交易権ひとつ分の人質花嫁でしたが、わたしを捨てたはずの冷たい辺境伯に「国ひとつでは安すぎる」と言われました
「お前の値段は、交易権ひとつ分。高い買物だった」
嫁ぎ先のお屋敷の玄関で、わたしは旦那様に開口一番そう言われた。
挨拶より先に値踏みされる花嫁なんて、たぶん大陸じゅうでわたしひとりだろう。
旦那様は、氷の柱みたいに突っ立ったまま眉ひとつ動かさず、さらにこう言ってのけた。
「そして、お前の役目はすでに終わっている」
それだけ言って、くるりと背を向ける。
出迎えの挨拶、以上!
冷たさではひけをとらない冷凍庫だって、開けたらもうちょっと愛想があると思う。
でも、わたしはちっとも傷つかなかった。
なにせ、冷たくされることにかけては実家で年季入りなのだから。
わたし、リゼット・ベルナールは、港と交易の国エルスタニアで、貿易商も営む子爵家の長女として生まれた。
そしてベルナール家では、物心つく前からすでに『いらない子』だった。
妹のミレーヌが家族のアイドルなら、わたしは台所の隅に置かれた予備の椅子みたいなもの。
食事は家族と別で、台所の残りもの。服は使用人が使い古したもの。
妹が花瓶を割っても、よその家のブローチを失くしても、「お姉さまがやったの!」のひと言で、犯人はわたしに決まる。
父は確かめもせず、わたしを物置に閉じこめた。
わたしの誕生日は一度も祝われなかったのに、妹の誕生日には一晩じゅう給仕に立たされた。
そんな父が、ある日めずらしくわたしの名前らしきものを呼んだ。
「リセット、お前の嫁ぎ先が決まった。北のヴァルクラストだ」
ヴァルクラストは、国王イヴァン四世がなんでも決める独裁国家。
権力者の妻や子は『国の人質』として扱われ、夫が国を裏切れば、人質は処刑される。
しかも女には人としての権利がなく、奴隷同然に扱われるというウワサだった。
父はそんな劣悪な国に娘をやろうとしていて、そのうえホクホク顔でいる。
よくよく聞いてみると、辺境伯にわたしを差し出せば、ヴァルクラストとの交易権が手に入るそうなのだ。
……それって、花嫁じゃなくて生贄の言い換えでは……!?
しかし奴隷扱いなのはこの家にいても変わらない。
そして奴隷同然のわたしには、選択権はない。
「いらない子のお前が、生まれて初めて家の役に立てるのだぞ! 盛大に送り出してやるからな!」
父はそう言っていたけど、嫁入りの日に見送りに出てくれたのは使用人だけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヴァルクラストは、ウワサどおりの土地だった。
女は夫の許しなく口をきいてはならないし、食事は男より後に取らなくてはならない。
先に寝てもいけないし、起きてもいけない。
曲の歌詞になりそうな禁止事項が、ぎっしりと存在していた。
そして旦那様も、前評判どおりの人だった。
レオニード・ヴォルコフ辺境伯。またの名を『霜風のレオニード』。
若くして裸一貫で辺境伯までのぼりつめたそうで、目的のためなら手段を選ばぬ切れ者。
特にウワサを使った情報戦や心理戦に長けており、裏では『陰風のレオニード』などとも呼ばれているらしい。
その名の通り、彼は冬の風のごとく冷たかった。
食事は別々で、会話は一日三語。
「ああ」「そうか」「下がれ」。以上。
でも、わたしはへこたれなかった。
だって食事が別でも、出てくるのは残りものじゃなくて、湯気の立つスープ。
寝室は別でも、物置じゃなくて寝室のベッドで寝られる。
服は誰のお下がりでもない新品で、叩いてくる人も閉じこめてくる人もいない。
ようは、天国である!
