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46.5

「睨みあっていても、埒が明かないとあたしは思うんだけどね」


 やや乱暴にソーサに置かれたティーカップが音を立てる。

 ティーカップの中で、ほとんど減っていない紅茶が波立った。

 夜更けの城の一室に人目を避ける様に集った彼等を、頬杖を突いて見回してソニアヴィニベルナーラは大きな溜息を吐く。

 彼女の周りには、男が四人。

 うち三人は眉間に深く皺を寄せ、お互いを睨みあうようにむっつりと黙りこくっている。

 残りの一人は穏やかな顔付で、苛立つ老女と不機嫌な男たちを眺めていた。


 ソニアヴィニベルナーラは視線をテーブルの上のティーカップに戻す。

 上の空のアルトフロヴァルが淹れて出した紅茶は、上等な茶葉を使っているはずなのに渋いばかりで二口目を飲む気にはなれなかった。


 代わりに、やたらに渋い紅茶は彼女に少し昔を思い出させる。

 違う世界からの迷い子を森で拾ったばかりの頃、何度かこんな渋い紅茶を飲んだことを。

 魔力を持たず瞳に守護神の加護を宿さない黒い瞳の迷い子は、茶葉から紅茶を淹れたこともなく、キッチンナイフもろくに扱えず、暫らくは教えることばかりだった。

 ソニアヴィニベルナーラが思うに、ここより随分と便利な世界から来た様子の彼女は、不平も不満も口にせず森の不便で孤独な暮らしを受け入れていた。

 弱音を吐くことも、あまつさえ涙を見せることすら一度もなかった。

 それをソニアヴィニベルナーラは不憫に思った。

 帰りたいと泣き叫ぶこともせず、ただ日々を淡々と過ごすことでどうにか気持に折り合いをつけている様に見えた。

 元の世界へ戻せないのなら、せめて平穏な日々を過ごさせてやりたかったのだ。


「あんた方に任せておけば、一先ずは大丈夫だと思ったあたしが馬鹿だったね。森に残しておけば、ユズコは攫われることもなかっただろうよ」


 苦々しくそう言うと、ソニアヴィニベルナーラは立ち上がりティーワゴンへ向かった。

 そこで自分の分だけ紅茶を淹れなおすと、再び席に戻り紅茶を啜った。


 部屋の重苦しい空気は、ますます重くなるばかりだ。

 アルトフロヴァルが紅茶を一口飲み、顔を顰めてティーカップを置く。


「こちらの動きが筒抜けなのは、城に内通者がいたのでしょう。迂闊でした」

「だから、君達はお城で待っていたら良かったのにさ。わざわざお迎えに来ちゃうから」


 クヴェルミクスはアルトフロヴァルとシュテファンジグベルトを交互に見てから自分の前に置かれた紅茶をゆっくりと飲み、今度は手元の紅茶とアルトフロヴァルを交互に見て薄っすらと笑った。

 

「その内通者は探せるのか?」


 難しい顔のラビハディウィルムに尋ねられ、アルトフロヴァルは眉を寄せる。


「当たりは着けられるかもしれませんが、恐らく城にはもういないでしょうね」


 アルトフロヴァルの手元には、ここ数日で城の勤めを退いた者の一覧と簡易経歴があった。

 ざっと目を通したそれに、一見して不審な人物は見当たらない。


「シュテファン殿がさ、お手紙でも書いてみたら? 西の皇子様にさ、うちの可愛い従者を返してくださいって」


 へらりと場にそぐわぬ軽さでクヴェルミクスが口を開き、シュテファンジグベルトの額に青筋が浮かぶ。


「……ふざけているのか?」

「ううん。割に本気なんだけどなぁ」

「西? ロザーシュ帝国が関わっているのか?」


 ラビハディウィルムが、クヴェルミクスの軽口に身を乗り出す。


「まだ推測です」

「もう決まりでいいんじゃないかなぁ。ねぇ?」


 アルトフロヴァルは僅かな手掛かりにも腰を浮かしかけたラビハディウィルムに慎重な返答を口にするが、クヴェルミクスがそれを無駄にするように口を開きソニアヴィニベルナーラにまで同意を求める。

 ソニアヴィニベルナーラは苦々しくそれに答えた。


「クヴェルミクス殿が言っていた『召喚の珠』だけどね。そんな代物を持ちだせるのは、あの国だけだろうよ。……ロザーシュは、なにかを始めている」


 ソニアヴィニベルナーラの言葉にラビハディウィルムは腰を浮かす。


「何かとは?」

「知りたくもないけどね。そうも言っていられないようだね」


 シュテファンジグベルトは壮絶に不機嫌な面持ちになり、アルトフロヴァルは表情を仕舞い込んだ。

 西国ロザーシュ帝国の第二皇子とシュテファンジグベルトは、今でこそ行き来は少なくなってしまったが幼少の頃からの交友がある。

 旧知の仲である相手の国元を探るようなことなど、したくもないのが本音だった。

 だが、不機嫌になりながらもシュテファンジグベルトはソニアヴィニベルナーラの話に耳を傾ける。


「このところ、ロザーシュから濃い魔力が流れてくるようになったのは知らせていたね。天気を読んでなけりゃ気が付かないほどの量だけど、自然に漂うには濃すぎる魔力が風に乗ってくるんだよ」

