姉。
※ガールズラブに準ずる描写があります。
私にはお姉ちゃんがいる。
生まれたときからずっと一緒で、
片時も離れたことのなかったお姉ちゃん。
無表情な子だと散々言われてたけど、
私は、お姉ちゃんがホントは照れ屋なだけだって知ってる。
照れてて、感情がうまく出せないだけなんだって知ってる。
私はお姉ちゃんのことなら何でも知ってる。
だって生まれたときから一緒にいたから。
お姉ちゃんだってそうでしょ?
お姉ちゃんだって私の全てを知ってるはずだし、知っててほしい。
だから、お姉ちゃん。
私を、
私だけを、
見て?
「お願いだよ、萌衣ちゃん!」
「ホントにごめんなさい。
お姉ちゃんはそういうのホント嫌うんです。
あんまり感情が顔に出るタイプじゃないから分かりにくいけど、私には分かるんです。
だから、申し訳ないですけど受け取れません。」
私は、ため息をつくと必死に頭を下げている男の肩越しに家の前の道路を見た。
そろそろお姉ちゃんが帰ってくる時間だ。
こんな男につきあわなきゃいけないなら先に帰るんじゃなかった。
そう思ったが、首を振る。
いや、私が先に帰っていなかったらこの男はお姉ちゃんと出会うことになる。
それを避けるために早く帰ってきたんだから。
まだだろうか。
こんな男の相手をしている暇があるのなら、お姉ちゃんと健やかな時間を過ごしたい。
「...ホントに駄目?」
...しつこい男だ。
お姉ちゃんが、あんたみたいなの相手にする訳ないのに。
「...ごめんなさい。」
私はさも申し訳なく思っているように、ばつの悪い顔をして俯いた。
「私は、受け取ってもいいんじゃないかと思うんですけど、やっぱりお姉ちゃんに困った顔させたくないので。」
「そっかぁ...」
男は残念そうに肩を落とす。
本当に、目障りだ。
誰がこんな男を家庭教師として雇ったのだろうか。
私はこの男を雇ったうちの母を心の中で呪った。
お姉ちゃんに相手にされないなら、とっとと諦めてうちの家庭教師なんて辞めてしまえばいいのに。
まあ、個人の恋愛で仕事を左右するほどこの男はバカじゃないか。
私がはあ、とため息をつくと、男は「ごめんね。」と言って、家の前から姿を消した。
やっと帰ってくれた。
いい加減、あの男も諦めてくれないだろうか。
私は自分で言っては何だが、モテる。
それは、この外見とそれに合わせた中身のせい。
私の本当の中身なんて誰も知らない。
お姉ちゃんだって。
...たぶん、私だって。
私は自分を偽り続けることで、異性の目をこちらに引きつけ続けているのだ。
何の為って、それはお姉ちゃんの為に。
お姉ちゃんはとても可愛い。
外見は私と瓜二つでも、内面が全然違う。
一見、無愛想で冷たく思われがちだけど、無表情な訳ではなく、凄く照れ屋で照れを精一杯隠そうとしているだけなのだ。
誤解される度に酷く傷ついているのに、周りには気丈な降りをする。
照れ隠しで心にもないことを言ってしまって、必要以上に落ち込む。
感情を表に出せないお姉ちゃん
こんな優しくて可愛い人、お姉ちゃん以外に見たことがない。
そんな、魅力あふれる人が普通に学校に登校して、普通に学校生活を送っていては悪い虫が付いて、食い散らかされてしまう。
そんなの私が阻止しなければ...!
