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「遠慮はしないでください。これも雇用主の責務の一環ですから。さあ、どうぞ」


 真新しいシャツを差し出すラズールさんの笑顔に何か寒いものを感じて、年代物のコートをかき合わせる。


「いえいえ、結構です。私は王都に着くまでの期間限定の見習い従者ですから。このような支給品は勿体ないですので、遠慮します!!」


 じり、と後ずされば、笑顔のラズールさんが一歩近づく。 

 そしてまるで挟み込むように、背後に白騎士が回って退路を断たれた。


「いいか、白騎士の俺が、そんな粗末なナリの従者を見習とはいえ連れて歩くことなど出来るわけないだろう。これはお前への善意ではなく、仕方なしの必要経費だ」


 後方から苛立った白騎士の声。

 前方からは、あくまで柔和なのに強引さを垣間見せるラズールさんの笑顔に、再びフルリと震える。


「でしたら、お二人から離れたところで行動します。目立たないようにもします!!」

「何を馬鹿なことを言っている。傍に付き従い働くのが従者なのだぞ」

「シュテフからも聞いていましたけど、さすがにその姿で私たちと共に行動するとなると目立つのは確かなんですよね。かえって悪目立ちしては、ユズコも辛いでしょう」


 あぁ。雇用条件の確認を怠ったばかりにこんなことに。

 せめて、あの求人の晩にだったら、服装の自由を主張できたのかもしれない。


「だいたい人見知りなどと不抜けたことを言っているのが、そもそもの間違いだ。せっかく俺が召し上げてやったのだから、この好機を生かし立派な従者に為るべく勤めないでどうするというのだ」


 無茶苦茶で手前勝手な発言と共に、伸びた白騎士の手が遠慮なくコートフードを引き下ろした。

 パサリと背中に垂れたフードに、隠していたモノが露わになって私は思わず身を縮めてしまう。

 まるで叱られる直前の様な、心持と体制で二人の騎士の視線を受けとめる。



「ふん。取り立てて特筆すべき外見ではないな。平凡な。これならフードなど被らずにいる方が、人目を留めぬと思うが」


 あんまりな白騎士の言い草に晒されている私の姿は、まぁ、悔しいながらも白騎士のご意見通りなのだと思う。


 反論する気力も無く、力の入らない手で私はラズールさんから着替えを受け取った。

 ここまで来てしまったら、もう、覚悟を決めるしかないのか。


「手伝いましょうか?」


 ラズールさんが、笑顔で言ってくる。

 なにを?着替えを!?

 ぶんぶんと首を横に振って、私は浴室へ飛び込んだ。

 閉めた扉の向こうからラズールさんの声がした。


「着替えたらすぐに出発しましょう」



 フードを外した自分が鏡に映る。

 肩に着かない位の長さで、緩くウエーブするありふれた茶色い髪。

 長い前髪から見え隠れするのは、凡庸な濃いグリーンの瞳。

 本当に白騎士が言い放った通り、二度見されることのない見た目なのだけど……。


 ふぅ。と大きく息を吐くと私は着替え始めた。

 思い悩んでいる時間はあまりなさそうだし、あまりもたもたしていては乱入されて着替えを手伝われる可能性がある。


 明らかに少年用の洋服に着替えながら、思い出す。

 そうだ、性別年齢の取り違えの件……。

 言うタイミングを完全に逃していることは明白だった。


 はぁ。とため息をつくと、シャツのボタンを上まで閉める前に首にスカーフを巻き直す。

 白いスカーフがなるべく襟元から覗かない様に調整して、ボタンを上まで掛けた。


 意外にもしっくりと着こなせた少年従者の衣装に包まれて、私は浴室の扉を開けた。


「これでよろしいでしょうか?」


 シャツのボタンは一番上まできっちりと掛け、濃いグレーの揃いのズボンとジャケットを着こみ立つ。

 迎えた騎士たちの視線にどうも落ち着けない。


「良く似合っていますよ」

「ふん。やっと見れる様になったな。あとは、その煩わしい髪をどうにかしたいところだが……」

「十分ですよ。さぁ、あとはこれを」


 マントを短くしたような、袖なしの黒いコートを手渡される。

 年代物の私のコートも、白騎士の従者にはそぐわないということなのだろう。

 でも、この新しいコートにはフードが付いているのを私は見逃さなかった。

 が、もちろんラズールさんも見逃してはいなかった。


「コートのソレは我慢してくださいね。慣れなくて辛いかもしれませんが、この先はその姿で頑張ってみてください」


 やんわりと釘を刺され、私は頷いた。

 とりあえずは、首に巻いたスカーフは見咎められなかった。

 ほっとしたところで、鐘の音が聞こえた。

 窓から入ってきた鐘の音は青の刻を告げて、出発する時間になった。





 着用枚数はぐっと減ったのに、むしろ前より暖かいのは衣類の性能の差なのだろうか?

