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 それは祝福の証だという。

 その色が、守護神の祝福を受けてこの世に誕生を許された証なのだと。


 だから、それは在り得ない。

 神の祝福を受けずに生まれ落ちた者など、ここには居るはずがないのだから。





 あの日、森で私を拾ってくれたソニアは、私が別の世界から来たのだと言った。



 彼女が指差したのは、私のなんの変哲もない眼だった。

 ゆっくりと瞬きをした私の瞳を、彼女は見つめて話す。


「あんたは、髪も目も真っ黒だね。生まれつきかい?」


 頷く私に、彼女はまた少し考え込むようにした。


「……黒髪はこの辺りではほとんど見かけないけど、南の方には多いと聞くよ。あたしも、お目に掛かるのは久し振りだよ。だけどね、その目。その色は、在り得ないんだよ。ここではね」


 深刻そうに告げられても、私は首を傾げるばかりだった。

 そんな私に、彼女は自らの緑の瞳を指差してみせる。

 黒以外の瞳を、こんなに間近で見る機会は今までになかった。緑の瞳は、光彩が美しく良く見えた。


「あたしの目は緑色だろ。この系統の色の瞳は、風の守護神ヴィント様の祝福を頂いているんだ……」



 この世界は、火・水・風・土の守護神が創り護っているのだと、彼女は教えてくれた。

 それは国を違えても変わらないことで、ホルテンズ王国以外の国でも四守護神が深く信仰されているのだそうだ。


 火の守護神の祝福は赤系の瞳に、水の守護神の祝福は青系の瞳に、土の守護神の祝福は黄系の瞳として授けられる。


「祝福の瞳色はね、濃淡、明暗、いろいろと出かたに差があるんだ。同じ守護神の祝福を頂いていても、違った瞳色になるんだよ。だけどね、一目見ればその瞳がどの守護神の祝福を受けているかは分かるものなんだよ」


 彼女は私の黒い目を見つめた。


「だけど、あんたのその瞳の色からは、なに色も見つけられない……。あんたが、違う世界からやって来たからなんだろうね」


 静かにそう告げた彼女の緑の瞳から目を逸らせずに、私はしばらく黙りこくっていた。

 意を決して口を開いてみると、声は少し震えていた。


「それって、どうゆうことになるんでしょうか? 黒い目だと迫害されたりするんでしょうか?」

「迫害? そうだね。正直なところ、あたしにもさっぱりわからないよ。なにしろ黒い目の人がいるなんて、考えたこともないからね。物語にだって出てきやしないよ」


 未知なのだ。と、彼女は言った。

 祝福を受けない黒い瞳。

 ソレを不吉とするか、吉兆とするか。あたしには決められないし、決める気もないよ。と言って彼女は小さく微笑んだ。


「戻れるんでしょうか? 私は、私の世界に。家に帰れるんでしょうか?」


 私の声は震えていた。

 この黒い目は、私の身辺に喜ばしくない事態を起こしそうなことは分かった。

 それなら、一刻も早く帰るのがいいに決まっている。

 だけど、彼女は申し訳なさそうに首を振った。そして、分からない、と告げられた。

 もちろん彼女は私に対して何もすまなく思う必要はないのだけれど、済まなそうに緑の瞳を伏せた。



 それから。


 帰ることもできず、行くあてのない私をソニアは世話してくれた。

 ソニアは持てる知識と魔法を器用に組み立てて、私に魔法を掛けてくれた。



 けれど、その魔法は、ほどけてしまった。




 嘘のように、うなじから痛みが引いた。

 床に膝をつき俯いた私の視界には、黒い直線が幾筋も揺れた。

 久しぶりに見る、自分の黒髪だ。


 間違いなく、魔法は解けてしまった。


「これが、君の正しい姿かぁ。なかなか素敵な髪だね。なんで、あんな風にしてたのかな?」


 凍りついた部屋に、クヴェルミクスの嬉々とした声が弾む。

 その問いに答えずにいると、俯いたままの私に黒いローブが近づいてくる。

 クヴェルミクスの冷たい指が、有無を言わさず私の顎を掴み引き上げた。

 