そう思って、万人受けのする私がお姉ちゃんの近くに常にいて、異性の目を私に向けさせようとしたのだ。
今までにも、お姉ちゃんを好きだというような素振りを見せる奴が何人かいた。
だが、私がちょっと気がある降りをしただけで、手のひらを返したようにお姉ちゃんへのアプローチをやめて、私にアプローチするようになった。
お姉ちゃんは、私のしていることに全く気づいてないみたいで、私にまとわりつく害虫どもを排除しようとしてくれていた。
...そんなところも健気で可愛い。
そんなときだった。
本当にお姉ちゃんのことが好きで、どんなに私が誘惑してもちっともなびかない男が現れたのは。
彼は私のどんな言葉も聞かず、ただお姉ちゃんだけを見て愛を捧げ続けていた。
まあ、お姉ちゃんは全く気づいてなかったみたいだけど。
余りにも思い通りにならないものだから、ついカッとなって「お前なんかお姉ちゃんにちっとも相応しくない!」と、言ってしまったことがある。
幸い、彼はそんな私の一面に薄々感づいていたようで、“お姉ちゃんに告げ口する”とか“取り乱す”とか愚かな行為をしようとしなかった。
まあ、例えお姉ちゃんに告げ口したとしても、お姉ちゃんは彼ではなく私の味方をしてくれただろうけど。
ただ、私にはっきりした敵対心を持ったようで、度重なる嫌がらせをされた。
そんな嫌がらせ、私は何ともなかったのだけど、偶然お姉ちゃんに見つかってしまって、お姉ちゃんが私の代わりに彼に“オトシマエ”をつけてくれた。
それ以来、彼はお姉ちゃんの近くに現れてない。
彼に入れ替わるようにして私たち姉妹の前には、あの男ーさっき玄関前で話してた男ーが、現れた。
彼は家庭教師で、高校に入学と同時に勉強に着いていけなくなっていった私達のために母が頼んでおいた人だった。
彼はとても気さくで優しい人で、教え方もうまく当初はとても好感が持てた。
だが、もとから私たち姉妹に興味があったようで、気さくなのではなく私たちと話がしたかっただけのようだった。
優しいのではなく、単純に私たちの気が惹きたいようであった。
そうと分かってしまうと凄く鬱陶しくて仕方ない。
お姉ちゃんは私を守ろうと頑張ってたけど、結局のところあの男が惹かれたのはお姉ちゃんだった。
今までも私のうちにプレゼントを持ってきて幾度となく渡そうとしている。
お姉ちゃんの手に渡っていないのは、私の努力の賜物だ。
今は彼はうちの住所しか知らないが、もし私たちの高校の住所まで知ったら、高校まで着いてくるんじゃなかろうか。
考えるだけで恐ろしい。
「ただいま。
今日、玲二さんは?」
門の前でぼうっとしている私に、いつの間に帰ってきたのかお姉ちゃんが声をかけてきた。
「え?
玲二さん?
きてないよ?」
咄嗟に口から出たのは出任せ。
仕方ないと思う。
私のお姉ちゃんが、帰宅後に口にした始めての名前があの男の名前だったのだから。
それにしても、今日は家庭教師を頼んでいる日じゃない。
だって、今日お姉ちゃんは部活で帰りが遅くなったのだけど、あの男が家庭教師として来るのはお姉ちゃんの部活がないときだ。
どうして、お姉ちゃんは今日あの男が来るかもしれないなんて思ってるの?
「そっか...
萌衣、あの人と二人っきりになっちゃ駄目よ。
いくら玲二さんでも、萌衣みたいに可愛い子が相手だといつ襲ってくるか分かんないんだからね?」
お姉ちゃんは、分かってない。
本当に危険なのはお姉ちゃんなのに。
お姉ちゃんが思うほど、私は魅力的じゃない。
お姉ちゃんの方がよっぽど素敵。
まぁ、そう言ったところで信じてもらえないんだろうけど。
それに、お姉ちゃんはいつだってあの男を聖人君子のように言うけれど、あいつの底はきっと下心でいっぱいのはずだ。
私は、お姉ちゃんに見つからないようにため息をついた。
早くあの男が諦めればいいのに。
お姉ちゃんがあの男に毒される前に。
だけど、もうすでにそれは遅かった。
「だから、申し訳ないですけど無理なんですって!」
私の声が木霊する。
私がこんなに声を荒げる(?)のは珍しいことだ。
いつでも完璧お姫様を演じてたから。
それにしても、今日はしつこい。
早く諦めて帰ってくれないかな、お姉ちゃんが帰ってきちゃう。
「一個くらいは受け取ってくれないかな?」
駄目だっつーの!
そう言いそうになるのをこらえて、笑顔で突き返す。
そんな攻防をしていたときのことだった。
「えっ...?
萌衣...?」
かすかにお姉ちゃんのつぶやきが聞こえ、振り返ると顔を真っ青にしたお姉ちゃんが立っていた。
目を見開き、口をわなわなとふるわせ、顔は今にも倒れそうなほど青白くなっている。
...どうして。
どうしてそんな顔するの?
