二
それは、軽い眩暈のような、小さな揺れだった。
大樹にとまっていた無数の小鳥が、いっせいに羽ばたく。
サリは足を止めて、周囲の様子を窺った。
「また、地震だねぇ」
前を歩いていたスレイグも、のんびりと周りを見渡している。
「何だか、最近多いな」
サリは腕にしがみついているマリアの頭を撫でながら、呟いた。
ここ数ヶ月、小さなものばかりではあるが、明らかに地震が増えていた。まるで、冬眠していた巨大な蛇が目覚めようとしているかのような地響きが、気持ち悪い。
「サリ、怖い?」
見上げてくる深紅の瞳は、まるでサリの内心を映しているかのように、揺らいでいる。
「怖いのとはちょっと違うな。小さい地震だから、怖くはない。不安、とか、心配とかいうんだ」
サリはマリアを安心させようと、笑顔を向けた。だが、マリアは離れようとしない。
「わたしは、怖い。何かいやな感じがする。ザワザワする感じ」
口の達者なスレイグが同行するようになって、彼に言葉を教えられたり、彼とサリとの会話を聞いたりするうちに、マリアの言語能力は飛躍的に伸びた。サリも教えてはいたのだが、そもそも彼女自身、口がうまいほうではない。女性らしい言葉遣いともかけ離れている。マリアとの会話が増えたことだけは、スレイグが同行するようになって、唯一よかったと思える点かもしれない。
「ザワザワって何?」
「ザワザワはザワザワ。皆、落ち着かない感じ」
マリアはしばしば不思議な物言いをする。その力によるものが大きいかもしれないが、感性も変わっているようだ。彼女が言うことを、今ひとつ、サリには理解できないことが時々ある。
この時も、『皆』とは誰のことだろうと思いつつ、サリは相槌を打った。
マリアは、サリの腕にしがみついたまま、ネコが空気の匂いを嗅ぐように、鼻先を上げる。
このざわめきをサリにうまく伝えられないことが、マリアにはもどかしい。何か、大事なことのような気がするのだ。
サリにも、マリアの様子が何かいつもと違うことがわかっていたが、これもまた曖昧なものなので、深くは突っ込んでいけなかった。
互いに互いのことを気遣いつつ、結局どちらも踏み出せずにいる。
そんな二人に、前を行くスレイグが声をかけた。
「二人きりの世界を作られると、お兄さんは妬けちゃうな」
軽い物言いに、サリは自分の足が止まっていたことに気づかされる。
「あ、ああ。マリア、行こう」
今、三人は、この国のほぼ中心に位置する町キルツを目指して道を進んでいる。
『世界樹の眠り』は各地に広がっており、避けて通るのは不可能だ。そうなると、人が少ないよりも多い所の方が紛れ込むことができていいだろう、という結論に達したのだ。
元々この国は山が多いことで知られているが、目的地としているキルツは、この国の中でも特に優美な山の麓にある。きれいな円錐形と、数ある山の中でもずば抜けた標高を誇るその山は、温泉でも有名だ。観光地で宿代が高い、とサリは渋ったが、自分につき合わせている間の費用は出すから、とスレイグに言われて承諾した。サリ達も次の行き先は決まっておらず、たまにはマリアに贅沢をさせてやりたいとも思ったのだ。
目的の町まで、あと一日程度のところまで来ているのだが、随分と人通りが増えてきた。評判どおりに盛っているのだろう。また、マリアに面白いものを見せてやれるに違いない。
サリは好奇心で目を見開くマリアを想像して、心を弾ませる。
「もう少しだから頑張ろうか」
サリが励ますと、マリアはコクリと頷いた。




