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 私の右には、先程までもたれ掛かっていた木の幹。

 そして左には、黒いローブを着た見知らぬ男が座っている。

 私が今まで遭遇してこなかった、非常識ともいえる容貌の男は微笑みというには躊躇われる、なぜか黒い雰囲気の笑みを湛えていた。


 透けるような白すぎる肌にさらりと落ちる長い髪は銀色で、極めつけの左右で色違いの瞳。

 これぞ異世界代表の様な外見の男は当たり前のように美貌の持ち主で、その男との近すぎる距離感に私はギュウウと体を右側の木の幹に寄せる。

 銀髪に付けられた装飾品が男が動くのに合わせてシャララと鳴って、私が木に寄せて取った距離はすぐに埋められてしまった。 


「こんなところで何をしているのかな?」


 薄い唇から出た艶のある声でそう言われ、じっとりと眺め回されて、なぜか鳥肌が立った。

 本能とか第六感とかが、警報を鳴らしている。

 私がほとんど無意識に後退りするのをみて、ローブの男はますますご機嫌そうに微笑む。


「これ。君の?」


 遠慮無く、くいと摘ままれた髪が指先で遊ばれる。

 

「なんか違うよね。これ。これも違うなぁ」


 髪を弄んでいた指が、了承も無く私の前髪を掻き分ける。

 びくりと肩が震えてしまったのを、男はさも楽しそうに見て微笑む。

 白く冷たい指先に私の両目が露わにされ、覗き込まれる様に二色の瞳がこちらを見る。

 深い紫の左目に薔薇色の右目。

 男の端正なタレ目が妙な色気を帯びている様に見えるのは、薔薇色の瞳に泣きボクロが添えられているからかもしれない。


 先程から、違う違うと指摘される私の髪と瞳。

 これ以上詮索される前に、この場から一刻も早く逃げ出さなくてはいけない。


「な、なにも違くありません。あの、失礼します!!」


 そう言ってこの場から逃れようとするも、背中を木の幹に阻ませて囲い込む様にローブの男は強引にさらに間合いを詰めてくる。


「こんなところにいるのは、なにか理由があってのことかな?」

「仕事中なので戻ります!」

「お昼寝中だったみたいだけど?」

「そ、それは、休憩していただけです!!」


 悪意ある微笑みを絶やさない男は、なおも楽しそうに問いかけてくる。


「お仕事ってどんなコトしているのかな?君は誰かの使用人?それとも新しく入った子かな?」

「見習いの従者です。なので、もう、主のところへ戻らないといけないので、そこをどいてください」


 しどろもどろと答える私を、二色の瞳がじっとりと見つめてくる。

 再び鳥肌がザワザワと立って、私はブルリと震えた。


「ふぅん。なんか、変わった毛色の子だね。君の主人は誰なのかな?譲ってもらえないかなぁ、君のこと」


 ぶんぶんと拒絶の意で首を振る。

 何を言い出しているのかよく分からないけれど、目の前の笑っている男が怖い。

 男はまたも了承なく私の髪を指に巻きつけ、くるりくるりと弄び始める。

 私の髪が短いばっかりに、恐ろしいほど男との距離が近い。近すぎる!!

 これほど容姿が整ったお顔を至近距離で見れたら、眼福とかいうのかもしれないけど、なにしろ美系ならラズールさんと白騎士のおかげで多少の免疫は出来ているし、なにより、この人怖い!!の気持ちの方が先に立って美貌を堪能する気も起きない。


「ねぇ。僕の所に置いてあげるよ。いろいろと君の違うところを直してみたいなぁ」


 指に絡められていた髪をぴんと少し強く引かれて思わず涙目になったのは、髪を引っ張られた痛みが原因ではなくて、心身の許容量が一杯になってしまっているからだ。

 

 これ以上狭める距離間も残っていないのに男はさらに近づくと、髪を離した指先で私の胸の中心をトンと押した。


「コレが必要な訳も知りたいしさ……」


 冷たい汗が背中を伝う。

 この男には、どうして分かるのだろうか?

 心臓の鼓動が跳ね上がったのが、私の胸を押したまま離されない男の指先から知られてしまったのかもしれない。


 男は微笑みを笑顔に変えて、身動き出来ずにいる私の耳に唇を寄せて囁いた。

 銀の髪と一緒に揺れる装飾品が、また涼しげな音を立てる。


 吐息と一緒に耳に落とされた言葉を理解して、私は咄嗟に首の後ろを押さえた。

 スカーフに包まれたうなじが、チリリと微かに痛みだす。


 私の様子に男は驚いたようだ。終始、戯れの色を浮かべていた瞳に真剣みが宿る。


「今の……。分かったの?君は――」

「なにをしている!!」


 怒鳴り声の方向には、白騎士とラズールさんがいた。

 渡り廊下から二人がこちらに来るのを見て、ほっと身体の力が抜ける。


「ご主人様が来ちゃったみたいだね」


 つまらなそうに男は言って、眉を顰めて立ち上がった。

 つかつかと大股で歩み寄った白騎士は、座り込んだままの私の襟首を持って立ち上がらせると、そのままラズールさんの方へと押しつけるように渡される。

 私は抜けかけた腰でよろめきながらも、ラズールさんの背後へと隠れるようにして男と対峙する白騎士の方を窺った。

 白騎士はこれまで見たことのない程、不機嫌な顔をして男を睨みつけている。

 対して男はそれを気に留める様子も無く、薄い笑いを湛えたままだった。


「なんだ。その子、シュテファン殿の従者でしたか……」

「こいつに何をしていた?」

「別に何もしていないよ。ただ、こんなところで眠り込んでいたから気になってね。木枯らしに吹かれて風邪でもひいてはイケナイと思ってね。小鳥が凍える前に、僕のローブを貸してあげようかと思ったんだよ」