 私は目を開けたままにした。

 いまさら、もうどうにもできなのだから。


 クヴェルミクスが、そして二人の騎士が息を呑んだ。

 私の黒い目は、声も出せず凍りついた男を三人映していた。




「いつまで床に座らせておくつもりだい!!」


 ソニアの険しい一喝で、部屋の時間は動きだした。

 ソニアはクヴェルミクスから私を解放すると、椅子へと座らせた。



「……信じられないな。それが君の正しい姿? 黒い瞳だって? ソニアヴィニベルナーラ、これは一体どういうことだい? これを隠すために魔法を掛けていたんだろう? この子は何者なのかな?」


 一瞬は呆けていたクヴェルミクスは、好奇心やら探究心やらを隠しきれない様子で捲し立てる。

 まだ声もなく立ちつくす二人の騎士も、クヴェルミクスと同じ気持ちなのか、彼の言葉に口を挟まずにいる。


 いつまでも凝視されることに居た堪れずに、私は視線を下げる。まだ新しい、ラズールさんの買ってくれた革靴を見つめた。


「少しは落ち着いたらどうだい? 別に、大騒ぎするようなことはないだろう。ユズコは私が森で拾ったんだよ。黒髪に黒い瞳じゃあ目立つからね、あの辺りに多い姿にちょこっと似せる手助けをしただけだよ」


 私の隣に腰を下ろして、どこか投げ遣りな調子でソニアは言った。


「ちょこっと似せるだと? ほとんど、別人ではないか」


 白騎士がようやく口を開いた。

 確かに白騎士の言うとおり、瞳の色や髪色髪形で随分と印象は変わるものだと思う。

 ソニアに茶髪巻き毛緑目にしてもらったことで、若干だけど欧風な顔立ちに近づいていた感じはあった。

 直毛黒髪の黒い目になった今となっては、本来のあっさり顔に戻っているだろう。


「森で拾ったということは、ユズコは隣国から来たのですか?」


 ラズールさんの問いかけに、私は俯いたまま力なく首を横に振る。


「では、どこから?」


 私がこの先の質問攻めに覚悟を決めかけたところで、クヴェルミクスがきっぱりと言い放った。


「君は、この世界の生き物じゃないんだね」


 酷薄なそのもの言いに、私は顔を上げる。

 涼しげな音を立ててクヴェルミクスが私の傍らに近付くと、スカーフを外した時に開けたままだったシャツの襟元に指を差し入れて、それを引っ張り出した。

 皮紐に括り付けた涙型の明るい緑の石が、私の胸元から転がり出る。

 そのまま、あっという間に私の元から石を取り去ると、クヴェルミクスの手元には部屋の灯りを反射して、ぴかりぴかりと輝く石が振り子の様に揺れていた。


 部屋の空気が変わり、私は再び射抜かれる様に凝視される。


「魔力が無いだと……」


 白騎士が思わず漏らした言葉は、妙に大きく部屋に響いた。




 猫も杓子も老いも若きも、こちらの世界の生きとし生けるもの全てが魔力を持っている。

 その魔力の質や量に個人差はあるけれど、魔力を持つという点は揺るがない事実なのだ。

 魔力は滲み出る。それも当たり前のことなのだという。

 目には見えない気配の様なものだと説明されたけれど、魔力のない私には見ることも感じることも出来ない。


 私には、魔力は欠片も無かった。

 ほんの一滴の魔力も滲み出さない身体。それは死体と変わらない状態のようで、そんな私がいくら馴染みある外見でいても、こちらの人には怪奇現象に遭遇という事態になってしまう。

