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「お城だ……」


 私がいままで見てきた模造品とは違う、桁外れな存在感に思わず呟いてしまう。

 幾つもの尖がり屋根をそびえ立てて、圧倒的な重厚さを漂わせるその建物は、正真正銘に正統派のお城だった。


「なにを間抜け面をしているのだ。王都と王城の素晴らしさは、田舎者には刺激が強すぎたようだな」


 いつの間にか隣に立っていた白騎士に呆れたように言われて、私は開け放っていた口を閉じる。


「その様子では、陽の下で王都ヴィオリラを見れば卒倒するかもしれないな」

「ご心配には及びません」

 

 ニヤリと意地悪そうに笑われたので、慇懃無礼に返事をして、ぷいとそっぽを向く。

 

 白騎士に私の世界の高層ビル群を見せてやりたい。そしたら、確実に腰を抜かすだろう。

 車や電車に、気を失うのは白騎士の方だ。テレビなんかも驚かせるには打ってつけだし。

 なんなら、ジェットコースターに乗せても……。

 その様を想像して、溜飲を下げる。



「二人とも行きますよ」


 ラズールさんに呼ばれて、下らない想像をしていた私は慌てて馬車の定位置へと登ろうとする。

 その私の襟首を、白騎士がぐいと掴んだ。


「何をするんですか?」


 不満げに尋ねると、そのままポイと箱馬車の方へ放られる。

 ラズールさんが、箱馬車の中から私を呼ぶ。


「ユズコも中へ乗ってください」

「いえ。私はいつものところで……」


 決して広そうとは思えない、箱馬車に騎士二人と同席するのは息苦しそうで遠慮させてもらう。


「途中で落ちて拾うのも面倒だ。さっさと乗れ」


 白騎士にまたも襟首を摘み上げられて、猫の子のように箱馬車へ押し込まれる。

 白騎士が乗り込み扉が閉められると、すぐに馬車は走りだした。


 隣にはラズールさん。向かいには白騎士。

 思ったとおり、箱馬車の中は広くなくて距離感が近すぎて落ち着けない。

 おそらく四人乗りなのだろうけど、大人四人も乗ったら文字通り膝を突き合わせての乗車になる。

 隣り合うラズールさんに触れないよう、なるべく扉側へと身を寄せる。


「楽にしていていいんですよ。すこし馬車を飛ばしますから、外の席では危ないのでね」


 ラズールさんの言ったとおり、石畳の上を走る馬車の速度がぐんと上がった。

 箱馬車の窓は閉じられ外は見ることが出来ないけど、今までの速度の倍は出ているように感じる。

 確かに、これなら中に乗らせてもらえて良かったのかもしれない。



「明の刻までには入れそうだな。やれやれ、やっと帰還できたな」

「最初から来なくていいと言っていたでしょう。シュテフのお陰で日程が狂ったのですよ」


 ラズールさんは軽いため息をついた。

 無駄に長い足を遠慮なく伸ばした白騎士を避ける様に、私は普通の長さの足を縮ませる。

 馬車は速度をさらに上げて、王都を走り抜けた。




 程なくして馬車は止まり、箱馬車の扉が開かれた。

 私は白騎士につまみ出される前に、外へと降り立つ。


 あれ?

 てっきりどこか宿屋の前にでも止まったのかと思ったのに、馬車が止まったのは立派で豪華な造りの扉の前だった。

 すでに建物の敷地内のようで、白く高い塀の内側にいる。


「あの。ここはどこですか?」


 馬車から降りて来たラズールさんに遠慮がちに尋ねてみると、白騎士が答える。


「光栄に思え。俺の家だ」


 ここが白騎士の家?

 家というより……お屋敷?

