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私が暮らすソニアの家は、スノーツリーの森にある唯一の建物だ。
その外観は、いわゆるログハウス風の一階建て一軒家。森のただ中にあるけれど清潔なバストイレキッチン完備。
台所と居間が一続きになった広間を家の中心にして、その壁に浴室や地下倉庫、ソニアの自室などへ続く扉がいくつか並んでいる。
私は、梁に掛けた梯子で上がったところの屋根裏を使わせてもらっている。
もともとソニアが冬以外の季節をここで暮らすために建てた一人住まい用の家に余分な部屋は無く、屋根裏は物置きに使われていた。
ソニアは自分も高齢なので梯子の上り下りはしたくないし、しまい込んでおくような物も特には無いからと、快く屋根裏を私の寝室へ宛がってくれた。
ささやかながらも自分だけの空間は、心も体も十分に休まって、ありがたかった。
かなりな長風呂を終えて浴室から出てきた白騎士はガウンを着ていた。
それはソニアのガウンで、もちろんサイズが合っていない。袖は足りていないし、膝も丸出しの丈足らずになっている。足元もソニアの室内履きで、なんとも奇妙な湯上り姿だった。
それにしても、人さまの衣類を勝手に着用するのはいかがなものかと抗議したいところだ。だけど着てしまったものを今さら脱げと言って、ひと揉めするのも億劫に感じた私は黙って食事の支度をしたのだった。
テーブルには湯気を上げる根菜とベーコンのスープとパン。
固めに焼かれた茶色のパンは、こちらでは一般的な主食にあたるもので腹持ちもよく日持ちもする。スープは、村に行く前にソニアが作ってくれたものだから味は問題ない。むしろ、かなり美味しいと思う。
それなのに、白騎士様は一体何がご不満なのでしょうか。
騎士の彼にしてみれば、質素すぎる食事内容なのかもしれないけれど。味も悪くないし、量も少なくないはずだ。
むすりとしたまま、食事をする白騎士の正面で私も食事をしている。
あまりにも居心地が悪く、食事を味わえない。こんなことなら、タイミングをずらして食事をすれば良かったと後悔しながらパンをちぎり、白騎士を窺い見てみる。
態度は最悪の白騎士だけど、食事作法は悪くはなかった。スプーンの使い方一つとってみても優美に見える。育ちの良さを感じる。
そもそも、見た目だけでも十分にそれは感じることができる。
騎士ゆえなのか引き締まり鍛えられた身体は長身で、金髪の髪に意志の強そうな整った顔立ちは、明るいブルーの瞳が美形に拍車を掛けている。
美目麗しき白騎士様。
今は、つんつるてんなガウン姿だけど、それを引いてもまだ余る美形具合なのが悔しい。
これで中身も騎士らしく礼儀正しかったら、さし向いで食事などドギマギしていたと思う。それはそれで、食事を味わえない。ということは、白騎士が嫌な奴でも素敵な人でも、気まずい食事時間になることは変わらないことのなのかも。それなら、嫌な奴美形との方が食事はしやすいかもしれない。素敵美形だった場合、私も女子として緊張して食べるものも食べれない感じになりそうだしなぁ。
「おい」
すっかり食事の手が止まっていた私に、白騎士が怪訝そうにしている。
見れば、白騎士は食事を終えていた。
「はい。……おかわりですか?」
「いや、食事はもういい。あればワインが欲しいところだが、無さそうだしな。少し早いが休むことにする。寝室はどこだ?」
「そうですか。ワインはありませんので、すみません」
ワインならソニアの晩酌用のものが地下の食糧庫に数本あるけれど、もちろん出すつもりはないので無いことにしておこう。フフ茶で十分だ。
寝室も無い。来客もほぼ皆無のこの家に、客室など存在しない。……え?寝室?
