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「落ち着いたら、手紙を出すからね」


 馬車の小窓から顔を覗かせてソニアは言った。

 私が頷くと、ソニアも頷き伸ばした手で私の髪を撫でる。


「認めたくはないけど、確かにユズコには、こっちの方がよく似合うよ」


 ソニアの手が私の黒い髪を優しく撫でて、離れていった。


「大変だと思うけど、気を付けるんだよ。何か困ったことがあったら……」


 ソニアは言いかけて言い淀むと、大きく溜息を吐いた。


「……困ったことがあっても、自分でどうにかするしかないね。あたしに知らせをくれてもいいけど、西の端からじゃあ簡単に手助けはできないからね」


 幾分ひそめられた声の忠告に私が深く頷くと、肩上で揃えた黒髪が規則正しく揺れる。

 その久しぶりの感触には、まだ慣れない。



「出しますよ」


 前方の御者の声に、私は馬車から離れる。

 ソニアの横に座る少女が、こちらをみてにこりと笑ったので私は慌てて頭を下げた。

 ソニアと同じ淡い紫色のローブを纏った彼女が、優秀な魔法使いの卵だそうだ。

 馬車が動きだす。

 頭を上げれば、すでに馬車は背中を見せて城外へと走り出した。

 滑らかに走る馬車を見送りながら、私は大きくため息をついた。


「気を付けるって、どうしたらいいんだろう……」


 馬車は城壁を越えて、門扉は閉じられる。

 北風が石畳の上で小さなつむじ風を作り、私の焦げ茶色のジャケットの裾をはためかせた。


 とぼとぼと城内へ戻ると、壁際から唐突に声を掛けられる。


「そんなに寂しそうにしなくても、城には僕が居るんだからさぁ」

「ク、クヴェルミクス様……」


 ゆらりと黒いローブを揺らして近づいてくる男から、後退りしてしまう。

 そんな私の様子がお気に召すのか、クヴェルミクスはご機嫌そうに微笑むと、その白い指先で私のうなじを触った。

 スカーフ越しに触れられているのに、ヒヤリとした冷たさを感じて、私は首をすくめる。


「これ、今夜だからね。忘れずに僕のところに来るんだよ」

「わ、わかってます。必ず、伺います」

「うん。いい子だね。待ってるよ」


 うわずる私の返事を聞くと、銀の髪から軽やかな音を立ててクヴェルミクスはその場を立ち去る。

 私は、乱れてはいないだろうけど襟元を正してから、廊下を奥へと進んだ。



 あの部屋で三人に本当の姿を見られてから、今日で四日目。

 ソニアは王様の命令という建前の、クヴェルミクスの策略によって、西の端へと旅立った。

 西の端がここからどのくらい遠いのか、私には分からないけれど、どうやらもといた森のある北の端より遠方らしい。




 あの夜、解けてしまった魔法をソニアは再び掛けてくれた。


「瞳の色だけ隠すなら、呪文は半分になるよ」


 椅子に座り俯いた格好の私の背後で、ソニアはペンを握って言う。

 白騎士もラズールさんも、クヴェルミクスもいなくなった部屋に今は二人きりだ。


「前と同じように掛けておけと、クヴェルミクス殿が言ったからね。同じ魔法を掛けるよ。けど、あたしのこの魔法は、たぶん城の中では数日も持たないだろうね。ここには、魔法塔の魔法使いたちが施した魔法封じがたくさんあるからね」


