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56.5


 ユズコの休む部屋に入ってきたソニアは、城に戻る為の支度を終え、淡い紫色のローブを身に纏っていた。


「少しは休めたかい?」


 ソニアヴィニベルナーラの声に、ユズコはすぐにベッドから起き上がる。

 彼女が眠っていなかったことを、ソニアヴィニベルナーラは気が付いていたがそれには触れなかった。

 ベッドの傍らに立ったソニアヴィニベルナーラは、小机の上の空になったお椀を見る。

 ささやかな量しか盛らなかったスープが無くなっていることに、ソニアヴィニベルナーラは少しだけ安堵した。


「本当は、もう少し休ませてあげたいところだけどね。夜が明ける前に発つよ」


 ソニアヴィニベルナーラはベッドの足元に脱いで置かれていたマントを拾い上げると、ユズコのすっかり細くなった身体へ巻き付けた。

 マントを巻き付けた上で触れた肩が、すっかり薄くなり骨の感触が手の平に残るのに、ソニアヴィニベルナーラの心の底に憤りが燈る。

 それをどうにか押さえ付け、ソニアヴィニベルナーラはユズコを優しく見下ろした。


「ひとまずは、城に戻るけれどね。そこから先のことは、追々じっくり考えればいいよ。あたしと一緒に、森に戻ったっていいんだからね」


 微笑むソニアヴィニベルナーラを見上げて、ユズコは静かに頷いた。


「……さあ、いこうか」


 ソニアヴィニベルナーラが言うのと同時に、部屋にラビハディウィルムが入って来た。

 立ち上がろうとしていたユズコを、ラビハディウィルムは当然の如く抱き上げる。


「自分で歩けますよ」


 その腕から降りようとするユズコに、ラビハディウィルムは黙って首を横に振る。


「連れて行ってもらいな。靴も履いていないんだしね」


 言われて、ユズコは自分の足元に目をやる。

 ソニアヴィニベルナーラの言うとおり、ユズコの足に靴はなくその足に着けているのはサイズの合わない靴下だけだ。

 ユズコは自分が、もうしばらく靴を履いていないなのをふと思い出す。

 ロザーシュに囚われている時、彼女に靴は与えられていなかった。

 土足の床を歩いた靴下で、シュテファンジグベルトの衣装の中に入るのは躊躇いを憶えて、ユズコはラビハディウィルムの腕に大人しく納まることにした。

 ユズコの腕の中には、小さなランタンと小袋がしっかりと抱えられている。

 今のユズコの持ち物と呼べるものは、その二つだけだった。


「また暫く、箱の中だな」


 心配するように言って、ラビハディウィルムは階下へと向かう。

 彼の腕の中で、ユズコは少し笑った。


「大丈夫です。また、寝て過ごしますよ」


 軋む階段を下りると、階下は台所と居間が合わさった部屋だった。

 ここも古く狭いが、綺麗に手入れされている。

 部屋には、すでに出発の準備を整えたシュテファンジグベルト達がいた。

 部屋の中央に置かれた衣装箱の中に、ラビハディウィルムはユズコをそっと下ろす。


「しばらく馬車で移動しますが、その後は移動陣を使って王都に帰ります。なるべく、時間を掛けずに戻りますからね」


 アルトフロヴァルの言葉にユズコは頷き、そろりと衣装箱の中へ座る。

 シュテファンジグベルトは、ユズコの腕の中のランタンと小袋をちらりと見た。

 クヴェルミクスがにこやかに、ユズコに手を振る。


「それじゃ、またお城でね」


 衣装箱の蓋がゆっくりと閉められた。

 ランタンに照らされた箱の中で、ユズコは身体を柔らかな布に埋める。

 衣装箱に鍵を掛ける音がくぐもって響き、ぐらりゆらりと揺れ始めた。

 ユズコは小さく息をつく。

 

 ――この空間は、考え事にはぴったりな気がする。


 ユズコは無意識のうちに唇を噛む。


 でも……。何を考えればいいのか、分からない。

 考えようとしても、情けない気持ちばかりが溢れる。


 ユズコは小さなランタンを引き寄せて、抱き締めた。

 考えるかわりに、目を閉じる。

 きつく目を閉じ、彼女は眠りが訪れるのを待った。






「四人乗りの馬車にさ、四人で乗るの初めてだよ僕」


 馬車の中でクヴェルミクスはうふうふと笑うが、その隣に座ったソニアヴィニベルナーラは反応しない。

 彼女の正面にはアルトフロヴァルが座り、クヴェルミクスの前にはシュテファンジグベルトが座っている。

 そして、当然のようにソニアヴィニベルナーラ以外の二人もクヴェルミクスに言葉を返しはしなかった。

 しんと重苦しく静まる馬車の中で、回る車輪の音だけを聞くのにすっかり飽きたクヴェルミクスは、黙り込む三人の顔を順番に眺める。


「辛気臭い感じで、嫌だなぁ」


 薄笑いを浮かべたままそう言うクヴェルミクスに、アルトフロヴァルは渋々と口を開く。


「黙る。ということを覚えたらどうですか?」

「僕だって、黙っていることくらいは、もちろん出来るけどさ。せっかくこうして膝を突き合わせているんだから、お喋りしようよ」


 シュテファンジグベルトがうんざりと溜息を吐き、クヴェルミクスを睨む。


「お前、ラビハディウィルムと代わって来たらどうだ?」

「僕は、手綱なんか持てないよ」


 走る馬車の御者台には、ラビハディウィルムが乗っていた。

 そして、馬車の後ろに厳重にくくり付けられた衣装箱のなかには、ユズコが居る。


 うんざりと自分から視線を逸らすシュテファンジグベルトとアルトフロヴァルに、クヴェルミクスは全く構わずに喋り続ける。


「で、どうするの? だれが告げるの? やっぱり、シュテファン殿? それとも、ソニアヴィニベルナーラが言う? もちろん、僕でもいいけどね」


 今度のクヴェルミクスの発言は、三人の視線をすぐさま集めた。


「なぜ、そんなに楽しそうにしている?」


 眉を寄せたシュテファンジグベルトに、クヴェルミクスはにっこりと微笑む。それは楽しそうに。


「僕はね、自分に正直な性質なんだよね。君達もさ、素直になればいいのにねぇ」


 クヴェルミクスはそう言うと、向かいに座るシュテファンジグベルトとアルトフロヴァルを見て、愉しそうに微笑んだ。


「どういうことだい?」


 ソニアヴィニベルナーラが怪訝そうな声で尋ねると、クヴェルミクスは美しい二色の瞳を細めた。


「だってさ、好都合じゃないかな? これで、あの子は、この世界でしか生きられなくなるのだからさ。突然居なくなることを恐れずに、ずっと手元に置いておけるからね」



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