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 いよいよ聖誕祭が差し迫り、城内は連日ざわついた雰囲気になってきた。

 白騎士とアルトさんも連日の会議と、パレードの準備と忙しく部屋を空けていることが多い。


 今朝も騎士たちは、パレードの打ち合わせに出かけてしまった。

 ただ街を練り歩くだけでも、いろいろな準備が必要なものらしい。

 今日は午後から白騎士の部屋に、パレード用の衣装やらが次々と届けられるそうで、私の仕事はそれをきちんと受け取るよう命ぜられた。


 午後まで手持無沙汰に過ごすのかぁ。などと思っていたところ、クヴェルミクスからの使いのメイドさんがやって来た。

 先日片付けでまとめた、図書館所蔵の本と巻物を返却に行って欲しいとの伝言を受け取る。

 パレードの準備で、魔法使いたちも忙しくしているのだろうか。

 まぁ、忙しくなくても、なんとなくクヴェルミクスが自ら片付けをするとは思えない。


 持てあましていた午前中だったので断る理由も無く、私はクヴェルミクスの部屋に向かった。


 明るい時間に魔法塔に入るのは初めてだった。

 私がここを訪れる時には、人気も無く静かすぎる場所だけど、さすがに日中には行き交う人がいる。

 クヴェルミクスの部屋にたどり着くまでに、数人の魔法使いとすれ違った。

 ローブを纏った魔法使いたちは、みんな忙しそうにしていた。

 廊下の端に寄って頭を下げるどこぞの従者なぞ、目に入らない様子だ。


 最奥の部屋の扉を叩く。

 何時もの様に軽い返事が聞こえるかと思ったけれど、部屋の中から反応は無かった。


「どうしようかな……」


 少し扉の前で考えてから、部屋に入った。

 どうやらクヴェルミクスは居ないらしく、部屋の中は無人だった。

 入ってすぐの所に、うず高く本と巻物が積まれた台車が置かれている。

 これを図書館に持って行けばいいようだ。


 ……ところで、図書館はどこにあるのかな。


 城内で私が出入りしているところといえば、白騎士の部屋周りに、騎士の訓練場に食堂、そして魔法塔。

 広大な上に入り組んだ城内のほんの一部でしかない。

 自分の行動範囲に、図書館の様なものの見覚えは無かった。


 とりあえず、重い台車を押して魔法塔から出る。

 ぐらぐら揺れる本の山を押さえ込みながら遅々と進むうちに、通りかかるメイドさんに声を掛けて図書館の場所を尋ねる。

 そんな行為を数回繰り返して、ようやく図書館が見えてきた。


 図書館は城内の端に独立した建物として建っていた。

 城の二階とか三階部分になくて良かったと思う。この台車で階段は上がれないから。

 けれど、図書館は緩やかな勾配の上にあった。

 油断するとじりじりと後退する台車を押しながら、図書館を目指す。

 こんな風に体を使っていると、働いている気がしてくる。


 息切れしながら図書館に入ると、静まりかえった空間に私の呼吸音が大きく響いた。


「なにかご用ですか――」


 入口に現れた男性は静かな声で問いかけ掛けて、口元を大げさに覆った。

 男性の視線は私の台車に釘付けになっている。


「あの……」

「あぁ!!やっと、帰ってきた!!」


 一際大きな声で叫ぶと、男性は台車ににじり寄った。

 積まれた本や巻物に顔を近づけて、何事かブツブツと呟いている。


「あのー、すみません」


 遠慮がちに呼びかけて、ようやく台車を押している物の存在に気が付いてくれたようだ。

 台車から離れると、男性はこちらに向き直った。

 白いシャツに若葉色のズボンと揃いのベスト姿の男性は、図書館の司書さんだった。


「おや、これは、失礼、失礼」

「クヴェルミクス様の使いで参りました。本の返却に……」

「ええ。そうでしょうとも。これらはまさしく、あの魔法使い様が図書館から強奪――、貸出しを受けていたものです。あまりにも長期間の貸出しに、何度も返却のお願いをしては無視されての繰り返しで。正直、諦めかけていたのですが……」


