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 ラーズルさんに連れられて入った部屋は、落ち付いた茶色でまとめられていた。

 その部屋の応接椅子の一つに、ソニアは座っていた。

 淡い紫色のローブを身に着け、長く豊かな白髪をいつも通りに一つにまとめて肩から流している。

 そういえば、ソニアがローブを身に付けているのを見るのは初めてだった。

 こうしてローブ姿の彼女を見れば、魔法を生業にしているのも頷ける雰囲気を纏っている。


 部屋に入って来た私の姿を見て、ソニアはほんの少し驚きを滲ませたようだけど、すぐに満面の笑顔で私を迎えてくれた。


「ユズコ、心配させてしまったんだね。知らせを入れなかったのがいけなかったね。ここまで来るのは、大変だっただろう……」

「勝手に森の家を空けてしまってごめんなさい」


 頭を垂れた私にソニアの気取らない声が掛かる。


「そんなのはいいよ。道中、不便は無かったかい?」


 頷く私を見てから、ソニアはラズールさんに向きなおった。


「わざわざすまなかったね、騎士殿。あんな田舎からご親切にも連れて来てくれて。……それに、ずいぶん出費させてしまったようだね。この子に掛かった費用はあたしがきっちり払うからね」


 間違いなく刺々しく話すソニアの物言いに、私は驚いた。

 ソニアは椅子から立ち上がることもせず、細めた眼でラズールさんを見ている。

 不機嫌さを隠そうともしないソニアに、ラズールさんはいつもの笑顔で答える。


「そのようなご心配には及びませんよ。ユズコは私たちの従者を勤めながら王都まで来ましたからね。道中の出費は私たちの従者の為に払った必要経費ですから、貴女が支払われる必要はまったくありませんよ」

「ふん。妙な恩義をこの子に着せられたままじゃ面倒だからね、きっちりと清算させてもらいたいと言っているんだよ」

「恩義?そんなつもりはありませんよ」

「どうかね?」


 ソニアの態度に気を悪くする風も無く、ラズールさんは笑顔のまま応対を続けている。

 ソニアは面倒そうに頭を振った。


「やれやれ。それじゃあ、私の愛弟子とゆっくり話をさせてもらおうかね。騎士殿は席を外しておくれ」

「……わかりました。では、後ほどまたこちらにユズコを迎えに伺います。それではユズコ、再会を楽しんでください」


 二人の会話に口も挟めずに立っていた私に、ラズールさんは微笑むと部屋を出ていった。

 閉められた扉にソニアが苦々しそうに言う。


「狸の相手は疲れるね。まったく」

「え?」

「いいんだよ。それより、大丈夫だったんだね?」 


 ソニアは素早く私の瞳と髪、そしてシャツの下で首にきっちりと巻かれたスカーフに目を配った。

 どれにも不備が無さそうなのを見て取ると、ソニアは安堵の溜息を小さく吐く。


「ソニア……。私、やっぱり、ここに来ない方が良かった?」

「そうだね。こんなところまで来る必要はなかったのさ。私は雪解けまでには村に戻るつもりだったからね」

「え?でも、ラズールさんは、ソニアが長く戻ってこれないからって言ってたんだけど……」

「ラズールさんねぇ……。あの、たぬ……騎士になにをどう言われて、そんな恰好に仕立て上げられてここまで連れてこられたのかは、おおかた予想が付くよ。フードまで取ってしまったんだね」