 暗闇で遠くまでは見えないけど、とても大きな建物のようだ。

 やっぱりお育ちは良かったんだ。


「今日は遅くなってしまいましたからね。一先ずは休んで、諸々は後日にしましょう」


 ラズールさんの言葉に私は頷く。

 こんな夜更けでは、ソニアには今すぐ会えないのは仕方ない。

 今はまだ、見習い従者の仕事をしなくてはと、御者さんが下ろした荷袋を運ぼうとした私をラズールさんが呼ぶ。


「ユズコ。それは別の者が運びますから。こちらへ」


 招かれるまま、二人の騎士について屋敷の中へと入る。

 灯りが落されているのか、やや薄暗い屋敷の中の広すぎる廊下を長々と歩いて、ようやく部屋へと入った。

 白と金を基調にした、豪華な部屋だった。

 言われなくても、ここが白騎士の部屋だろうと分かる。


 天井からシャンデリアが下がり、白く光る床石は大理石のようだ。

 金刺繍が縫われた厚手のカーテンが、入口の正面に当たる壁際を覆っている。

 天井から床までの大きな窓があるのだろう。

 両脇の壁には扉が一つづつ、片方は片開きの扉で、もう一つは両開きの大きな扉。

 この部屋だけでも十分に広いのに、白騎士の部屋はまだ続きがあるようだ。

 部屋の中ほど奥に置かれているのは、よく磨かれた濃い色の木の書き物机。森の家の食事テーブルくらいの大きさだ。


 白騎士は早々に長椅子へと腰を下ろして、騎士服の襟元を寛げる。

 高価そうな長椅子は、書き物机と同じ木で黄金色の布地が貼られている。

 そこかしこに置いてある物が全て高価そうなのを肌で感じて、私は入り口付近に大人しく立った。

 

「パメラを起こさずに済んだな」

「今夜はそれで済むでしょうけど、明日早々に捕まることに変わりはないと思いますよ」

「そうだが。こんな夜更けに、あの長くてくどい小言は堪えるからな……」

「私の助け船は期待しないでくださいね。……ところで、ユズコはどうします?私の部屋に連れていきましょうか?」


 部屋の入口で所在無くしていた私に、二人の騎士の視線が集まり思わずびくりとしてしまう。

 今夜の私の寝床の話なら、もっとシンプルで落ち着く場所に決めてほしいと思う。


「私の部屋の続き間が空いてますから――」

「いや。そこを使わせる」


 白騎士が面倒臭そうに示したのは、隣部屋へと続く一枚扉だった。

 少しそれを意外そうにする表情を垣間見せたラズールさんは、頷きその扉を開ける。


「……わかりました。では、ユズコ。この部屋を使ってください」


 後ろから部屋を覗きこむと、同じように白を基調にされた部屋にぽつんとベッドが置かれている。

 他に家具などは置かれていなく、先程いた部屋に比べると装飾も控え目なシンプルな部屋だった。

 この部屋なら、何かを壊したり汚したりすることに脅えずに休めそうだ。


「この部屋は自由に使って大丈夫です。ちなみに、あちらがシュテフの寝室になります。もう今夜は特に何もしなくていいでしょう。洗濯も、ここには専任の物がいますから」


 ラズールさんが示した両開きの扉の向こうが白騎士の寝室らしい。

 ということは、きっとここは従者用の部屋なのだろう。


「今夜は遅くまでお疲れ様でした。疲れていると思いますから、明日はお休みにしましょう。朝もゆっくりと休んでいいですよ」

「はい。ありがとうございます」


 私はペコリと頭を下げた。

 明日の朝は早起きしなくていいのは、とてもありがたかった。

 なにしろ、今日の移動時間は今までで一番長かった。

 長時間馬車に揺られた身体が、強烈に睡眠を欲している。


「では。今夜はこれで」


 ラズールさんによって部屋の扉が閉められ、私の今日のお務めは終業時間となった。

 はぁ。と一息付くと、部屋の中を確認する。

 しっかりと支度されている白いベッドはふかふかそうで、早くも寝転がりたくなる。

 ベッドの脇に扉を見つけて開けてみると、そこはバスルームだった。

 廊下に出るための扉を細く開けてみると、どこまでも続いていそうな薄暗い廊下に人の気配は無く、シンとしている。

 扉を閉めて鍵を掛けると、私は足取りも軽くバスルームへと向かった。





「……明日はお休みにしましょう。朝もゆっくりと休んでいいですよ」


 そう優しいラズールさんに優しく言われたのに。

 むにーー、と頬を横に強く引かれているのは何故なのでしょうか?