 ソニアの握ったペン先が、私のうなじに当てられる。

 ソニアは、低く小さな声で呪文を唱えながらペンを動かす。

 私のうなじに、呪文が書き込まれていくのが分かる。

 前の半分ほどの時間で、魔法は掛け終えられた。うなじに書かれた呪文も、以前の半分になっているのだろう。

 顔を上げた私を、ソニアは正面に回り見つめて頷いた。


「うん、上手くいったよ。ちゃんと緑色になっているよ」


 鏡が無いので自分では確かめられないけど、瞳の色は無事に黒から緑に変わったようだ。

 頬に触れる自分の黒髪を摘まみ見る。


「髪の毛……。本当にこれで大丈夫なのかな?」


 不安そうに呟く私に、ソニアは首に巻くためのスカーフを渡す。


「そうだね。王都は色んなところから人が集まってきてるからね。ここでなら、黒髪もさして珍しくはないと思うけどね」

「そうならいいけど。長さとか、大丈夫かな? 長すぎない? 思いきって、バッサリ切った方が男らしいかな?」


 久しぶりに触れる本来の自分の髪は、黒く真っ直ぐに肩上で揃っている。

 茶色の癖毛にしていた時に比べると長くなってしまった髪では、少年とは言い難いかもしれない。


 本来の姿と、別の世界から来た者だということは、明るみに出てしまったけれど、何故か性別と年齢に関しては真実を告げない方向にソニアは仕向けて場を終わらせたた。よって、彼らにとって私は、『異世界から迷い込んだ黒髪黒目の少年』ということに落ち着いているのだ。

 女だと分かってしまえば、従者を勤めることが出来ない。

 流されたままの性別取り違えとは変わって、これからは本気で女であることを隠し過ごすことに注意を払わなければならなくなったのだ。



「いや、問題ないだろうね」

「え?」

「ユズコの世界では違うのだろうけど、こっちじゃ、女はみんな髪を長く伸ばしているのが当たり前だからね。ズボンも履かないしね」

「え? そうなの? 大丈夫なのかな?」

「まぁ、大丈夫だろうよ。見た目だけなら、まさか成人した女には、到底見えやしないからね」


 きっぱりと、悪気もなく言いきったソニアに落ち込まされる。

 見た目だけじゃ女と分からないって、私の女子力はどこに行ってしまったんだろうと、密かにささやかな胸を痛める。

 あぁ。ここがささやかなのも、原因なのかな。でも、今に限ってはここがささやかで助かっているってことなのかな。悲しいけど。

 幸か不幸か、ラズールさんの用意した少年従者の衣装はシャツにベストにジャケットが標準装備で。それをきちんと着こめば、私の女子的身体ラインは見事に消え失せたのだ。


 気落ちしつつ、首にスカーフを巻きつける私を見守りながらソニアは口を開いた。


「この国の西の端はね、ロザーシュ国と隣り合っているんだ。ロザーシュは考古魔法の研究が盛んだからね、ここでは手に入らなかった知識があるかもしれないよ。あたしはあたしで、あっちでもいろいろと調べてみるからね。ユズコはここで暫らく頑張るんだよ」


 ソニアの温かい言葉に、私のスカーフを結ぶ手は止まってしまった。止まった私の手の代わりに、ソニアの手が優しくスカーフを結んだ。


「……迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい」

「迷惑だと思ったことはないよ。一度もね。歳を取ると退屈なもんでね、これはこれで、私も楽しいんだよ」


 優しく微笑んだソニアの前で、私は唇を噛んで頷いた。




 それから四日。

 慌ただしく旅支度を済ませた今朝、ソニアは魔法使いの卵を連れて西へ旅立った。

 私は、白騎士シュテファンジグベルト様と、ラズールさん改め、アルトフロヴァルさんに見習い従者として継続雇用をしてもらうことになった。


 どうやらラズールさんと姓で呼びかけるのは、雇用関係においてあまり一般的ではないことをソニアに教えてもらい、遅まきながら呼び名を改めることにした。

 さすがに長いし覚えられないだのとは言ってはいられないので、夜中にこっそりと二人の騎士の名前を紙に何度もしたためた。

 なにかのおまじないを思い出させる行為だったけど、その結果、晴れて両騎士の名前は覚えることが出来た。


 ラズールさん改めアルトフロヴァルさんも、呼び名を変えるにあたって様付で呼んでみたところ、丁重にそれは辞退され、さん付けで呼び続けることになった。

 しかも、長くて呼びづらいのでは?との配慮まで頂き、略称呼びを提案までしてくれて、アルトさんと呼ぶことになった。本当に、心配りの完璧な人だと深く思わずにいられない。

