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 パレードの先頭は白騎士率いる白騎士団だった。

 団長の白騎士シュテファンジグベルト様を先頭に、白い騎士装束の凛々しい騎士達が沿道の歓声に包まれ進む。


 テラスから通りを見下ろせば、視界を遮るものが何もなく、ここからはとてもよくパレードの様子が見える。

 クヴェルミクスに少しだけ感謝した。

 見れば、通りは人混みでぎゅうぎゅうにごった返している。あの様子では、通りで見物していたら前の人の頭しか見えなかったと思う。


 見物人の女性から、引っ切り無しに黄色い歓声が上がる。

 その歓声を受ける白騎士は、ほぼ無表情に顔を整えて、ただただ真直ぐに前を見据えていた。

 白騎士の後ろに続く騎士達は、白騎士より幾分砕けた感じに口元を綻ばせ歓声に手を振る人もいた。


 白騎士も、もう少し愛想良くしてもいいのでは? と、余計な心配をしてしまうが、それは本当に余計な心配のようだった。

 無愛想な白騎士の様子は恒例なのか、沿道からは怯むことなく甲高い歓声が上がり続けている。


 当然ながら、白騎士は私の視線に気が付かない。

 冬の陽光を受けて光る白騎士の金髪と、騎士装束に散りばめられた青い石が光るのを見送る。


 白騎士団が通り過ぎると、次はアルトさんが所属する理知の騎士団がやってくる。

 深緑の騎士装束に身を包んだ騎士達は、言われてみれば剣よりペンのタイプの人が多そうだ。

 こちらの騎士団の団長は壮齢の男性だった。

 その後ろに続く騎士達の中に、アルトさんを見つける。

 にこやかに沿道に笑顔を配っていたアルトさんは、聡明そうな深緑色の騎士団の中でも群を抜いて賢そうだし、美形具合も際立っていた。

 身内の贔屓目無しでも、そう見える。

 白騎士同様、アルトさんに向けても沿道から女子たちの歓声が上がる。

 アルトさんは白騎士とは対照的に、その声に愛想良く微笑みを返している。

 その様子を大人しく眺めていた私を、不意にアルトさんの視線が捕えた。

 ぎくりと身がすくむけど、隠れるには遅かった。


 しっかりとこちらを見たアルトさんの蜂蜜色の瞳に不穏な色が現れる。


 張り付けたままの笑顔で、『なぜそこに?』と瞳が問いかける。

 固まった私から視線を逸らさずに、アルトさんは一層深く微笑む。

『訳は帰ってから聞きましょう』そう目だけで言って聞かされれば、私はコクコクと頷くほかない。

 それを確認したアルトさんは、視線を解くと再び沿道の歓声へ向き直る。


 テラスの鉄柵から身を離すと、緊張をほぐすために、紅茶を一口頂く。


 怒られるかもしれないなぁ。

 アルトさんなのに、笑顔なのに、随分と背筋が凍ってしまった。


「おぉ、いらっしゃいましたぞ」


 お爺さんの声に、私は再び通りに視線を戻す。

 やって来たのは、馬に引かれた豪奢な山車たち。

 中でも先頭の一台には、何度も目を瞬かせた。

 白馬に引かれてやって来た一台目は、金の車輪に真っ白な山車。その本体には赤く咲き誇る蔦薔薇が飾られている。

 山車が進むのに合わせて、魔法なのだろう、赤いバラの花弁が沿道へと降り注ぐ。花弁は地面にたどり着く直前に、ふわりと消えていく。

 私から見ると決して趣味が良いとは言い難い過剰装飾な山車も、沿道からは大歓迎を受けている。


 恐ろしい程に目立つアレに、乗せられかけていたのかと思うと、血の気が引いた。


 そんな薔薇だらけの山車に、一人悠然と佇むのは、銀髪の魔法使い。

 何時もより数段長い丈の漆黒のローブは、パレード仕様のものなのだろう。

 ローブに散りばめられた、細かな石が七色に光る。

 久しぶりに陽の下で見るクヴェルミクスの姿は、いつもの不健康さと不健全さを綺麗に隠し去り、優美な仕草と美貌で沿道を魅了していた。


 薄笑いを湛えて沿道を眺めていたクヴェルミクスがこちらを見る。

 ここにいることを知っているのだから、驚くことではないのだけど、アルトさんの時と同様にギクリと身体が強張った。

 しっかりとこちらを見つめたクヴェルミクスは、艶然と微笑み片目をつぶる。手まで振ってくる。

 隣のお爺さんも、クヴェルミクスの様子に気が付いたようだ。

 他の見物客に気づかれる前に、私は隠れるように椅子へと腰を下ろした。

 すると、音も無く一輪の薔薇が私の膝に落ちる。

 お爺さんが息を呑む。

 薔薇は二色の花弁を持っていた。紫色に薔薇色。クヴェルミクスの瞳の色だ。


「そういえば、クヴェルミクスさまが先日ご所望された手引書……。お相手あってのことでしたとは……」


 誰に言うともなく呟いたお爺さんのひとり言は、ばっちり私の耳にも届いた。


 クヴェルミクスは恥ずかしげも無く、あんな邪な本をこのお爺さんに注文していたようで、もちろんお爺さんは本の内容をご存じだし、そうなると本の実践相手が私なのかと合点が行ったわけで……。


