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 ガクンと大きく揺れて、私は慌ててロープを掴みなおす。

 むき出しの土の道を進む馬車は、時々大きく揺れて油断できない。


 何度目になるか分からないため息をつくと、手すり代わりのロープをしっかりと握りなおして、もぞもぞとお尻を動かす。

 なんのクッションもない板にもう何時間も座っているものだから、すっかりお尻が痛い。


 私が居るのは箱馬車の外、馬車の後輪の間にある荷物入れの上なのだ。

 背中の箱馬車の中には二人の騎士。馬車の前方には御者と馬。

 喋るものも無く静かな道中で、聞こえるのは規則的な馬の蹄と車輪の音。


 ポクポク、カラカラ、ポクポク、カラカラ。


 思わずうたた寝をしたくなるけれど、居場所が悪い。

 掴まるものも無い揺れるベンチの上で眠ってしまったら、間違いなく地面へ転がり落ちると思う。


 空はどんよりと暗く灰色で、道の両脇に広がる平原には、すっかり色褪せた草が揺れる。

 森は雪景色だったのに、この辺りにはまだ本格的な降雪はないようだ。

 そんな景色を見るともなく見ながら、もうどのくらい馬車に揺られているか分からない。

 せめて太陽が見えれば大体の時刻も分かりそうなものだけど、あいにく朝から曇り空の雲は厚くてそれも出来なかった。


 代り映えしない景色を見ていると不安になる。

 馬車はきちんと動いて進んでいるのに、なんだか取り残されている気分になる。

 進んでも進んでもこの風景から抜け出せないような気がして、あの時のことを思い出していた。 



 唐突に違う世界に来た私を、ソニアは何の見返りも無く世話をしてくれることになった。

 帰る手立てを探してもらっているけど、未だに何も見つからない。

 諦め半分で、森で暮らしていた。

 その森での穏やかな暮らしは、ソニアがいて成り立っている。

 だからこそ、ラズールさんの提案に私は乗るしかなかった。


 結局、王都でソニアに会うまでの期間限定で、従者見習をすることにしたのだ。

 そうでもしなければ、ソニアに会いに王都に行く術が私には無い。




 ある程度は似通った私の世界とこちらの世界には、決定的に違う点があった。



 魔法。



 猫も杓子も老いも若きも、みんな普通にソレを使っている。

 魔力の質や量は個人差があるものの、産まれた時から全ての人が持っているのだそうだ。

 それがあることで、私たちの世界とは違う風に、ここは出来ている。



 王都は、スノーツリーの森からは遥かに遠い。村や町を幾つも超えた先にある。

 そんな長距離を移動するのには当然、魔法が使われるのだけれど。


 それなのに馬車に乗っているのは、魔法も万能では無いということだ。

 

