表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/79

48

 

 新月の夜は暗い。

 数日ぶりに吸い込む外の空気はキンと冷たく、強張る身体を一層と固くさせた。

 柔らかな布の室内履きは、地面から伝わる寒さを防ぐことは当然出来なくて、足は早々に凍えだす。

 それでも立ち止まることは許されず、規則正しい歩調で進むデュドネにきつく腕を掴まれたまま進む。


 昼間にオレールが告げた通り、闇の刻になる少し前に、私は部屋から出された。

 黒いフード付きの長いローブを被せられただけで、会話もなくデュドネが扉の外へ促す。

 暗がりに見た扉の外は、格子ガラスの窓の向こうの景色とあまり変わらなかった。

 私がいた建物は、高い壁に囲まれた小さな庭の中央に建てられていた。

 

 石の壁の一部分が木戸になっていた。

 重そうな木戸が開けられると、強い夜風に吹かれる。

 辺りを見回すと、暗い木々の影の遠い向こうに灯りが幾つも見えた。

 灯りに縁取られて浮かぶのは大きな建物の影で、きっとあれはお城なのだろう。

 お城の方向を見る私の腕を、デュドネが強く引く。


「一応、言っておく。声を上げたところで、どこにも届かない。無駄な体力は使わないことだ」


 忠告めいた脅しは低い声で告げられ、腕を掴む力が強められる。

 確かに辺りに人の気配は全くなく、見えた灯りは遠い。

 

 そして灯りのある方とは逆へ、深く暗い森の中へと進みだす。

 灯りも持たずにデュドネは進む。

 暗い足元で、がさがさと枯葉が踏みしだかれる音がした。

 ほとんど引きずられる様に、森の奥へ奥へと進む。

 足がもつれ何度も躓いたけれど、デュドネは進む速度を緩めなかった。



 そんな風にしばらく進んで、デュドネはようやく立ち止まった。

 暗闇に慣れた私の目は、木々の切れ間を見上げる。

 そこにあったのは、先ほど連れ出された場所と似た、蔦の絡まる石の壁だった。


 木戸が内側から開く。

 微かな灯りを背にして、オレールがそこにいた。

 デュドネは開いた木戸の中へ私を引きずり入る。


 壁の内側には、細く絞られた灯りが燈るランタンが幾つか置かれていた。

 背後で木戸が閉まると、長々と掴まれていた腕がようやく解放される。

 乱暴な進行ですっかりあがった息を整えながら、辺りを見渡す。


 高い壁にぐるりと丸く囲まれた更地に、不穏な影を落とす物が目に入る。

 それがオレールの言っていた、『カゴ』なのだと気が付いた。

 大きな鳥籠のようなそれは、鎖で吊るされている。

 黒い鉄格子で作られ半円の屋根を持ち、大人が一人立って入れるほどの大きさで、出入口になるだろう場所の格子は開いていた。


 鳥籠の形をした檻がそこにある。


 そして、その傍らに立つ人影を見つけて、私はびくりと肩を震わせた。

 薄水色の瞳が、こちらを無感情に眺めている。

 喉の内側が貼り付くような感覚に襲われ、息苦しさと共に後ずさると、デュドネが背後を塞ぐ。


 冷たい声が合図になった。


「入れろ」


 そう、薄水色の瞳の男が告げると、背後から黒いローブが唐突に奪われた。

 冬の外着としては薄すぎるワンピースの白が薄闇に浮かぶ。

 抱え上げられ、足から室内履きが外され裸足にされた。

 寒さと恐怖で鳥肌を立てる私を、デュドネは檻の中へ下ろす。

 檻の床からの凍えるような冷たさが、全身を強張らせる。

 悲鳴さえ出せないうちに扉が閉められた。


「だ、出して!!」


 閉じられたそこを両手で揺さぶると、がちゃがちゃと金属の音が響く。

 その音とは別の金属音が頭上からして、同時に足元から重い音が上がる。


 ぐらりと檻が揺れて、私は冷たい鉄格子を握る。

 檻がゆっくりと下降を始めた。

 地面であるはずの場所は、檻の大きさにぽっかりと暗い穴を開けている。


 鉄格子越しに、三人の男が檻の中の私を見ていた。

 オレールは興味深そうに、デュドネは険しい顔つきで、薄水色の瞳の男の表情は変わらなかった。


 足元からぬるい風が上がってくる。

 檻はもう、半分ほど穴の中へ入っていた。

 鉄格子を握る手の中に嫌な汗が浮かぶ。

 檻が穴の中へ完全に入り、見上げると丸く穴の入口が見えた。

 再び重い音が、今度は頭上から聞こえた。

 丸く挿しこんでいた灯りが、音と共に狭められていく。

 穴の入口が音を立てて閉じ、檻は完全な暗闇の中を下りる。

 目の前の鉄格子さえ見えない闇に、私は檻の中央に座り込む。

 膝を抱き、目を閉じた。

 目を開いていても、閉じていても何も変わらない視界。

 声を出すことさえ怖かった。





 どれくらい時間が立ったのかは分からない。

 不意に、下降を続けていた檻が動きを止めた。

 薄目を開けても、塗りつぶした黒しか目には入ってこない。

 再び目を閉じようとした時、まわりの空気がざわざわと動く気がした。

 生ぬるかっただけの空気が、じりじりと温度を下げていく。

 なにも見えないはずなのに、暗闇の中で鉄格子の隙間から何かが入って来たのが分かった。


「い、嫌だ、嫌だ!! 来ないで!!」


 震えた声が反響する。


 冷たくてじっとりとした何かが、檻全体を囲い揺さぶる。

 裸足の足に、震える指先に、汗ばむ首筋に、冷たく嫌なものが絡み付く。

 それを振り払おうと暴れれば、檻が大きく揺れた。

 振り払えなかったそれらが、じわりと肌に染み込んでいく。



 私はどこにも届かない悲鳴を上げ続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