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 窓際に寄せた椅子に座って、外を眺める。

 高台にあるお城からは、城下の王都が見えた。

 たくさん並ぶ大小様々な建物の屋根石の色は青や紫が多い。

 それが陽に照らされて鈍く光る様は、遠くに湖面を見ているようで、とても綺麗だった。


 手の中に、ジンワリと暖かいシンプルなカップ。

 おなじみのフフ茶を一口飲んでから、焼き菓子を一口食べる。


 ……美味しい。すごく、美味しい。

 想像以上に上等なバターの香りが、たっぷりと口の中に広がる。

 

 私の前には、薄茶紙に包まれた焼き菓子。

 お姫様がお茶を途中で辞された結果、この焼き菓子をメイドさんから分けてもらえることになった。

 一度出したものは仕舞えないし、もちろん他のお茶菓子に回すことも出来ないからと、支度部屋のメイドさんが包んだ焼き菓子を持たせてくれた。

 

 もう一口お茶を飲んで、ぱくりと焼き菓子をかじる。

 さすが、お城のお菓子だ。


 昼食時を過ぎてしまい、食堂に行きそびれた私のお腹に焼き菓子は順調に収まっていく。

 日持ちすると聞いていたので、大事に食べようと思っていたのに……。

 魅惑的なバターの香りにすっかり翻弄され、空腹も手伝って、薄茶紙の中の焼き菓子はあっという間に無くなっていく。

 残り二つになったところで、なんとか包みを閉じた。

 きちんと包み直して、衣装箪笥の引き出しにしまう。

 引出しを閉めたところで隣室の扉が開く音が聞こえて、私は慌てて部屋を出た。


「あぁ、ユズコ。起きていたんですね」


 出迎えた私に、アルトさんが微笑んだ。

 起きていたって?……あぁ、そうだ。休んでいていいって言われていたんだ。アルトさんには。


 ドサリと長椅子に腰を下ろした白騎士は、なんだか疲れているようだった。

 朝から今まで会議だったのだろうか? だとしたら、ずいぶん長い会議だったんだな。


「お茶を淹れますか?」

「茶は要らん。散々、飲んできた」


 素気なくそう言うと、白騎士は長椅子に背を預けて息を吐いた。


「お疲れのようですね」

「そうですね。聖誕祭が間近ですからね。決めることが山の様にあるんですよ」

「聖誕祭? ですか?」


 アルトさんのいった言葉に私は首を傾げた。

 そんな私にアルトさんも、おやと表情を変える。


「聖誕祭を知らぬのか? そんな者は、この国にはいないぞ。どんな片田舎の者でも知っている」

「それは、失礼しました」


 白騎士にぞんざいに言われて、私は顔をしかめる。

 私はこの国の人ではいないし、この世界の人でもないのだから、知らないことは沢山ある。

 アルトさんは白騎士と違い、親切に教えてくれた。

 聖誕祭のことを。



 聖誕祭は国の始まりを祝い、守護神の加護を感謝する、ホルテンズ王国を挙げての一大祭事だそうだ。

 四日間行われる聖誕祭は、王都では騎士団や魔法使いのパレードに始まり、たくさんの露店が立ち並ぶ。

 この日に合わせて、王都見物に各地から人が押し寄せ、その人出を目当てに旅芸人たちも王都へ集まり、城下は大変な賑わいをみせるそうだ。

 王都以外の町や村でも大規模な祭りが催されて、国中が賑わう日々。


 この時期を一人で森の家で過ごしていた私には、よもやそんなことが行われているとは知る由も無かった。

 