 ソニアにしてみたら森で屍と遭遇した様なものだけど、ありがたいことに彼女の豪胆さに救われて、ゾンビ退治の標的にならずに済んだ。

 私が最初に出会った人がソニアであることに、感謝してもしきれない。


 外見の偽装に加えて、魔力も偽装することが出来たのは、偏にソニアの工夫の賜物だった。


 揺れる魔法石が綺麗な涙型なのは、ソニアが削り磨いてくれたからだ。


 本来魔法石は加工に向かない石質で、使用される時は採掘された形のままで使われる。

 今この部屋を明るく照らす灯りも魔法石で、部屋を暖めるストーブの中にも薪ではなく赤い魔法石が入っている。

 どれも普段はくすんだ色の石だけれど、きっかけの魔力を与えられることで光を発したり、熱を放ったりするのだ。

 きっかけの魔力は魔法石のオン・オフを操作する。この世界の人なら赤子でもできる程の、微力な魔力で使うことができる魔法だけど、私にはそれすらも出来なかった。魔力が無いから、部屋の灯りを点けることも出来ないのだ。


 ソニアが私にくれたのは、私の代わりに魔力を滲ませる魔法石だった。


 緻密に加工された石の断面からは、魔力がジワジワと零れ落ちる。そのこぼれた魔力が、私の為のきっかけの魔力になった。

 そして零れて滲んだ魔力が、まるで私の魔力であるかのように見えることで、こちらの世界の人と同じ外側を手に入れて暮らせていたのだ。



「この世界の者ではないとは、どういうことなのですか?」


 ラズールさんの落ち着いた声に、いつもの笑顔はなかった。

 ソニアは深く溜息を吐くと、背筋を伸ばした。


「そうだね。今更、隠し立てしてもしょうがないね。クヴェルミクス殿のお察しの通りだよ。ユズコは違う世界から、こちらに迷い込んでしまったらしくてね……」

「違う世界だと? そんな話、信じるというのか!?」


 眉を吊り上げた白騎士に、クヴェルミクスが諭すように言う。


「信じるもなにもさ。見ての通り、この子には魔力が無いだろう? 欠片も魔力を帯びていないのが見えるだろう。魔力の無い身体に、黒い瞳。この世界に産まれるはずの無い者だね。別の世界の生き物だと考えるのが、簡単じゃないかなぁ」


 クヴェルミクスに言われて、白騎士は改めて私を凝視する。

 その青い瞳が、信じられないものを見る様にして私を見て、私は白騎士から視線を逸らす。


「それなら……、なんのためにこの世界へ来たのですか?」


 ラズールさんはつとめて優しく聞いてくれているけど、私には答えられなかった。

 黙ったままの私の代わりに、ソニアが口を開く。


「わからないんだよ。何かの為なのか、それともただの偶然なのか、ユズコにはなんの心当たりもないまま、ただ気が付いたらこの世界に居たんだからね。来た方法が分からないから、帰る方法も分からないんだ」

「来た方法に帰る方法……。面白そうだねぇ。ソニアヴィニベルナーラにもまだ分からないのなら、僕も探してみようかなその方法を」


 相変わらずな薄笑いを浮かべたまま、クヴェルミクスの表情が明るく歪む。

 そうして、さも楽しそうに私に話しかける。


「そうだ。ソニアは西の端に行ってしまうし、君は森には帰れないだろう。だって、魔法がなければ暮らしていけないからね。それなら、ソニアの任務が終わるまで僕の傍に置いてあげるよ。そうしたら、その黒い瞳を隠す魔法も掛けてあげられるし、ここでの生活に不便はさせないしさ。いい提案だと思わない? 構わないだろう、ソニアヴィニベルナーラ?」

「それは、駄目だ!」


 即答したのは、白騎士だった。


「どうしてさ? シュテファンジグベルト殿の従者は期間限定なんだろう? それに君達は、この子に魔法を掛けることはできないだろう? 黒い瞳の従者を連れて歩くつもりかい?」