 心底嬉しそうに、悪い魔法使いから解放された書物を見つめている。

 そんな司書さんの後ろには、整然と並んだ書架が見えた。

 紙とインクの匂いに包まれた、静謐な空間。

 もともとそんなに本好きというわけではないけれど、圧倒的な書物の数に胸が高鳴る。

 これだけ数があれば、どこかに私の欲する物が在るのではないかと。


「あの、ここは私が利用することもできるのでしょうか?」


 司書さんに問いかけると、彼は頷いた。


「城で働いている者なら、誰でも利用できますよ。利用証を作ればね」

「利用証ですか?」

「あなたの直属の上司に、許可書を貰ってきてもらえれば作れますよ。……クヴェルミクス様ですか?」


 魔法使いの名を少し嫌そうに言うのを見て、私は首を振った。


「いえ。私は騎士の従者をしていますので」

「そうですか。それでは、あなたの仕える騎士の方から許可を頂くといいでしょう」


 そう言って司書さんは台車を押して奥に戻ると、一枚の紙を持ってきてくれた。


「これが許可書です」


 差し出された紙を受け取ると、私はお礼を言って図書館を出る。

 すっかり軽くなった体で、手にした許可書をはためかせながら、小走りに白騎士の部屋へと戻った。



 急ぎ戻った白騎士の部屋は、出た時と変わらずに静まりかえっていた。

 昼過ぎから荷物が届くとの事だったので、もう部屋を開けない方がいいだろうな。

 お昼ごはん……は、見送ることになりそうだ。箪笥のお菓子で凌ごう。


 そうこうしているうちに、届く届く。

 騎士の正装上下、装飾品、ブーツにマント、騎乗馬の装飾まで。二人分の荷物が届けられる。 

 衣装は皺にならないように、速やかに用意していた衣装掛けに吊るす。


 絢爛豪華。


 掛けられた衣装を見て、思わずため息が出る。感嘆の。

 白騎士のパレード用の正装は、普段の白い騎士服の何倍も煌びやかな物だった。

 もちろん白基調の衣装は、金糸で細やかな縁取りと装飾が施されている。

 アクセントに青い石の飾りが所々に配置され、光っていた。もしかしたら、宝石の類かもしれない。

 立ち襟の白いマントにも金糸で縁取りがされていて、裏地は目の覚めるような青だった。白騎士の瞳の色だ。

 白騎士ほどの華美さは無いけれど、アルトさんの騎士服もパレードらしく華やかな正装が用意されている。

 深緑色の騎士服は、鮮やかな朱色で縁取りと装飾がされていた。


 騎士服の他にも並べた装飾品を見ていると、パレードを見物したい気持ちが強まってくる。

 見れるかな? 聞いてみようかな?