「――その打ち合わせに、会議が続きましてね」


 なるほど、パレードだけでなく、お祭りで人が増えれば揉め事も増えるのだろう。

 お城や城下の警備が強化されるのに伴って、騎士たちは忙しくなるようだ。

 なかなか偉そうな階級の白騎士は、指揮を執る立場で忙しいのかもしれない。


「パレードに、露店ですか。それは、すごく賑やかそうですね」

「そういえば、ユズコは王都に来てから城下に出ていませんでしたね。どうですか、今日これから行ってみませんか」


 微笑むアルトさんから出された提案に、私は思わず即答していた。


「城下にですか! ……いいんですか?」


 快く頷くアルトさんの傍らに、仏頂面な白騎士を認めて、私は声を落とす。


「かまいませんよね。それに、魔法塔に行った翌日はお休みにした方がいいでしょう。遅くまであの魔法使いにつきあった挙句、早朝から訓練場に行くのは大変でしょうからね」

「いいんでしょうか?」


 至れり尽くせりすぎるアルトさんのお心遣いは、すごくすごくありがたい。

 けれど、白騎士から氷点下を思わせる不機嫌なオーラをビシビシと感じてしまい、私は再度お伺いを立てる。


「かまいませんよね、シュテフ」


 念を押す様にアルトさんに言われて、白騎士はフンと視線を逸らした。

 否定しないということは、一応の許可を出しているようだと解釈していいのかもしれない。


 城下町にお出かけ!

 と、浮かれ始めた私に、白騎士の冷たい視線を感じるけれど気付かないふりをする。


「ところで、私たちの留守に来客が?」


 不意にアルトさんにそう尋ねられて、私はきょとんとした後、すっかりソレを報告していなかったことを思い出した。


「は、はい。お姫様……じゃなくて、クラリッサフローレット様がいらっしゃいました」


 お茶を片付けた時に、支度部屋でメイドさんから教えてもらってメモをしておいて良かった。

 どうにかお姫様の名を伝えると、白騎士は苦々しく呟く。


「また来たのか……」


 また。ということは、あのお姫様は白騎士をよく訪ねて来るのだろうか?

 お姫様も、白騎士のファンなのかもしれない。


「やはり、クラリッサフローレット様でしたか。この紅茶の香りはそうだと思いました」

「え?」


 言われて、私はクンクンと部屋の空気を匂ってみるも、そこに紅茶の香りを見つけることは出来ない。

 アルトさんは、だいぶ鼻がいいのかもしれない。


「何か言ってましたか?」

「いえ、特に何も。お茶を少し飲んだところで、お迎えが来ましたし……」


 私の話を聞いて、白騎士は溜息を吐いた。

 まるで、厄介事が増えたとでも言いたげな態度だ。


「あの、お知合いなんですか? 王女様と?」


 そっと、アルトさんに聞いてみる。

 お姫様が白騎士のファンだというならば、なかなかに熱烈なファンなのかもしれない。なにしろ、直接部屋までやって来るくらいだし。

 もしかして、二人は姫と騎士という立場を乗り越えて、恋仲な――、


 私が勝手な妄想を繰り広げようとしたその矢先、アルトさんの冷静な声が届いてそれは中断された。


「クラリッサフローレット様は、シュテフの妹ですから」

「そうですか。……妹!? え? 妹ですか!?」


 いもうと。妹。いもうと?

 お姫様が妹、白騎士はお姫様のお兄様?

 お姫様のお兄様は……。


「あぁ、そうでしたね。ユズコには分からなかったのですね。シュテフの名前を聞いた時も特に反応してませんでしたもんね」


 のんびりした声のアルトさんが、なぜか私の混乱を深める。


「え? えーと?」

「シュテファンジグベルト・リヒト・ディアマンルーイ。ホルテンズ王国の第四皇子ですなんですよ。ね?」


 ね。といわれた先の白騎士を見て、私の口からはうわ言の様に言葉がこぼれた。

 

