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29.5

 不愉快そうに遠慮も無く眉を顰める男と、口角だけはきちんと上げながらも極寒の眼差しの男、そんな男二人を代わる代わる愉快そうに見る薄笑いの男。


 大広間を彩る優しく優雅な弦楽器の調べも、残念ながらこの男たちの間には届かない様子だ。

 加えて醸し出す雰囲気の剣呑さに、彼らの周囲からは自然と人が距離を取っている。



 小柄な魔法使いに連れられたクヴェルミクスは、目的地である大広間の中央にたどり着く前に図らずも遭遇した。

 金色の髪に青い目の、国の第四王子であり白騎士団の団長のシュテファンジグベルト。

 そしてその王子の傍らに居ることを常とする、柔和な蜂蜜色の瞳を持つ宰相家ラズールの息子、アルトフロヴァル。


 面倒事を避けたい小柄な魔法使いの制止をあっさりと無視して、クヴェルミクスは自ら己を嫌うことを隠さない二人の前へ立った。

 騎士二人には、特にアルトフロヴァルからは蛇蠍のごとく嫌われているにも拘らず、クヴェルミクスは彼等に対峙することをどちらかというと好んでいた。


「この度は、クラリッサフローレット姫の成人、お祝い申し上げます」


 取って付けたようなクヴェルミクスの挨拶に、シュテファンジグベルトとアルトフロヴァルの纏う空気が一段と悪くなる。

 それを察知して、小柄な魔法使いが白々しくも口を挟む。


「こ、これは、これは、シュテファンジグベルト様にアルトフロヴァル殿。おそろいで。この度の成人の儀、魔法塔からも心よりお祝いを――」


 あえてヘラヘラと大げさな笑顔で話す小柄な魔法使いは、魔法塔では珍しい性質の魔法使いだった。

 個人主義で調教性に欠ける魔法使いが多い中、彼は細事に気を配り人の顔色を気に出来る男だったのだ。それが災いしてか、奔放すぎる魔法塔の長クヴェルミクスの補佐を、押し付けられ務めている。

 小柄な魔法使いは、この場もどうにか早々に仕舞いにしたいという考えが見え見えなのだが、残念なことに彼の台詞は虚しく消えていく。

 表面は笑っていながらも、内では微塵も笑っていないアルトフロヴァルが口を開く。


「珍しいですね。こういった場に顔を出すのは、久しぶりなのでは?」

「うーん。本当は、出たくないんだけどね。今夜は絶対出てくれなきゃ困るって言われてねぇ」

「ク、クヴェルミクス様!!」


 あけすけな物言いに、小柄な魔法使いが笑顔を引き攣らせる。彼は一刻も早く、クヴェルミクスをこの場から立ち去らせたくて仕方なかった。

 冷汗をかく小柄な魔法使いを労わる様に、アルトフロヴァルは優しく言う。


「魔法塔も大変ですね。まったく、実力主義も考え物ですね」

「はぁ。その……」


 口ごもる小柄な魔法使いは、居心地も悪そうにそわそわとしだす。

 勿論、そんな彼の様子など欠片も気に掛けることも無く、クヴェルミクスは口の端を上げた。


「僕も面倒な役職はご免なんだけど、仕方ないよね。今の魔法塔には、僕より力のある魔法使いが居ないからさぁ。お城の方も実力主義にしてしまえばいいのにね? そうしたら、いろいろと面倒事が減ると思うんだけどなぁ」