 ラズールさんの背後に隠れる私に男は笑顔を送ってくる。

 それに白騎士の眉間の皺が深くなる。


「貴様がそんなことをするとは思えないのだが」

「僕はいつでも優しいからね」


 対峙する二人の間に、見えないけれど、なにか禍々しい空気が漂う。

 はぁー。と大きく溜息をついたのはラズールさんで、彼にしては珍しく強めの口調で男を諌めた。


「とにかく、うちの者です。勝手はしないでいただきたいですね」

「アルトフロヴァルもこの子の飼い主なのかい?」

「そうですよ」


 躊躇なく頷くラズールさんに男は少し驚いたようにして、それから背後の私に話しかけた。


「ふぅん。アルトフロヴァルもご主人様なんだ。なんか、ますます興味が出てきちゃったな。ねぇ、君の名前は?」

「答える必要はありませんよ」


 ぴしゃりと遮るラズールさんに、男は口を尖らせた。


「ずいぶん可愛がっているんだね。珍しいこともあるんだねぇ」


 男は意味有り気にラズールさんを見る。

 ラズールさんにいつもの柔らかな雰囲気は無く、無表情のまま男を見返した。


「もういい。いくぞ」


 苛立った白騎士の声に私は男から視線を外して、大股で渡り廊下へ戻る白騎士の背中を追う。

 振り返らなくても、あの男の視線が自分にしっかりと刺さっているのが分かった。




 白騎士とラズールさんに挟まれる様にして、私は探し求めた部屋へとようやく入った。

 随分と離れた場所に行ってしまっていたようで、帰りの道のりは思っていたよりも長かった。


「なんであんな所で、あんな奴と一緒にいたのだ」


 部屋に入った途端、それまで無言だった白騎士に問われる。

 今にも青筋が浮かびそうな白騎士の額をちらりと見て。縮こまる。

 なんでと言われても……。


「いえ。その。ここへの、帰り道が分からなくなってしまって。歩きまわっているうちにあそこにたどり着いて。で、ちょっと仮眠を取ってですね。目が覚めたら隣にあの人がいたんです……」


 私は悪いことはしていないはずだけど、答える声に力が入らなかった。

 ラズールさんが見かねたように、口を開く。


「私も良くなかったのです。食堂からユズコを一人にしてしまったので。まさかあんなところに行ってしまうとは、考えてもいませんでした」

「しかも、よりによって、クヴェルミクスに目を付けられるとはな……」


 忌々しそうにそう言うと、白騎士はどさりと長椅子に座る。


「あんな所?クヴェルミクス?」


 首を傾げる私に、ラズールさんが答える。


「あそこは魔法使いの塔へと続く中庭です。クヴェルミクスは先程の銀髪の男のことです。クヴェルミクス・ブルートロンプ。彼はここの魔法使いの中でも、最悪に性根の悪い男です。以後、近づかないように」


 ローブの男の名を随分と苦々しく発するラズールさんの様子は、珍しく苛立っているようだ。

 なんだかすっかり気落ちして、私は弱々しく口を開いた。


「……そうでしたか。騎士の方たちの寮って、ずいぶんと広いんですね。それに、魔法使いまでいるんですね」


 ラズールさんと白騎士は、一瞬お互いの顔を見合わせた。

 白騎士は溜息をつき、ラズールさんは曖昧に微笑んだ。


「説明が足りませんでしたね。ユズコ。ここは、騎士の寮などではなくてですね。王城です。まぁ、騎士の寮も含まれますが……」

「そんなことにも気付かずに、うろうろとしていたとはな……」

「え……?」


 いつの間にか、あのお城の中にいたなんて。

 夜目に見ただけで壮大な存在感のあったお城も、こうして入ってしまうと気が付かないものなのかな?

 それとも、単に、私の注意力と観察眼が無さ過ぎるのかもしれない。

 

「そ、そうなんですか。ここがお城なんですね」


 うろたえ気味の私にラズールさんはにっこりと微笑む。


「そうです。ここは王城、ヴィオリラ城です。そしてソニアヴィニベルナーラ・スマラクトのいる場所ですよ」

「ソニアがここに……」

「今夜、面会の時間を作れました。会いに行きましょう」


 ラズールさんに優しくそう言われて、私は何度も頷いた。

 白騎士はそんな私のことを面白くなさそうに見ているけれど、気にならない。



 秘かに続いていたうなじの痛みも忘れて、私はソニアへ思いを馳せた。



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