 白騎士改めシュテファンジグベルト様は、当然と言った面持ちで頷いたので、略称無しで様を付けて呼ぶことになったけど、私の心の内では白騎士と呼び続けることにした。


 クヴェルミクス様に関しては、された事の衝撃が強かったからか、否応なしにも覚えることが出来ていた。

 あの黒い魔法使いを尊称付きで呼ぶなんて、気持ち的に抵抗がないと言えば嘘になるけれど、ここで暮らす以上は必要なことだと割り切ることにした。


 シュテファンジグベルト様。アルトフロヴァルさん。クヴェルミクス様。


 この三人が私の秘密を共有した上で、私を雇用してくれているのだから。


 不本意ながら、クヴェルミクスも私の雇用主に加わってしまった。

 四日に一度、彼のもとを訪れる際に魔法研究の助手を務めることになった。

 私に魔法は使えないので、おそらく雑用が主になるのだろうけど、お給金を頂けるという話に恥ずかしながら了承した。

 だって、先立つものは大切だし。




 廊下を抜け、階段を上がり、扉を叩く。

 この四日でどうにかこの部屋と、その周辺では迷うこともなくなった。


「ユズコです。戻りました」


 入室を許可する声を聞いて、扉を開く。

 白と金の部屋には、白騎士とアルトさん。そして、妙に姿勢の良い老齢の女性が立っていた。



「これが新しい従者ですか?」


 踝まで隠す長いシンプルな紺色のドレスを着て、灰色の髪をきっちりと高く結いあげた女性はソニアと同じくらいの歳に見える。

 アイスブルーの瞳は切れ長で、細い眉と相まって、気難しそうに見える。

 じろりと睨まれる様に一瞥されると、女性は白騎士へ向き直る。


「前の従者はどうしました?」

「暇を出した」

「暇を?何が気に入らなかったのですか。あれは、伯爵家からの持参状付きのものだったのですよ」


 苛立ちを隠さない女性の声は白騎士に向けられているものだけれど、白騎士は明後日を向いたまま答えない。

 代わりに答えたのは、アルトさんだった。


「シュテフは、彼の洗濯の仕方が気に入らなかったそうですよ」

「そんな、数日のこと我慢なさいまし!貴方も!アルトフロヴァルが付いていながら、そんな勝手をさせて。伯爵家にどう返事をするつもりなのですか」


 穏やかなアルトさんの物言いを、女性はぴしゃりと撥ね退けるように叱責する。


「知らぬ。適当に言っておけ」


 面倒臭そうに口を開いた白騎士に、女性の眉は一層吊り上がる。

 その厳しい目元は私に向けられ、先ほどよりも長くじっくりと検分された。


「で、これが、出先で見繕った後任の者ですか?」


 冷たい声に、恐る恐ると頭を下げる。


「ユズコ・ソノオです」


 下げた頭をゆっくりと上げると、怒れるアイスブルーの瞳はすでに白騎士に向けられていた。


「出自の不確かなものをお傍に置くのは感心しません。もっと適切な者が王都にはおります。いまから別の者を――」

「必要ない」


 女性の言葉を遮った白騎士の発言に、女性の額に青筋が浮いたように見えた。


「別の者は必要ない。これで間に合っている」


 二人は睨み合う様に無言で視線を交わし、折れたのは女性の方だった。


「わかりました。では、しばらくはそのように。ただし、なにか問題があるようだと私が判断しましたら、早々に代えの者を用意いたしますからね」


 冷静にそう告げると、女性は部屋を出ていった。

 白騎士は大きく息を吐くと、長椅子へ腰を下ろした。

 やや呆然と部屋の様子を見守っていた私に、アルトさんが説明をしてくれる。


「彼女はレニィパメラオルガ。ここの女官長だよ。見た目通りの厳しい人ですから、ユズコはお近づきにならない方がいいですね」