ある晩、廊下ですれ違いざまに、旦那様が足を止めた。
「……お前は、なぜ平然としていられる」
「平然、とは?」
「この国の女ならまだしも、他国から嫁いだ女は、ここでの扱いに耐えきれずに泣いて逃げ出す」
わたしは正直に答えた。
「ここは、これまでわたしがいた所より、ずっとましです」
「そうか」
旦那様は考えるような間を置いたあと、こう言った。
「今日からは、食事はいっしょに取れ」
「え? でも……」
この国の掟は……? というわたしの疑問は、有無を言わせず向けられた背中に霧散させられた。
それからわたしは、旦那様と三食をともにすることになる。
食事中はさすがの彼とも二言三言、言葉を交わした。
最初は他愛ない話だったものが、わたしの生い立ちの話をするようになる。
物心つく前から、家族から虐げられていたこと。
残りものの食事から、見送りが使用人だけだった嫁入りの日まで。
彼はわたしの言葉を遮ったり鼻で笑ったりせず、ただ黙って聞いてくれていた。
「そうか」の相槌だけだったけど、わたしはそれでも話し続けた。
気がつくとなにもかも、彼に話してしまっていた。
そして気がつくと、彼も自分のことを話してくれるようになっていた。
わたしはその話に、いっしょうけんめい耳を傾けた。
人と話しながらする食事が、こんなにも料理を美味しくし、そして楽しい気持ちにさせてくれるなんて知らなかった。
それから一年ほどして、旦那様はヴァルクラストからの出国を許された。
理由は簡単。わたしという人質ができたからだ。
その旅立ちの前日、夕食の場で、わたしは彼にこんな話をした。
「この国に嫁ぐと決まったとき、正直、最初は嫌でした。でもいまは、とても気に入っています。この国は、不思議と落ち着けます」
わたしは言葉をしめくくるように、頭を下げた。
「そしてこの家も、大好きです。わたしをもらってくださって、ありがとうございます。わたしは、とても幸せ者です」
旦那様はいつものように黙って聞き終えると、ぽつりと言った。
「そうか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
出発の朝、旦那様は馬車の中から、吹き下ろす風のような視線でわたしを見下ろしていた。
この颪にも、もう慣れっこになったわたしは冗談めかして言う。
「いってらっしゃいませ。素敵なお土産、よろしくお願いしますね」
「ああ」
この手のフリはいつも黙殺されるのだが、今日は珍しく反応があった。
「期待して待っていろ」
「え……? あ、はい、ありがとうございます」
彼のこの言葉の意味を知ったのは、そこからさらにひと月後のことだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……バサッ!
手から落ちた新聞の一面に、大きな見出しが躍っていた。
『ヴォルコフ辺境伯、エルスタニアへ亡命。ベルナール子爵家の次女ミレーヌ嬢と婚約』
この国において、人質である妻は、夫が国を裏切ったら処刑される。
旦那様はそれを、誰よりもよく知っているはず。
と、いうことは……。
彼は、この国を抜け出すための『道具』にするために、わたしを……!
しかし、ショックに打ちひしがれているヒマなどなかった。
わたしはその日のうちに、王都へと引っ立てられてしまう。
独裁だけでなく、好色。
さらには新しいものや話題になっているものが大好きだというミーハーな王様は、指輪だらけの手でアゴをなでつつ、単刀直入に言った。
「うむ、ウワサどおりの美しさじゃのう。今日からそなたは、余の愛人じゃ」
このときわたしの頭のなかでは、彼の言葉が鳴っていた。
『期待して待っていろ』
これが彼の言っていた、『素敵なお土産』……!?
彼は王都にわたしのウワサを流して、処刑されるわたしに、生き延びる道をくれたのだ。
そう……! 他の男の愛人として、生きる道を……!!