 窓の外からは、明らかに早朝を告げている小鳥の囀り。

 白い光が差し込む室内が眩しくて、ついでにものすごく眠たくて、私は瞼を半分しか持ち上げられないまま尋ねた。


「にゃにを、するんですか?」


 摘ままれた頬と寝起き過ぎる頭で、呂律も思考も回らない。


「主より寝とぼけてどうするのだ?朝だ起きろ」


 あぁ。やっぱり、朝だった。

 そして目前のピカピカと眩しいのは、白騎士様の金髪なわけで。

 私の頬を容赦なく引くのも、もちろん白騎士様だ。

 

「……きょうは、おやしゅみをいただいているんでしゅ」


 白騎士は、頬を摘まんだ手を放してくれない。

 無駄な抵抗と分かってはいても、私は布団をギュッと握る。

 昨夜の就寝は、闇の刻の終わりも近かった頃だ。

 まだまだぜんぜん、寝足りない。



「俺は今日は休まぬ。俺が休まぬということは、従者のお前も休む必要はない!」

「えぇぇぇ」

「わかったら、テキパキと支度をしろ」


 そう言うと一息に私の布団の上掛けを剥がして、白騎士は部屋を出て行った。

 剥がされた布団から、ぬくぬくに温かかった空気が逃げ出す。

 見ればご丁寧に窓まで開けて下さったようで、朝の冷たい空気がふんだんに部屋へと入ってきている。


「寒い……。眠い……」


 私は泣く泣く、身支度を始めた。




「なんだ、そのだらしのない髪は!?」


 となりの部屋で私を待ち構えていた白騎士に、開口一番に叱責を受けた私の髪は四方八方へと跳ねている。


「突然起こされたので、髪まで手が回りませんでした。それより、勝手に部屋に入らないで下さい」

「は?何を言っているのだ?お前は俺の従者だろう。主が従者の部屋に入るのに断りを入れる必要などない」

「……せめて、ノックくらいあってもいいのでは?」

「そんなものは必要ないな。面倒だ」


 乙女の寝室に!!と言う類の怒りはもちろんぶつけられないので、私は口を噤む。

 ふん。と勝ち誇ったように鼻で笑われてから、部屋を出る白騎士の後について行く。

 こんな早朝から何をしようというのだろうか?

 まだ明の刻の半ばくらいだ。


 白騎士の後ろを小走りに付いて行く。長い足を憎々しげに見つめながら。

 身長差故のコンパスの違いを、もちろん考えてはくれない。

 

 幾つもの廊下を抜けて、階段を降りて、付いたのは一階の野外だった。

 ガランとした土の更地が広がる。


「ここで待っていろ」


 そう言うと。白騎士は奥の方へと歩いて行く。

 不思議に見ていると、敷地の奥へ進んだ白騎士が剣を抜いた。振り上げ。下ろし。構える。


 黙々と剣を振り始めた白騎士の姿を見て、ようやく理解できた。

 ここは多分、騎士の訓練場なのだ。

 

 そう思って見ると、土の更地やその端に幾つも立てられているカカシの様な物の意味もなんとなく分かってきた。

 なるほど、こんな広い訓練場があるということは、ここは騎士の宿舎のような建物だったのか。

 白騎士個人の家にしては広すぎるけれど、宿舎とか寮と考えたら納得がいく。

 俺の家って言っていたけど、みんなの家じゃないか。



 白騎士は早朝の自主訓練に来たようだ。

 騎士たる者、日々の鍛練こそが大切。とか、そういうことなのだろう。


 それは分かった。


 でも、自主練にお供は必要ないと思われます!!