 検分するように私を見た、アイスブルーの瞳を思い出して大人しく頷く。

 椅子に背を預けた白騎士が、やれやれと首を振る。


「今日は短かったな」

「パメラの小言ですか? これから急ぎ、伯爵家への書状を用意しなくてはならないのでしょう。それが終われば、早々に続きが聞けますよ」


 それを聞いて溜息を吐く白騎士を呆れたように見てから、アルトさんがこちらに視線を向けた。


「ソニアヴィニベルナーラは、無事に立たれましたか?」

「はい」

「こんなことになってしまったのは、私としても不本意ですが、ユズコに従者を続けてもらえて助かります」


 相変わらず、アルトさんは優しい。

 なぜソニアが彼を狸呼ばわりしたのか、首を傾げるばかりだ。


「いいえ。雇って頂けて感謝しています。それに、ここで何かが分かるかもしれませんし……」

「クヴェルミクスに期待しているのか?」


 白騎士の眉間に皺が寄る。アルトさんの表情も、曇ってしまった。

 本当に、この二人はあの魔法使いが嫌いなようだ。

 白騎士はともかく、博愛主義者っぽいアルトさんまでもが嫌がるとは、クヴェルミクスの悪名が知れるようで怖い。


「そういえば、今日が四日目。ユズコが魔法塔に行く日ですね」

「はい……」


 アルトさんの言葉に、白騎士の眉間の皺がますます深くなる。

 なんとも言えない部屋の空気の居心地の悪さに、私は扉に手を掛ける。


「お、お茶でも淹れますね!」


 そう言って、廊下へ出る。

 白騎士は毎度のこととしても、アルトさんにまで不機嫌になられるのは慣れない。

 気分を変えてもらう為にもと、私はお茶を用意するべく廊下を進んだ。


 お茶を淹れるには、メイドさんが控えている支度部屋に行って用意をしてもらう。

 この四日の内にアルトさんと一緒に何度か通った場所だから、迷うこともなく廊下の角を右に曲がると、険しい声に咎められて私は飛び上った。


「そこの!」

「はいっ!!」


 反射的に返事をして振り返ると、そこにはあのアイスブルーの瞳の女性、レ……パメラ……なんとかさん。

 険しい表情の、パメラさんが立っている。

 たった今さっき、アルトさんにお近づきにならないようにと言われたばかりなのに……。


「どこへいくのです?」

「あの、その、お茶の、支度をしに……」


 まるで叱られた子供のように、つっかえながらの返答になってしまう私を、パメラさんは冷やかに見つめる。


「……。それなら突き当りの扉です。反対側です」


 冷たい視線で背後を示されて、私は慌てて踵を返す。


「す、すみません」


 謝りながらその場を逃れようと進みだした私の背中に、再び険しい声が突き刺さる。


「背筋を正して、シャンとお歩きなさい!」

「は、はいっ!!」


 思わず走り出してしまえば、さらに険しくなった声で一喝された。


「走らない!!」


 私が、ぎくしゃくと背筋を正してお行儀良く歩きだす様を、パメラさんに見張る様に見送られる。


 やっぱりまだお城の中で油断は禁物だ、支度部屋には何度か来てたのに全く逆方向に向かってたんだから。

 城内の地図とか、作った方がいいのかもしれない。あそこでパメラさんに会わなかったら、また迷子になっていたかもしれないし。


 無事にたどり着いた支度部屋の扉をノックして入る。


「失礼します。お茶を頂きたいんですが……」


 ずらりと壁にティーセットが並ぶ部屋は、高級デパートの食器売り場を思わせる。

 黒いロングワンピースに白いエプロン姿のメイドさんが、手際良くティーワゴンにお茶の支度を始めてくれる。

 

