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 長椅子からとび起きた私はテーブルに駆け付けた。

 白騎士の前に無造作に置かれていた小箱。それは間違いなく私のとっておきのチョコレートで……。

 白騎士の手にしたカップから漂う香りは、私の大事な紅茶だった。


「な、なにをしているんですか?」


 震える声で尋ねれば、白騎士は手にしていたチョコレートを口に入れる。

 私が一粒をちびりちびりと食しているのに対して、白騎士は一粒を一口で食べた。

 

 

「朝食代わりだ」


 何の悪びれもなく白騎士は紅茶をぐいと飲むと、カップを置いた。

 置かれたカップの横の小箱を凝視して私は凍りついた。

 そして、就寝前にチョコレートと紅茶葉をきちんとしまい込まなかった自分を呪った。


 小箱の中からチョコレートが無くなっている。きれいさっぱりと。

 昨夜、箱を閉じた時にはそこには十数粒のチョコレートが入っていたのに。


「無い……。一個も無い……」


 空になった小箱を前に呆然と呟く私を余所に、白騎士は手ずから紅茶のお代りを淹れる。

 そしてそれをを飲むと、フンと鼻を鳴らした。


「菓子も茶もいまひとつだな。このような僻地では仕方ないが」


 白騎士から見えていないのは幸いだった。フードの下の私は、怒りの表情を浮かべているだろうから。

 出来る事ならこの金髪を張り倒してやりたい。今すぐに。


 声に怒気が含まれないように、私はゆっくりと喋る。


「いまひとつ、なチョコレートを朝からこんなに召し上がったのですか?しかも勝手に……」


 カップの紅茶を飲み干すと白騎士は立ち上がり、こちらを見下ろした。

 ガウンから騎士装束に着替えている白騎士は、さすがに威圧感がある。


「客人を迎えていながら、朝食の支度もせず寝入っているからな」


 早起きして朝ごはん用意しなかった私が悪いのか。そういうことか。

 あぁ、第一印象が違わないまま嫌な奴だな。金髪碧眼の美形がもったいない中身だなぁ。

 私は沸々と湧く怒りをどうにか分散させようと、深呼吸にも近い呼吸を繰り返した。

 そんなこちらの様子には全く気を留めずに、白騎士は上から下へとまるで値踏みをするように私を見た。

 

「なんですか?」


 居心地の悪い視線に耐えかねて尋ねると、白騎士はまたもやフンと鼻で笑った。

 

 ふいと視線が逸らせれて、白騎士は入り口の木戸を見た。


「ようやく来たか」


 そう言うと、白騎士はロングジャケットを着ると家から出ていった。

 木戸の向こうから微かに話し声が漏れ聞こえ、やがて静かになる。

 そっと木戸を開くと外はすでに無人で、相変わらず雪が降りしきっていた。

 地面に残った白騎士の足跡は唐突に消えている。おそらく移動魔法を使ったのだろう。

 なんの挨拶も礼も無く出ていった白騎士の無礼っぷりに、わたしは呆れながら木戸を閉めた。



 結果はどうあれ、招かざる客はお引き取り願えた。代償は大きかったけれど。

 ひと冬かけて楽しむはずだったチョコレートは奪われ、紅茶葉も豪快に使用されてしまったのだから。









 パキンと音を立てて割れた殻から身を取り出す。確かに今年のものは、実が大きい。

 ためしに剥いた一つを頬張ると、優しい甘さが美味しい。

 日常の家仕事と白騎士滞在の後片付けを終えて迎えた夜。私は一人、フフ茶と焼栗を楽しむことにした。

 小さなナイフを使って殻を割り剥き、実を取り出す。その作業をこつこつ続けるのは、先に殻を剥いておいて後からゆっくりと食べるために。

 

 そうして六つ目の実を取り出したところで、静かな部屋にノック音が響いた。



 トントン。



 適切な力加減でノックされる木戸を見て、私は思わずナイフを握りなおした。

 雪の無い季節でさえ訪れる者の少ないこの家で、訪問者は決まって予定された人物ばかりだった。現に、前の冬にこの家を訪ねて来た者は一人もいない。

 それが、昨夜に続けて二晩連続での来訪者を告げるノック音に警戒せずには居られない。

 前回の後悔を踏まえれば、この来訪者を取り合わないのが最善に思えるのは仕方がないことだと思う。



 トントン。



 再びのノック音に、不在を決め込むことにした私は息を殺して木戸を窺う。

 

 トントン。


 規則正しく三回目の呼びかけが響く。

 そして四回目の……、


 トント――ドドドドドドドド!!


 正しいノックにかぶさる様に聞き覚えのあるノック音が木戸を揺らして、私は立ち上がった。

 二度あることは三度あるとはよく言うけれど、一度あることは二度あるっていうのもある。

それはつまり、良くないことは続けて起こるものなのだということで、その言葉を私はひしひしと実感させられていた。

 

 

 

 

 


 

「従者……ですか?」

「ええ。騎士に付き従って身の回りの用を足すものを従者といいまして、まずは、その従者の見習いという形になります」

「はぁ……」

「まずは見習として勤めていただいて、従者へ。その従者から、さらに騎士や側近を目指すことも可能です」


 なぜ、こんなことに?