 白騎士が黙々と剣を振り始めて、どの位たったのかは分からない。

 でも、さっきの鐘の音は、朝の刻のものだから、たぶん一時間は過ぎている。

 ちらほらと他の騎士たちも、訓練へとやってきだした。

 その訓練場に入って来た騎士たちに、怪訝な目で見られるのにも慣れてきた。

 怪訝な目で見られるのも仕方ないと思う。

 明らかに、場違いなのだ。

 ここへ来るものは騎士ばかり。従者を伴っている騎士は、一人もいなかった。



 なんで早朝から肌寒い野外にぼんやりと突っ立っているのか、私にも分からない。

 本当なら、まだ温かい布団の中で眠っていたはずなのに……。

 寒くて眠い。おまけにお腹まで空いてきた。



 訓練場がにわかにざわついて、私は虚ろになりかける視線をそちらに向けた。

 白騎士が訓練を終えたようで、戻ってくる。

 そこへ騎士たちが次々と、挨拶へ参上しているようだ。


「シュテファンジグベルト様。帰還されていたのですね」

「シュテファンジグベルト様。今度是非稽古を付けていただきたく――」


 口々に白騎士の名を呼び挨拶をする騎士たちを白騎士は軽くいなして進む。


 私はこっそりとジャケットのポケットから小さなペンと手帳を取り出す。

 そしてそこへ急いで書きつける。


 シュテファンジグベルト


 確かまだ続きがあったはずだけど、とりあえずは白騎士の名前を入手できた。

 ありがとう。名も知れぬ騎士の皆さま方。


「何をニヤついている?」

「いえ。とくに何でもありません」

「……。部屋に戻る」


 そう言って白騎士は手を差し出してくる。

 ?

 ポカンとその手を見て、首を傾げると苛立ったように白騎士が言う。


「……タオルはどうした?」


 見上げると、白騎士の額には薄っすらと汗が浮いている。

 小一時間も運動していたのだから汗もかくだろうけど、タオル?

 もちろん持っていない。

 だって、無理矢理叩き起こされて、何の説明も無くここへ連れてこられたのだから。

 フルフルと首を横に振る私に、白騎士は盛大に溜息を落す。


「まったく、気が利かぬ奴だな」

「……すみません」


 不本意ながらも謝罪をして、タオルを諦めて歩きだした白騎士の後に付く。

 来た道を戻っているはずだけど、特長に欠ける建物内は覚えづらい。

 どこまでも同じような廊下に、同じ扉が並ぶ。

 ここで白騎士にはぐれたら、部屋まで一人で戻れる自信がない。

 相変わらず後は気にせず、すたすたと歩く白騎士に遅れを取るまいと早足になる。



「ユズコ?」


 不意に呼びかけられて見れば、ラズールさんが立っている。


「あ、ラズールさん。おはようございます」

「おはようございます。どうしたんですか?今日は休みにすると……」

「はい。私もそのつもりだったのですけど……」


 視線を前方の白騎士に向けると、ラズールさんは事態を察してくれたようだ。

 立ち止まった白騎士は、しれっとした表情をしている。


「シュテフ。ユズコは今日は休みにしたのですよ」

「そうだったか?」


 ふいと視線を逸らした白騎士に、ラズールさんは首を振る。


「まったく……。シュテフも今朝くらいは休んだらよかったでしょうに。ユズコにも休息は必要なんですよ」

「主が休まぬのだから――」

「ユズコ朝食は取りましたか?まだなら私と一緒に行きましょう」


 白騎士の言い訳を遮ってラズールさんが微笑み、私はそれに大きく何度も頷いた。


「主を差し置いて食事など――」

「シュテフ。パメラが部屋で待っていますよ」


 ラズールさんが白騎士にぴしゃりと告げると、それ以上白騎士は何も言わず。

 嫌そうな顔をして、部屋へと戻っていった。



「では、私たちは朝食へ行きましょう。この先に食堂がありますから。あぁ、シュテフの食事は気にしなくて大丈夫ですよ。彼はいつも部屋で取りますから」


 ラズールさんに連れられて、白騎士の進行方向とは別の廊下を進んで着いたのは、広々とした食堂だった。

 たくさん並べられたテーブルの奥の厨房から、湯気と一緒に美味しい匂いが立ち昇っている。

 食事を取っている人はまばらで、広い食堂は少しガランとしている。

 騎士服を着た人もいるが、そうでない服装の人もいる。騎士専用という訳ではなさそうだ。



「空いているうちに食べましょう。じきに訓練上がりの騎士たちで混みあいますから」


 ラズールさんはそう言うと、厨房前のカウンターへ進む。

 セルフサービス方式になっているようで、ずらりと横一直線に料理が並んでいる。

 各料理に料理名のプレートが添えられているけれど、走り書きの雑な文字は読みづらい。

 