 クヴェルミクススの二人の騎士への揶揄とも取れる言い草に、小柄な魔法使いは慌てた。


 完全な実力主義で権力構図が描かれる魔法塔とは違い、城は様々な要素で権力図が構成されている。

 それは家柄であったり、政における駆引きに立場と、煩雑で複雑に作り上げられる。

 第四王子のシュテファンジグベルトも、宰相家三男のアルトフロヴァルも、生まれ落ちた位置より上に行くことは叶わない。

 ある程度の地位は約束されているが、それ以下にも以上にもなることは出来ないのだ。


 小柄な魔法使いは、クヴェルミクスをこの場から引き離そうと躍起になる。

 これ以上、城の有力者である二人の騎士に魔法塔の心象を悪くされるのは頂けない。


「は、ははは。ほんとに、なんというか。さ、クヴェルミクス様、陛下と姫にご挨拶に参りましょう。お連れをお待たせしては忍びないでしょう」


 小柄な魔法使いの言葉に、騎士二人がぴくりと表情を変える。


「連れ?」


 冷やかなアルトフロヴァルの声に、それまで沈黙していたシュテファンジグベルトも口を開く。


「ほう? 晩餐会に相手を伴っているのか?」

「……どんな方なんですか?」


 騎士二人が問うた先は、クヴェルミクスでは無く、小柄な魔法使いだった。

 突然に矛先が自分に向けられたことに、小柄な魔法使いは慌てた。


「いえ、あの、可愛らしいかたでしたよ。黒髪の……」


 小柄な魔法使いがオドオドと口にした言葉に、騎士二人の表情は明らかに変わった。


「黒髪の? それは、珍しい。クヴェルミクス殿のお連れは女性なのですか?」


 問い詰められているかの様な眼差しに、小柄な魔法使いはオロオロと答えてしまう。


「え、え、ええ。じょ、女性です」


 それを聞くや否や、シュテファンジグベルトの鋭い声が小柄な魔法使いを刺す。


「どこにいる?」

「え?」

「その黒髪の娘とやらだ。案内しろ」


 一歩二歩と自分に詰めよるシュテファンジグベルトに、小柄な魔法使いは後退りながらクヴェルミクスを見る。

 その時点で、どうやら失言をした自分に彼は気が付いた。


「い、いや、その、クヴェルミクス様?」


 クヴェルミクスは僅かに顔を顰めるも、すぐに楽しそうにシュテファンジグベルトとアルトフロヴァルの様子を見た。

 にやりと笑うと、困惑する小柄な魔法使いへ声を掛ける。


「はぁぁ。思ったより早く、知れてしまったなぁ。まぁいいよ、案内してあげて。僕はここで、少しアルトフロヴァルと話してるからさ」


 小柄な魔法使いは訳も分からぬまま頷くと、白騎士を伴いせかせかとテラスへと戻る。

 随分と不機嫌そうに見えるシュテファンジグベルトの背中を見送りながら、アルトフロヴァルは口を開く。

 その顔にはもう、笑みの類は一切なかった。


「ユズコを、ここに連れてきているのですか?」


 アルトフロヴァルの冷えた声音に、クヴェルミクスは微笑む。


「叱らないであげてよ。僕が無理強いしたんだから」


 変わらず軽い調子で答えるクヴェルミクスに、アルトフロヴァルは微かに眉を寄せる。


「魔法使いに従者は必要ないでしょう」

「従者? 違うよ。そんな無粋な格好で、ここに連れてくるとでも思っているの?」


 クヴェルミクスの言わんとすることを察して、アルトフロヴァルの眉根はさらに寄せられた。

 それを見て、クヴェルミクスは笑みを深めてうっとりと口を開く。


「自分だけだと思っていたんでしょう?」


 クヴェルミクスの言葉に、アルトフロヴァルは表情を変えなかった。

 何の感情も見せない、ただ優しげな作りの整った顔をクヴェルミクスに向け、ゆっくりと口を開く。


「……なにがですか?」

「おかしいと思ったんだよね。アルトフロヴァルが、こんなに執着するなんて。確かに毛色の変わった子ではあったけどね……」


 クヴェルミクスは、その美しい二色の瞳を細めた。

 誰に聞かれるわけでもないが、クヴェルミクスは囁く様に言った。



「可愛い女の子だよね」



 アルトフロヴァルの耳に、その言葉は間違いなく入った。

 けれど彼は何の反応を見せず、静かにクヴェルミクスを見つめる。

 アルトフロヴァルの様子に、クヴェルミクスは嬉々と話す。


「今夜はドレスを着せてあげたんだけど、なかなか似合っていたよ。僕の横に立たせても遜色ないくらいにね。アルトフロヴァルの見立ての従者の衣装も悪くは無いけどねぇ。……それで、あの子をいつまで男の子のふりをさせておくのかな?」

「関係無いでしょう。あなたには」


 酷薄に、アルトフロヴァルは笑った。

 彼の本性を垣間見せたその笑みに、クヴェルミクスは楽しそうに会話を続ける。


「ひどい言い草だなぁ。僕なしでは、あの子はここで出歩くことも出来なくなるよ」

「なにが、言いたいのですか?」

「君達の所に置いておくにはさ、あの状態は都合がいいだろうね。でも、僕の傍らに置くのなら、本来の姿にしておいてあげられるんだけどな」

「どんな名目で傍に置くというのですか? 研究対象だとでも?」

「まぁ、研究対象としてでもいいんだけどね。僕は君達より自由が利くからね、単純にお気に入りの女の子として傍に置くことも出来るよね」

「馬鹿げたことを」

「そうかな?」


 アルトフロヴァルの蜂蜜色の瞳には苛立ちが見えた。しかしその苛立ちは、綺麗に仕舞い込まれた。


「一つ尋ねますが、ユズコが戻る手立ては見つかりそうですか?」

「……もしもさ、見つかったとしたら、アルトフロヴァルはあの子を手放すかい?」

「……」


 アルトフロヴァルはそれには答えなかった。

 クヴェルミクスは嬉しそうにクツクツと笑った。


「君は怖い男だねぇ」

「その台詞、そのままお返ししますよ」


 大広間の端から、小柄な魔法使いがクヴェルミクスの元へ戻ってくる。

 急ぎ戻って来た彼は、アルトフロヴァルとクヴェルミクスの間の険悪な空気に頬を引き攣らせた。


「さて、ご挨拶に伺ってくるよ。早く戻ってあげないと、不安がるだろうし。今夜のあの子の所有権は僕に在るからね。連れて帰ったらダメだよ」


 小柄な魔法使いに促される前に、クヴェルミクスはそう言うと歩き始める。

 彼の長い銀髪に飾られた髪飾りがしゃらりと音を立てて、その音にアルトフロヴァルは眉を寄せた。



 クヴェルミクスがその場を離れると、アルトフロヴァルはすぐに踵を返した。

 シュテファンジグベルトと、彼らの見習い従者が居るであろう場所に向かって進む。

 それは、晩餐会場においての移動速度としては、いささか速過ぎるものだった。



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