四
ゴゴゴゴ……と低い地鳴りが響き渡る。
ザッと鳥の大群が飛び立った。どこにあれほどの鳥が隠れていたのだろう、というほどの数である。
サリは無意識のうちにマリアとリルの姿を探した。
一行がキルツにやってきてほぼ一月になるが、小さな地震の群発は続いていた――徐々に頻度を増しながら。特に、この一週間は顕著になっている。わずかな揺ればかりなので、誰も気にはしていないが。
サリの視線の先で、マリアはリルの手を握って、ジッと立ち尽くしていた。怖くて動けない、という様子ではない。まるで、魂がどこかに飛んでいってしまっているようだ。リルはそんなマリアを、首をかしげながら見上げている。
心配になったサリが足を踏み出したところで、不意にマリアは辺りを見回し、サリに気付くとリルの手を掴んで走ってきた。
「サリ、ここから逃げよう」
「え?」
「早く」
マリアは空いている方の手でサリの手を掴むと、グイグイと引っ張ろうとする。
「ちょっと待って、マリア。このくらいの地震だったら大丈夫だよ」
「でも、みんな逃げてる」
「皆?」
言われてサリは周囲を見回したが、町の人々はのんびりと普段どおりの生活をしている。
「誰も逃げてないじゃないか」
「逃げてるよ。怖がってる」
マリアのいつになく必死な様子に戸惑うサリの肩に、背後から手が置かれた。
「スレイグ?」
スレイグの顔に、いつもの軽い調子が微塵もなく、怖いほどに鋭い眼差しを向けている。サリの肩を掴んだその手には、痛いほどに力が込められていた。
尋常ではない二人の様子に、サリの心にも不安が満ち始める。
「何なんだよ……?」
「すまない」
唐突にスレイグの口から零れた謝罪に、サリの戸惑いはいや増した。
「何を謝ってるんだよ?」
スレイグらしくない真剣さに、サリの声は上ずってしまう。何故か、追い詰められた獣のような心地がした。
「あぅっ」
スレイグに気を取られていたサリの背後で、マリアが小さな声を上げる。
「マリア!?」
振り返ったサリの目に映ったのは、地面にくずおれたマリアと、その先に佇む見知らぬ女の姿だった。女は身を屈めると、マリアに手を伸ばす。
とっさにスレイグの手を振り払い、サリはマリアに駆け寄った。ひざまずいて呼吸と脈を確かめ、しっかりと触れることに安堵の息を吐く。サリは自分たちを見下ろす女をキッと睨み付けた。灰色というよりは銀色に近い目の色と同じような銀色の髪の女はどこか硬質な印象があり、その眼差しは冷ややかだ。
「あんた、誰なんだ!? マリアに何をしたんだよ!」
語気荒く投げつけられる問いかけにも、女は起伏なく答える。
「私は、グラシアナ・スターシャと呼ばせています」
「グラ……?」
聞いたことのある名前を、サリが問い返すことはできなかった。背中に何かが押し当てられ、それと同時に視界が暗転する。
「……すまない」
もう一度、その声が聞こえたような気がした。
――何を謝ってるんだよ?
そう尋ねる事も叶わず、サリの意識は闇に飲み込まれていった。