「それと今回のことと、どう関係がある?」


 シュテファンジグベルトがきつい物言いでソニアヴィニベルナーラを睨むと、クヴェルミクスが薄らと笑う。


「うーん。僕が思い浮かぶのは一つだな」

「あたしもだよ」


 心底嫌そうに、ソニアヴィニベルナーラはクヴェルミクスに同意した。

 シュテェファンジグベルトの眉が吊り上がる。


「それはなんだ? 勿体ぶらず話せ!」


 苛立ったシュテファンジグベルトの声が部屋に響く。

 人払いをしてあるとはいえ、アルトフロヴァルは顔を顰め扉をちらりと見た。

 ソニアヴィニベルナーラは、苛立ちを隠さないシュテファンジグベルトを静かに見てからゆっくりとそれを口にした。


「……『暗穴』だよ」


 ソニアヴィニベルナーラの口にした言葉に、聞き覚えがあるものは部屋には居なかった。

 クヴェルミクスを除いては。


「古い魔術の話しだよ。お伽噺級のね」


 ソニアヴィニベルナーラの言葉にそう付け加えると、クヴェルミクスはすっかり冷えた渋い紅茶を飲んだ。


「土の遥か下に、魔力があるという話は知っているだろう?」


 ソニアヴィニベルナーラの問いかけに一同は当然と頷く。


「ええ。木々や草花、川や泉はそこから魔力を得て産まれるのですよね」

「それがどうしたというのだ?」

「その土の下の魔力を掘り起こす穴のことを、『暗穴』と言うんだよ」


 ソニアヴィニベルナーラが告げることは、クヴェルミクス以外の三人には全く以って想像も及ばない話だった。


 『暗穴』などという言葉を知る者は、おそらく魔法を生業にする者でもほとんどいないのだろうとソニアヴィニベルナーラは言う。

 それは考古魔法の時代に禁忌とされた術だった。

 深く深く、光りも射さぬ地下深くへ穴を掘り進める。魔力を得るために。


 魔力を得る。


 そのような言葉は、使われることもない言葉だった。

 なぜなら、魔力は得るものではない。

 この世界に生きる全てのものは魔力を持つが、それは生まれ落ちた時に守護神の加護が瞳に宿っているように、魔力の絶対量も生まれ落ちた時点で決まっている。

 知力や体力のように修練を重ねて増すことは出来ないものなのだ。

 外より自分の身の内に魔力を取り込むことなど、出来ないはずなのだ。


 だが、ソニアヴィニベルナーラははっきりと告げた。


「魔力を得るために『暗穴』が掘られたんだろうね。そうでなけりゃ、あんなに濃い魔力が漂うはずもないよ」

「魔力を得る? そんなことができるのか?」


 シュテファンジグベルトの声からは苛立ちは消えていた、代わりにその声に混じったのは驚きだった。

 信じられぬ。という視線が三方から寄せられているのを感じて、ソニアヴィニベルナーラは深く息を吐く。


「あたしたちは生まれ落ちた時に守護神の加護が決まっているように、魔力の絶対量も決まっている。それは覆せない。……本来ならね」

「それでは、その地下の魔力を掘り起こせば、魔力を得ることが出来るというのですか?」


 アルトフロヴァルの問いかけに、ソニアヴィニベルナーラは首を横に振る。


「魔力を掘り当てたところで、どうもこうも出来やしないさ。地中の奥深くにある魔力は人のものじゃない。たとえ穴を掘り進めて魔力に行き当たっても人にはどうすることも出来ないよ。魔力は霧散してしまうだろうね……」

「では、何の為にその『暗穴』を?」


 再びのアルトフロヴァルの問いに、口を開いたのはクヴェルミクスだった。


「そこで、僕らのユズコの存在が必要になるってわけだよ。……なるほど、それで別の世界からあの子を連れてきたわけかぁ。ずいぶんと酷いことをするよね」


 意味有り気な口ぶりのクヴェルミクスに、ラビハディウィルムが眉を寄せる。


「どういうことだ?」


 クヴェルミクスは肩をすくめてソニアヴィニベルナーラを見た。

 ソニアヴィニベルナーラは眉を寄せ、目を閉じた。


「あの子を……。ユズコを使えば魔力を手に出来るのさ。多分ね」



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