「寝室って!?泊まるつもりですか?」
嫌そうな声が出てしまったのは仕方がない。だいぶ嫌なのだから。
睨まれているけど、仕方がない。
「えーと。ノト村には行かれないのですか?天気読みを探してましたよね?」
「この雪の中を出歩くつもりはない」
「でも、あの、魔法を。……移動魔法を使えますよね。それで、ぱぱって、村まで行けるじゃないですか。村に行けば、宿屋もありますよ」
「……俺には休息が必要だ」
「あの、この家には客室なんてありませんし。騎士様に提供できる寝床になりそうなところは……」
お風呂を使われた時点で、嫌な感じはしていたけど。
していたけど、できればお引き取り願いたくて、シドロモドロと食い下がる私に、白騎士の眉間の皺が深くなるのが分かる。
「俺には休憩が必要だと言ったが、聞こえなかったのか?」
苛立ちをにじませた低い声の白騎士を見れない。どうやら、たいへんにご立腹の様子だ。
全て当然のように思うがまま行動する白騎士と、これ以上の会話は無駄だと私は諦めてため息をつく。
「わかりました。どうぞ、お泊まりください。でも、本当に客室はありませんから。……あの長椅子でよろしければ」
私は居間部分に置かれている長椅子を指し示す。
「俺に、あのような小さく粗末な椅子で寝ろと?」
やっぱり、お気に召さなかったようだ。
確かに、白騎士の身長だと窮屈かもしれない。でもストーブもあるし、毛布も出すから一晩くらい我慢してくれてもいいのでは?突然押し掛けてきて、無理やり泊まろうとしているんだから。と思うが、もちろんそれは言えず私は黙った。
白騎士は黙った私と長椅子、そして部屋を見回してからため息をついて言った。
「お前はどこで寝るのだ?」
「この上です。屋根裏に部屋があるのでそこで」
「屋根裏……。ベッドはあるのか?」
もちろんベッドはある。ソニアが用意してくれた。
「はい。あります」
「ならば、雪の中難儀して訪れた客人にベッドを譲るべきだろう。それにお前のサイズならその椅子で十分だろう」
なんでしょうか、この無茶苦茶な言い様は。普通こんな時は、どちらも長椅子で寝ると言ってベッドを譲り合うのではなかったっけ。なぜ、当たり前のようにベッドを使おうとするのでしょうか。この白騎士の騎士道精神は、どうなっているのだろうか。騎士道精神ってものを全く知らない私でも疑問を感じる。
でもこの場合、私もベッドを勧めていない時点でダメなのかな。
返答しない私には構わず、白騎士はさっさと梯子へ向かってしまう。
どうやら、白騎士の中で屋根裏のベッドを使うことは決定したようだ。
「わかりました。わかりましたから、少し待ってください。上を片付けます」
屋根裏とはいえ、女子の部屋にずかずかと入られては困る。
と言っても、屋根裏にはベッドと物入れにしている木箱が数個あるだけで特に散らかしている訳ではない。けれど、気持の問題で大切な気がする。
食事を中断した私は、屋根裏へ上がった。白騎士は、下でとりあえず大人しくしてくれているようだ。
ここに自分以外の誰かが入るとは、思いもしなかった。
寝具を新しいものに替え、簡単に部屋を整えると、木箱から袋を一つ持ちだして私は梯子を下りた。
「支度ができましたので、どうぞ」
白騎士はテーブルでフフ茶を飲んでいたようだ。
当然とばかりに頷いた白騎士は、脇に置いていた剣を手に梯子を上がって行った。
私はすっかり冷めてしまった夕食の続きを取ろうと、テーブルへ戻った。
スプーンを手にしたところで、頭上から白騎士の声がかかる。
「浴室に置いたものは整えておけ。明日使うからな」
天井を見上げれば、屋根裏から顔を出した白騎士がこちらを見下ろしている。
そして、私の返答を待たずに白騎士は続けた。
「ところで、ソレを外さないのはなにか理由があるのか?」
びくり、と私の肩が揺れたのに白騎士は気が付いたかもしれない。
今の今まで尋ねられなかったので、訊かれずに済むと油断していた。
ソレとは、私が騎士を迎えた時から室内にもかかわらず目深に被り続けているフードのことだった。
私は、なるべく平静な声を出して答える。
「これは……癖みたいなものです……。このような森の奥に暮らしていて、人見知りがちなもので。こうしていないと落ち着かないので……。その、失礼だとは思いますがご容赦ください」
なるべく平静な声で告げることはできた。もちろん真実ではない。
屋根裏の白騎士の視線がフードに注がれるのが分かるが、私は顔を伏せたままでいた。
「そうか。まあ、いいだろう」
そう言うと白騎士の顔は屋根裏へ消えて、私は強張っていた身体の力を抜いた。
ところで、浴室に置いたものってなんだろう?