 当日は忙しいだろうけど、私が出来ることはあまりなさそうだし。

 許可が出たら、クヴェルミクスにお店を教えて貰おうかな。

 いや、でも、魔法使いには借りを作らない方がいいのかな。


 国を挙げての一大イベントに、余所者の私まで浮足立ってきてしまう。


 部屋の扉がノックされる。

 また、何かが届いたようだ。




 騎士達が部屋に戻ってきたのは、夕暮れの頃だった。

 長い会議に疲れているのか、白騎士は部屋に並んだ正装を見ると深く溜息を吐いた。


「大丈夫ですね。全て、揃っています」


 戻って早々に、届けられた品物の確認を始めたアルトさんに言われて、私はホッとする。

 ホッとしたからなのか、私のお腹は空腹を訴えた。

 クークーと鳴き声を上げたお腹を押さえる私に、白騎士は呆れた視線を投げる。

 だって、お昼ごはんに行けてないんだから仕方ない。

 白騎士が嫌味を言う前に、アルトさんが口を開いた。


「そろそろ夕食ですね。ここはいいので、行ってきて構いませんよ」


 優しく微笑むアルトさんに、私は上着のポケットから四つ折りにした紙を取り出す。

 図書館の使用許可書だ。


「アルトさん。これ、書いてもらえませんか」


 広げた紙を差し出すと、アルトさんはそれを受け取る。


「これは、図書館の使用許可書ですか……。どうしてこれを?」


 アルトさんは少し怪訝そうにしたので、私は午前中にクヴェルミクスの指示で、借りっぱなしだった書物を図書館に返却しに行ったことを話した。

 クヴェルミクスの名を聞いたアルトさんの眉間に瞬間、皺が刻まれて消える。


「あの魔法使いがユズコに接するのは、四日ごとの夜間だけという筈でしたよね」


 微笑んではいるものの、アルトさんの機嫌が宜しくないことが伝わってきて私はたじろぐ。

 本当に、クヴェルミクスのことが嫌いなようだ。


「図書館で何をする気だ?」


 不意に白騎士が口を挟んだ。

 疲れて長椅子に座っていたはずなのに、わざわざ立ち上がってこちらに来て見下ろされる。

 やましいことは無いはずなのに、なぜか責められているような気になる。


「な、なにって。本を読みます」

「ここにも沢山あるが」


 言われて示されるのは、部屋の書棚だ。

 確かにここにも本は沢山あるけれど、私が求めているものは無い。


「いろいろと、調べたりしたいことがあるんです」

「戻る方法か?」

「そうです」

「ふん。そんなものが図書館にあるとは思えないがな」

「わからないです! 調べてみないと」


 馬鹿にするような白騎士の態度に、私の口調は強くなる。

 白騎士に何が分かるというのだろうか。

 口応えの様な私の返答に、白騎士は無言でこちらを見下ろす。

 嫌な感じで、部屋の空気が張りつめてしまう。


「まぁ、いいではないですか。はい、ユズコこれでいいでしょう」


 アルトさんの柔らかな声が、部屋の空気を解いた。

 いつの間に書いたのか、アルトさんのサインが入った許可書を私は受け取った。


「な! 俺は許可していないぞ!!」


 白騎士が苛立った声を上げるけれど、アルトさんは取り合わなかった。


「見つかるといいですね」

「はい。ありがとうございます」


 優しげなアルトさんの言葉に私は頷き、許可書をギュッと握った。

 そうして私は、白騎士の小言が始まる前に部屋を出る。

 足早に向かうのは図書館だ。

 またも許可書をはためかせながら、私は図書館へと向かった。



 午前中に会った司書さんに許可書を渡すと、簡単な手続きを経て、私はすんなりと図書館の中へと入れてもらえた。

 三階建ての図書館の、私が立ち入りを許されたのは一階部分のみだった。

 二階、三階の書架は閲覧は出来ないとのことで、私は出鼻をくじかれた気持ちになる。

 その閲覧できない部分にこそ、何かがありそうな気がする。

 ただ、私が入れない場所にはクヴェルミクスは入ることができるそうで、彼が長期間借りっぱなしだった書物はその部分の物ばかりだそうだ。

 それならその部分は、クヴェルミクスに任せる他ない。

 クヴェルミクスが素通りしている可能性が高い、一階のどこかに思わぬ発見がるかもしれないしと、私は勇んで書架の間を歩き始めた。


 とりあえず端から端まで歩いてみたけれど、ピンとくるところが見つけられないまま、私は書架巡り二週目に入る。

 一般向けの書架は、広く浅くといった感じで分類されている。

 国の歴史から、お料理レシピまでが揃う中で、どこの棚に的を絞ればいいのか分からない。


 勇んでいた気持が萎むと、空腹が辛くなってきた。

 私はすごすごと書架の列から出ると、入口にいる司書さんに声を掛けてから外へ出る。


 夜ご飯をしっかり食べて、ゆっくり考えよう。


 大きくついたため息は、冬の冷気に白くなった。

 食堂を目指して、私はとぼとぼと歩きだした。




 温かい夕食をたっぷり食べて、少し元気になった足取りで私は白騎士の部屋へと戻った。

 部屋にはアルトさんは居らず、白騎士が一人、書き物机に向かっていた。

 部屋に入った私の手元を白騎士が見る。

