妹。
「ホント、麻衣ちゃんと萌衣ちゃんは似てないよねー」
玲二さんの声が、後ろから聞こえる。
「何言ってるんですか!?
バカなんですか?
これほど似てる双子は見たこと無いとよく言われますが。」
私が、玲二さんの方を見ずに言うと、彼はクスクス笑って、
「僕が言ってるのは、外見じゃなくて内面のことだよ。
君たち外見はそっくりなのに性格は正反対だよね。」
と言った。
私と萌衣は確かに正反対だ。
可愛らしくて表情豊かな萌衣は、幼い頃から人気があった。
みんなが可愛いというと、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
私はと言うと、その横で何が不満なのかムスッとしている。
可愛いねえと言われても、にこりともせず、「ありがとうございます」と言うだけ。
私は、萌衣の引き立て役だった。
幼い頃のアルバムをめくると苦い思い出が蘇る。
萌衣は性格もいい。
双子だから私と萌衣は同い年なのに、一応姉である私を慕ってくれている。
私がどこに行こうとついてきて、何をするにも私に報告する。
その姿が愛らしいと、さらに評判を呼んだ。
萌衣は近所じゃ、ちょっとしたアイドルだ。
「...麻衣ちゃん?」
「きゃっ...!?」
私は考え事をしていたせいで、玲二さんがいるのを忘れていた。
驚いて見上げると、玲二さんが私の顔をのぞき込んでいた。
「...なんですか、近いんですけど。」
我ながら可愛くない台詞だと思う。
でも、あまりにも玲二さんの顔が近くて動揺してしまったのだ。
すると、何を思ったのか玲二さんは
「やっぱりね。」
と言った。
「何がですか?」
「さっきも言ったけど、麻衣ちゃんも萌衣ちゃんも可愛いよ。性格は正反対だけど、どっちも可愛い。」
何を言っているのだろう。
私は、目を見開いた。
顔が可愛いと言われるのは双子だから分かるけど、今玲二さんが言ったのはどう考えても性格のことだろう。
この、素直でない愛想のない女のどこが可愛いのだ。
「私と萌衣の可愛さを一緒にしないでください!
私が可愛いなら、萌衣は可愛いなんて言葉じゃ表せませんよ!」
「...毎度のことだけど、麻衣ちゃんって、萌衣ちゃんのことになると人が変わるよね。
ここまで麻衣ちゃんがシスコンだとは思わなかったなぁ。」
玲二さんは呆れた様子で微笑んだ。
玲二さんはそう言うけれど、当然だと思う。
あんな天使のような子が妹なら、どうしても可愛がりたいと、守りたいと思う。
私は萌衣にコンプレックスを感じているけれど、それ以前に大好きなのだ。
「まあ、良いけど。」
そう言って玲二さんはそっぽを向く。
それっきり、玲二さんは話しかけて来なかった。
私と玲二さんは無言のまま、横に並んで歩いた。
無言が少し苦しい。
私は、隣を歩く玲二さんを気付かれないように盗み見た。
整った凛々しい顔が目に映る。
どうして、玲二さんはこんな私に優しくするんだろう。
いや、わかっている。
優しくしたいのは本当は私じゃなくて萌衣なのだ。
何度も玲二さんが萌衣に何かを渡そうとしているのを見た。
私もお菓子を戴いたことがあったけれど、あれは萌衣の好きなお菓子だったし、あれっきり何か物を下さったことはない。
玲二さんは、萌衣が困ったような顔をして何度断っても、プレゼントを渡そうとしているのだから、よほど萌衣が好きなんだろう。
私に優しくするのもそのせい。
私を利用して萌衣に近づくため。
わかっている、分かっているのに。
私はこの思いを断ち切れない。
いつも、萌衣に近寄る男は追い払ってきたのに、玲二さんと萌衣が、うまく行けばいいと思ってる。
玲二さんと繋がっていたいという邪な考え。
「あ、」
玲二さんが声を出した。
「家についたね。」
顔を上げると見慣れた表札が目に入る。
やはり玲二さんは優しい。
彼は、私たちのただの家庭教師なのに、私たちの高校まで迎えにきて、家まで送ってくれる。
どうしてここまで優しくするんだろう。
萌衣との繋がりが欲しいにしても、私を巻き込まないでほしい。
こんなに優しくしないでほしい。
期待なんかさせないでほしい。
私のことはいいから、萌衣だけ送ってくれればいいのに。
こんなに優しくされたら、萌衣との仲を喜べなくなってしまう。
あきらめきれなくなってしまう。
「もう、こう言うのやめてください。」
私は思い切って口を開いた。
「え?」
「私ではなくて、萌衣を家まで送ってくれれば良かったのにって言ってるんです。」
玲二さんの態度に腹が立ち口調がきつくなる。
やっぱり、可愛くないなあと心の中で自虐的に笑った。
「でもさ、」
玲二さんが、口を開いた。
「でも、今日は萌衣ちゃんは部活無くて、麻衣ちゃんは部活あったんでしょ?