国王はわたしの頭のてっぺんから、足のつま先までを眺めまわしている。
ジロジロというよりベロベロという擬音がしっくりくる、草食動物を見る獣のような目で。
「喜べ、余のコレクションに加えてやるのじゃ。おおっと、夜は逆に咥えてもらうがの。がはっはっはっは!」
家臣たちはみな大げさに大爆笑。
まるで決定事項のように話が進んでいく。
この国において、女に選択権などないのだ。
しかしわたしの口はひとりでに動いていた。
まるで息を吸うように、吐くように。
「お断り、いたします」
「……なんじゃと?」
玉座の肘掛けが、ミシリと鳴った。
「わたしには、夫がおりますので」
「そなたは捨てられたのじゃぞ!? それなのに操を立てるというのかっ!?」
あの人に立てる操なんてない。
だってあの人は、わたしの手すら触ったことがないのだから。
「ならば死ぬのじゃ! 半年後の建国祭の広場で、公開処刑にしてくれる! ヤツへの見せしめとして、エルスタニアの新聞にも載せてやるのじゃ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
処刑の日の広場は、お祭りみたいな人だかりだった。
「あれが裏切り者の妻か!」
「陛下の愛人を断ったらしいぞ!」
「バカな女だ……」
わたしは処刑台の柱に縛りつけられていた。
隣には、黒い頭巾の大男の刑吏が、斧を抱えて立っている。
特等席の王様が、身を乗り出して叫んだ。
「最後の情けじゃ! 余を愛していると叫ぶのじゃ! そしたら助けてやるのじゃ!」
広場が、しんと静まりかえる……より早く、わたしは叫び返していた。
「いやですっ!!」
王様の顔が、ゆでダコみたいに真っ赤になる。
わたしは「あ~あ」という気持ちになっていた。
言っちゃった……ここでウソでも「愛してます」って言っておけば……。
わたしは、生きられたのに……。
でも、嬉しかったんだ……。
あの地獄のような日々から、救い出してくれたことが……。
彼にとっては『交易権』と『亡命権』を手に入れるための、ただの取引に過ぎなかったんだろうけど……。
わたしにとっては、彼とともに囲んだ食卓は……。
人生でいちばん楽しく、幸せなことだった……!
そんな最高の刻をくれた彼を、裏切りたくないっ……!!
最期の刻を待つわたしに、さらなる騒音が飛び込んできた。
「この余に逆らったらどうなるか、たっぷり思い知らせてやるのじゃ! さらし首にして、死体はカラスに食わせてやるのじゃ!」
王様はすっかり我を忘れていた。
「さぁ、さぁ、さぁ、これが最後じゃ! 尊厳のある死が欲しいか!? ならばヤツを罵り、余を讃えるのじゃ!」
さ、最後のチャンスがもらえた……!?
わたしはここぞとばかりに、肺の空気をぜんぶ使って解き放った。
悔悟の叫びを。
「レオニードさまぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
わたしの悔悟、それは……。
ほんのひととき、わたしに幸せをくれた、あの人の名前をいちども呼ばなかったこと。
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
国王の絶叫とともに、刑吏が斧を振り上げる。
わたしはぎゅっと目を閉じた。
しかし、その瞬間はいつまでたってもやってこない。
まるで、時が止まったみたいだった。
やがて、ふわっと身体が軽くなる。
天使がわたしの身体を持ち上げているみたいな、やさしくてあたたかい感覚。
ああ……。わたし、死んじゃったんだ……。
思ったより、痛くなかったな……。
ゆっくりと瞼を開けてみると、そこには……。
ブリザードのような極寒の瞳があって、ガッツリ目が合った。
「れっ……レオニードさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」
ここにはいないはずの人が、片手でわたしを抱き寄せ、斧をかついで立っていた。
刑吏は、レオニード様だったのだ……!
「えっえっえっえっ!? えええっ!? な、なぜここに!?」
「交易権と亡命権では安すぎると思ってな。損をする取引は……」
言葉の途中で彼は、逡巡するような素振りを見せた。
まるで初めての告白をする子供のように、視線をそらす。
そのままなにかを言おうとしていたけど、これではよくないと思い直した様子で、わたしをまっすぐに見つめなおした。
「リゼット……キミと、食事がしたい。これからも、ずっと」
旦那様は斧を捨てると、両手でわたしを抱きしめた。
もう二度と離さないといわんばかりに。
「たかが女1匹のために戻ってくるとは、バカなヤツめ! 飛んで火に入る夏の虫とは、お前のことじゃ!」
その声がした方向に、彼はかつてないほどの鋭い視線を向けた。
「虫けらは貴様だ。この女性は、国ひとつでは安すぎる」
「なんじゃと!?」
「虫けらを捕らえよっ!」
それが合図だった。
見物人の中から、衛兵の列から、次々と剣が抜かれる。
「「「うぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」」
「な……なんじゃ!? 衛兵っ、衛兵はどこじゃ!?」
「その衛兵の半分が、私の仲間だ」
王様は特等席から転げ落ち、手足をばたつかせているうちに縄でぐるぐる巻きにされた。
まるでお歳暮のハムだ!