 本の一冊も持たないことに何か言われるかと思ったら、白騎士は無言のまま視線を手にしている書類へ戻した。


「お茶を、用意しますか?」

「そうだな」


 なんとなく居た堪れなくて、白騎士に声を掛けてみると、白騎士は意外にもすんなりと頷いた。


 私は部屋を出て、支度部屋へと向かった。


 ティーワゴンを押して部屋に戻ると、白騎士は長椅子に座っていた。

 アルトさんはまだ戻らないようなので、白騎士の分だけお茶を淹れる。

 私がお茶を淹れるのを、白騎士はぼんやりと黙って見ていた。

 書き物机の書類の山と無言の白騎士を見れば、今の白騎士がなかなかにお疲れな様子が窺える。

 なんだか少し、本当に少しだけ、気の毒に思えてきた。


 白騎士にお茶を出すと、私はそそと自室に入り衣装箪笥の引出を開けた。

 先日、街のビスケット屋さんで買ったビスケットの袋を開ける。

 薄紙に包まれた一包を手にすると白騎士の所に戻り、使っていなかったもう一脚のティーソーサーに包みの中身を出した。

 ジャムサンドビスケット。

 私が買った中では、一番値の張るビスケットだ。

 それをそっと白騎士の前に出してみた。


 白騎士はそれを見て、目を開いた後、眉を顰めた。

 やっぱり、余計なお世話だったのかもしれない。

 でも、疲れた時には甘いものが食べたいよね。

 なんでか知らないけど、白騎士はお城では甘いもの嫌いで通している。本当はすごく甘党なのに。


「なんだ、これは?」

「ジャムサンドビスケットです。この前、街に出た時に買ったんですけど……」

「ふん。このような野暮ったい菓子を好むとは、やはりまだ鄙びた所が抜けぬか」

「要らないのでしたら下げますけど」


 私からプイと視線を逸らすと、白騎士は赤いジャムを挟んだビスケットを手に取り口にした。

 一枚、二枚、三枚と続けて食べて、マイ砂糖を入れた紅茶を飲む。


「まぁ、食べれなくもないな」


 ぼそりと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。

 立て続けに食べておいて、食べれなくもないことは無いと思う。

 

「甘い物がお好きなら、そう言って用意して貰ったらいいのではないですか?」


 もっともな私の意見に、白騎士は首を振る。


「俺には俺の事情があるのだ」

「そうなんですか」

「そうだ」


 残りのビスケットと紅茶を片付けると、白騎士は立ち上がった。

 そのままつかつかとティーワゴンに近づくと、空いていたカップにポットの紅茶を入れた。

 きょとんとそれを見ていた私に、紅茶の入ったティーカップが押しつけられる。


「飲め」


 無愛想にそう言うと、白騎士は書き物机に戻った。

 いい香りの湯気を上げる、ティーカップを私に持たせて。

 これは、ビスケットのお礼なのかな?

 それとも、借りは作らないということなのかな?


「……いただきます」


 小さな声でそう言ってから、私は紅茶を飲む。

 立ったまま飲んだ紅茶はとても美味しい。さすが、王子様が飲む紅茶だ。

 ちらりと見ると、白騎士は熱心にペンを走らせている。

 私は紅茶を美味しく頂いて、お茶の片付けを始めた。

 すると、目の前に紙が差し出される。

 白騎士が差し出した紙には、びっしりと文字が並んでいる。

 見覚えのある巾着袋と共に、紙を受け取る。


「お前は城下に出れる様になったのだからな、使いをさせてやろう」


 尊大に言い放つ白騎士に、もう疲れた様子は無かった。

 紙に所狭しと書き込まれているのは、城下町で買える菓子甘味たち。

 よくまあ、こんなに沢山さらさらと書けるものだと感心しながら買い物リストを眺めた私は、いまの機嫌は悪くなさそうな白騎士に尋ねる。


「パレードの日は、私は何かすることがありますか?」

「なんだ、急に」

「いえ、パレードを見てみたかったので、ご用がなければ街に出てみたいと思ったんですけど……」


 従者のくせに図々しいと叱られるかと思ったけれど、白騎士は意外にも普通に受け答えしてくれた。


「あぁ。そうだな。お前の出る幕は無いな。居ても邪魔になるだけだ」


 白騎士はそう言うと、少しだけ笑った。

 久しぶりに白騎士の笑うところを見た。


「では、街でパレードを見てもいいでしょうか?」

「……かまわん。」


 素っ気なくだけど、白騎士はパレード見物の許可をくれた。

 これは、ジャムサンドビスケットの効果かもしれない。ケチらずに一番いいビスケットを出した甲斐があった。

 するりと、静かに喜ぶ私の手から白騎士が買い物リストを取り去る。

 見るとリストの一番下に何事か書き加えてから、白騎士は再び買い物リストを私の鼻先に突き出した。


「それはパレードの日にしか買えないからな、買いそびれるなよ」


 いたって真面目にそう告げる白騎士に、込み上げてきそうになるニヤニヤをどうにか押しとどめて、私も極めて真面目に返事をしてそれを受け取った。



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