 従者の衣装の私を上から下まで見回すと、ソニアはまた溜息を吐いた。

 彼女に用意してもらった私のいつもの服を着てここに立てていないことが、少し申し訳なくて、私は俯きがちになる。


「ラズールさんはずっと親切にしてくれたし、白騎士―……しゅ、シュテファンジグベルトさんも概ね良くしてくれて……はいないけど、まぁ、なんとか大丈夫だったから」

「それならよかった。……白騎士様の名前を覚えられたのかい?」

「今朝ね。口にしたのは今が始めて。本当に、みんな長い名前なんだね。やっぱり一回聞いただけじゃ覚えられなくて困るね」

「そうだね。氏と名を合わせても、私の名ぐらいの長さしかないユズコには、なかなか馴染まないだろうね。あぁ、立たせたままで悪かったね。そこにお座り」


 ソニアの向かいの椅子を勧められて、私は大人しく椅子に座る。

 ラズールさんがいた時には立ち上がりもしなかったソニアは、私が座ると立ち上がり、部屋の隅からティーセットを運んできた。

 手渡されたのは、温かい湯気の上がるティーカップ。

 久しぶりに嗅ぐ、紅茶の香りにホッとした。


「ソニアの王都での用事はもう終わったの?」

「そうだね。あと十日くらいかね」

「十日か。それまで私はソニアと一緒にいられるかな?一緒に森に帰れるよね?」

「もちろん一緒に帰るよ。ただその格好じゃあ、ここにいる間は一緒には過ごせないかもね。まったく、ユズコはなんだって男の恰好をしているんだい?」


 呆れたように言ったソニアに、私は恥を忍んで事の成行きを話す。


「なんだか、お恥ずかしいことに男……しかも少年だと誤解されているようで。訂正するきっかけも無くて、このままにしていたんだけど」


 ソニアは腹立たしそうに鼻を鳴らして言った。 


「少年従者に仕立て上げられちまったってわけだね」


 頷く私を前に、ソニアは眉を顰め難しい顔付きになる。


「私の滞在場所は城の魔法塔でね。私一人の判断では、そばに誰かを置くのは少し難しいだろうね。しかも少年をおくのはね」

「そうなの……。どうしよう。気まずいけど、女なんですって今からでも言うしかないかな」

「そのほうがいいかもね。そうしたら見習いとは言え、女を従者にはしておけないからね。晴れて騎士殿の元から放免となるよ」


 別に自分から偽ったわけでもないのに、改めて私は女ですと宣言するのは、恥ずかしい。

 二人の騎士の反応とかも、考えたくないなぁ。

 ラズールさんには平謝りされそうだし。白騎士に至っては、笑い物にされそうな気がする。


「はぁ。言うなら早い方がいいよね。この後――!!」


 ガチャン!!

 音を立ててティーカップを置いた私を、ソニアが驚いた顔で見る。


「っう!!痛たた」


 うなじが突然痛みだして、そこへ手をやる。

 スカーフ越しに、じんわりと熱が伝わってくる。


「どうしたんだい!?」


 私の様子にソニアが駆け寄ってくれる。


「わ、忘れてた。すごく大切なことなのに。あのねソニア、実は今日の昼間に……」


 絶え間なくジクジクと痛むうなじを押さえながら、私は昼間の出来事を話す。

 黒いローブの男のことを。残念ながら名前はうろ覚えどころか、一文字も覚えられていなくて話せない。

 とにかく、黒いローブの男にされたことをソニアに話した。

 話を聞くソニアの顔は、みるみる険しくなる。


「スカーフを外してごらん!!」


 言われるまま、首に巻いたスカーフを解く。

 外気に晒されたうなじを見て、ソニアは深いため息をついた。


「だめだね。これはもう、解かれてしまったよ」


 ソニアがそう言うと同時に、部屋の扉が突然開かれた。


「お取り込み中だったかなぁ?ちょっと、お邪魔させてもらうね」


 ノックも無く、部屋につかつかと入って来た男を見て私の体が強張った。

 私を自分の背後に庇うように、ソニアは男に対峙した。


「クヴェルミクス殿。だいぶん無礼な入室の仕方だが、ここではそれが許されるのかい?」

「まぁまぁ。そう機嫌を悪くしないでよ。火急の用件なんだよ。ソニアヴィニベルナーラにね」

「……あたしにかい?」

「はい。これをどーぞ」


 男は黒いローブの中から、巻かれた書状を取り出してソニアに渡した。

 ソニアはすぐに紐を解き書状を広げた。そしてすぐに、冷えた声を発した。


「随分と強引なことをなさる。あたしはここでの用は済ませて、もう田舎へ引っ込ませてもらえる筈だったのでは?」

「うんうん。そのつもりだったんだけどね。なんだか面白い小鳥が飛んできたからねぇ……」


 小鳥と言って、黒いローブの男、クヴェルミクスは笑ってこちらを見た。

 薄い唇を赤い舌で舐める。

 舌舐めずり!!をしてこちらを見つめている。

 熱視線というには、温度の低い湿った目付きで美貌が台無しに見える。


「ソニア……」


 頼る様に呼びかけると、ソニアは力なく呟いた。


「国王令を頂いてしまったからね。逆らうことは私には出来ないよ。困ったね」

「ソニア?」


 求めてもいないのに、クヴェルミクスが嬉々としてソニアの代わりにとばかりに喋り出した。


「王様の命令でね。ソニアヴィニベルナーラには、西の端に行ってもらうコトになったんだよ。彼の地に天気読みの欠員が出てしまってね」

「そんな!……ソニア、私も一緒に――」


 焦る私をクヴェルミクスが遮る。


「それは無理なんだよねぇ。王都から優秀な魔法使いの卵を彼女に同行させることになっているんだ。彼女には、その魔法使いの卵を天気読みに育ててもらいたいんだ。西の端に立派な天気読みを置いてから、帰ってきてもらうのが任務だからねぇ。君にはそれは無理でしょう?君は卵には、なれないもんねぇ」


 クスクスと心底楽しそうに笑うクヴェルミクスに、身体が冷えていく。

 痛み続けるうなじも、今はどこか他人事のように感じてしまう。



「クヴェルミクス!!またお前か!!」


 部屋に満ちた不穏な空気を蹴散らす様に響いた怒声に、不覚ながらも少しだけ安堵した。

 開け放たれた部屋の扉に立って怒鳴ったのは白騎士で、傍らにはラズールさんもいた。


「思ったより、登場が早いなぁ。二人とも中に入ったら?扉は閉めておいた方がいいと思うよ」


 クヴェルミクスは二人の騎士を見て不服そうに言うも、顔に笑みは浮かべたままだった。

 次の瞬間、私はうなじを両手で覆って床に膝を着いた。

 刺すような痛みに、勝手に目尻に涙が溜まっていく。


「ユズコ!!」


 駆け寄ろうとした足音は、銀の髪が立てた涼しげな音に阻まれた。


 ソニアと二人の騎士と、黒い魔法使いに囲まれる中、私に掛けられた魔法は完全に解けてしまった。

 耳の奥で、昼の中庭でクヴェルミクスに囁かれた言葉が再び響いた。



『偽りのリボンよ解けよ』



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