四
一晩明けて、サリたちが泊まっている宿屋に、若夫婦と人騒がせな子どもが訪れた。
子どもは怪我もなく、自分が町中を騒がせたことなど、どこ吹く風、だ。
それでも、両親に言い含められてきたのか、満面の笑みでお礼を口にする。
「助けてくれて、ありがとうございました!」
元気はいいが、完全に棒読みの子どもに続いて、若夫婦も丁寧に頭を下げる。
「本当に、何と言っていいか……。あなた方が気付いてくださらなければ……」
再び、母親の目尻に涙が光る。
「いいんだ。見つかってよかったよね」
サリは何となく自分の母親を思い出して、胸の中が温かくなる。
その横で、スレイグが父親に声をかけた。
「しかし、あの井戸、ちゃんと塞いでおいた方がいいですよ? また、同じ事が起きるかもしれないし」
「ええ。ただ、普段は板の上に重石も載せてあって、そう簡単には、蓋は外れないようになっているんです。昨日は何であんなことになったのか……」
「へえ。誰かが何かの用で外して、戻し忘れてんですかねぇ」
「でも、使い道なんてないんですよ。今回の事もあるし、もう埋めてしまおうかという話も出てるんです」
「その方がいいでしょうね」
男二人の話はそれで締めを迎える。
若夫婦の主な話はそれでおしまいのようだったが、彼らはチラチラとマリアを見て、しばし口ごもった後に切り出した。
「あの子の目は紅いんですね……」
「……ああ」
サリはあまり触れて欲しくなかった方向に話題が進み始めたのを悟る。
「あの時、あなたたちの周りにいた者が、マリアちゃんはとても……不思議な感じだったって……」
母親は言葉を選んで口にする。
「そうかな。目の色は変わっているけど、別に普通の子だよ」
「でも、誰も判らなかったこの子の居場所を見つけるなんて……。あの、もしかしたら、グラシアナ様と同じようなお力を持ってらっしゃるんじゃないんですか? ほら、『世界樹の眠り』の……。私たちも信徒なんです!」
感極まった母親の声に、サリは何と答えるべきか迷う。彼女の沈黙が不自然な長さになる前に、スレイグが口を挟んだ。
「マリアはちょっと勘がいいだけですよ。ほら、子どもって、そういうところがあるじゃないですか。でも、大事になると面倒だから、あまり変な噂は広げないで欲しいんですよね」
軽い口調のスレイグに、若夫婦は少し顔を見合わせると、頷いた。
「そうですね。すみません、浮かれてしまって」
「いいえ。では、子どもさんを大事にしてくださいね」
やんわりと追い出しにかかったスレイグに、二人は気付かなかった。促されるままに、手を振る子どもを連れて部屋を後にする。
彼らの姿が消え、足音が遠ざかると同時に、スレイグは渋い顔を見せた。
「マリアちゃんは、本当に何か力を持ってるのかい?」
「あたしにもよく判らないよ。目に見えるもんじゃないし。でも、閉じ込められていたのは事実だし、何かはあるとは思う」
サリの返事に、スレイグは腕を組んで考え込む。
「いずれにせよ、早めにこの町を出たほうが良さそうだ。あの若夫婦が言いふらすことはないと思うけど、多分、他の人から色々広まるのは時間の問題だよ」
まあ、まだ猶予はあると思うけどね、と呟くスレイグの声を背中で聞いて、サリはマリアを見つめる。問題の中心である少女は、普段と変わらぬ様子で椅子に座っていた。忘れかけていた追っ手の影に、サリは不吉な予感を覚える。
何かが着実に迫っているような、気がした。