だったら、麻衣ちゃんの方が帰り遅くなるんだから、麻衣ちゃんを送るのは当たり前でしょう。」
そう言うことを言ってるんじゃない。
どうしてわかってくれないんだろう。
「私は少々のことがあってもどうにかできますけど、萌衣は絡まれて怖い目にたくさん遭ってるんです!」
「それは麻衣ちゃんも一緒でしょ?
どうにかできるって、どうにかできなかったらどうするの!?」
なお食い下がる玲二さん。
どうして、納得してくれないの?!
帰りが遅くなるのは大抵私だから、萌衣を送った方が負担が少ないのに。
「もういい、わかった。
萌衣ちゃんがそんなに心配なら、萌衣ちゃんを毎日家まで送る。」
良かった。
私は、ホッとして顔を綻ばせた。
「ただし。」
安心しきった私を見下ろして玲二さんが言う。
「麻衣ちゃんも毎日送るから。」
どうして!?
「私、毎日部活があるので、萌衣の帰る時間より随分遅くなるんですよ!?
そんな、二度も往復させるなんて...
それを、毎日するって言うんですか?
そんなことさせられません!
萌衣だけお願いします!」
冗談じゃない。
私と玲二さんの交流を少しでも減らそうと思ったのに、毎日送ってもらっては逆に増えてしまうではないか!
「麻衣ちゃんも女の子なんだよ?
麻衣ちゃんも萌衣ちゃんと同じ女の子。
心配するのは当然だよね?」
「勝手にしてください!!」
私は、玲二さんにそう叫ぶと家の中に入った。
玄関で靴を脱ぐとリビングに向かう。
どうして、納得してくれないのだろうか。
玲二さんの分からず屋!
私は、心の中で玲二さんをなじりながら、リビングのドアを開けた。
すると、萌衣が机に突っ伏して何かをしているのが目に入った。
「萌衣、ただいま。」
「あ!」
おかえりー!!
お姉ちゃん!」
にこにこと笑う萌衣。
今日はいつもよりすこぶる機嫌がいい。
何があったのだろう。
最近はとても機嫌が悪かったようだったんだけど。
まあ、萌衣の機嫌が悪いというのは普通の人と次元が違う。
彼女はいつも通り振る舞っているつもりなのだろうし、周りもそう思っている。
でも、生まれてからずっと隣にいた私は萌衣が機嫌が悪いときの笑顔と、そうでない心からの笑顔の区別が付く。
これは、ちょっとした自慢だったりする。
ふと、机に目を向けると机が水浸しで何かきらきらしたものが散らかっていることに気づいた。
きらきらとしたものは、何だか少し尖っていて危険な気がする。
「...萌衣、何それ?」
「これ?
きれいでしょう?
いま、お姉ちゃんにプレゼント作ってたの!」
萌衣は、とても嬉しそうに答えた。
彼女の趣味は、持ち前の手先の器用さを使った小物づくりだ。
時々、その小物を私にプレゼントしてくれる。
きらきらと光る金属片を散りばめたコルクボードとか、手作りのアロマキャンドルとか、揃いの色の毛糸で編まれた奇妙な色合いの帽子、マフラー、手袋とか、フランケンシュタインみたいな熊のぬいぐるみとか。
随分個性的で、初めのうちは戸惑っていたが、もうなれた。
最近はめっきり減っていたので、楽しみでもある。
「ありがとう、萌衣。だけど、その水浸しの机は後で拭いておいてね?」
私がそう言うと、萌衣はにっこりほほえんだ。
私は知らない。
机に散らかっているきらきらと光る物がガラス片だということを
私は知らない。
玲二さんが萌衣に渡していた物は、萌衣へのプレゼントではなく、私へのプレゼントだということを。
私は知らない。
萌衣がなぜ、最近機嫌が悪かったのかを。
私は知らない。
萌衣の作る小物はなぜ独創的なのかを。
私は知らない。
玲二さんから輸送でスノードームが送られてきたことを。
私は知らない。
その後、玲二さんがどうなったのかを。