血の一滴も流れないまま、広場の空気がひっくり返る。
「ヴォルコフ辺境伯が、革命を起こしたぞ!」
「新しい国王の誕生だぁーーっ!」
国王、いやすでに前国王となったイヴァン四世は、レオニード様の前に跪かされていた。
「ど……どうしてじゃ……!? 貴様はこの女を捨て駒にして亡命して、エルスタニアの女と婚約したんじゃ……!?」
「最初はそのつもりだった」
旦那様は、わたしに視線を移して言葉を続ける。
「リゼットの身の上を調べて、気が変わったんだ」
「わたしの身の上……?」
彼は、わたしが実家で冷遇されていたことを異常に思っていたらしい。
ベルナール家に入り込んで、一族の過去を調べたそうだ。
そしたら、なんと……。
わたしはベルナールの血筋ではなく、ヴァルクラストから亡命した夫婦の子供だったことがわかったらしい。
わたしの両親だと思っていたベルナールの父と母は、子供ができなくて困っていて、赤ん坊をさらって育てることを思いついたそうだ。
そのターゲットがわたしだったんだけど、さらった数年後に本当の娘、ミレーヌができてしまったという。
返すわけにも捨てるわけにもいかずに、仕方なくいっしょに育てて……。
「キミの生い立ちがどうあれ、イヴァンの愛人となって生きていくのであれば、それも仕方ないと思っていた。すべて、私が仕組んだことだったのだからな。しかし新聞を見て、キミが別の道を選んだことを知ったんだ」
彼はそのときのことを思い出したかのように、拳を握りしめていた。
「それから、いてもたってもいられなくなった。ベルナール家の跡継ぎの地位を利用して、キミを助け出す準備をしたんだ」
わたしは「えっ」となった。
「レオニード様は、革命を起こすために戻ってきたのではないのですか?」
「それはついでだ」
「ついでっ!?」
ガーンとショックを受けるイヴァン四世を横目に、彼はわたしの前でヒザを折った。
「私はいままで、食事というのは燃料補給のようなものだと思っていた。しかしキミと一緒だと、食事というのは美味しく、楽しいということを初めて知った」
彼も、わたしと同じ気持ちだったんだ……。
「どうか、私の妻になってほしい」
わたしは返事をするより早く、彼に飛びついていた。
「どうかもなにも……! わたしは、あなたの妻ですっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからひと月後。
レオニード様はヴァルクラストの新しい王になり、わたしは王妃になった。
女に権利がないという決まりは、即位の翌日にぜんぶ廃止された。
そして今日、謁見の間には、懐かしくもない顔が並んでいた。
「リセット! ああ、わが自慢の娘よ!」
ニセの父だった。
自慢の娘なんて言葉、生まれて初めて聞いた! それも、王妃になったとたんに。
「陛下っ! ミレーヌこそが、陛下の婚約者だったはずですわ!」
ミレーヌが、子供の頃、なくなったはずのブローチを胸に光らせて進み出る。
「国を出る前に、婚約は破棄すると言っただろう。何度も言わせるな」
「そ……そんなっ!?」
レオニード様は玉座から立ち上がり、罪を数えるように言った。
「調べはすでについている。わが妻にしたことを、忘れたとは言わせんぞ」
「「「へ、陛下、それはなにかの間違いです!」」」
ニセ家族たちは口を揃えていた。
「「「私たちはリセットを愛していますっ!!」」」
……ドンッ!
レオニード様の拳が、玉座の肘掛けに振り下ろされた。
大理石に、ピシリとヒビが走る。
「ベルナール家の爵位を剥奪する! このことは、すでにエルスタニア王に申し入れをしてある! 追って、正式な沙汰があるであろう!」
「「「そ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」
「お前たちが娘につけた値段だ。返してもらう。婿入りの土産とやらも、婚約ごと白紙だ」
ニセ両親は、糸の切れた操り人形みたいに床にへたりこむ。
ミレーヌはさっそく大臣にアプローチをしていたが、罪人のように突き飛ばされていた。
……いらない子だったわたしの値段は、いまや国ひとつ分。
彼と目があうと、まるでわたしの考えを見透かすように言った。
「安い買物だったよ」
このお話が連載化するようなことがあれば、こちらでも告知したいと思います。
それとは別に「面白い!」と思ったら、下にある☆☆☆☆☆からぜひ評価を!
「つまらない」の☆ひとつでもかまいません。
それらが今後のお話作りの参考に、また執筆の励みにもなりますので、どうかよろしくお願いいたします!