「それでも駄目だ。こいつは、俺の従者だからな。お前にくれてやるつもりはない」

「幾ら、白騎士シュテファンジグベルト殿でも、黒い瞳の人間を庇護し続けるのは難しいと思うけどなぁ」


 白騎士とクヴェルミクスが言い争いを始め、ラズールさんがそれに加わると、部屋は急に騒がしくなる。

 それを横目に、ソニアが小さく呟いた。


「ユズコ、ずいぶん人気者じゃないか」

「そう……なのかな?違うと思う」


 クヴェルミクスは変わった者への興味を満たしたくて。

 白騎士とラズールさんは、とにかくクヴェルミクスのすることに賛同したくないのだと思う。


「あんたはどうしたいんだい?」

「私は、ソニアに着いて行けないのなら、森にも帰れないね」

「そうだね」


 ソニアが掛けてくれる魔法は、いつまでも有効ではない。

 時間とともに魔法は薄れてしまう。定期的に魔法を掛けなおす必要があるから、いつ戻れるか分からないソニアを森で待つことは無理なのだ。

 だから王都まで来たのに。

 それは、裏目に出てしまった。


「私には、この姿を隠してくれる魔法が必要なんだよね。それに、あの人、偉い魔法使いなんだよね。あの人が探してくれたら、少しでも帰る方法が分かるのかな?」


 黒いローブの男クヴェルミクスを怖いと思う気持ちは未だにあるけれど、その力には少し期待できるのかもしれない。

 私を見つめて、まだ言い争う三人の男を見て、ソニアは眉間に皺を寄せてから声を張った。


「こうしてもらえないかい? あたしは、ユズコを連れていけないからここへ預けていくよ」


 凛としたソニアの声に、三人が口を噤みこちらを見る。


「預かり先は、シュテファンジグベルト殿とアルトフロヴァル殿の下にお願いするよ。引き続き、従者として雇ってやってくれないかい?」

「もちろんですよ。私もシュテフも、そのつもりでしたから」

「あぁ」


 ラズールさんは笑顔で頷いてくれているけれど、白騎士はなんだか怒っているようにこちらを見ていた。

 一気に不満気になったクヴェルミクスが口を開く前に、ソニアは続けた。


「ユズコのこの姿を隠す魔法は、クヴェルミクス殿にお願いするよ。城で過ごす以上、ここに適応できる魔法を掛けることができるのは、クヴェルミクス殿だけだろうしね。お願いできるだろうか?」

「それなら、最初から僕が引き取れば話が早いと思うんだけどなぁ」


 不服そうにクヴェルミクスは、ソニアと私を見た。

 暫らく考えるようにしてから、クヴェルミクスは笑った。


「まぁ、いいよ。魔法は掛けてあげるよ。ただ、長期間持続する魔法は無理だね。四日ごとに僕の所に通ってもらおうかな?」


 微笑むクヴェルミクスに、私の背筋が震えた。

 こんなにも美貌な微笑みなのに、不穏な気配を感じてやまない。


「それと、もう一つ。隠すのは瞳の色だけにするよ」

「なんでだい?」

「気に入ったんだ、この髪の色。隠してしまうのは、つまらないからねぇ。それに、隠し事は少ない方がいいと思うんだけどね」


 真正面から見つめられて、私は思わずソニアに身を擦り寄らせた。


「ユズコはいいのかい?」


 ソニアに尋ねられて、私は無言で頷くしかなかった。

 それを見て、薔薇色と紫の瞳が満足そうに細められる。


「さて、話は大体まとまったね。クヴェルミクス殿、それを返してもらえないかい?」


 ソニアはクヴェルミクスの手元の魔法石を指差した。


「これほどの大きさの魔法石を加工するのは、簡単ではないよね? 古の呪術に加えてこの技術、国の端に置いておくのは勿体ない人だねぇ。西の端での任務が終わったら、塔に入ったらどう?」


 ゆらりゆらりと緑色の魔法石を揺らすクヴェルミクスに、ソニアは刺々しく答える。


「ここに? 冗談じゃないね。こんな肩の凝るところはご免だよ。それに、あたしは魔法を生業とするには魔力が人より劣っているから、いろいろと小器用になっただけで、塔の魔法使いと凌ぎを削るのは到底無理だからね」


 ソニアは不愉快そうに鼻を鳴らして、魔法石を取り戻した。

 緑に光る魔法石は、不安そうな黒い目を映して静かに揺れた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ユズコは強いなぁ。白騎士はクズな上に休日出勤させ仕事を教える前からやらせて欠点を咎めるモラハラパワハラ全開だし魔術師はキモい上にウザ絡みしてくるし… 出てくる男がみんな酷い奴らで憎さと悔し…
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