 すきま風の入ってこない新品のコートに包まれて、私は相変わらず馬車に揺られている。

 着心地はもちろん悪くないのだけど、なんだか落ち着かない。

 荷箱に仕舞った、いつもの服が恋しい。

 野暮ったくて無駄に分厚い割に寒さを防ぎ切らないあのコートの方が、なんだかちゃんと守られているようで落ち着いたのになぁ。


 すっかり別人のような装いの自分を見る。

 ぶらぶらと揺れる足元は、新品のブーツ。綻びも勿論無く、サイズもぴったりだ。

 ブーツの他に、荷袋も斜め掛けできる小振りなものを支給された。

 もこもこ手袋の代わりに、シンプルで機能的な手袋も用意されていた。


 こうして見れば、一見はなかなか育ちの良さそうな少年に見えるのかもしれない。


 わざわざ着替え分までも用意された、この従者の衣装は村で揃えられる最上のものだと思う。

 ゆうべ貰ったお給金も、自分が考えていたよりもずっと多かった。


 自分のしている労働量に見合わない、お給金に支給品の数々。

 本当に王都までの期間限定でいいのか、不安になってきてしまう。

 どう考えても、採算度外視な雇用形態に思えてしまうのだけど……。


 背中を這うなんだかうすら寒い予感を振り払うように、私は頭を振った。

 白騎士に言われた通りの煩わしい長さの前髪が、くしゃくしゃと揺れる。


 一抹の不安はあるけれども、とりあえず今は王都に行ってソニアに会うことを最優先事項にしよう。

 その為には、少年として見習従者を勤めることも、甘んじて受け入れて行こう。

 というか、もう、いまさら、どんな感じで訂正すべきなのか分からないのが本当だ。



 ポクポク、カラカラ、ポクポク、カラカラ。


どこか牧歌的な音に励まされて、私は少年従者らしく居住いを正して馬車に揺られることにした。








「移動陣は初めてですか?」


 優しく問うラズールさんに、私は緊張を隠せないまま頷いた。

 足元には円形に構成される複雑奇妙な模様。

 その上に乗るのは、二人の騎士と従者の私。それに荷箱と荷袋。

 この円形の上から、一息に数百キロも離れた王都へ行けるというのだから本当に魔法ってすごい。



 フル村から更に二泊、もちろん白騎士装束一式の洗濯もきっちり二回して、移動陣のある町へと辿り着いた。

 時刻はすでに闇の刻。

 町はどこもかしこも木戸をしっかり閉めて、すっかり静まり返っている。

 本来ならこの移動陣も時間外というところらしいけれど、どうやら事前に通達がされていたようで、石造の堅牢な建物の扉は開かれ中へと通された。



 移動陣は騎士団の詰め所に併設され、管理も騎士団が行っているそうだ。

 数名の騎士たちに迎えられ建物の奥へ進むと、白いタイルのように磨かれた石を積み上げて造った小部屋に移動陣はあった。

 私たちを案内し荷物を置くと、騎士たちは部屋の扉を閉めて去って行った。

 ここの騎士たちはみんな、青灰色の騎士服を身に付けていた。

 どうやら白騎士やラズールさんの方が階級が上のようで、おまけの私まで丁寧に扱われた。

 偉そうにしている白騎士は、本当に偉い地位に居るようだ。



 そして、移動陣を落ち着きなく眺める私の目は不安一色だ。

 上手くやれるだろうか。

 またあの気持ち悪い状況に陥るのだろうか。


 そうこうしているうちに、移動陣の模様が白く発光しだした。


「行き先を念じて目を閉じれば、あとは陣が連れて行ってくれます」


 ラズールさんの落ち着いた声に、私は胸に手を当てて、強く念じた。

 行先は、ホルテンズ王国の王都ヴィオリラ。

 繰り返し念じて、恐る恐る目を閉じる。


 ジワリと胸の中心で熱が産まれたのが分かった瞬間、足元からゆらりと全身が揺らぎ回った。




「到着しましたよ」


 きつく閉じていた目を開くと、先ほどと変わらない景色。

 足元には光を失った円形の移動陣。それを囲む白く磨かれた石の壁。


「あれ?失敗ですか?」


 少しも変わらない場所に首を傾げると、白騎士が呆れたように言う。


「移動陣を失敗など、聞いたことも無い。ここが王都だ」

「同じ造りの場所なので戸惑いましたか。大丈夫ですよ。無事に王都へ移動しましたから」


 いまいち実感の湧かない私を余所に、部屋の扉が開かれ青灰色の騎士達が入ってくる。

 よく見れば、先ほどの騎士たちとは違う顔ぶれだ。

 手早く荷物が運ばれて、私は慌ててそれに着いて行く。

 やはり同じ作りの建物内を抜けて、外へ出る。


 建物の外で馬車が待っていたようだ。御者が暗闇の中、馬車に荷物を積み込んだ。


 控え目な灯りを燈した城下の町並みは、夜目にも立派だということがわかる。

 村や町とは規模の違う辺りに気圧されながら、私は正面を見上げる。



 視線の先には、ここが王都たる所以の、王の住まう王城が堂々と鎮座していた。



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