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「おや、すっかり冷めてしまっているようですね。淹れなおしましょうか?」


 私たちが囲む小さなテーブルを窺い見て、オレールは部屋へと入ってきた。

 あからさまに、その場の空気が張り詰める。

 オレールはそれに気が付いているはずなのに、ゆっくりとお茶を淹れ直し始めた。


「なんのようだ?」


 立ち上がったままの白騎士が、苛々とオレールを睨んだ。

 ラビさんは私を庇うように、オレールを遮るように横に立ってくれる。


 オレールの姿を見て、声を聞いた私は、頭痛がひどくなるのを感じた。

 ここには白騎士たちもいるし、もう大丈夫なはずなのに、オレールを見るだけで嫌な気持ちになってしまう。

 きっと、デュドネやフェリクスカミーユを見ても同じ気持ちになるのだろう。


「随分と無礼な入室の仕方ですね。一応にも、私たちは客室に滞在しているはずなんですがね」


 丁寧だけど棘を含んだアルトさんに、オレールは困ったように微笑んだ。


「そう気を立てないで頂きたいものです。私も、普段ならこんな無礼は致しませんよ。いまは非常時ですから……」


 そう言ってオレールは、淹れ直したお茶をテーブルへ並べる。


「まぁ、お掛けください。お茶でも飲みながら、私の話を聞いては頂けませんか?」


 オレールは私の前に紅茶を置くと、私の顔を覗き込む。


「皆さんが知りたがっていることを、ある程度は私が代わりにお話しできますよ」


 綺麗な赤色の紅茶が湯気を上げる。

 私はオレールから視線を逸らすと、その赤い水面を見つめた。





「私は特にたいそれた役職もないもので、こんな時でも比較的自由に動けましてね」


 聞かれてもいないのに、そう言ってオレールは椅子に腰を下ろした白騎士たちを見た。

 穏やかそうで知的な微笑みを湛えたオレールを、黙って見つめていたアルトさんが口を開く。


「あなたは、城で司書をしていた者では?」

「ええ。その通りです。ホルテンズ王国はなかなかに良い職場でした」


 オレールはそれをあっさりと認めると、視線を私に移す。

 目が合うと、反射的に小さく肩が跳ねる。

 その様子を見て、オレールは頷いた。


「まぁ、その反応は当然ですよね。気になさらなくて結構ですよ。あなたの両手に傷を着けたのは、他ならぬ私ですし――」


 白騎士の椅子ががたりと音を立てた。

 荒っぽく立ち上がった白騎士が、オレールの胸元を握り上げる。

 いつもなら、すぐに白騎士の行動をたしなめるはずのアルトさんは黙ってそれを見ていた。

 うろたえる私の手を、ラビさんがそっと握りこむ。


「よくもぬけぬけと、そのような事を口にできたな……」

「私を打っても、傷は消えませんよ。それに、今ここで騒ぎを起こされる様な事をなさるのは、お勧めできませんね」


 たじろぎも見せず、オレールは白騎士を見つめて静かに話す。

 アルトさんは何も言わなかったけれど、白騎士はオレールを掴んでいた手を乱暴に離した。

 そしてテーブルには戻らずに、苛々と部屋を歩き、ベッドへと腰を下ろした。荒い座り方に、ベッドが軋む。


 解放されたオレールは私を見て、取り出した小瓶をテーブルへと乗せた。


「これをどうぞ。あなたの傷に、少しはいい筈です」

「これは?」


 アルトさんが、オレールの置いた小瓶を私から遠ざけた。

 オレールはまた困ったように微笑む。


「ただの切り傷ではありませんからね。普通の傷薬は効かないでしょう。申し訳ないが、治癒魔法も効かない筈です。その傷は呪いを帯びていますから。なにしろ、禁術ですからね……。この薬は考古魔法を元に調合されたもので、呪いを薄める作用があります」


 睨みつけるような視線を三方から浴びながら、オレールは少しも臆することなく口を動かした。


 私が下ろされていた穴は、地中深くの魔力を汲み上げるための穴で、その魔力を汲み上げるには容れ物が必要なこと。

 魔力を汲む容器と成り得るのは、身体に魔力を持たない生き物が最適だということ。

 だから私は、その為に世界を越えさせられたのだ。


 震える私の身体に、オレールの声は虚ろに届く。


 穴に下ろした容れ物に、魔力は流れ込む。

 そして身体に流れ込んだ魔力を取り出すために、この手首の傷は付けられたのだと告げられる。


「あなたの存在は完璧でした。ですが、役目は終わりました。フェリクスカミーユ様がそう決められたのなら、私は従うまでですが、あなたに興味は尽きません。残念です」


 オレールがそう言うと、三人はあからさまな不快感を浮かべた。

 それを見渡しながら、オレールは肩をすくめる。

 白騎士が射るようにオレールを見た。


「お前達がユズコをこの世界に連れてきたのなら、元の世界へ戻すことも出来るということか?」


 白騎士の言葉に私は息を飲む。

 部屋の空気が張りつめる。

 けれど、オレールはやんわりと言葉を返した。


「それは、出来ないでしょう」


 その一言に、私の身体が冷たくなっていく。

 明るい部屋に居るのに、目の前は暗くなる。


「なぜだ?」


 きつい口調の白騎士に、オレールはため息をこぼす。


「なにしろ古の禁術でしたからね。私たちはただ、古文書の通りにしてみたのです。正直、どういった理論でそれを行えているのかも解明出来ていないままに。それに、はなから『戻す』という行為は必要とされなかったので」

「なんだと……」


 白騎士の低い声に、オレールは言い訳がましく口を動かす。


「今のところ発見は出来ていなくとも、どこかにその方法は存在するかも知れませんが……」


 苛立った白騎士の問いが部屋に響く。


「つまり、現状では、ユズコが元の世界に戻る方法はないということなのか?」

「ええ。そうですね」


 オレールはあっさりと頷いた。


 ラビさんが握ってくれている手も、すっかり冷えている。

 いろいろな出来事が、私を置き去りにしたまま始まって終わる。


 部屋は嫌な沈黙に包まれているけれど、それはなんだか私とは膜一枚隔てた向こう側の出来事のようにも感じた。



 聞く気を失った私の耳に、彼らがその後交わした会話は全く入ってはこなかった。

 気が付いた時にはオレールは部屋を出て行き、私はベッドの中へと戻される。


 壁を照らす陽の光を眺めながら、私はゆっくりと呼吸を繰り返した。

 吸って吐いて、吸って吐いて。

 意識して、ただただ壁を見つめて穏やかな呼吸を繰り返す。



 そうしなければ、泣き叫んでしまいそうだった。



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