 困惑する私の目の前には、柔和に微笑む一人の青年。先程から丁寧に私への求人活動をしている。

 テーブルを挟んで正面に座る彼から視線を逸らせば、ストーブ前の私のお気に入りの一人掛けに座るのは、あの白騎士。

 会話には参加しないようで、こちらには背を向けている。

 

 白騎士と一緒に現れた適切なノックの主は、白騎士と同じ年頃の青年だった。

 彼も騎士の姿をしていたが白騎士のような白基調の衣装ではなく、深緑色の白騎士に比べたら控え目な騎士装束だった。


 騎士の選出法方がどんなものかは知らないけれど、間違いなく容姿も大きく関わっていると思わざるを得ない。 

 なぜならこの騎士も、白騎士に負けず劣らずの美青年なのだ。

 少し長めの髪は珈琲色。薄い茶系の瞳は蜂蜜色にも見えて、騎士の雰囲気をますます柔らかくさせている。

 騎士装束を着ていないければ、とても剣を扱う職業に就く人には見えない。

 まさに優男を絵に書いたような人だ。

 そんな優しげな騎士は、入口の木戸できちんと礼をして名乗った。


「夜分の訪問で申し訳ない。私はアルトフロヴァル・ラズールと申します。少々お話をしたいのですが?」


こちらの人たちの名前の長さとその覚えにくさには、いまだに慣れない。一度聞いただけではすんなりと覚えられないのは、私のお国柄ではしかたがないと思う。


それにしても、アル…なんとかラズールさん。……名前はやっぱり一度で理解できない。

 ラズールさんの丁寧な物腰は、とてもあの白騎士の連れとは思えないものだった。




 説明を終えたのか、ラズールさんはニコリと微笑んだ。


「不安に思う点もあるかもしれませんが、私も手助けいたしますし、大丈夫ですよ」


 大丈夫ですよ?

 どうやら、ろくな反応を見せない私は、従者見習が務まるかどうか不安になっていると、解釈されたようだ。

 いやいや違います。

 その、従者見習とやらに就業することに対する不安ではありません。そもそも、そんなものを引き受けるつもりはないのだから。

 従者とは、騎士の専属召し使いと言うことですよね。

 それなら、昨夜一晩だけで十分に懲り懲りです。


 不安というか、不穏なのは、なぜ突然こんな事態になっているかということで。

 本来ならば冬が始まったこの森に出入りする者はいなくて、私は雪解けまでの数か月を一人静かに淡々と過ごしていくのに。

 なのに、昨日に続き今日も訪れた来訪者がそれをさせてくれない。


 とにかくここは、穏便に話を終わらせてお引き取り頂いて、明日からこそ冬の静寂生活を取り戻さなくては。


「あの、有難いお話のようですが、私はここの留守を任されていますので、従者見習のお話はお受けできません」


 慎重に言葉を選んで、丁重にお断りをする。

 そのままちらりとラズールさんを伺えば、微笑みが固まっている。


「シュテフ……。どういうことなのですか?話が違うではありませんか」


 先ほどとは打って変わった冷えた声を出して、ラズールさんは白騎士を睨んだ。

 あれ?優男の雰囲気が打ち消えている。

 呼ばれた白騎士は、組んでいた長い足を解くと手にしていたカップを置いて立ち上がった。

 一応来客ということで、騎士たちにはお茶をお出しした。もちろん紅茶ではない。フフ茶だ。


「どうもこうも、そいつの意向など必要ないだろう。俺がそう望んだのだから、これは決定事項だ」

「またそのような無茶を……」


 呆れた声を出すラズールさんの前で、私は呆れすぎて声も出なかった。

 この白いのは、なにを言っているのだろう?

 

「私はシュテフの従者に是非ともなりたいと懇願する者がいる。と聞いてきたのですが、どうやら違うようですね?」


 こちらに向き直ったラズールさんに、私はぶんぶんと頷く。

 懇願?いつ誰がそのようなことをしたというのだ。

 


「しかし、困りましたね。すでに前の従者に暇をだしてしまったんですよ」

「いとま……?」

「シュテフが今朝戻ると早々に、前の従者の任を解いてしまいましてね。すでに後任を見つけてあるといってたので、止めなかったのですが……」


いとま……。任を解く……。

ああ、解雇したということだ。

……ええええっ!?


「あ、あの、私はするつもりありませんから。従者なんて!!」

「俺の従者になることを不服とするのか?」


 取り繕いをしないままの私の発言に、白騎士の眉が釣り上ったようだ。

 

「いえいえ違います。……お話は大変光栄なのですが、私はこの家の留守を主より任されておりますので、その役目を放棄してお話しを受けるようなことは出来かねます。勿体ないお話ですが、謹んでお断りいたします」


 それではと、礼儀正しくお断りをしてみても、どうやら白騎士の機嫌はすっかり損なわれてしまった。


「なんだその感情のこもらぬ言い様は。この俺が直々に召し上げると言っている――」

「こちらは確かソニアヴィニベルナーラ・スマラクトさんのお宅ですよね。つまり、あなたのいう主というのは、天気読みの彼女ですか?」


 苛立った白騎士をあしらう様に遮ったラズールさんに、私は頷く。

 

「はい。そうです」

「留守番ということでしたが、それは雪解けの頃までですか?」


私は再び頷いた。


「では、彼女が雪が溶けても戻らない場合、どうなるのでしょうか?」



 突然の不穏な問いかけに、私はすぐに返答できなかった。

 そんなこと考えたこともなかったのだ。



「……戻らないということはありません。森の雪が溶けたら、村に迎えに行くことになっていますから」


 束の間の沈黙後の返答に、ラズールさんは首を横に振った。


「彼女は今、村にはいません。しばらく村にもこちらへも戻れないでしょう。ソニアヴィニベルナーラ・スマラクトは先ほど王都へ向かいましたので」






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