 見慣れた食べ物だけを選ぶことにして、ラズールさんの後にならって見よう見真似にトレイに料理を載せてテーブルへ着く。


「では、いただきましょうか」


 にっこりと微笑むラズールさんと朝食を取る。

 見た目重視で選んだ、野菜の煮込みはなんとなく知っている風な味で安心した。

 お馴染みの茶色いパンを食べてしばらくすると、ラズールさんが話しかけてきた。

 見ると、ラズールさんのトレイはすでに空になり食事を終えたようだ。


「ソニアヴィニベルナーラ・スマラクトとの面会の件ですが、今日これからシュテフと今回の報告に行きますので、その時に調整してきますね。早ければ、今夜にも会えるかもしれませんよ」

「本当ですか!?ありがとうございます」


 思わずスプーンを握る手に力が入った。

 良かった。もうすぐソニアに会える。


「ちょっと待っててください」


 ラズールさんは自分のトレイを下げに行ったようで、私は残った自分の食事を急いで食べる。



 戻って来たラズールさんが私の前にお皿を置く。

 お皿の上には、厚切りのパウンドケーキが乗っていた。

 さっきの料理の並びにはデザートの類は並んでいなかったから、きっと厨房から特別に出してもらったのかもしれない。


「これは、今朝のシュテフの迷惑料ということで」

「いいんですか?」

「もちろんですよ」


 頷くラズールさんを前に頬が緩んでしまう。

 そこへ鐘の音が聞こえて、ラズールさんは食堂の壁に掛けられていた時知らせを見る。


「いけない。そろそろ行かなければ。……ユズコ、一人で大丈夫ですか?」


 心配そうに尋ねられて、私は不思議に思いながらも頷いた。

 とりあえず今は、この目の前のケーキの味が気になる。

 ドライフルーツのような、色とりどりの欠片がケーキの中に散らばっている。


「?……はい。大丈夫ですよ」

「そうですか。とりあえず今日は、部屋で休んでいてくださいね」


 ラズールさんが食堂から出て行くのを見届けて、私は再びお皿のケーキに向き直る。

 周囲をちらりと窺って邪魔が入らなそうなこと、主に白騎士の来襲が無さそうなことを確認すると、ゆっくりとフォークを持ちあげた。



 ケーキをしっかり堪能し終わるころ、食堂も込み合ってきた。

 ラズールさんの言ったとおり、騎士たちが次から次へと食堂へなだれ込んでくる。

 あっという間に埋まっていくテーブルを無駄に占領も出来ないので、私は食堂を後にした。






 ここはどこだろう?


 いつの間にか迷い出た中庭で、私は途方に暮れていた。

 

 食堂を出て、歩きだして気がついた。帰り道が全く分からないということに。

 それでも建物内で迷子なんてありえない、歩いていればそのうち着くかなと進んだのが良くなかったのかもしれない。

 歩けども歩けども、見知った場所に出ない。

 甘かった。

 もしかしてラズールさんが聞いてくれた大丈夫?は、部屋に一人で戻れるかどうかの大丈夫だったのかもしれない。


 よく手入れされた庭を見渡す。

 建物と建物を繋ぐ渡り廊下から降りてきた庭は、人気も無く静かで冬にしては暖かい陽光で寒くはない。

 すっかり歩き疲れたので、廊下からは見えない位置の木の根元に腰を下ろした。


 少し休憩しよう。

 満腹な上に寝不足で、さきほどから瞼が重くて仕方がない。

 少しここで休んで、それから建物に戻って、誰かに部屋の場所を聞こう。

 幸いなことに、白騎士の名前はメモ出来ているから。


 乾いた幹に身を預けると瞼はすぐに落ちてしまって、戸外にも関わらず私はあっというまに眠ってしまった。



 

 冷たい風に頬を撫でられて、私はまだ重い瞼を持ち上げた。

 見上げた空の高い位置に太陽がある。

 思ったより長く寝てしまっていたようだ。


「いけない。戻らないと……」

「どこに戻るのかな?」

「わぁぁぁっ!!」


 誰に言うともなく呟いた独り言に返事をされて、しかも左耳至近距離で囁かれて私は悲鳴を上げた。



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