「王子様? ……王子様? 王子様!?」


 本日一番の不機嫌顔で白騎士が立ち上がる。


「なにか、不満そうだが?」


 私はブルブルと首を横に振ると、白騎士を見た。

 金髪に青い瞳に白い服。

 言われてみれば、王子様かもしれない。

 王子様かもしれないけれど、王子様って歳でもないような気がした。

 私のイメージの王子様は、確かに、金髪で青い瞳は違和感はないけれど。王子様とは、少年のイメージだった。

 そういえば白騎士の年齢は知らないけれど、確実に十代ではない見た目だ。二十代半ば、もしくは後半で間違いないと思う。

 ついでに言うと、王子様の頭上には、小さな王冠があるのが望ましい。


 ふと、目の前の白騎士の頭上に、王子様仕様な王冠を思い描いてしまう。

 ……似合わない。とても。

 思わず残念な目で見てしまい、白騎士に睨まれて、私は慌てて視線を逸らしたのだった。


「次に来たら、部屋に入れずに戻らせろ。あいつが来ると、パメラが追いかけてくるからな」


 そう言い置くと、白騎士は奥の部屋へと入って行ってしまう。

 お姫様を門前払い……。私には、出来ないかもしれない。




「第四王子様で、白騎士団の騎士団長だったんですか……」


 ぼんやりと呟く私に、向かいに座ったアルトさんは微笑み頷いた。

 箱馬車に乗った私たちは、城下へと向かっている。

 

 王子様な上に、王城と王都を守る城騎士団の団長だったことも判明した。

 この国には、国と国民を守る騎士団がある。

 アルトさんが簡単に説明をしてくれた。

 市井の秩序を守る青騎士団。国境の警備と管理を行う赤騎士団。

 白騎士が団長を務めるのは、王族と王城を守る白騎士団。


「アルトさんも騎士ですよね? 白騎士団なんですか?」


 アルトさんの騎士服は深緑色。

 教えてもらった、三つの騎士団のどれにも当てはまらない色だ。


「私は、理知の騎士なんです。騎士団へ助言をしたりする役割なんですよ」

「なんだか、賢そうな職業ですね」

「そうですか? 私は剣を扱うより、頭を使うことの方が性に合っているだけなんですよ」


 ふんわりと微笑むアルトさんの腰には剣が下げられている。

 言われてみれば、アルトさんには剣よりペンが似合う。



「この辺りが王都の中心です。本当に一人で、大丈夫ですか?」


 馬車が止まり、私は外へと出る。

 箱馬車の中のアルトさんが、少し心配そうに声を掛けてくれた。

 

「はい。大丈夫です。お城への帰り道も、一本道ですし。明るい内に帰ります」

「路地の奥までは、入り込まないようにしてくださいね」


 迷子にならないように。知らない人について行かないように。

 幾つかの注意事項を残して、アルトさんを乗せた馬車は走りだした。


「わー。観光地みたいだー」


 小さく感嘆の声を上げてから、私は王都の石畳を歩きだした。

 聖誕祭が近いのもあってか、通りは人出も多く賑やかだった。

 通りの両側には様々な店が軒を連ねているのが、下げられた多種多様な看板から伺える。

 看板を眺め。窓から店内をちらりとのぞきながら、時折通り過ぎる馬車に気をつけながら、通りを右へ左へとジグザグと歩く。


 さすが王都。田舎の雑貨屋の様にひとくくりに色々な物を売っている店は無く、専門店ばかりなのには驚く。

 食器の専門店。本屋さん。紙屋さん。ペンの専門店。ランプの専門店。

 下げられている店の看板は、扱っている商品をモチーフにしているお店が多く。見ていて飽きない。

 キャンディショップ。ジュース屋さん。パン屋さんにケーキ屋さん。そして、チョコレートショップ。


 白い壁に金色の扉のお店からは、微かにチョコレートの香りが漂ってくる。

 扉と同じ金色に塗られた窓からそっと中を窺ってみると、華やかなドレスを着た女性客が何人か見える。


 懐のお財布をそっと押さえて、私はチョコレートショップから離れる。

 