今の状況から、お姉ちゃんはあの男が私に思いを寄せていると判断したのだろう。
...なら、
なら、なんで顔を青くするの?
いつも、私はいろんな人の好意を受けていたけど。
そんな顔、したことなかったじゃない...。
私がどんな人に好かれても、その顔に浮かぶのは怒りであって、悲しみじゃなかったじゃない...。
なのに!
どうして!?
いま!
そんな顔してるの?
「あ!
麻衣ちゃん!」
あの男の声で我に返って見渡すとお姉ちゃんはすでにいなかった。
......。
この男のせいだ。
コイツがきてから何もかも狂った。
「.................................帰れ」
私は低いかすれた声で言った。
「え?」
「帰れっつてんの!!」
私が声を荒げると男はビクついた。
情けない。
男は少し狼狽えたように周囲を見渡した。
そして
「ごめんね」
いつもみたいにそう言って、帰っていく。
その背中を見ながらお姉ちゃんのことを考えた。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
お姉ちゃんが異性を好きになるなんて...
見間違いだと思いたい。
いや、認めたくない。
でも、私がお姉ちゃんの表情を見間違えるはずがない...。
あれは...好きな人が別の人を好きだって分かってショックを受けているような、顔。
どうしよう。
今まで守り抜いてきたのに。
誰にも触れさせないようにしたのに。
お姉ちゃん宛てのプレゼントは先に私が開いて、破壊してしてやった。
その後で私が手を加えてお姉ちゃんにプレゼントした。
そうすれば、お姉ちゃんは私の創った物に囲まれる。
あんな奴らのあげた物なんて側にはおいて欲しくないけど、粉々の破片を捨てることは出来なかった。
お姉ちゃんに見つかってしまいそうで。
いろんなプレゼントがあった。
ペンダントに指輪。
香水に入浴剤。
セーターにマフラー。
すべて私の破壊によって生まれ変わり、お姉ちゃんに使われているはずだ。
だが、本来はお姉ちゃん宛にだれもプレゼントを贈らないように目を光らせ阻止しようとしている。
お姉ちゃんに好意を持って話しかける奴がいれば、次からは話そうと思えないように、あることないこといろんな噂を流して孤立させた。
お姫様みたいに扱われていた私の言うことを疑うヤツなんていなかったのだ。
そんな状況は怖くもあったが、むしろ役立ったのでさほど気にならなかった。
今回はどの手も使えなかった。
いつもならこんな奥の手を使わなくてもいいように、私の虜にさせるのに、私には騙されなかったし。
だからといって奥の手はどっちも使えない。
今の状況では、下手すると私の方が嫌われてしまう。
お姉ちゃん...。
どうして私じゃないの?
私ならお姉ちゃんだけを見るのに。
あんな趣味の悪い物送ったりもしないし、
嫌なことなんてさせないのに。
どんな人の目にも触れさせたくないほど好きなのに。
やっぱり、お姉ちゃんは普通の人みたいに学校に行かせては駄目だったんだ。
誰の目にも触れさせないように城の中に住まわせて、私だけがお姉ちゃんへ謁見する。
もっと早くこうしていれば!!
この事態は防げたのに!
可愛い妹のポジションだったけど、お姉ちゃんの心の中の一番だった。
それを守れたのに。
どうして?
どうしてアイツ?
ねえ!
何が劣っているというの?
教えてよ!?
そこまで考えてやめた。
やっぱり、私の思い違いだったのだと思おうとした。
いや、実際そうなのだ。
お姉ちゃんが私以外を見るはずないもん。
私があの男に劣るなんて到底考えられないもん。
頭では分かってても認められないんだよ?
ふふっ。
そうよ、こんなことを思ってたの。
「知らなかった?」
うん、うん。
そうだろうね。
でもね、
私は今、すっごく機嫌がいいの...
あの日あんなことがあったけど、やっぱりお姉ちゃんは私を見捨てていなかった。
あの男を選んだ訳じゃなかった。
今ではそう思える。
なんで、機嫌がいいのかって?
そんなの決まってる...
だって...
だって、新しいおもちゃを見つけたから。
だって、お姉ちゃんがあの男と喧嘩してたから。
だって、お姉ちゃんがあの男の送り迎えを断っていたから。
だって、お姉ちゃんはやっぱり私を見ててくれるから。
だって、お姉ちゃんは...
もうすぐ私だけの物になるんだから。