、これは俺のベッドだからな」


 そう言われてしまうと、さすがにすぐには反論する言葉が見つからない。

 赤くなったり青くなったりと忙しい私を見下ろして、白騎士はなんだか楽しそうだ。

 私の背中はこつんとベッドボードにぶつかる。

 いよいよ逃げ場がなくなった。


「それよりも、ちゃんと見せてみろ。それから、昨夜の続きだ」

「なにを言っているんですか!!」


 しれっと、とんでもないことを口にして、白騎士の手が肩に掛かる。

 そしてもう片手が、私の顎を掬い上げた。



「おはようございます」


 穏やかな声が、ベッドの傍らから掛けられた。

 白騎士が開けた場所とは反対のベッド横の布が静かに、けれど一息に開けられる。


「アルトさん……」


 穏やかな微笑みを浮かべるアルトさんの後ろから、光がさしているように見えた。

 アルトさんは手にしていた物をそっと示す。


「ユズコ。着替えを用意してきましたよ」

「アルトさん」


 私の情けない声にアルトさんは微笑むと、ほんの少しだけ眉を寄せた。


「あぁ。食べたのですね」


 チョコレートを食べたことを、アルトさんは気づいたようだ。

 アルトさんの微笑みからはなにも読み取れないけれど、ただ優しげな眼差しに今は癒された。

 ほっと、身体から力が抜ける。


「……それで。シュテフは、朝からなにを?」


 アルトさんは微笑みを仕舞わないまま、にっこりと白騎士を見た。

 私の肩に乗っていた白騎士の手が、ぱっと外れる。


「ア、アルト!! 俺は、入室を許していないぞ」

「ええ、そうですね。ですが、どうも非常時の様でしたので」


 うろたえる白騎士を前に、さらに微笑んだアルトさんに私は黙ったまま何度も頷いて見せる。

 白騎士に睨まれたけど、それは気付かないふりをした。


「では、ユズコ。浴室を使って構いませんから、身支度を。じきに他の者もここへ来るでしょう」


 私は差し出された着替えをそそくさと受け取ると、ベッドを降りる。

 背中に白騎士の視線が痛いのも、気が付かないふりをする。


「ユズコが入浴している間、私は少しシュテフと話す必要がありそうですしね」

「お、俺は、話す事などない!」

「こちらは気にしなくていいので、ゆっくり入ってくださいね」


 アルトさんに見送られて、私は寝室の奥の扉に入った。

 寝室同様に広々としている白騎士の浴室は、まだ沢山の湯気と水気で溢れている。

 

 残してきた二人が少しだけ気になったけど、あの場に残る勇気もないので、大人しくお風呂に入って身支度をすることにした。



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