 歩きだした私の鼻を、甘くこんがりとした香りがくすぐった。

 視線を上げると、可愛らしい丸い看板が目に入る。

 木で丸く作られた看板には、焼き印で『ビスケット』と押されていた。

 少し褪せた水色の扉の両脇には、白い窓枠の窓が開けられている。そこから、焼きたてのビスケットの香りが漂ってきているのだ。

 見ていると、街の娘さんといった姿の少女が一人店へと入っていく。

 それに後押しされて、私も水色の扉をそっと開けてみた。


 さほど広くない店内は、入るとすぐに、大きな広口のガラス瓶が幾つも並んだカウンターがあった。


「いらっしゃいませー」


 カウンターの中の恰幅の良いおばさんが、先に入った少女の接客をしながら私に声を掛けてくれる。

 ずらりと並んだ種類豊富なビスケット。ガラス瓶の中には、山の様にビスケットが入っている。

 ガラス瓶に付けられた値段を見れば、思っていたよりも良心的な買いやすい価格でホッとする。一枚から買えるようだ。

 

 カウンターの上には、焼きたてのビスケットが籠に入っていた。

 先客の少女は瓶のビスケット数種類に、焼きたてのビスケットを買うとお店から出ていった。


「はい。決まったかい?」


 きょろきょろと、瓶から瓶へと忙しく視線を動かしていた私におばさんが朗らかに言い、私は頷いた。




 カサカサと鳴る小振りの紙袋を大切に抱えて、私はお城へと向かっていた。

 胸の前の紙袋からは、ほのかな温もりと甘い香り。

 焼きたてのビスケットをはじめ、少しずつ色々な種類のビスケットが詰まった紙袋に頬が緩む。


 宵の刻の鐘まではまだ時間がありそうだけど、傾き始めた陽に急かされる様に道行く人たちが忙しなくなってきたので、お城へ戻ることにした。

 行きは馬車だった道のりにも、お店がたくさん立ち並んでいるのを眺めつつ歩く。

 この辺りは食堂や喫茶店の様な飲食店が集まっているようだ。

 大通りから外れた小道にも、お店がちらほらと見える。酒場風の店がこれから開店なのか、看板を通りに出している。

 葡萄をかたどった看板の店は、ワインのお店のようだ。薄暗い店内に、ワインの瓶がずらりと並んでいるのが見えた。


 私は相変わらず忙しく、右へ左へと視線を巡らせて歩いた。馬車の往来には気を付けていたが、小道からのっそりと出てきたものに気が付かなかった。

 ドンと鈍い音を立てて、私は大きなものにぶつかった。

 不意打ちの衝撃に、そのまま尻餅を着いてしまう。


「あ! ビスケット……」

 

 転んだ表紙に手から離れた紙袋が、石畳にコテンと倒れる。

 慌てて拾い上げようとする私の目の前で、紙袋はひょいと持ち上げられ手の中へと戻って来る。

 あ。と思う間もなく、紙袋を拾った大きな手が今度は私を拾い上げて地面から立たせてくれた。

 ポンポンとズボンの砂埃を払われる。


 大きなものは、大きな人だった。

 

 白騎士やアルトさんより頭一つ大きいその人は、男の人だった。

 もさもさと伸びた癖毛の赤毛が邪魔をして表情はよく見えないが、厚手のコート越しにも体格の良さがうかがえる。

 

 どうやら余所見をしていて、ぶつかってしまったようだ。私が。


「す、すみません!! ……あの、どうかしましたか?」


 ペコペコと謝る私を、赤毛の隙間から覗いた瞳に驚いたように見返されて、思わず尋ねてしまう。

 じっとこちらを見ていた男の人の瞳は、髪よりも赤い深紅だった。

 不精髭が目立つ顎をさすりながら、男の人は私を見下ろした。


「いや、大丈夫だ。……怪我はしていないか?」


 歳の頃は、三十代後半くらいだろうか。見た目よりも落ち着いた、低い声の持ち主だった。


「はい。こちらも、大丈夫です。これ、拾っていただき、ありがとうございました」


 もう一度頭を下げると、赤毛の男の人は頷いた。

 

「では、これで……」


 そう言って、私はそそくさとその場を後にした。

 ちらりと振り返ると、赤毛の男の人はまだこちらを見ている。

 何か言いたげにしている様にも見えたけれど、私はそちらにまた頭を下げて帰路を急いだ。



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