 移動魔法という自らを別の場所に移動させる魔法はかなり高等な魔法で、魔力の量も質も高くなければ使えないとのこと。

 ソニアも使えないと言っていた。

 それに移動距離も使用回数も限られているらしく、長距離移動には不向きらしい。

 その代りに使用されるのが、移動陣だ。

 この移動陣が国の主要個所に敷かれていて、その陣の間を移動することができるという仕組みになっている。


 ただこの移動陣、無料ではない。

 移動距離に応じて、料金が設けられている。

 お金だけなら、ソニアから預けられている分で何とかなったかもしれない。

 けれど、移動する際には自身の魔力も必要になるそうで、私が一人で使うことはできない。




 そんなわけで目下、その移動陣がある町を目指しての馬車移動中なのだ。

 時間はかかるし、お尻も痛いけど、あの移動魔法よりは何倍もマシだと思う。



 思い出して、少し気分が悪くなる。目も遠くなる。



 森の家からノト村までの移動魔法を体験させられたのだ。

 ラズールさんに悪気は無かったと、思う。

 ただ、どんなものかは、教えてほしかった。




 あの夜、騎士たちは翌朝には村を発つことを決めていた。

 その上での求人活動で、だからこそ期間限定でも何でもいいから、取りあえず早急に従者が必要だったのだ。



「明日出発ですか!?」

「はい。急で申し訳ないのですが、明朝ここへ迎えに来ます。それまでに旅支度をしておいてください」

「旅支度……」


 こちらの世界のそれは、どんな物が必要になるのか分からなかった。


「簡単な身の回りの物だけで結構ですよ。道中、必要なものがあれば揃えますから」


 私の戸惑いを察したのか、ラズールさんは声をかけてくれた。

 気の回る人だ。

 彼が居るなら、王都までの旅も何とかなりそうな気がする。



「そうですか。ありがとうございます」

「では、私たちはこれで。すっかり長居してしまって申し訳ない。明日は早いので、早めに休んでください」

「はい。では明日――いや、それは置いて行ってください!」


 私の棘のある声は、ラズールさんではなく、白騎士に向けたものだ。

 私とラズールさんの会話中、大人しくしていると思ったら、白騎士はまたやってくれていた。



「返して下さい!!それは私のです!!」

「なんだお前、従者のくせに主に意見するのか!?」

「それは明日からです。それに従者になっても、私のものは私のものです!!」


 白騎士は高々と上げた片手に紙袋を掲げていた。

 私はそれを奪い返そうと背伸びをし手を伸ばすも、身長差がありすぎる。


 言い合う私たちを見て、ラズールさんはこめかみを押さえた。


「シュテフ。なにをしているのです」


 私はラズールさんに訴えた。

 この暴挙を彼なら止めてくれるだろう。


「ラズールさん。この人が私の焼栗を!!」

「焼栗ですか……」

「そうです。焼栗です。いつの間にか半分以上食べられてました。しかも残りも持って行こうとしてるんです!!」

「シュテフ……」


 呆れた声を出すラズールさんに、私は今朝の白騎士の悪行も告げる。


「今朝は私の秘蔵のチョコレートを全部食べたんです!勝手に!!」


 勝手に!!というところを強調して告げておいた。

 私の告げ口に、白騎士は憤慨する。


「あの程度のチョコレートを秘蔵だとはな!これだから田舎者は!」


 そう罵るも、田舎者の焼栗を白騎士は離さなかった。

 騎士のくせに意地汚いって、どうなのだろうか。


「シュテフ。返しなさい」


 ラズールさんの冷たい声に、白騎士は渋々と袋を置いた。

 この二人の力関係は、ラズールさんの方が上位のようだ。覚えておこう。


 戻ってきた焼栗の袋は、だいぶ小さくなっている。

 見れば、ストーブ前の小机に焼栗の殻の小山が出来あがっていた。

 

「チョコレートと焼栗の件は、王都でシュテフから弁償させましょう。そう言えば、すっかり失念していて申し訳ない。名前を聞いていませんでしたね」


 私は慌てて頭を下げた。非礼をしたのはこちらだ。

 ラズールさんが名乗った時に、自分も名乗るのをすっかり忘れていた。

 森で半分引き籠りのように暮らしていたから、当たり前の礼儀作法にも疎くなっているのかもしれない。気をつけなければ。



「こちらこそ名乗らず失礼しました。私は、ユズコ・ソノオです」


「珍妙な名前だな」


 白騎士の率直な感想は予想通りだ。この辺りの名前としては変わっている。

 園生 柚子。

 これは私の本名だ。


 私は遠い国の出身ということになっているので、正に異国風の名前はそのままでいいだろうとソニアは判断したのだ。

 もっとも、私の名前を知っている人などソニア以外にはいなかった。

 村では名を尋ねられることも、名を名乗る機会も無かった。



「では俺の名前を教えてやろう。シュテファンジグベルト・リヒト・ディアマンルーイだ」


 勿体ぶって告げられた白騎士の名前は、ラズールさんよりも長い。もちろん覚えられない。

 当面は白騎士でいいことにしておこう。機会を見て、二人の正式名称をメモしなけば……。

 

 尊大に名乗った名にいまいち反応しない私に、白騎士は何か言いたげに口を開こうとしたけど、ラズールさんの視線に諌められたようだ。

 これ以上ここでゴタゴタしていては、朝になってしまう。



「それではユズコ。明日からよろしくお願いしますね」


 足早に家を出たラズールさんは白騎士を連れて、夜の森の雪の中から瞬時に消える。

 

