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薄っすらと開けた目に、陽の光を淡く通す色とりどりの紗幕が映る。
ごくごく薄い色合いの布が、幾重にもベッドを静かに囲んでいた。
目には穏やかな空間が映るのに、私の身体は重しでも付けられているかの様にベッドに沈んでいる。
ひどく気分が悪い。それに、右手にズキズキとはっきりとした痛みを感じた。
ぎこちなく慎重に、重い右腕を上げてみる。
目に入ったのは、白い裾からはみ出た包帯だった。
右の手首はグルグルと几帳面に包帯が巻かれている。
束の間、ぼんやりとそれを眺めていると、真横の紗幕が開け放たれた。
ベッドの脇に立つ人を見て、だいぶ意識がはっきりとしてくる。
何も言わないデュドネから視線を逸らすと、私は腕を静かに下ろした。
ずい、と鼻先にグラスが差し出される。
欲しくない。と告げようとして口を開くと、喉が詰まったように上手く声が出ない。
首を横に振るのも億劫で、私はデュドネから顔を逸らして目を閉じる。
気分の悪さは一向に治まらないどころか、酷くなってきていた。
このまま放っておいてほしかった。のに、それはデュドネには伝わらなかったようだ。
無言のまま、首の後ろに腕を入れられ、無理やりに上半身を引き起こされる。
起こした私の背に枕を押しこむと、デュドネは再びグラスを鼻先に突きつけた。
急に起こされたことで、酷いめまいに眉を顰めて目を閉じる。
ひやりと冷たい感触が唇に触れた。
目を開くと、デュドネは私の唇に押し付けたグラスを傾ける。
少しずつ入ってきた冷たい水を飲み込むと、とても喉が渇いていたことを思い出した。
腕を上げる気にもなれなくて、私はそのまま、デュドネの傾けるグラスから水を飲み干す。
グラスが空になると、デュドネは再びグラスに水を注ぎ、私の唇に押し付け飲ませた。
二杯目の水を飲み干すと、デュドネはグラスをテーブルに置き、布巾を手にして私の口元、首筋、襟元をごしごしと雑に拭う。
どうやら、上手く口に納まらなかった水で濡れていたようだ。
抵抗する気力も湧かず、されるがままになっていると、手を止めたデュドネが口を開いた。
「そろそろ、オレールが食事を運んでくる」
私は朱色の瞳を見上げると首を横に振る。
食欲なんて、全く無かった。
身体は重くだるいし、相変わらず気分も悪い。
こうして起き上がっているのも辛くて、もう横になりたかった。
私を見下ろすデュドネの眉間に皺が寄る。
「食べねば、身体が持たない」
怒ったような低い声に、私は苛立った。
そんなことを言うのなら、ここから解放してほしい。
「……欲しくありません」
掠れた私の声には、そんな苛立ちが十分に乗っていたはずだ。
デュドネの眉間はますます寄せられる。
私はそこから視線を逸らし、陽の差し込む窓の方を見た。
陽はすっかり高く、窓から差し込む明るさが眩しい。
黄色い陽の光を見ながら、私はそのままの姿勢で口を開く。
「あれは、なんだったんですか? 私は、なにを……」
明るい陽の光に視線を固定しなければ、叫びだしてしまいそうになる。
じわじわと思いだされるのは、あの暗い穴の中でのことだった。
それを少しも考えたくないないのに、考えずにはいられなかった。
しばらくの間、デュドネは無言のままベッドの脇に立っていた。
やがて、低く重い声が私の背中に向けられた。
「私は、それを告げる立場に居ない」
デュドネの答えに、私は上掛けを握り締める。
答えのない恐怖を、再び思いだす。
デュドネはゆっくりと続けた。
「……が、覚悟を決めた方がいい」
突き放すような言い方に、私はゆっくりとデュドネを見る。
その顔に、いつもと違う表情は浮かんでいない。
いつもと同じ、険しく不機嫌な面持ちを崩さずに、デュドネは言う。
「あれは、一度で終わらない。これからも繰り返される」
まばたきも忘れて、デュドネの朱色の瞳を見返す。デュドネは、目を逸らさなかった。
何かを続けようとしたデュドネの口が、不意に閉ざされる。
代わりに部屋の扉が開き、ワゴンを押したオレールが入ってきた。
「おや、目が覚めていたのですね」
にこやかにオレールは近づいてくる。
オレールに場所を譲るように、デュドネがベッドから離れた。
「気分はいかがですか? 優れないとは思いますが、少しでも召し上がってください」
微笑みを浮かべながら食事の支度をするオレールに、私は首を横に振る。
「食べて頂けなければ、傷の治りにも障りますし、辛くなるのはあなたですよ」
優しく言い聞かせるようにオレールは続ける。
「ここからは出られません。その上で、ここを牢とするかどうかは、あなた次第ではありませんか?」
そう言って、オレールは微笑む。
私はその顔をぼんやりと見つめる。
手首の傷が痛む。
そのたびに、これが今の私の現実なのだと思い知らされた。