 ピカピカに磨かれた銀色の薬缶には、熱いお湯がなみなみと満たされ。白地に青い模様のティーポットと、揃いのカップとソーサを二客用意される。

 主の気分に合わせて茶葉を選べるようにと、紅茶缶が数種類入った籠もワゴンに載せられる。

 磨かれたティーセットの数々、種類豊富な紅茶葉。お城って、やっぱり豪勢だなと感心してしまう。


「お茶菓子は何がよろしいですか?」


 尋ねられて見てみれば、棚には焼き菓が並んでいる。

 その近くには三段にお皿が連なったあれもある。アフタヌーンティーみたいなことができるやつだ。

 おいしそうな焼き菓子と、憧れのアフタヌーンティーのお皿を前に、私が目を輝かせていると、奥から別のメイドさんが出てきた。


「あら。その子は白騎士様のところの従者よ」

「ああ、そうなんですか。でしたら、これは必要ありませんでしたね」


 既にティーワゴンに載せられていたシュガーポッットに、ミルクピッチャーが下げられてしまう。

 不思議に思っていると、奥から出てきたメイドさんが教えてくれる。


「あなた、まだ入ったばかりだものね。白騎士様は甘いものは召し上がらないから、お砂糖やミルク、それにお茶菓子はご所望されないのよ」

「え? え? そう、なんですか? ……別の白騎士の方と間違えていませんか?」

「別の?だって、あなた、白騎士シュテファンジグベルト様の従者でしょ?」


 メイドさんが首を傾げる。私も首を傾げたくなった。


「白騎士シュテファンジグベルト様と言えば、騎士団でも潔癖、硬派と名高いお方ですものね。高潔なあのお姿を近くで見れるなんて羨ましいわ」

「しかもお傍には常に、アルトフロヴァル様もおいでなのよね。眼福よね」


 二人のメイドさんから、つらつらと語られる白騎士様の賛辞は尽きなかった。

 無口だけど優しくて、騎士道精神に溢れる紳士的振る舞いはさり気なく。甘いものは苦手で、お茶はストレートで嗜まれるのが常……等々。

 双子で顔もそっくりな上に、名前も似ている白騎士が居るとしか思えない。けど、どうやら間違いなくあの白騎士のことを語っているようだ。


「確かに、シュテファンジグベルト様は完璧に素敵だけど。私は、アルトフロヴァル様がいいわ~」


 もう一人のメイドさんはアルトさん派らしかった。

 年頃の女の子らしく、二人の騎士の話に頬を染めている。

 そうか、ちょっと色々あって忘れがちだったけど、二人とも確かに美系の騎士様だったなと思いだす。



 結局、一度揃えられたティーセットはメイドさんたちによって選別しなおされ、クリーム地に淡い色彩で花が描かれたいかにも繊細そうなティーセットが用意された。

 これでお二人がお茶を召し上がるところがみたい~。と、キャイキャイと送り出されて、私はすっかり華やかになったティーワゴンを押して部屋に戻る。


 それにしても、白騎士シュテファンジグベルト様が甘いもの嫌いってどういうことだろう。

 王都までの道中、菓子甘味の類を食べたい放題食されていたけど。そこには、私のチョコレートや焼栗やアップルパイも連なっているのを忘れていない。


 首を傾げながらも部屋に戻ると、不機嫌そうな白騎士に一喝される。


「遅い! どこで道草を食っていた!」

「また迷子になったのかと、心配していたんですよ」

「いえ、ちょっと、お茶を用意していただくのに手間どってしまったんです。……この辺りなら、もう迷子にはなりません」

「それならよかった。ここは広いですからね。慣れないうちは、分かりにくいでしょうから」

「さっさと、茶を淹れろ」


 パメラさんの件は伏せておくことにした。

 まだ道に迷っていることを知られたら、白騎士からは嫌味をたっぷり貰うだろうし、アルトさんには余計な心配を掛けてしまう。


 高級なティーセットにびくびくしながらも、お茶を淹れて出す。

 白騎士のご所望は、カラメルブレンドという名の紅茶だった。

 ティーカップからは、ほのかに芳ばしく甘い香りがする。


 アルトさんは笑顔でお茶を受け取り一口飲むと、美味しい。と言ってくれる。

 白騎士は、出した紅茶を一瞥すると、書き物机の引き出しから白い陶器の小箱を取り出した。

 陶器の小箱に入っていたのは、一つずつ薄紙で包まれた角砂糖だった。

 それを三つもティーカップに放り込んでかき混ぜてから、白騎士は紅茶を飲んだ。


「マイ・砂糖。ですか……」


 呆れた私の声は、幸いにも白騎士シュテファンジグベルト様には届かなかったようだ。



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