 移動魔法って、便利だな。

 私が一時間以上かかるところを、一息で行き来してしまえるなんて。

 途中で途絶えた二人の足跡を見ながら、私は感心した。


 まさか翌朝それを体験できるとは、考えてもいなかった。




 朝はすぐにやって来た。

 旅支度と、留守にするための家の用事を片づけると、就寝時間は残っていなかった。


 戸締りを確認して、年代物のコートを厳重な重ね着の上に着込むと、外で物音がした。

 木戸を開けると、ラズールさんがやって来た。

 外はまだ薄暗く、朝というには早い時間だった。


 私は荷袋を背負うと、ラズールさんの元へ歩いた。

 彼は昨日と同じ深緑の騎士装束で、特に大げさな防寒具は着用していない。

 白騎士と同じくらい高身長のラズールさんの隣に、すっかり着膨れている私が立つ。

 傍から見なくても、この取り合わせはおかしい。

 バービー人形の横にシルバニアファミリーを置いたら、こんな感じになるかもしれない。


 

「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


 曖昧に頷く私にラズールさんは手を差し出した。


「シュテフは村で待っています。では、行きましょうか」


 ラズールさんの爽やかな笑顔を見ても、気が滅入る出発だった。

 これから寒く雪深い森の中を、寝不足の体で一時間以上も歩くのだから。

 

 しかしなぜ、手を差し出す?

 手を繋いで森の道を歩くのだろうか?

 疑問に思いながらも、私は差し出されていたラズールさんの手にモコモコ手袋の右手を載せた。

 

 ギュッ、と強く手を握られた次の瞬間、私の視界は閉ざされて、体の中身がグルグルと回転するような衝撃を受けた。





「ノト村に着きましたよ。これから、あの馬車に乗って――……ユズコ?」


 地面に座りこんだ私に、ラズールさんの驚いた声が聞こえる。

 顔面蒼白なのは恐らくフードで見えていないだろうけど、私の異常事態は察してくれたようだ。



 私は最高潮に気持ちの悪い状態で、森の家からノト村に到着した。


 初めての移動魔法。


 吐かなかった自分を褒めたい。

 ただいま、乗り物酔いを何十倍も酷くした様な気分だ。

 白黒する視界に馬車が見える。

 アレにいまから乗ると言っていたけど、たぶん無理です。



 座り込む私の前に、大股で近づいてくる人がいた。

 白騎士だ。

 何事か、私の頭上で二人の騎士が言葉を交わしているが、聞き取れない。

 いまは体の中で響く、五臓六腑の悲鳴を聞くので精いっぱいだ。



 ふいに鼻先に赤い棒が差し出されて、そこからミントに似た香りが鼻先をかすめた。

 視線を上げると、それは白騎士が差し出している。


「食べられますか?それはパンプルムスの飴です。気分を浄化する作用があります」


 ラズールさんの説明に、私は頷いた。

 香りだけで若干は楽になったような気がしたからだ。

 白騎士からそれを受け取ると、白騎士は口の端で笑う。


「貸しにするぞ」


 貸し?それなら要りません!!

 と突っぱねてやりたいところだけど、背に腹は代えられないし、何より今朝から白騎士は私の雇用主。

 けど、黙って受け取るのも癪なので、ぼそりと呟く。


「……チョコレートと紅茶と焼栗」


 大概、私も食い意地が張っていると思われるだろう。

 でも、食べ物の恨みは濃く深いのだ。

 絞り出すようにそう言った私を見て、白騎士は目を丸くした。

 そして笑った。

 しかめっ面ばかりみていた白騎士の笑顔に高飛車なとこはなく、屈託のない笑顔。

 せっかくの美形なのだから、普段からそんな風に笑えばいいのに、と余計なことを考えてしまう。

 具合が悪くなかったら、私の胸の一つも高鳴ったかもしれない。



 その後、パンプルムスの飴でどうにか復活した私は馬車に乗った。

 心配するラズールさんが箱馬車へ乗るよう勧めてくれたけど、少しでも風に当たって遠くを眺めたくて、件の位置に落ち着いた。

 

 そもそも、従者が騎士と席を同じにしていいのかも分からなかったし。

 細やかなこちらの常識が分からないから、いろいろと慎重に行動しなければ下手を打つことになりそうだ。


 

 ゆるやかに走りだした馬車が、ノト村を出発する。

 特別思い入れのある村ではないけれど、なんだか不安な気持ちになった。



 早くソニアに会いたい。



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― 新着の感想 ―
[一言] 人をこき使って宿泊代も飯代も洗濯代も払わず人のベッドや食べ物を奪ってよく「屈託なく」笑えるな 従者の方も食べ物の賠償とか何寝言言ってんだろう。ほかに泊まれる場所もない雪の中で温かな寝場所と食…
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