 居た堪れないとは、こういう状況のことを言うのだろう。

 私は首を激しく横に振り、紅茶を飲み干した。


 クヴェルミクスの乗る山車にはもう視線を向けず、私は少し身を引いて、後に続く魔法使いたちが乗る山車を眺める。

 一人乗りはクヴェルミクスだけで、後の山車には数人ずつ魔法使いたちが乗っている。

 ちなみに薔薇でごてごてと飾られているのも、クヴェルミクスの山車だけだった。


 魔法使いたちを見送ると、続いて赤騎士団、青騎士団が通る。

 最後に楽団が通り、パレードは通り過ぎていく。

 下からは満足そうなざわめきと、人々の移動する音が聞こえてくる。

 パレード見物が終わると、人の波は露店の集まる通りへと動き出す。


 私はお爺さんの進める二杯目の紅茶を丁重に辞退して、本屋を後にした。

 紅茶は二杯目も飲みたかったけれど、お爺さんの好奇心の見え隠れする視線に耐えられなかった。

 お礼代わりになるかは分からなかったけど、あの薔薇はお爺さんに差し上げてきた。



 人波に逆らわずに通りを進めば、露天の立ち並ぶ一角へと出る。

 食べ物の匂いに呼び込む声、それらを楽しむ人の声が賑やかに通りを満たす。

 並ぶ露店を横目に、私は目的の場所へ向かう。

 一段多い人垣の向こうに、それはあった。


 王都の老舗菓子屋が、聖誕祭の初日だけ露天販売をするお菓子。


 それが、白騎士のご所望の一品だ。

 この為に、パレードの日に街での見物が許されたに等しい。

 聖誕祭初日に限定販売、もちろん数量限定、売切れ御免。という、なかなかに貴重な菓子は、やっぱりかなりの争奪戦が繰り広げられているようで、お菓子屋さんの露店の前は押し合う人垣が増える一方だった。


 熱気を上げる人垣に足がすくむ。

 生憎、こういう場で上手く買い物できた経験が無い。けれど、買わずに帰ることは出来ない。


 意を決して、人垣に身を投じる。

 混乱の人垣の中で、前へと進もうとするも、程なくぺいっと人垣から弾き出されてしまう。

 これは、不味い。

 地面に座り込んだまま考える。

 どうやら人垣の中に居るだけでは、順番は回ってこないようだ。

 もっと強引に突入しなければ、いつまでたってもお菓子は買えない。買えないどころか、その姿も拝めそうもない。

 そうなると……。

 白騎士の壮絶に不機嫌そうな顔が頭をよぎる。


 よし。今度こそ。と、気合いも新たに立ち上がろうとした私の両脇が持ち上げられた。

 地面から立ち上がらされる。

 混乱極める人垣のそばとは言え、往来で座り込んでは邪魔になったようだ。


「すみません」


 頭を下げてから視線を上げると、見覚えのある人に見下ろされていた。

 先日、街でぶつかってしまった赤毛の人だ。

 奇遇なことに、この人には一度ならず二度も、地面から立ち上がらせてもらったことになる。


「あれを買いたいのか?」


 相変わらず不精髭の目立つ顎で、赤毛の人は人垣の向こうの露店を示した。


「そうですけど……?」


 私の返事を聞き、『そうか』と頷くと、赤毛の人はずんずんと人垣へ進行していった。

 かなり背が高いからか、人垣からは頭一つ分出た癖毛の赤毛が順調に前へと進むのが見える。

 程なくして、人垣から戻った赤毛の人の手には紙包みが乗っていた。

 やや唖然と、一連の赤毛の人の行動を見つめていた私に、それは差し出された。


「ほら。これが、買いたかったんだろう?」


 赤毛の人に言われて、私は何度も頷いた。

 これは、買ってきてくれたということだろうか?


「俺は別に菓子は食わないからな、遠慮するな」


 見ず知らずということも手伝って、受け取りかねていた私に赤毛の人が言う。

 私はもう一度頷いた。


「ありがとうございます。あの、ありがたく頂戴します。あ、でも、ちゃんとお代は払いますから」


 私が巾着から代金を取り出すと、赤毛の人はそれを受け取った。

 手渡された紙包みは、ズシリと重かった。

 これで白騎士のパレードの気苦労も、少しは労われることだろう。


「助かりました。これ、お使いだったんで、買えないと叱られるところでした」


 紙包みをしっかりと持つと、赤毛の人に再度頭を下げる。

 彼の背後では、まだこのお菓子を巡る人垣が押し合っていた。


「では、失礼します」


 そう言って私は、その場を離れた。

 城に戻るまでにあと何品か、白騎士のリストのお菓子を買っておくために。


 ふと振り返ると、赤毛の人に見送られていた。

 その瞳に会釈を返して、気になりつつも私は先に進んだ。


 深紅の瞳は、じっとこちらを見ていた。



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